学位論文要旨



No 118771
著者(漢字) 執行,美香保
著者(英字)
著者(カナ) シギョウ,ミカオ
標題(和) AP2 subfamily の分子進化的解析
標題(洋) The Molecular Evolutional Analysis of AP2 subfamily
報告番号 118771
報告番号 甲18771
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第490号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 伊藤,元己
 東京大学 教授 松本,忠夫
 東京大学 助教授 嶋田,正和
 東京大学 助教授 箸本,春樹
 岡崎国立共同研究機構 教授 長谷部,光泰
内容要旨 要旨を表示する

General Introduction

本研究はシロイヌナズナの生殖器官の形態形成において重要な役割を持つと考えられている2遺伝子、APETALA2 (AP2)、AINTEGUMENTA (ANT)に注目した。AP2遺伝子、ANT遺伝子は推定核移行シグナルと2つのAP2ドメインを持ち、遺伝子構造が類似している。AP2ドメインは約70アミノ酸残基より成る植物特有のDNA結合性ドメインで、この構造を持つ遺伝子は転写制御因子であると考えられている。被子植物シロイヌナズナではAP2ドメインを持つ遺伝子は144存在し、これらはAP2ドメインを1つ持つEREBP subfamilyと2つ持つAP2 subfamilyに大きくわけることができ、まとめてAP2/EREBP multigene familyと呼ばれる。EREBP subfamilyはこれまで主に植物の低温、乾燥など環境ストレス応答シグナル伝達系に関わる遺伝子群であると考えられてきたが、近年、栄養器官の形態形成に関わる遺伝子も存在することが明らかにされてきている。これに対し、AP2 subfamilyは植物の生殖器官、栄養器官での形態形成に関わる重要な制御因子であることが明らかにされてきている。AP2遺伝子、ANT遺伝子もAP2 subfamilyに属する遺伝子で、この中では最も解析が進められている遺伝子である。これまでAP2 subfamilyに属する遺伝子はほぼすべてが被子植物より単離されてきており、3遺伝子の例外があるのみである。この内2遺伝子は裸子植物ノルウェートウヒPaAP2L1遺伝子、PaAP2L2遺伝子で、もう1遺伝子はかずさDNA研究所ESTデータベースに登録されている緑藻植物クラミドモナスのAV622151である。他の陸上植物ではAP2 subfamilyに属する遺伝子がどのように利用されているのかほぼ全くわかっていない。本研究は、被子植物の形態形成において重要な役割を持つAP2 subfamilyがどのような分子進化をしてきたのかを明らかにし、陸上植物の進化の中でどのように発現様式、機能を変化させてきたのかを探ることを目的とする。このためには被子植物以外からのAP2 subfamilyに属する遺伝子情報が必要であると考えられる。裸子植物から被子植物への進化過程では、生殖器官において花弁、心皮、2枚目の珠皮の獲得がおこっており、コケ植物からシダ植物への進化過程では、生活史の構成が大きく変化し、コケ植物は配偶体世代優占の生活史を持っている。このため裸子植物、コケ植物を用いてAP2 subfamilyに属する遺伝子の解析を行った。

AP2 subfamilyの分子進化的解析

裸子植物の材料は、構成する4群より1種ずつ、ソテツ(Cycas revoluta)、イチョウ(Ginkgo biloba)、グネツム(Gnetum parvifolium)、クロマツ(Pinus thunbergii)、とし、コケ植物の材料はヒメツリガネゴケ(Physcomitrella patens)とした。裸子植物よりANT遺伝子、AP2遺伝子それぞれに類似性の高い遺伝子を単離することができ、種名よりCrANTL1、CrAP2L1、GbANTL1、GbAP2L1、GpANTL1、GpAP2L1、PtANTL1、PtAP2L1、PtAP2L2遺伝子と名付けた。ヒメツリガネゴケからANT遺伝子に類似性の高い遺伝子を3種類単離することができ、PpANT1、PpANT2、PpANT3遺伝子と名付けた。推定アミノ酸配列の比較により、陸上植物のAP2 subfamilyに属する遺伝子は、配列の特徴からAP2様遺伝子のグループとANT様遺伝子のグループにわけられることがわかり、それぞれAP2グループとANTグループと名づけた。また、ANTグループはAP2ドメインリピート1内に特徴的な10アミノ酸残基を持つことがわかった。まず、シロイヌナズナのAP2ドメインを持つすべての遺伝子を用いプログラムMOLPHYにより最尤系統樹を作成した。この系統樹からAP2/EREBP multigene familyがEREBP subfamilyとAP2 subfamilyに分けられることが示された。また、EREBP subfamilyの中でも特にRAV subfamilyと呼ばれる遺伝子群が最もAP2 subfamillyと近い関係にあることが示唆された。次に、シロイヌナズナのRAV subfamilyを外群とし、本研究により単離された遺伝子を含むAP2 subfamilyに属する遺伝子を用いて最尤系統樹を作成した。AP2 subfamilyが持つ2つのAP2ドメインはドメインリピート1とリピート2と分けて独立に扱った。この系統樹では陸上植物のAP2グループのAP2ドメインリピート1、リピート2、ANTグループのAP2ドメインリピート1、リピート2がまとまり単系統群を作成することが示された。クラミドモナスAV622151はこれらの中に含まれず外に位置し、AP2 subfamilyがクラミドモナスと分岐して以降、陸上植物の共通祖先において新たに2つのグループにわかれたことが示唆された。次に、クラミドモナスAV622151を外群とし、AP2 subfamily内の系統関係を調べるため最尤系統樹を作成した。この系統樹から、AP2グループとANTグループがそれぞれ単系統群を形成することが示された。また、本研究により単離された遺伝子が各グループの中に位置することが示された。被子植物以外からのANTグループに属する遺伝子の報告は本研究が初めてである。

裸子植物におけるAP2 subfamilyに属する遺伝子の解析

種子植物は被子植物と裸子植物より成る。裸子植物から被子植物への進化では花弁、心皮、2枚目の珠皮の獲得が起こっている。シロイヌナズナant突然変異体では、珠皮の欠損、花器官の減少、葉のサイズの減少がおこることから、ANT遺伝子は珠皮、花器官、葉など側生器官の発生、サイズの決定に関わる機能を持つと考えられている。シロイヌナズナap2突然変異体では、がく片が心皮におきかわるホメオティック変異がおこることから、AP2遺伝子は花器官形成のABCモデルのAクラス遺伝子であると考えられている。また、胚珠identity決定に関わることも明らかにされている。それではクロマツPtANTL1、PtAP2L1、PtAP2L2遺伝子は花弁、2枚目の珠皮を持たない裸子植物の生殖器官においてどのような発現様式を持つのだろうか。

PtANTL1、PtAP2L1、PtAP2L2遺伝子について発現解析を行った。定量的RT-PCRサザンハイブリダイゼーションでは、3遺伝子がクロマツ雌性生殖器官の発生を通して発現していることが明らかにされた。また、解析した器官では、PtAP2L1、PtAP2L2遺伝子の発現様式が異なること、PtANTL1、PtAP2L1遺伝子の発現様式がほぼ一致することが示された。in situハイブリダイゼーションでは、雌性生殖器官におけるさらに詳細な発現解析を行い、この結果、組織レベルでもPtANTL1、PtAP2L1遺伝子の発現様式がほぼ一致することが示された。また、PtANTL1遺伝子は珠皮原基において発現していることが観察された。

ヒメツリガネゴケにおけるAP2 subfamilyに属する遺伝子の解析

ヒメツリガネゴケは遺伝子ターゲティングが可能なモデル植物で、胞子体は側生器官を持たない。コケ植物から種子植物への進化では、配偶体世代優占から胞子体世代優占の生活史へと大きな変化が起こっている。これまでAP2/EREBP multigene familyに属する遺伝子は配偶体で発現、機能している報告はない。それではヒメツリガネゴケPpANT1、PpANT2、PpANT3遺伝子は側生器官を持たない胞子体、また葉様、茎様器官を持つ配偶体においてどのような発現様式、機能を持つのだろうか。

定量的RT-PCRサザンハイブリダイゼーション、uidA遺伝子(GUS)融合(PpANT-GUS)コンストラクトを用いた発現解析を行なった結果、配偶体におけるPpANT2遺伝子とPpANT3遺伝子の発現様式が異なり、PpANT2遺伝子は茎葉体の仮根基部で強く発現するのに対し、PpANT3は茎葉体茎頂付近で強く発現していることが明らかにされた。PpANT2、PpANT3遺伝子についてはそれぞれの遺伝子破壊株、二重遺伝子破壊株を作成しており、これらを用いた今後の機能解析が期待される。

総合考察

本研究によりAP2/EREBP multigene familyについて以下のような進化が考えられる。植物の共通祖先はAP2ドメインを1つ持つEREBP subfamilyに属する遺伝子を持っていたが、AP2ドメインの重複がおこりAP2ドメインを2つ持つAP2 subfamillyが誕生した。さらにANTグループの祖先遺伝子のAP2ドメインリピート1において10アミノ酸残基の挿入がおこり、クラミドモナスと分岐して以降、陸上植物の共通祖先においてAP2 subfamilyは新たにANTグループとAP2グループにわかれたと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

シロイヌナズナの生殖器官の形態形成において重要な役割を持つと考えられている遺伝子として、植物に特有なAP2 ドメインを2個有するAPETALA2 (AP2)、AINTEGUMENTA (ANT)の両遺伝子がある。この2遺伝子が属するAP2 サブファミリーが、どのような分子進化をしてきたのかを明らかにし、陸上植物の進化の中でどのように発現様式、機能を変化させてきたのかを探ることが本論文の主たる目的である。そのため、裸子植物、コケ植物から新たにAP2 サブファミリーに属する遺伝子を単離し、分子系統解析、発現解析を行っている。

論文は5つの章からなる。第1章では、AP2 サブファミリーに属する遺伝子についての説明とこれまでなされた研究がレビューされている。第2章では、本研究で新たに単離されたAP2 サブファミリーに属する裸子植物の遺伝子9種、コケ植物の遺伝子3種を含むAP2 サブファミリー遺伝子群の系統解析を行い、AP2 サブファミリー遺伝子の分子進化について考察している。第3章、第4章はそれぞれ、裸子植物のクロマツ、コケ植物のヒメツリガネゴケにてAP2 サブファミリー遺伝子の発現解析を行い、機能について考察したものである。第5章で全体の結果がまとめられるとともに、AP2 サブファミリー遺伝子の分子系統樹と発現解析結果から、AP2 サブファミリー遺伝子群が、陸上植物の進化において果たしたと考えられる役割を議論している。

本研究において新たに単離されたAP2 サブファミリー遺伝子12種を含む分子系統解析では、3種類の系統解析を行っている。まず、シロイヌナズナのAP2ドメインを1個もつEREBP サブファミリー遺伝子群とともに、AP2 サブファミリー遺伝子の各ドメインを個別に抽出したデータセットで解析し、AP2 サブファミリー遺伝子の持つAP2ドメインが単系統になること、さらにこれらはEREBP サブファミリーの中のRAV 遺伝子群が近縁であることが明らかにされた。この結果に基づき、陸上植物および緑藻植物クラミドモナスのAP2ドメインで構成されるデータセットで解析し、AP2 サブファミリー遺伝子のAP2ドメイン重複が緑藻植物の共通祖先で起きたこと、AP2グループ遺伝子とANTグループ遺伝子の重複は、緑藻綱と陸上植物の姉妹群にあたる車軸藻綱との分岐以後、コケ植物の誕生以前に起きたことが明らかになった。また、AP2 サブファミリー遺伝子の2個のAP2ドメインとその間のリンカー領域を含めた詳細なAP2 サブファミリー遺伝子の分子系統解析から、植物が陸上に進出し、複雑な体制・器官を進化させた過程で、AP2 サブファミリー遺伝子は数多くの遺伝子重複により数を増やしてきたことが明らかになった。このように、植物の進化を遺伝子群の分子進化の視点から、新たな結果を得ることができたものとして高く評価できる。

AP2 サブファミリー遺伝子の発現解析により、裸子植物のクロマツでは、AP2、ANT両グループに属するすべての遺伝子が雌性生殖器官の発生を通して発現していることが明らかにされた。また、詳細な器官内での発現解析では、PtAP2L1、PtAP2L2遺伝子の発現様式が異なること、PtANTL1、PtAP2L1遺伝子の発現様式がほぼ一致することが示された。コケ植物のヒメツリガネゴケにおける発現解析では、配偶体においてもAP2 サブファミリー遺伝子が発現していることを初めて報告した。さらに配偶体におけるPpANT2遺伝子とPpANT3遺伝子の発現様式が異なり、PpANT2遺伝子は茎葉体の仮根基部で強く発現するのに対し、PpANT3は茎葉体茎頂付近で強く発現していることが明らかにされた。上記の結果を総合し、被子植物、裸子植物、コケ植物における発現の比較考察を行い、陸上植物の生活史・器官形成における本遺伝子群の重要性が示されている。

本論文による植物に特有のAP2 サブファミリー遺伝子群の分子進化解析に関する結果は、植物の陸上への進出とその後の複雑な体制への形態進化の解明に、形態形成制御をになう遺伝子の分子進化の研究として、新たな道筋を開くものであると評価できる。したがって、本審査委員会は本論文を博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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