学位論文要旨



No 118778
著者(漢字) 木下,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) キノシタ,ケンタロウ
標題(和) 混合状態における高温超伝導体の電子状態に対する不純物置換効果の研究
標題(洋)
報告番号 118778
報告番号 甲18778
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第497号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 前田,京剛
 東京大学 教授 鹿児島,誠一
 東京大学 助教授 加藤,雄介
 東京大学 助教授 花栗,哲郎
 東京大学 助教授 松田,祐司
内容要旨 要旨を表示する

目的

本研究の目的は高温超伝導体のコア内の電子状態を、不純物置換という手法を用いて明らかにすることである。高温超伝導体のコア内の電子状態は非常に多様な様相を呈し、内部が反強磁性の絶縁体なのか否か、状態密度は大きいのか否かということさえ明らかになっていない。この様な複雑なコアの電子状態に対して、不純物ドープによる摂動を加え、生じた変化からコアの電子状態に関する情報を引き出す。

STM で観測されるコア内のEF 近傍の局所状態密度はマイスナー状態のそれと殆ど変化しない[1,2]。しかし、マイクロ波で観測されるコア内の状態密度はマイスナー状態よりも遥かに大きく、STM と整合しない[3]。一方、STM で観測されている0 磁場での不純物近傍の局所状態密度は、非磁性不純物のZn ではEF 近傍に、磁性不純物のNi では超伝導ギャップ近傍に、鋭いピークが観測され、Zn とNi で非常に対照的な結果となっている[4,5]。そこで、Zn ドープとNi ドープの試料におけるコア内の状態密度を測定することが重要になる。STM で観測されるように、コア内の局所状態密度が0 磁場と殆ど差がないのであれば、Zn 或いはNi の影響を強く受け、コア内の状態密度はZn ドープとNi ドープとで対照的なものになるだろう。一方、マイクロ波で観測されるような大きな状態密度を持つコアは、不純物ドープによって生じる変化が、もともとの状態密度に比べて小さいため、Zn とNi で顕著な差を示さないだろう。本研究ではZn ドープとNi ドープによって生じるYBa2Cu3Oy のコアの散逸の変化を明らかにし、高温超伝導体のコア内の状態密度に関する議論の収束を目指した。

更に、本研究では次の様な考えに基き、磁束量子コアと不純物とを等価に扱うことを試みた。超伝導状態は超伝導領域と超伝導が弱い、或いは壊れている領域から構成されている。これらの領域界面ではペアポテンシャルの強度が変化するため、必ずアンドレーエフ反射が生じる。磁束量子コアや不純物、超伝導体表面等はこのような界面を作り出し、アンドレーエフ束縛状態を形成するという意味で等価である。何れも電子状態はアンドレーエフ束縛状態によって決まっている。混合状態の電子状態に対する不純物置換の効果を探ることは、これらの束縛状態がどのような相互作用を及ぼし合うか明らかにすることである。両者の束縛状態の違いは不純物では静止しているが、コア内の束縛状態はコアと共に運動することである。コアと不純物近傍の電子状態の根底にある共通の現象、アンドレーエフ反射によって、コアと不純物との相互作用を統一的に理解することもまた本研究の目的である。

実験

測定試料には非双晶YBa2(Cu1-xZnx )3Oy 及びBa2(Cu1-xNix )3Oy 単結晶を用いた。図1 にドープ量x と超伝導臨界温度Tc との関係を示した。空洞共振器摂動法を用いて測定した、これらの試料の表面インピーダンスの磁場依存性Zs(H) に対して、磁束量子間の相互作用を平均場近似によって取り込んだ、Coffey-Clem モデル[5] を適用することにより、磁束量子の粘性係数ηとピニング定数 kp を求めた。Coffey-Clem モデルにおいて、低温の近似を行うと、複素磁場侵入長〓はの関係式で表せる。ここで、ωp(=kp/η)はピニング周波数、,λL はロンドン磁場侵入長であり、r はwp、b はηを含むパラメータで、γ=ω/ωp、b=φ0/μωλ2Lηである。

結果及び考察

図2 にZn 濃度1%の試料におけるZs(H) の8T までの測定結果を示す。点で示したのが実験結果、実線は、式(1)でr を固定し、b を媒介変数としてプロットすることで得られる理論曲線である。実験結果と理論曲線はよく一致し、測定した磁場領域で、この試料の磁束ダイナミクスがCoffey-Clemモデルでよく記述できることが分かる。他の全ての試料についても同様にCoffey-Clem モデルとの一致を確認し、ηとkp を導出した。

T/Tc〜0.45でのηとkp の Zn 濃度依存性及びNi 濃度依存性の測定結果は図3 のようになった。Zn ドープでは、kp は始めpure の2 倍程度に増加するが、すぐに減少し、0.3≫1%程度のドープで再びpure と同程度になった後、単調減少する。Ni ドープではkp はドープ量と共に単調減少を示す。これらの結果は、ポイント欠陥であるZn、Ni 不純物が十分低濃度でのみ有効に磁束量子をピン止めすることを示しいる。

YBa2(Cu1-xZnx)3Oy のηは、0.1%程度まではエラーバーの範囲内でZn ドープの影響が見られず、0.3%でもpure の1/2 程度の値のままである。ηはコア内の準粒子緩和時間に比例しているので、0.3%程度までの低濃度のドープではコア内の緩和時間が殆ど変化しないことを意味する。これは、マイスナー状態の準粒子緩和時間が微量のZn ドープでも激減するのと対照的である。0.3%よりも更にドープして行くとドープ量の増加と共に´ は減少し、4.6%ではpure の2 桁程度小さくなる。Zn 濃度0.3%以上の、ηがZn 置換と共に減衰していく振舞いはでよく記述できることが分かった。ここで、η(0) およびR はフィッティングパラメータ、a は格子定数、L = a/√nplane はCuO2 面内におけるZn 間の距離、nplane はCuO2 面内での不純物濃度である。フィッティングの結果(図3 の青実線) 得られたη(0) 及び、ηが減衰する特徴的な長さR はそれぞれ、7.6×10-7 Ns/m2、33 Å となった。これはCuO2 面内の Zn 濃度を増加させる、即ち、CuO2 面内の Zn 間距離を縮めて行くと、ηが33 Å というコヒーレンス長ξ程度の特徴的な長をもって exponential で減衰することを意味する。Zn が全てCuO2 面内のCu と置換すると33 Å はZn 濃度0.9%に相当し、この濃度を境に系の電子状態に大きな変化が生じると考えられる。この様なηの急激な減少はZn の周りにξ程度の空間的広がりを持つ束縛状態が作られていると考えることで理解できる。不純物近傍ではξ程度の範囲で局所的に超伝導が壊され、超伝導-常伝導界面が生成される。d 波超伝導体ではそこでアンドレーエフ反射を受けた準粒子が感じるペアポテンシャルの符号が異なることにより、準粒子束縛状態の形成が予想される。Zn 近傍にこの束縛状態が出来ていると考えると、低Zn 濃度の試料ではZn の間隔が十分離れているため、空間的に完全に孤立した束縛状態が点在しており、この様な状況ではZn 濃度を増加させても準粒子の緩和時間に大きな変化は生じず、ηも大きな変化を示さない。しかし、ドープ量を増やしてZn の間隔が接近してくると、孤立していた束縛状態はバンドを形成し始め、準粒子緩和時間は急激に短くなり、それを反映して´ も急激に減衰する。本研究で不純物の作る束縛状態から、不純物バンド形成までの一連の過程を観測した。更に、1/´ は磁束量子の単位長さあたりの散逸に比例するため、ηからコア内の状態密度に関する情報が得られる。本研究で求めているのはマイクロ波領域のηであるから、EF 近傍の状態密度を反映する。ηのZn 濃度依存性から、コア内の状態密度のZn 濃度による変化が分かる。ここで、Zn の作る束縛状態に注目し、コア内の状態密度について、2 つの濃度領域に分けて考える。(1) 個々のZn の束縛状態が完全に孤立した低Zn 濃度領域(≦ 0.9%)、と(2)Zn が不純物バンドを形成している高Zn濃度領域(≧ 0.9%) である。

領域(1) では、ηはZn ドープで殆ど変化を示さない。これはZn をドープしていないpure な試料でも既にコア内に大きな状態密度が存在し、Zn によってこの状態密度に引き起こされる変化が、もともとの状態密度に比べて十分小さいことを意味する。

領域(2) の場合には、ηはpure の値から大きく減少し、コア内の電子状態はZn の影響を非常に強く受けている。この濃度領域では磁場をかける前からZn の不純物バンドが形成されており、磁束量子のスケールξと比べて一様な電子状態が既に試料全体にわたって存在している。このことは、この濃度領域でkp がpure な試料よりも2 桁も小さな値になっていることからも分かる。kp が小さいことは試料内の準粒子密度の分布がスケールξと比べて一様であると解釈できるからだ。磁場をかけると、この様なバックグラウンドに磁束量子が導入される。十分孤立している時のZn の束縛状態はEF 近傍にできるため、不純物バンドを作るとEF 近傍に大きな状態密度が生じると予想される。つまり、バックグラウンド、即ちマイスナー状態のEF 近傍に、もともと大きな状態密度が存在していると考えられる。この場合には領域(1) の場合とは逆に、マイスナー状態の状態密度が磁束量子の導入によって変化すると考えるのがよいだろう。磁束量子の導入によるEF 近傍の状態密度の変化はその前から存在したEF 近傍の大きな状態密度に比べて十分小さいため、コア内の状態密度は殆どマイスナー状態の状態密度から変化しない。マイスナー状態、コア内、共に状態密度はZn の不純物バンドが決めている。

この様に、コア内には常に大きな状態密度が存在するが、低Zn 濃度での状態密度は主にコアが本来持っているものであるのに対し、高Zn 濃度ではZn によって生じた状態密度であり、コアの外にも大きな状態密度が存在する。Zn の束縛状態を考えて、初めてηの急激な減衰について理解が可能である。Ni ドープでは、ηの減少がZn ドープに比べて緩やかである。式(2) でフィッティングを行って求めた減衰長R は20 Å となった。これに対応する濃度は2.4%で、Zn の0.9%の約3 倍となった。詳細は本論文に譲るが、この因子3 は、ドープしたNi の1/3 のみがCuO2 面内のCu と置換しているために生じる。つまり、CuO2 面内の不純物濃度nplane は、YBa2(Cu1-xZnx)3Oy ではnplane = n、YBa2(Cu1-xNix)3Oy ではnplane = n=3 と考えられる。図3 にηとkp のnplane 依存性を示した。ηとkp が、Zn ドープとNi ドープでよく一致する。これは、前述のZn に関する考察がNi にもそのまま当てはまることを意味する。Zn とNi でのηの一致は、ηが減衰する特徴的な濃度0.9%の前後の濃度領域、領域(1) と領域(2) において次のようなことを意味する。

領域(1) でのηの一致はZn ドープ、Ni ドープ共に、既にpure な試料のコア内に存在している状態密度に埋もれ、生じた状態密度の違いが観測されないためと理解できる。これは、ηのZn 濃度依存性の結果とも矛盾しない

一方、高濃度の領域(2) での一致は、Zn、Ni 共にマイスナー状態に同程度の大きな状態密度を生じさせることを示唆している。NMRでは、Zn は低濃度でも残留状態密度を生じさせるが、Ni は5%の大量ドープでも残留状態密度を生じさせないことが報告されており[7]、領域(2) の結果と矛盾する。また、領域(1) の結果はコア内に大きな状態密度が存在することを示しており、pure な試料でも大きな散逸を観測し、高温超伝導体はmoderately clean であることを示すマイクロ波の結果と整合するが、pure な試料のコア内に殆ど状態が観測されないSTM の測定結果とは不整合である。それ故、pure な試料のコア内の状態密度に関して既に矛盾していたSTM とマイクロ波は、再び矛盾を生じた。この原因として、(i)STM がc 軸方向のトンネル行列の影響を受け、コア内の局所状態密度ではないものを見ている。(ii) ゼロバイアスの局所状態密度がコアの極めて中心部に局在しているため、STM で観測されない。(iii) 磁束量子コアが反強磁性絶縁体であり、コアの内部ではなく、淵に状態が生じている。(iv) 量子極限(kFξ〓 1) のコアが実現しており、新しい散逸の機構が存在する。の四つが考えられる。

結論

空洞共振器摂動法を用いて、非双晶YBa2(Cu1-xZnx)3Oy 及びYBa2(Cu1-xNix)3Oy のマイクロ波表面インピーダンスの磁場依存性Zs(H) を測定した。その結果、Zn、Ni 不純物をドープしたYBa2Cu3Oy でも磁束ダイナミクスの平均場理論とよく一致することが明らかになり、ηとkp を導出することが出来た。kp は極微量Zn ドープでpure な試料の倍程度に増加したことを除いてZn、Niドープ共に向上は見られなかった。また、Zn ドープの試料ではηの値は0.3% 以下のドープ量では、pure の値から殆ど変化が見られず、コア内に大きな状態密度が存在することが示された。0.3%以上の濃度領域ではηはZn 間の距離に対してexponential で減衰し、その減衰長はξ程度であった。このようなηの振舞いは、Zn がξ程度の空間スケールで束縛状態を作っており、Zn 間距離が近くなる高濃度で不純物バンドを組むと考えることで理解できる。CuO2 面内の不純物濃度を正しく合わせると、ηのZn 濃度依存性とNi 濃度依存性は一致し、Ni に関してもZn と全く同様の解釈が可能である。Zn ドープとNi ドープでのηの一致は、低濃度領域はコア内に大きな状態密度が存在することを、高濃度領域はZn とNi がマイスナー状態に同程度の大きな状態密度を生じさせることを示唆する。本研究の結果はSTM で観測される極めて小さなコア内の状態密度と矛盾する。この原因について四つの可能性を提案した。

超伝導臨界温度Tc の不純物濃度依存

YBa2(Cu1-xZnx)3Oy (x=0.01) のCoffey-Clem モデルによる fitting の結果

粘性係数、ピニング定数の不純物濃度依存性

粘性係数、ピニング定数のCuO2 面内の不純物濃度依存性

Ch. Renner et al., Phys. Rev. Lett. 80, 3606 (1998).I. Maggio-Aprile et al., Phy. Rev.Lett. 75, 2754 (1995).Y. Tsuchiya et al., Phys. Rev. B 63, 184517 (2001).S. H. Pan, et al.,Nature 403, 746 (2000).E. W. Hudson et al., Nature 411, 920 (2001).M. W. CoRey and J. R. Clem, Phy. Rev. Lett.67, 386 (1991).K. Ishida et al., J. Phy. Soc. Jpa. 62, 2803 (1993).
審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなり、第1章では本研究の対象物質であるYBa2Cu3Oy を中心に、高温超伝導体について簡単に解説した後、本研究に関連する理論的、実験的研究、及び基礎的概念について述べ、研究の目的をまとめている。第2章では測定に用いた単結晶試料の作製手順や、測定手法である空洞共振器摂動法の原理、解析方法について述べている。第3章ではマイスナー状態、第4章では混合状態の実験結果とその考察を行い、最後に、第5章で結論を述べている。

高温超伝導体のコア(磁束量子が超伝導体を貫いている領域)は非常に多様な様相を呈し、内部が反強磁性の絶縁体なのか否か、状態密度が大きいか否かということさえ明らかになっていない。STMで観測されるコア内の状態密度が非常に小さく、マイスナー状態と殆ど変わりが無いのに対して、マイクロ波で観測される状態密度はマイスナー状態より遥かに大きい。また、磁束量子コア内の領域は超伝導と共存する常伝導的な領域であり、超伝導に隠されていた高温超伝導の本質に迫る可能性を秘めているばかりでなく、短いコヒーレンス長のために量子性が顕著になり、物理的にも非常に興味深い領域であることから、電子状態の解明が期待される。本研究はコアの電子状態に対して、空洞共振器摂動法を用いたマイクロ波表面インピーダンス測定の手法でアプローチしている。磁束量子の運動と内部の電子状態とは密接に結び着いており、マイクロ波によって磁束量子の運動を引き起こし、運動を記述するパラメータである粘性係数とピン止め定数を測定することにより、コア内の電子状態に関する情報を得ている。しかし、ただ観測しただけでは複雑なコアの解明には不十分である。この研究の特長的な点は、マイクロ波応答測定と不純物置換効果の測定を組み合わせている点である。不純物をドープしてコアの電子状態に摂動を加え、生じた応答の変化を観測することで、より多くの情報を得ている。不純物にはCuと置換し、高温超伝導体の電子状態に極めて異なる影響を与えるZnとNiを用いている。マイスナー状態で観測されるSTSスペクトルはZn とNiで全く異なる結果が得られている。コアの電子状態に対するこれらの不純物の効果は明らかにされていないが、コアの状態密度がマイスナ−状態程度に小さいのであれば粘性係数やピン止め係数にもSTSスペクトルを反映してZnとNiとで劇的な違いが予想される。本研究の目的は粘性係数とピン止め係数のZn、Ni濃度依存性を明らかにし、これらのパラメータを通じてコア内の電子状態を明らかにすることである。本研究のもう一つの目的は、アンドレーエフ反射による磁束と不純物の相互作用の統一的理解である。アンドレーエフ反射とは超伝導/常伝導界面で生じ、界面に入射した電子がホールとなって反射し、入射電子と同じ軌道を戻っていく現象である。d波超伝導体中の超伝導が壊れた領域では、この反射によりアンドレーエフ束縛状態と呼ばれる準粒子の束縛状態ができることが知られている。コアや不純物は超伝導を壊し、アンドレーエフ束縛状態を形成するという意味で等価であり、両者をアンドレーエフ反射という共通の機構で記述できると考えてこの様な目的を掲げている。

本研究のような不純物効果の実験において、不純物以外の不規則性の小さな結晶を作製することは勿論、実際に試料にドープされた不純物量の特定や試料品質の確認等、試料の評価が重要である。著者は、他の不純物の混入がないよう、YBa2Cu3Oyの構成元素からなるY2O3坩堝を用いた自己フラックス法により、測定試料であるYBa2(Cu1-xMx)3Oy (M = Zn, Ni)単結晶の作製を行い、x = 0 〜 0.06の極めて広い濃度領域にわたり、実に11組成(pure:1組成、Zn:7組成、Ni:3組成)の試料を揃え、詳細な不純物濃度依存性の議論を可能にした。更に、双晶面による磁束の運動への影響を除去するため、測定には全て非双晶の試料を用いている。マイクロ波測定に十分なサイズの非双晶領域(〜 400×400×20 mm3)は一度の単結晶成長(約1ヶ月)で数個所しか存在せず、これを顕微鏡で偏光をかけて探索するのは非常に時間のかかる作業である。また、試料内の不純物量はICP発光分析により特定している。

本研究ほど広い濃度領域で混合状態における表面インピーダンスのZn、Ni濃度依存性を測定した例は過去に無いため、本測定である混合状態の表面インピーダンス測定を行う前に、マイスナー状態の表面インピーダンスを測定し、過去の測定との整合性を確認している。低Zn、Ni濃度のYBa2(Cu1-xMx)3Oy (M = Zn, Ni)に限られるが、マイスナー状態においては、高品質試料を用いた信頼性の高い表面インピーダンス測定が他のグループにより既に行われており、本研究の測定結果はこれと極めてよく一致した。これは、本研究で用いた試料が現在最も品質が高いとされている試料に劣らないことを示すと同時に、正確な表面インピーダンス測定が行えていることを示す。

以上の過程を経た試料に対して磁場下での表面インピーダンス測定を行った結果、その磁場依存性は全ての測定試料で磁束量子間の相互作用を平均場近似によって取り入れた磁束の平均場モデルでよく記述できることが分かった。その結果、x = 0 〜 0.06の極めて広い濃度領域における粘性計数とピン止め定数のZn、Ni濃度依存性が初めて明らかになった。h のZn濃度n依存性はn < 0.3 % では, ほぼ不変である。これはコア内の状態密度がZnをドープする前から既に大きいことによる。一方、n ≧ 0.3 %ではh はnに対して指数関数的に減衰する。この振舞いはZn近傍にできる準粒子束縛状態がバンドを組む過程を反映しており、マイスナ-状態においても既に大きな状態密度が存在していることを意味する。hをCuO2 面内の実効的な不純物濃度nplaneに対してプロットすると、ZnとNiでη(nplane)は一致した。これはZnドープの結果のみからも示されたように、 コア内の状態密度が不純物をドープする前から既に大きいため、不純物のタイプによる差が顕著に現れないためである。 n ≧ 0.3 %での一致はZnとNiがマイスナー状態に同程度の大きな状態密度を生じさせることを意味する。結論として、高温超伝導体のコアは不純物の有無に関わらず、常に大きな状態密度を持つことが明らかになった。また、不純物近傍の準粒子束縛状態の存在を示し、低不純物濃度でコア、高不純物濃度で不純物近傍の準粒子束縛状態が支配的であることを示した本研究の結果は磁束、不純物の存在下において系の電子状態が全てアンドレーエフ反射、及びアンドレーエフ束縛状態によって決まっていることを示唆するものであり、アンドレーエフ反射の詳細な機構を解明することの重要性を示した。

結び

なお、本論文中の第2、3、4章は前田京剛、北野晴久、花栗哲郎、佐藤尚憲、西嵜照和、 前田昌孝、柴田憲治、小林典男氏との共同研究であるが、論文の提出者が主体となって遂行したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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