学位論文要旨



No 118788
著者(漢字) 永島,芳彦
著者(英字)
著者(カナ) ナガシマ,ヨシヒコ
標題(和) JMT-2M トカマクプラズマ周辺部のコヒーレント及び乱流的揺動に関する研究
標題(洋) A study of coherent and turbulent fluctuations in the edge region of JFT-2M tokamak plasma
報告番号 118788
報告番号 甲18788
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4441号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐野,雅己
 東京大学 教授 和達,三樹
 東京大学 助教授 半場,藤弘
 東京大学 教授 坪野,公夫
 東京大学 教授 吉澤,徴
内容要旨 要旨を表示する

研究背景と目的

磁場閉じ込めプラズマの揺動成分(力学的平衡の時間スケールよりも速く、かつ系の大きさに比べて細かい構造を持つ成分)は、プラズマの安定性・閉じ込め性能及び構造形成に対して重要な役割を担うことが理論的に指摘されている。例えば、乱流輸送が顕著なプラズマにおいて、乱流のエネルギー移送により自発的に励起される速度シア(径電場の勾配により生じる)が輸送を抑制するというモデルがあり、高閉じ込めモード (H-mode) の物理を説明する有力候補となっている。また、急峻な圧力勾配に駆動される自発電流により電流密度分布が変化し、その結果電磁流体的不安定性を励起し閉じ込めを劣化させるというモデルがある。これは H-mode で起こる周辺局在モード (ELM) という間欠的なエネルギー損失の機構を説明するものとして注目されている。さらに、ELMの発生しない H-mode 中にコヒーレントな揺動がしばしば観測されており、その揺動がプラズマの散逸に寄与して圧力勾配の上昇を抑制し、ELMの発生を制限している可能性もある。これらのモデルの実験的検証には、高時間空間分解能で揺動存在領域を測定する必要がある。一方、時間空間分解に優れたプローブによる測定は、プラズマへの影響、プローブの損傷の問題のため、限定的なものが多い。本学位論文の目的は、高速駆動プローブを用いてできる限り広い(空間)領域で揺動の特性を調べることであり、さらに他の計測手法を用いて、揺動の同定、揺動による構造形成の解明を行うことである。

実験手法

本学位論文の実験は、日本原子力研究所の中型トカマク装置JFT-2Mにて行われ、トカマクプラズマの周辺部を対象に、主として三種の測定器(高速駆動プローブ、反射計、高速磁気プローブ)を用いて揺動の性質を調べた。これらの測定器のうち、高速駆動プローブは学位申請者の手によって設計・製作され、JFT-2M装置へ設置された。この先端部にはモリブデン製の電極が4つ設置され、静電プローブとして使用した。また、圧縮空気を動力として最大300mmのストロークを500msec程度で往復させることができ、1つのプラズマショット中にプラズマ周辺部の空間分布が測定できる。実際の測定では、主に1つの電極の印可電圧を掃引することによって電子温度測定を行い、残り3つの電極を浮遊電位揺動計測に用いた。

実験結果

本学位論文では主に2種のテーマを議論する。一つ目は、プラズマ電流によるオーミック加熱 (OH) 放電中の、グローバルなエネルギー閉じ込めの変化を対象とし、変化が起こった時間帯の前後での周辺構造の変化、コヒーレントな揺動(ある狭い周波数領域で高い振幅を持つ揺動)と乱流的な広帯域揺動の振る舞いを研究した。二つ目は、中性粒子入射 (NBI) による追加熱を行い高閉じ込めモード (H-mode) に遷移した放電を対象とし、コヒーレントな揺動の性質・空間構造の研究を行った。

OH放電における10kHz付近の揺動と他の周波数間の非線形結合

グローバルなエネルギー閉じ込めの変化が起こった時間帯で、周辺構造と揺動の振る舞いの変化を静電プローブを用いて調べた。最外殻磁気面(LCFS)より2cm外側の磁気面を境に、電子圧力の増大が見られる(図1)。一方、負の径電場は変化前後で観測されるが、LCFS近傍でプラズマ電位が上昇しており、電場のシア構造がわずかに変化している。電子温度揺動の寄与を無視して求めた、揺動による粒子束は、エネルギーの閉じ込め変化後に増大している。この時、浮遊電位揺動には10kHzのコヒーレントな揺動が見られる。ほぼ同じ放電条件で、浮遊電位の負レベルの値が小さい別の放電では、10kHzの揺動は観測されていない。この揺動についてトロイダル方向とポロイダル方向の相関と位相を計算したところ、4mm離れた位置で相関はほぼ1で、位相のずれも極めて小さいことが判明した。また、10kHzの揺動に関して、浮遊電位揺動とイオン飽和電流の揺動レベル(規格化した揺動振幅)を比較したところ、浮遊電位揺動のレベルが2〜3倍ほどイオン飽和電流揺動レベルよりも高く、かつ浮遊電位揺動がコヒーレントであるのに対してイオン飽和電流揺動はコヒーレントでなかった。10kHz揺動のこれらの性質は、Geodesic Acoustic Mode (GAM) という電位揺動と同じものである。GAMは磁力線にそった方向の圧力揺動もしくは速度揺動が非一様性を持つことによって励起される。GAMの角周波数ωはイオン音速/プラズマ主半径で記述されるが、イオン温度が電子温度の三倍程度であると考えると実験値とほぼ一致する。さらに、GAMは密度揺動レベルが小さくても電位揺動レベルとしては観測可能な大きさになる。乱流のレイノルズ応力によってポロイダル流の生成が予測されているが、その非一様性がGAMの発生に関与することは十分考えられる。また揺動がコヒーレントであることから、波数空間と周波数空間に一定の対応関係があると仮定することができ、電位揺動と生成された流れの間の非線形結合が周波数空間での解析で観測される可能性がある。そこで浮遊電位揺動に関して、バイコヒーレンス解析(三波の非線形結合の度合いを示す)を行った結果、0及び10kHzと他の周波数の間に有意な非線形相互作用があることが判明した。例えば、10kHz近傍のバイコヒーレンスは、ノイズレベルが0.04であるのに対して非線形相互作用がある領域では0.1程度の有為な値を持つ。10kHz揺動がGAMとすればこの実験結果は、10kHz揺動が乱流のエネルギー輸送の変調に起因していることを示している。揺動の厳密な同定を行うためには波の分散関係を計測しなければならず、それは今後の課題である。

H-modeにおけるコヒーレント揺動の性質

JFT-2Mにおいて、大きなELMの存在しないH-mode放電中に2種の特徴的なコヒーレントな揺動が観測されている。静電プローブ・反射層の異なる2チャンネルの反射計・高速磁気プローブの3種の測定器を用いて、揺動のタイプ(密度、磁場、電位)や空間構造を調べた。2種の揺動の内の一つはJFT-2Mの高リサイクリング定常 (HRS) H-mode 中に観測されている300kHz程度の磁気揺動であり、もう1つはDα輻射強度の非常に小さい時間帯で観測されている80kHz程度の密度揺動である。300kHzの揺動は最外殻磁気面の外側の広い領域で浮遊電位揺動として観測され、その減衰長は2cm程度である。一方相関解析によって、300kHz揺動が反射計で計測した密度揺動にも存在することを明らかにし、低密度側のチャンネルで相関が検出されるものの高密度側のチャンネルでは相関が観測されない場合があることが判明した。このことは、300kHzの揺動がプラズマの内側深くに浸透していないことを示している。周辺部に局在したMHD揺動としては、高いモード数を持つバルーニングモード等が考えられるが、別のトカマク装置(Alcator C-Mod)でも類似の放電でバルーニングモードが観測されている。後者の80kHzの揺動は、高速磁気プローブでは観測できず、静電プローブでは強い電場のある領域においてのみ浮遊電位とイオン飽和電流に観測された。浮遊電位の揺動レベルはイオン飽和電流の揺動レベルに対して4倍ほど大きく、このことから、80kHzの揺動が静電波と仮定した場合ドリフト波ではないと考えられる。候補としてはGAMが考えられるが、周波数がGAMとしては高い値である。これらの揺動は、今後より詳細な計測によって種類を同定する必要がある。

まとめと結論

本学位論文では、実験的に以下の点を明らかにした。1つ目は、OH放電において10kHzのコヒーレントな揺動を観測しそれが乱流揺動と非線形結合を持つことを明らかにした。この揺動は閉じ込め改善時に生成される帯状流と密接な関係にあると思われ、今後さらに詳細な分散関係の特定を行うことで閉じ込め改善過程の物理解明に貢献できると期待される。この結果より、仮定を含んだ議論だがレイノルズ応力によるコヒーレントな流れ構造が実際に生成されうると結論付けられる。2つ目は、H-modeで観測されたコヒーレントな磁場揺動と密度揺動の性質について明らかにした。磁場揺動が周辺部に存在することが示唆された点や、密度揺動がある磁気面より内部でのみ存在しうることは今後のモードの同定に貢献しうる貴重な成果と考えられる。この結果より2種のコヒーレント揺動の種類について同定に貢献できたと結論付けられる。

グローバルなエネルギー閉じ込めの変化前(黒)と後(赤)の電位(Φp)・電子圧力 (neTe) 分布

(上)10kHz揺動の振幅。(下)浮遊電位揺動のバイコヒーレンス。左下が10kHz揺動の振幅が大きい時間帯(上の図の黒点)で、右下が10kHz揺動の振幅が小さい時間帯(上の図の赤点)

H-modeプラズマで計測された(a)カットオフ密度1.8×1019m-3の反射計(b)カットオフ密度1.0×1019m-3の反射計(c)浮遊電位(d)磁気揺動のパワースペクトル(e)D〓発光強度とプローブの位置

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、トカマクプラズマ周辺部における構造形成や乱流的揺動の特徴を、独自のプローブを含めた種々の測定手法により明らかにしたもので、全7章からなる。第1章では、導入として核融合研究におけるトカマクプラズマの意義やそこでの高閉じ込めモードや周辺局在モードについて説明し、乱流揺動と構造形成の関わりについて概要が述べられている。第2章では、トカマクにおけるプラズマの発生方法や加熱方法について述べている。第3章では、プラズマ診断の手法としての高速駆動静電プローブ、高速磁気プローブ、反射計の構成と測定原理などが述べられている。第4章では、オーミック加熱放電を対象に閉じ込め改善が起こる前後での構造と揺動の変化を調べ、浮遊電位揺動に約10KHzのコヒーレントな成分を見出し、乱流揺動と非線形な相互作用があることを明らかにしている。第5章では、中性ビームによって追加熱を行った場合に見られる高閉じ込めモードにおいて、3種類のプローブを用いて2種類のコヒーレントな揺動の性質を調べた結果について述べている。第6章は測定されたコヒーレントな揺動のメカニズムに関する議論と全体のまとめである。

本研究では、日本原子力研究所の中型トカマク装置JFT-2Mで生成されたプラズマの周辺部を対象に、浮遊電位などの揺動と構造形成の関連について様々の実験的手法によりその特徴を明らかにするとともに、揺動モードの同定をめざしたものである。核融合を志向したプラズマ研究においては良好な閉じ込めを実現するため、閉じ込めの安定化や不安定化を決定付ける機構の解明が急務となっている。特にプラズマの揺動成分は、プラズマの安定性や閉じ込め性能、プラズマの構造形成に重要な役割を担うことが理論的に指摘されている。例えば、乱流のエネルギー移送により動径方向に電場が励起され、ExBの効果により発生する流れのシアが散逸を抑制するというモデルが提案されている。これらのモデルの実験的検証には、高時間空間分解能で揺動の存在する領域を測定する必要があるが、従来はプローブの損傷やプローブがプラズマへ与える影響を無視できないため、限定的な測定方法に限られていた。本研究で用いられた高速駆動静電プローブは、ベローズ構造の先に4つの電極を構成し、ソレノイドバルブと圧縮空気を組み合わせ、高速でトカマク隔壁からプラズマ周辺を往復運動する装置であり、これにより従来に比べ広い範囲での揺動の特性を計測することが可能になった。

第4章では、オーミック加熱放電中の閉じ込めモードを対象とし、静電プローブにより閉じ込め状態の変化前後での周辺構造や揺動の変化を調べた結果について述べている。浮遊電位に10KHzのコヒーレントな揺動を見出し、これが長い相関長を持つこと、さらにイオン飽和電流揺動レベルよりも2〜3倍高いことなど、Geodesic Acoustic Modeと同定できる根拠を示した。また、周波数成分間のバイコヒーレンス解析を行った結果、0及び10KHzと他の周波数の間に優位な非線形相関があることが判明した。このことから10KHz揺動が乱流により自発的に形成されるポロイダル流との非線形相互作用により発生し、同時に乱流のエネルギー輸送を変調している可能性を示している。

第5章では、中性ビーム注入によって追加熱した際に現れる高閉じ込めモードにおいて現れるコヒーレントな磁気揺動と密度揺動について、静電プローブ、反射層の異なる2チャンネルの反射計、高速磁気プローブの3種の測定器を用いて揺動のタイプや空間構造を調べた結果について述べている。高リサイクリングモード中に観測される約300KHzの磁気揺動は、最外殻磁気面の外側の広い領域で浮遊電位揺動としても観測され、その減衰長は2cm程度である。低密度層で反射する28GHzの反射計では電位揺動との相関が検出されるものの、高密度層で反射する38GHzの反射計では相関が検出されないことから300KHzの揺動がプラズマの内側に深く浸透していないことを明らかにし、周辺部への局在からバルーニングモードであるとの推定を行った。他のコヒーレント成分である約80KHzの揺動は、高速磁気プローブでは観測されず、静電プローブでは強い電場のある領域でのみ観測された。また、揺動レベルの比較からドリフト波ではなく、静電波であることを示唆する結果を得た。これらは新しい知見である。

総じてこれらの研究成果は、トカマクプラズマにおいて高速駆動静電プローブなどの新しい測定手法を用いてコヒーレント揺動の特徴を明らかにしたもので、本研究で得られた知見が当該分野に果たした貢献は十分なものがあり、学位論文として高く評価される。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

なお、本論文の中核をなす第4章の内容は指導教官らとの共著論文としてすでに出版されているが、測定装置の開発、実験の遂行、結果の解析などは論文提出者が主体となって行ったもので提出者の寄与が殆どである。

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