学位論文要旨



No 118790
著者(漢字) 石塚,正基
著者(英字)
著者(カナ) イシツカ,マサキ
標題(和) スーパーカミオカンデの大気ニュートリノデータを用いたL/E解析
標題(洋) L/E analysis of the atmospheric neutrino data from Super-Kamiokande
報告番号 118790
報告番号 甲18790
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4443号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,俊則
 東京大学 教授 蓑輪,眞
 東京大学 教授 山本,明
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
 東京大学 助教授 真下,哲郎
内容要旨 要旨を表示する

スーパーカミオカンデ検出器は1996年4月に観測を開始し、2001年7月に中断するまでに有効日数1489日の大気ニュートリノの観測が行われた。観測された大気ニュートリノ事象はモンテカルロ法により計算された予測値と比較される。比較の結果、観測された大気ニュートリノ事象のうち、電子ニュートリノについてはその予測値とよく一致しているが、ミューオンニュートリノ事象については飛来方向の天頂角に依存する欠損が見られ、特に上向きの事象の数が予測値よりも有意に少ないという事が明らかにされた。一方、観測されたデータと予測値の間の不一致は大気ニュートリノ中のミューオンニュートリノがタウニュートリノへと振動するニュートリノ振動により説明される。この大気ニュートリノの観測結果はニュートリノ振動の証拠として報告された。

この論文ではスーパーカミオカンデにより観測された最新の大気ニュートリノデータを用いたニュートリノ振動解析の結果が報告される。まず、大気ニュートリノ事象の天頂角分布を用いた方法による2世代ニュートリノ振動の解析が行われた。この解析では、100MeVから100GeVの広いエネルギー範囲にわたる大気ニュートリノ事象が用いられ、ニュートリノ振動パラメータの許容領域が求められた。今回の解析では特に、検出器の性能、大気ニュートリノフラックスの計算、およびニュートリノ反応などの多岐にわたる系統誤差が見積もられ、そのニュートリノ振動パラメータの許容領域についての影響が考慮されている。解析の結果、90%の信頼水準でのニュートリノ振動パラメータの許容領域は以下のように求められた。

さらに、ニュートリノ振動の直接の検証として、ミューオンニュートリノの振動確率のL/E依存性の測定がおこなわれた。ここで、Lはニュートリノの発生点からスーパーカミオカンデで観測されるまでの飛行距離、Eはニュートリノのエネルギーである。ニュートリノの振動確率はL/Eの関数として表され、その確率は正弦関数となる事が予言されている。観測された大気ニュートリノ事象のL/E分布をニュートリノ振動がない場合のモンテカルロ法による予測値と比較する事により、その振動確率が測定される。L測定の結果、ミューオンニュートリノ事象について、その振動確率の中に「くぼみ」が観測された。このくぼみの存在はニュートリノ振動から予測されるものである。一方、このL/E分布のくぼみは上向きミューオンニュートリノの欠損を説明しうるニュートリノ崩壊やニュートリノデコヒーレンスなどの他の現象からは期待されない。このニュートリノの振動確率の測定結果、特にその「くぼみ」の観測は、ニュートリノの振動確率が実際に正弦関数に従っている事を示す初めての統計的に有意な証拠である。

観測されたミューオンニュートリノのL/E分布から、2世代ニュートリノ振動の許されるパラメータ領域が求められた。その結果、90%の信頼水準での範囲が示された。この結果は天頂角分布を用いた解析方法により得られた結果と一致している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、スーパーカミオカンデIの全データを用いて大気ニュートリノの総合的な解析を行い、これまでより高い精度でニュートリノ振動現象を研究したものである。本論文は、スーパーカミオカンデIにおける大気ニュートリノ解析の最終結果である。

本論文の特色は、振動現象の基本変数であるL/E(ニュートリノの飛行距離とエネルギーの比)を各ニュートリノ事象に対して求め、実際にL/Eの関数として振動(事象数の増減)が起きていることを初めて示した点である。観測されたL/Eの分布をフィットすることにより、これまでの天頂角分布による解析よりも精度よくニュートリノ振動のパラメータΔm2を決定することができた。また、これまで観測された天頂角分布からは、それがニュートリノ振動なのか、それともニュートリノが崩壊したり decoherence を起こしているせいなのか、区別ができなかったが、これらニュートリノ崩壊や decoherence のモデルでは、L/E分布に見られる大きな落ち込みをニュートリノ振動ほどうまく説明できないことが定量的に示された。

論文提出者はこれらの解析を行うにあたって、考えられる系統誤差を洗い出し、様々なニュートリノ事象サンプル (FC single-ring、FC multi-ring μ-like、PC、upward stopping muon、and upward through-going muon) の天頂角分布やL/E分布の間に存在する相関を十分考慮している。また、本解析の要であるL/Eの測定精度を詳細に見積もり、最良の結果を出すために事象選択の最適化を行い、またその正当性も正しく評価している。

なお、本論文の内容はスーパーカミオカンデ実験グループにおける共同研究であるが、L/Eによる解析や系統誤差の見積もりなど、論文提出者が主体となって研究を行って結果に至ったもので、論文提出者の寄与が本質的であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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