学位論文要旨



No 118784
著者(漢字) 清水,守
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,マモル
標題(和) 階層的宇宙における銀河団の非重力的加熱
標題(洋) Non-Gravitational Heating of Galaxy Clusters in a Hierarchical Universe
報告番号 118784
報告番号 甲18784
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4437号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山崎,典子
 国立天文台 教授 有本,信雄
 国立天文台 教授 郷田,直輝
 東京大学 教授 大塚,孝治
 東京大学 教授 黒田,和明
内容要旨 要旨を表示する

昨今の宇宙論研究の理論的および観測的進展のおかげにより,我々は,宇宙の年齢や宇宙の構成要素の量などといった,宇宙全体の進化に関わる多くのことを理解するに至っている.一方で,個々の天体に対しては,その形成や進化という点において,多くの未解決問題が残されており,これからの宇宙論,および,宇宙物理研究の中心的課題になっていくと考えられている.銀河団もそのような天体の一つである.銀河団とは,ダークマター,星,高温ガスが重力的に束縛されている系で,宇宙の中でも若い部類に入る天体である.そのため,その形成や進化は,銀河などと比べて,比較的単純であると考えられている.よって,銀河団の進化について研究を行なうことは,様々な天体の形成・進化の研究の出発点にふさわしいと考えられる.

しかし,銀河団が単純な系であるとはいっても,我々が想像していた以上に,様々な物理過程が複雑に絡み合って形成・進化していることが,これまでの研究によって分かってきた.例えば,近傍銀河団のX線光度とガスの温度の相関関係(光度・温度関係)の問題が挙げられる.観測されている光度・温度関係を説明するためには,重力に由来する加熱過程(銀河団形成時の断熱圧縮と衝撃波加熱)以外にも,ガスの冷却や銀河などの天体からのエネルギーフィードバックの影響などを考慮する必要があるということが,認識されている.しかし,この重力的加熱過程以外の物理過程(非重力的物理過程)の性質,つまり,ガスの加熱が重要なのか冷却が重要なのかなどといったことや,その影響の大きさ,その源などはあまり分かっていない.この論文では,それらの点に対する研究を行なっている.

まずはじめに,我々は,この非重力的物理過程の性質について調べるために,近傍銀河団の全質量と銀河団ガスの温度の相関関係(質量・温度関係)に着目した.その理由は以下の通りである.最近の多体数値シミュレーションの結果によって,銀河団の質量密度プロファイルは,銀河団の全質量をパラメータとした,ある関数で近似できることが分かってきた.そして,銀河団内の高温ガスは,等温,かつ,銀河団自身の作る重力ポテンシャルと静水圧平衡である,という近似がほぼ成立する.これらの状況下で,ガスの密度プロファイルの関数形は,銀河団の質量を決めれば解析的に与えられる.よって,銀河団の質量・温度関係(とガスの総量)を与えれば,X線光度を銀河団の温度の関数として求めることができる.これは,観測から得られている光度・温度関係を再現するような質量・温度関係を理論的に求めるのが可能であることを意味している.一方で,質量・温度関係を求めることは,近傍宇宙における銀河団の個数分布関数を用いることでも可能である.理論から予言することができるのは,銀河団の質量に対する個数分布関数(質量分布関数)であり,観測から得られるのは,ガスの温度に対する個数分布関数(温度分布関数)である.よって,その両者を比較することにより,観測結果を再現するような質量・温度関係が推定できる.これらの方法は,ガスの熱的進化モデルの詳細に依存しないため,信頼性の高い結果を得ることができると期待される.また,銀河団の光度・温度関係と温度分布関数がほぼ独立な観測量であることも,我々にガスの熱的進化についての情報をもたらすと期待できる.

これに対する結果は以下の通りである.我々は,ガスの温度が銀河団の質量の巾関数で表されると仮定し,その規格化定数と巾指数の値に対する制限を,銀河団の光度・温度関係と温度分布関数から求めた.前者との比較の際に,ガスの総量には,Mohr et al. (1999) の観測データから推定した関係を用いた.後者との比較の際には,質量分布関数として,Press & Schechter (1974) の解析モデルによるものとJenkins et al. (2001) の数値シミュレーションから求めたものの2種類を用いて比較した.その結果,光度・温度関係と温度分布関数からの制限を共に満たすパラメータ領域が存在することが分かった(図1).その両者の観測結果を満たす質量・温度関係は,重力的加熱過程のみを考えた際のパラメータ値(図1中の三角)から,温度の高い方,および,巾指数の小さい方へ,大きくずれている.これは,銀河団ガスに影響を与えている非重力的物理過程が主に加熱過程であり,その影響は,小さな銀河団ほど大きいということを示唆している.我々の求めた質量・温度関係は,観測から直接求めたものとは矛盾しない.

なお,我々は,この方法で求めた質量・温度関係を用いて,宇宙論パラメータ,特に,質量密度ゆらぎの大きさの目安であるσ8というパラメータの値についても議論を行なった.現在の標準宇宙モデルである宇宙項入りの冷たいダークマターモデル(質量密度パラメータΩM=0.3, 宇宙項パラメータΩ〓=0.7, ハッブル定数H0=70kms-1 Mpc-1)の下で,σ8〜0.7-0.8であった.この値は,これまでに推定されていた値σ8〜1.0よりも小さいが,最近のEfstathiou et al. (2002) による,宇宙背景放射と宇宙の大規模構造の観測データを組み合わせた解析の結果などと一致している.

上記の研究により,銀河団の熱的進化において,非重力的加熱過程が重要な役割を担っていることが分かったので,次に,我々は,それが近傍銀河団における相関関係にどのような影響を与えるのかを調べ,加熱源に対する考察を行なった.これまでにも,非重力的加熱源に対する研究は,たくさん行なわれてきた.しかし,それらの研究によって分かったことは,(1)標準的な星形成史から期待される量の超新星爆発のエネルギーフィードバックのみで,近傍銀河団の光度・温度関係を再現することは難しい,(2)活動銀河核からのエネルギーフィードバックを考慮すれば観測されている光度・温度関係を説明できる可能性がある,ということだけであり,いつ,どの程度の加熱が,どのような天体によってなされたのかということは解明されていない.

そこで,我々は,以下のようなモデルを構築し,従来よりも広い視野の下で非重力的加熱について調べた.まずはじめに,銀河団の重力進化を,ダークマターの重力束縛系であるダークマターハローの合体史として構築した.次に,その合体史に従って,ダークマターハロー内のガスの進化を計算した.ガスの進化を解く上で考慮した物理過程は,星形成に伴う重金属汚染,重金属量を考慮した冷却,そして,二つの非重力的加熱源の候補である,超新星爆発からのエネルギーのフィードバックと電波銀河のジェットによる加熱である.この二つの加熱源は,発生する時期や場所という点において相補的である.よって,この二つの加熱過程を同時に考察することにした.そして,我々は,これらの加熱源による加熱量に対して,様々な観測から期待されている上限を設けないことにした.こうすることで,加熱源に対して,従来のモデルよりも広い可能性を考察することが可能となっている.

我々は,近傍銀河団におけるガスの重金属量および光度・温度関係を用いて,それを再現するために必要となる加熱量を求めた.その結果,加熱源に対して,大きく分けて二通りの可能性が考えられることが分かった(図2).一つは,「標準」的な量の超新星爆発からのフィードバックに加えて,電波銀河のジェットによる加熱を行なうものであり,もう一つは,「標準」値の数倍の量の超新星爆発からのフィードバックのみを行なうものである.後者に関しては,フィードバックの強さを,低赤方偏移では「標準」値以下に押え,高赤方偏移で著しく強くすることでも光度・温度関係を再現させることが可能であることを示した.前者の可能性は,Inoue & Sasaki (2001) などによって指摘されていたことを,より詳細なモデルを使って確かめたことになっている.また,後者に関しては,最近の宇宙マイクロ波背景放射の観測によって示唆された,従来考えられていたよりも早い時期で宇宙は再イオン化したのではないかという問題との関連性を考えると,興味深い結果であると言える.なお,これらの可能性は,近傍銀河団におけるその他の観測結果である質量・温度関係,全質量に対する高温ガスの質量の割合,ガスのエントロピーの値も再現できている.

本研究では,近傍銀河団の相関関係に注目して,非重力的物理過程の影響について調べた.この研究により,我々は,天体からのエネルギーフィードバックが,銀河団の熱的進化に対して,重要な役割を担っていることを明らかにした.しかし,その役割をより詳しく知るためには,銀河団の進化の様子をより直接的に調べる必要がある.超新星爆発からのフィードバックを高赤方偏移で著しく強くすることで,銀河団の光度・温度関係が再現されるという結果は,星形成史と銀河団ガスの加熱とを関連づけて考察する必要性を示唆している.また,高赤方偏移での銀河団の性質を調べることも,銀河団の進化を解明することにつながる.特に,スニヤエフ・ゼルドビッチ効果(SZ効果)を利用することで,高赤方偏移で多くの銀河団が観測されると期待されている.よって,SZ効果を用いた際の遠方銀河団の観測可能性やSZ効果を用いて観測された銀河団の諸性質を理論的に調べることは重要なことである.これらの研究により,銀河団進化の理解が進展すれば,他の天体の形成・進化や宇宙の熱的進化の解明へとつながるだろうと考えられる.

パラメータ化した質量・温度関係Tgas(Mvir)=Tgas,0(Mvir/1014M〓)PMTの規格化定数Tgas,0と巾指数PMTの値に対する制限(Mvir は銀河団のビリアル質量,M〓は太陽質量).実線が光度・温度関係からの制限,点線が温度分布関数からの制限.上段と下段の違いは,比較に用いた質量分布関数の違い[上:Press & Schechter (1974), 下:Jenkins et al. (2001)].左右の違いは,銀河団の質量密度プロファイルの違い[左:α=1, 右:α=3/2. αは中心付近のプロファイルの巾指数;(密度)∝(半径)α].白丸と黒丸は,観測データから求めた規格化定数と巾指数の値[白丸:Allen et al. (2001) のデータ,黒丸: Finoguenov et al. (2001) のデータ].

近傍銀河団の光度・温度関係を満たすために必要となる非重力的加熱の量に対する制限.横軸〓SNと縦軸〓RGは,それぞれ,「標準」的な値で規格化した超新星爆発からのエネルギーフィードバック,および,電波銀河のジェットによる加熱の量.長い破線の内側の領域が,光度・温度関係を満たすのに最も適した領域.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、1章ではこの論文の目的と構成、2章では構造形成理論のレビューと、本論文で用いる定式化について述べられている。3章では構造形成理論と観測結果の比較から、非重力的加熱過程の重要性が指摘される。4章では銀河団の質量・温度関係を導き、非重力的加熱過程の効果を定量的に調べ、加熱の重要性を示す。5章では銀河団の合体史の中で超新星爆発、電波銀河のジェットによるガスの加熱、およびガスの冷却の過程を具体的に計算し、シミュレーションと観測結果の比較を行うことで非重力的加熱の量を求めている。6章では結論が述べられる。また付録として、5章で用いたシミュレーション手法の詳細と観測量との比較方法についてまとめられている。

銀河団とは,ダークマター,銀河,高温ガスが重力的に束縛された比較的単純な系であり、X線光度とガスの温度の相関関係(光度・温度関係)は、ガスの温度、密度分布で決定される。しかし単純な仮定では観測量を説明できず、ガスの冷却や銀河からのエネルギー供給などを考慮する必要がある。本論文では重力的加熱過程以外の物理過程の性質、すなわち、重力的加熱以外にどの程度のエネルギーの増減が必要か、ガスの加熱、冷却のどちらが強く働いているのか、その源は何なのか、を定量的に明らかにすることを試みている。

多体数値シミュレーションにより銀河団内の質量密度分布はある関数で近似できることが分かってきた。また銀河団内の高温ガスは,等温で重力ポテンシャルと静水圧平衡にある,という近似が成立する。よって,銀河団の質量・温度関係、ガスの総量を与えれば,銀河団からのX線放射光度が求められる。逆に観測による光度・温度関係を再現するように、質量・温度関係を決めることできる。また銀河団の個数分布関数によっても質量・温度関係が推定できる。

本論文ではガスの温度が銀河団の質量の冪関数で表されると仮定し,その規格化定数と冪指数の値を求めた。その結果,光度・温度関係と個数分布関数からの制限を共に満たす解が存在することが分かった。また銀河団ガスに影響を与えているのは主に加熱過程であり,小さな銀河団ほど影響が大きいことが示唆された。

非重力加熱源についてのこれまでの研究は、(1)標準的な星形成史から期待される超新星爆発のみでは,銀河団の光度・温度関係は再現できない,(2)活動銀河核を考慮すれば、説明できる可能性がある,ということだけであり,いつ,どの程度の加熱が,どのような天体によってなされたのかということは解明されていなかった。

そこで,本論文では以下のようなモデルを構築した。銀河団の重力進化を,ダークマターの重力束縛系であるダークマターハローの合体史として再現し、ガスの進化を計算する。星形成に伴う重元素汚染,重元素量を考慮した冷却,超新星爆発からのエネルギー供給と電波銀河のジェットによる加熱を考慮する。この二つの加熱源は,発生する時期や場所という点において相補的である。これらを同時に計算に取り入れたのは、現実の進化を考察する上では重要であり、本論文の大きな特徴である。また加熱の量をパラメータ化することで、近傍宇宙での観測量からの制限を緩め、広い可能性を考察することを可能とした。このモデルによって観測値である光度・温度関係、高温ガスの質量の割合,重元素量、ガスのエントロピーなどを再現し、加熱源に対して定量的な制限を求めた。

結果として,加熱源に対して,大きく分けて二通りの可能性が考えられることが分かった。一つは,標準的な量の超新星爆発からのエネルギー供給に加えて,電波銀河のジェットによる加熱を行なうものであり,もう一つは,標準値の数倍の量の超新星爆発を考えるものである。後者に関しては,超新星爆発の総数を低赤方偏移では標準値以下に押え,高赤方偏移で著しく強くすることでも光度・温度関係を再現させることが可能である。この結果は星形成史と銀河団ガスの加熱とを関連づけて考察する必要性を示唆している

本論文は構造形成における銀河団の進化を、物理的な理解に基づいて適切なモデル化を行うことで、非重力的加熱の影響について定量的な解析を行い、新たな結果を得ている。また、高赤方偏移での銀河団性質との比較など、今後の発展も見込まれる手法である。具体的なガスの加熱機構の検討、可視光の観測結果などによる銀河の進化史との比較等が今後の課題ではあるが、これらの研究により,銀河団進化の理解が進展すれば,他の天体の形成・進化や宇宙の熱的進化の解明へとつながる重要な知見であると考えられる。

なお、本論文は須藤靖、佐々木伸、北山哲との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、計算および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク