学位論文要旨



No 118777
著者(漢字) 岡地,隆弘
著者(英字)
著者(カナ) オカチ,タカヒロ
標題(和) 機能性ゼオライトを基盤とする高効率的な合成法の開発研究
標題(洋) Studies on the Development of Highly Efficient Synthetic Methods Based on Functional Zeolites
報告番号 118777
報告番号 甲18777
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第496号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 尾中,篤
 東京大学 教授 下井,守
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 小川,桂一郎
 東京大学 助教授 村田,滋
内容要旨 要旨を表示する

有機合成化学を研究する上で、“自然環境と共生したものづくり”を基本とする「グリーンケミストリー(Green Chemistry)」の理念が、近年ますます重要になっている。環境汚染を防止、減少させる化学品やプロセスを開発、製造するこのアプローチは有機合成化学、触媒化学、プロセス工学、環境工学を結びつけた新たな動きともいえる。これらの課題を解決するために、高効率で副生成物の少ない反応の重要性がますます高まり、高効率、高選択的手法の開発は有機合成化学の最重要課題の一つである。

本研究は、以下に示す3つの研究課題に対して機能性ゼオライトを活用し、カルボニルーエン反応やホモアリルアルコールの触媒的不斉エポキシ化反応を研究対象にとりあげ、機能性ゼオライトが従来の均一系の反応や試薬では困難であった反応に有効に作用して、環境負荷の少ない効率的な合成法を開発できることを明らかにしたものである。

ゼオライトは、その一般組成がMnAlnSi1-nO2(Mが1価のカチオンの場合)となり、SiO4四面体とAlO4四面体が互いに酸素原子を共有して三次元網目構造に結合し、均一な細孔を形成した結晶性アルミノケイ酸塩である。ゼオライトは酸・塩基能を有しており、結晶中のMn+カチオンの種類やSi / Al比によって、ゼオライトの酸・塩基特性は大きく変化する。また、均一な細孔構造に基づく形状選択性を示すなどの特徴を有する。

ルイス酸・ゼオライト共存型カルボニル−エン反応の開発

従来困難であった酸に不安定なα-メチルスチレン誘導体とパラホルムアルデヒドとのカルボニルーエン反応が、BF3・OEt2およびゼオライト(モレキュラ−シ−ブス 4A)共存下円滑に進行し、対応するホモアリルアルコールを良好な収率で与えることを明らかにした。本反応ではゼオライトが必須であり、ゼオライトは固体塩基、すなわち反応系中で発生した、副反応を促進させる活性プロトンの捕捉剤として作用していると考えられる。

本反応のメカニズムを明らかにするために、塩基点量の異なるゼオライトをルイス酸で処理した後、粉末X線回折による分析を行って、酸塩基相互作用を間接的に評価したところ、ゼオライトが固体塩基として作用するという仮説を強く支持する結果を得た。なかでもモレキュラーシーブス 4A はその細孔制御により(0.4 nm)、反応促進剤であるBF3との相互作用はほとんど認められず、反応を複雑にする活性プロトンを選択的に捕捉できる固体塩基として有効に機能することを明らかにした。

ルイス酸を反応促進剤として用いるカルボニル−エン反応では、一般的な有機塩基、無機塩基を共存させると、ルイス酸が失活して反応は進行しない。筆者はゼオライトの特異な機能を活用してこの問題を解決し、ルイス酸−ゼオライト(固体塩基)混合反応系を用いて、酸に不安定なα-メチルスチレン誘導体のカルボニル−エン反応に成功した。

ホルムアルデヒド担持ゼオライト反応剤の開発

ホルムアルデヒドは活性が高く容易に分解または自己重合するため、単量体としては短寿命であり、合成化学的に利用するのは困難である。ホルムアルデヒド単量体としては唯一ホルムアルデヒドの水和物[H2C(OH)2]として水溶液で入手可能であるが、水に不安定な反応試薬による反応系への適用は困難である。したがって、一般にはホルムアルデヒド等価体として重合物であるパラホルムアルデヒドや3量体のトリオキサンなどを、ルイス酸等により反応系中で分解するか、加熱分解によりホルムアルデヒド単量体(気体)を発生させて用いなければならない。筆者は、このように不安定なホルムアルデヒドを、ゼオライト(Na Y、Na X)に温和な条件下吸着し、安定に担持できることを明らかにした。さらに、マジック角回転法を利用した固体高分解能13C核磁気共鳴法(13C MAS NMR)により、ゼオライト中のホルムアルデヒドを解析した結果、単量体として長期間安定に担持できることを明らかにした。

以上のように調製したホルムアルデヒド担持ゼオライト試剤を、各種オレフィンとのカルボニルーエン反応に用いたところ、非常に高い反応性を示し、対応するホモアリルアルコールを高収率で与え、また従来のルイス酸で触媒される反応とは異なる選択性を示すことも明らかにした。

本試剤はカルボニルーエン反応だけではなく、活性なC1-求電子剤として、他の求核剤との反応に応用可能であり、従来困難であったピロールの直接的モノヒドロキシメチル化や、シリルエノラートとの向山アルドール反応に適用し良好な収率で反応が進行することを明らかにした。特に、ピロールの直接的モノヒドロキシメチル化は過去に報告例はなく、本手法が最初の例である。

以上のように、筆者はホルムアルデヒドを活性化し、各種求核剤との高い反応性を誘起するとともに、長期間安定にホルムアルデヒド単量体として保持できるホルムアルデヒド担持ゼオライト試剤を創製することに成功した。

ホモアリルアルコールの触媒的不斉エポキシ化反応:新規光学活性ジルコニウム錯体の開発

先に述べたように、筆者が開発した効率的なカルボニル−エン反応は、ホモアリルアルコールを高収率で与える。このホモアリルアルコールの光学活性エポキシ体は、天然物や生理活性物質の有用な合成中間体となる。しかしながら、現在まで、ホモアリルアルコールの実用的な触媒的不斉エポキシ化反応は開発されていない。そこで、筆者は触媒的不斉エポキシ化反応を検討し、ジルコニウム−酒石酸エステルまたはアミド錯体を組み合わせて、新規光学活性ジルコニウム錯体を調製し、ホモアリルアルコールの触媒的不斉エポキシ化反応に初めて成功した。興味深いことに、同じ絶対配置を有する酒石酸エステル配位子を用いた場合でも、ジルコニウム / 配位子の比が1/1 と 1/2ではそのエナンチオ選択性が逆転し、それぞれの反応条件において高収率、高エナンチオ選択的に対応する光学活性エポキシドを与えることを見出した。

本反応はホモアリルアルコール基質に幅広く適用可能であり、次世代の抗気道収縮性疾患治療薬として期待されているタキキニン拮抗薬の鍵中間体の合成へ適用し、本手法の有効性を確認した。さらに、従来困難であった第1級ホモアリルアルコールの速度論的光学分割に本手法を適用し、高収率・高選択的に対応する光学活性ホモアリルアルコールを与えることを明らかにした。

また、本反応ではモレキュラーシーブスが反応速度、エナンチオ選択性に大きな影響を与え、モレキュラーシーブスが活性触媒種の形成時に作用していることを明らかにした。光学活性ジルコニウム錯体を用いた不斉エポキシ化反応の機構を明らかにするために、マトリックス支援レーザイオン化飛行時間型質量分析装置(MALDI TOF MASS)により触媒活性種の分子量を測定した結果、ジルコニウム / (L)-酒石酸ジイソプロピル比が1 / 1の反応条件で得られる金属錯体は3核錯体であり、1 / 2の金属錯体は単核錯体であることを明らかにした。また、光学活性ジルコニウム錯体のエポキシ化反応性、エナンチオ選択性、ジアステレオ選択性を考慮して、本反応系の遷移状態モデルを提案した。

本手法は一般性も高く、簡便で、用いる不斉配位子も天然物由来の酒石酸誘導体であることから、実用性の優れた手法であるといえる。

以上のように、「機能性ゼオライトを基盤とする高効率的な合成法の開発研究」と題する本研究は、カルボニル−エン反応やホモアリルアルコールの触媒的不斉エポキシ化反応を研究対象にとりあげ、機能性ゼオライトが従来の均一系の反応や試薬では困難であった反応に有効に機能して、環境調和型の高効率的な合成法を開発できることを明らかにしたものである。環境問題をはじめとして、工業化に耐えうる効率的な合成プロセスの開発には、ゼオライト類のもつ“制御可能な多様性”が大きな力を発揮するものと考えられ、今後より一層の発展が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は 5章からなる.第1章は緒論であり,研究の背景や目的が述べられている.第2章は,均一系ルイス酸と固体塩基であるゼオライトを組み合わせて使用することにより,α-メチルスチレン類とパラホルムアルデヒドとのカルボニル-エン反応を効率良く進行させる合成法について述べている.第3章では,非常に不安定で単量体としての寿命が短いホルムアルデヒドガスを規則性ナノ細孔からなるゼオライト空間に吸蔵することで,不安定なホルムアルデヒドが室温においても数ヶ月間単量体として存在できることについて述べている.さらにこのホルムアルデヒド担持ゼオライトが第2章で述べたα-メチルスチレン類のカルボニル-エン反応,ピロールのモノヒドロキシメチル化反応,シリルエノールエーテルとのアルドール型付加反応を効率よく引き起こすことに関しても述べたものである.第4章は,ジルコニウム錯体,酒石酸誘導体,クメンヒドロペルオキシド酸化剤,およびゼオライトの組合せにより,世界で初めてホモアリルアルコール類を効率良くしかも高いエナンチオ選択性でエポキシ化することに成功したことを述べている.第5章で結論が述べられ,ゼオライトのもつナノメートルの規則正しい固体特異反応場が,従来の均一溶液系反応では困難であった種々の精密有機合成反応に,高い反応性,選択性を示し,優れた合成プロセスを新しく提供した成果が纏められている.

結晶性アルミノケイ酸塩であるゼオライトは,18世紀半ばから天然鉱物としてその存在が知られていたが,1950年代に商業生産が開始され,純度の高いゼオライトが大量に,しかも安価に提供されるようになって,工業的な利用が一気に広がった.ゼオライトの用途は,吸着分離剤,除湿・乾燥剤,石油精製・石油化学用触媒,環境浄化剤,洗剤,抗菌剤,建材などの幅広い分野にまたがっている.したがって,ゼオライトは人間の快適な日常生活を続けていく面から不可欠な機能性無機材料である.また現在も,合成の際に必要となる鋳型剤の選択により,様々な細孔空間構造をもつゼオライト結晶をつくりだすトポロジー的興味による研究や,ゼオライトの機能の向上を目指した研究などが精力的に行われている.

土の成分と同じアルミノケイ酸塩で構成された安全な物質であるゼオライトの触媒材料としての用途は,従来高温条件下で行う石油精製・化学プロセスに重きがおかれていた.一方,有機反応の促進に有効な酸性や塩基性を有し,サブナノ?ナノメートル領域の均一な細孔空間により,吸着できる分子のサイズを選択する,いわゆる分子形状選択性を示す特徴は,高い効率や選択性を要求される精密化学品の合成の際に,より有効に活かされると考えられる.しかし,従来の有機合成化学において,ゼオライトはそれ程注目されることはなかった.本研究は,古くから知られていて汎用品でもあるA型ゼオライトやフォージャサイト型ゼオライトの化学的・物理的特性を巧みに活用して,高付加価値の精密化学品や医薬品の合成の際に利用できる有用な合成法を確立した.

第2章の「ルイス酸・ゼオライト共存型カルボニルーエン反応の開発」では,従来困難であったα-メチルスチレン誘導体とパラホルムアルデヒドとのカルボニルーエン反応が,均一系ルイス酸のトリフルオロボラン錯体と固体塩基として機能するA型ゼオライト(MS4A)の共存下でのみ円滑に進行し,対応するホモアリルアルコールを良好な収率で与えることを明らかにした.この反応では,用いたA型ゼオライトの細孔直径が0.4ナノメートルと小さいのに対して,共存するルイス酸のトリフルオロボラン錯体は分子サイズが遙かに大きく,塩基として機能するゼオライトに取り込まれることによる失活は受けずに,パラホルムアルデヒドのみを選択的に活性化するという,巧みな反応の活性化を行っている点に大きな特色が認められる.

第3章の「ホルムアルデヒド担持ゼオライト反応剤の開発」では,常温では反応性が非常に高く,容易に分解または自己重合するホルムアルデヒドを,フォージャサイト型ゼオライト(NaX,NaY)細孔内に温和な条件下で吸着させると,ホルムアルデヒドは常温においても数ヶ月間安定に単量体として存在することを初めて見出した.ホルムアルデヒドが単量体として長期間安定に存在することは,ゼオライトに吸着させたホルムアルデヒドの固体13C-NMR測定によって確認された.更に興味深い点は,このホルムアルデヒド担持ゼオライト反応剤は,オレフィン化合物とのカルボニル?エン反応を速やかに起こし,高い収率でホモアリルアルコールを生成することである.この成功により,第2章で必要としていた均一系ルイス酸(トリフルオロボラン錯体)を使用しなくても,同じ反応を起こすことが可能となった.したがって,無駄な反応剤を使用しない化学合成(グリーンケミストリー)が可能となり,本手法は,より次元の高い有機合成反応と評価できる.さらに,本ホルムアルデヒド担持ゼオライト反応剤は,含窒素芳香族化合物のピロールと反応し,モノヒドロキシメチル体のみを選択的に与えること,シリルエノールエーテル化合物とはアルドール型付加体を簡便に与えることなども明らかにしている.

第4章の「ホモアリルアルコールの触媒的不斉エポキシ化反応:新規光学活性ジルコニウム錯体の開発」では,第2章,第3章で述べた効率的なカルボニルーエン反応を利用して得られるホモアリルアルコールの触媒的不斉エポキシ化反応を検討した結果,ジルコニウムアルコキシド?酒石酸エステルまたは酒石酸アミド錯体を用いて,ホモアリルアルコールの触媒的不斉エポキシ化反応に初めて成功したことを述べている.この研究の興味深いことは,同じ絶対立体配置を有する不斉配位子(酒石酸エステル)を用いた場合でも,ジルコニウム原子と配位子分子の化学量論比が1/1と1/2では,生成するエポキシアルコールのエナンチオ選択性が逆転し,それぞれの反応条件を選択することで,高収率,高エナンチオ選択的に対応する光学活性エポキシドを与える点にある.更に,ラセミ体の第1級ホモアリルアルコールの速度論的光学分割へもこの触媒系が適用可能であることを明らかにした.本触媒的不斉エポキシ化反応を効率よく行うには,ゼオライト(MS4A)の共存が必須であり,ゼオライトの共存が反応性,エナンチオ選択性に大きな影響を与えることがわかり,キラルな触媒活性種の形成過程において,重要な役割を果たしていることを明らかにした.また,最後に光学活性ジルコニウム錯体を用いた不斉エポキシ化反応の不斉誘導に関する反応機構も提案している.

結び

本論文中の第2章の一部は,藤本克彦氏,第4章の一部は村井則夫氏との共同研究であるが,論文の提出者が主体となって実験,解析を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる.

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