学位論文要旨



No 118781
著者(漢字) 長岡,悟史
著者(英字)
著者(カナ) ナガオカ,サトシ
標題(和) 交差するDブレインの組み換え
標題(洋) Recombination of Intersecting D-branes
報告番号 118781
報告番号 甲18781
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第500号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松尾,泰
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 教授 氷上,忍
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨 要旨を表示する

この博士論文は[1, 2, 3] の3本の論文の内容に基づいて構成されている1。

弦理論は最近その非摂動的な側面が盛んに研究されている。その中で、Dブレインは弦理論に現れるソリトンとして様々な角度から考察されてきた。Dブレインの上には開弦が付着しており、その自由度の中で特に零質量のモードは場の理論として定式化できる。このため、Dブレインの低エネルギー領域における様々な性質は場の理論を用いて明らかにされてきた。その中でDブレインのダイナミカルな側面も低エネルギー有効場の理論の解析により明らかにされてきた。

交差するDブレイン (Intersecting D-branes) は様々なブレインの配位の中でも非常に興味深い側面を持っている。この系は交差角の数(あるいは交差するブレインの次元)、及び角度の値によって超対称性を部分的に持った安定な配位を示すこともあれば、逆に超対称性を完全に破った不安定な配位を示すこともあるという特徴を持っている。そのため、超対称性を持って安定な真空に関する解空間の研究が行なわれていると同時に、不安定系の崩壊現象にも様々な形で用いられている。今回の研究では主に超対称性の無い系のブレインダイナミクスの解明に比重をおいて研究を行なった。超対称性を持ったブレイン系に関する議論も行なっている。

一角度で交差するDブレインは交差角度が0でない限り、必ずそのブレイン間をつなぐ弦の質量スペクトルにタキオンモードを含んでいることが知られている[4]。一般にスペクトルにタキオンモードを含む系は不安定であり、そのタキオンモードの凝縮現象により系の不安定性が解消され超対称性を回復した安定な真空へ遷移すると予想されている[5]。交差するDブレイン系においてもそのような現象が実現されているものと期待される。系全体の Ramond-Ramond チャージを保ったまま、系全体のエネルギーを最小にするような変形を考えたとき、必然的に交差するブレインの組み換え(Recombination) が起きるものと予想できる。

Dブレインの組み換えはブレインを用いた現象論の研究において極めて本質的な役割を果たしている。この現象は交差するDブレインの上で構成される素粒子論の標準模型 (Standard Model) においてHiggs 現象として理解されている。さらにはブレインワールドにおいてもインフレーション期の終了を導く現象として有力だと考えられている。しかし、これまでそこで行なわれていた議論は前述のチャージの保存とエネルギーの大小関係から導かれる遷移関係についてのみであり、組み換えはその遷移の途中で起きると予想されているに過ぎなかった。

この研究ではまずブレインの組み換えの弦理論による実現を目指した解析を行なった。タキオン凝縮の議論はこれまで、ブレイン反ブレイン系で主に議論されており、そこではタキオンモードを含んだ有効場の理論(Tachyon effective field theory)が非常に大きな成果を挙げていた。交差するブレイン系は交差角θ = π という特殊な状況がブレイン反ブレイン系に対応しているため、ブレイン反ブレイン系の一般化になっていると考えられる。またタキオンモードをスペクトルに持っているため、組み換えの議論はタキオン凝縮の有効場の理論による記述が適切であるものと考えられる。一般に低エネルギー有効場の理論の自由度は短い開弦のモードに対応しているため、ブレインの直上かその付近の物理しか記述していないものと考えられる。そのため、交差するブレイン系は交差している一点、及びその付近のみが場の理論として記述できる領域であると考えられ(但しここでは対角成分のみで記述される現象については注目していない)、その点がこれまで交差するブレインの研究が場の理論によって十分になされていなかった一因ともなっている。しかしこの困難は、交差角をθ〜0、又はθ 〜 πに制限して2枚のブレインをほぼ平行にして、互いに十分に近い領域を増やすことによりある程度解消される。この時交差角θ〜0の状況は、super Yang-Mills 作用により記述される。このアプローチにより以下のような解析を行なった[1]。

まずSU(2)Yang-Mills 理論を用いて非対角成分の揺らぎの解析を行ない、交点に局在化したタキオンモードの固有関数の一般解を求めた。質量の固有値は微小角の近似のもとで弦理論により直接求められているものと一致していた。さらにそのタキオンモードの凝縮によってブレインの組み換えが実際に起こっていることを示した。これは弦理論の立場からブレインの組み換えを示した初めての解析になっている。また交差角がπに近い場合はブレイン反ブレイン系の作用をもとにして同様の議論ができることを示した。さらに両者の解析の間にはタキオンの質量、波動関数等の間で対応が見られた。このことはYang-Mills 作用の拡張によって従来のタキオン凝縮の議論を一般化して行なうことができる可能性を示唆している。

一方、Dブレインの多体系の有効作用の具体的な表式(Non-abelian Born-Infeld 作用、以下NBI 作用と略記)を求めることは非常に重要なことである。これにより例えば、前述の一般化されたタキオン凝縮の議論が可能になるものと思われる。一枚のDブレインは高次の微分を考慮しない近似のもとでDirac-Born-Infeld(DBI) 作用として記述することができる。これに対して、複数枚のDブレインの有効作用を具体的に求めることは困難であることが知られている。この場合、共変微分Dと場の強さFとの間に等価関係が成り立ってしまうために、高次の微分を落とすという近似の意味が無くなってしまい、高次の微分もFと同等に取り扱わなければならなくなるという点が問題である。またこれと関係して、Fが互いに交換しないため、作用を構成したときにその積の順序の取り扱い方も問題になってくる(Ordering ambiguity)。これまで知られている有効作用は場の強さFの展開の4次までである。昨年Fの6次までの項が、BPS方程式の変形によりFの低次の項から高次の項を逐次的に決めていくという方法で提案された[6]。この作用に対して以下のような検証を行なった[2]。

検証したい作用において交差するブレインの間を結ぶモードのスペクトルを求め、弦理論により直接得られるスペクトルとの間の比較を行なった。比較の結果スペクトルはFの展開の6次に相当する補正まで一致していた。このことはこの有効作用がDブレインの多体系を正しく記述する作用であることを強く示唆している。

交差する高次元のブレイン系は、その交差角の値によっては超対称性を部分的に保った配位となる。例えばD2ブレインが2成分の角度を持って交差する系は、その角度の値が等しい場合には超対称性を1=4 保っている。このような系はブレイン間の垂直方向の距離を離す変形(Coulomb ブランチ)、及び Calibration 方程式に従う多様体への変形(Higgs ブランチ) が許されることが知られている。後者の変形はU(1) のDBI 作用で記述できることが知られており、他にNBI 作用で記述される非可換な変形が存在するものと思われている。一方素粒子論の標準模型は三成分の角度でD6ブレインが交差するような状況で構成されている。以上のような理由から交差角を複数個持っている系での組み換えを調べることは非常に重要であり、以下のような解析を行なった[3]。

複数角度で交差するブレインにおいてもYang-Mills 作用の解析により局在化したタキオンモードの凝縮とブレインの組み換えが対応していることを示した。またタキオン凝縮後には、同時対角化不可能であり高次元的に拡がりを持った物体が現れることが判明した。さらに二つの交差角が等しい場合、超対称性が残るような微小変形が存在することを示した。

以上の研究により、Dブレインの組み換えがタキオン凝縮によって引き起こされることがYang-Mills 作用などの解析により明らかになった。この解析をもとにしてタキオン凝縮の議論が一般化されて行なわれることが期待される。また、応用例としてNBI作用がθの展開における正しい高次の補正を出すことが必要であるという条件により提案されているNBI 作用の検証を交差するブレイン系で行ない、正しい補正が得られることを示した。

交差するブレインの組み換え

K. Hashimoto and S. Nagaoka, “Recombination of Intersecting D-branes by Local Tachyon Condensation,” JHEP 0306 (2003) 034, hep-th/0303204.S. Nagaoka, “Fluctuation Analysis of Non-abelian Born-Infeld Action in the Background Intersecting D-branes,” to appear in Prog. Theor. Phys. ,hep-th/0307232.S. Nagaoka, “Higher Dimensional Recombination of Intersecting D-branes,”hep-th/0312010.M. Berkooz, M. R. Douglas and R. G. Leigh, “Branes Intersecting at Angles,”Nucl. Phys. B480 (1996) 265, hep-th/9606139.A. Sen, “Tachyon Condensation on the Brane Anti-Brane System,” JHEP 9808 (1998) 012, hep-th/9805170 ; “Descent Relations among Bosonic D-branes,”Int.J.Mod.Phys. A14 (1999) 4061, hep-th/9902105 ; “Non-BPS States and Branes in String Theory,” hep-th/9904207 ; “Universality of the Tachyon Potential,”JHEP 9912 (1999) 027, hep-th/9911116.P. Koerber and A. Sevrin, “The non-abelian D-brane effective action through order α'4,” JHEP 0210 (2002) 046, hep-th/0208044.
審査要旨 要旨を表示する

弦理論は重力を含む全ての力の統一に向けて最も有望であると考えられている理論であり、現在活発に研究が進んでいる。最近この分野で特に関心を持たれているものとしてブレーンがある。ブレーンは弦理論のソリトンで、一般にはゼロでない次元を有するものであり、宇宙論や現象論も含めて様々な角度から研究されている。

長岡氏の学位論文では交差するブレーンの安定性が詳しく調べられている。このようなブレーンの配位は大統一理論などに応用があると思われているものである。長岡氏の論文ではブレーンが交差する際に現れるタキオンの自由度を通してブレーンの組み替えの力学をあからさまに調べている。論文は本論が7章、補遺が3章に分かれている。このなかで第1章が論文全体の議論の流れについての説明、第2章が交差するブレーンについてのレビュー、第7章がまとめと議論であり、第3章から第6章が著者が導いた独自な結果である。

この論文の主な手法はブレーン上にあるヤン・ミルズ場の自由度に注目し、ブレーンの交差に対応する特殊な古典解の周りで、場を展開し直すことにより、組み替えに対応する力学を特定する点である。この手法はこれまで他で議論されてこなかった新しい方法であり、組み替えの現象を簡明に説明することに成功している。

この方法の一番簡単な例がまず第3章で論じられている。モデルとしてはD弦が小さい角度θ で交差している状況を考える。この方法では離れたブレーン間の力は記述できないので、角度が小さい場合を考え、特にθについて最低次の寄与を評価する。このような交差する配位はヤン・ミルズ理論の古典解になっており、作用をこの解の周りで展開し直すことが可能である。具体的にモードを調べると時間的に増大するもの(タキオンモード)が一つだけ現れることが容易に示される。つまりこの配置は不安定であり、ブレーンの組み替えが自然に起こることがわかる。

第4章以降はこの手法の拡張が議論されている。まず第4章ではブレーン自身がより高い次元を持つ場合(特に2次元の場合)が考察されている。この場合は2つの異なる角度で交差が定義される。このようなより複雑なシステムでも第3章の手法がそのまま使えることが示されている。

次に第5章では角度θがπに近い場合を考える。この場合は物理的には第3章とはかなり異なる状況になり、単なるブレーンの組み替えと言うよりは、ブレーンと反ブレーンの対消滅に対応するプロセスになる。既にA. Sen によりブレーン上のタキオンの凝縮により対消滅が起こることが予想されているが、それはブレーンと反ブレーンが平行な場合に考察されてきたものである。この学位論文では、2枚のブレーンが少しだけ異なる角度で交わっている場合に、最初に交差点でブレーンが組み替えを起こし、それが対消滅に至る過程をより具体的に示している。

最後に第6章では角度θに関する展開の高次の項が考察されている。この場合ヤン・ミルズ理論自身に弦理論から来る補正を導入する必要がある。この補正は作用関数での場の高次項として表現され、6次の項までは具体的な予想がある。この論文では古典解の周りのモードの振動数についての補正を計算し、弦理論の計算から予測されている展開が再現されることを示している。この計算はヤン・ミルズ理論の補正項の予想が正しいものであることを示す一つの例を与えている。

この論文は上で述べたように簡明な計算によりブレーンの組み替え現象を導くことを可能にしたものであり、純粋理論としても応用的観点からも重要な結果である。本論文は東京大学大学院総合文化研究科の橋本氏との共同研究に基づくものであるが、論文提出者の貢献は十分あると判断される。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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