学位論文要旨



No 118793
著者(漢字) 江副,祐一郎
著者(英字)
著者(カナ) エゾエ,ユウイチロウ
標題(和) 大質量星の形成にともなうディフューズ硬X線放射の研究
標題(洋) Investigation of Diffuse Hard X-ray Emission Associated with the Formation of Massive Stars
報告番号 118793
報告番号 甲18793
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4446号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,貴雄
 東京大学 教授 中畑,雅行
 東京大学 講師 上坂,友洋
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
 東京大学 助教授 半場,藤弘
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

大質量星は莫大な重力エネルギーと運動量を解放しながら誕生し、主系列星に成長すると強い紫外線で周りの物質を電離し、また数千km s-1もの高速の星風を通じて、重元素と運動エネルギーを解放するなど、中小質量星(〓10太陽質量)に比べ、銀河の星間物質にはるかに多大な影響を与える存在である。しかし成長が早く、濃い分子雲に埋もれているといった理由から観測が難しく、星としての初期段階において、冷たい分子雲ガスの中でどのような物理現象が起きているのかについてはよく分かっていない。

1974年 Uhuru 衛星によってオリオン星雲からX線放射が観測されて以来、透過力の強いX線はこうした若い大質量を探る手段として確立されてきた。プラズマ温度に直すと106-8KものX線の放射それ自体が、数十Kの冷たい分子雲の中で予期せぬ高エネルギー素過程が活発に進行していることを示めしている。さらに驚くべきことに Einstein 衛星やつづく日本の「あすか」衛星などによって、X線の放射源として星とは別に“真に広がった”(ディフューズ)成分があることが示唆された。理論的には大質量星からの星風が周囲の物質とぶつかって生じる衝撃波が熱的なディフューズ放射を形成すると考えられたものの、空間分解能やエネルギーバンドが限られていたため、暗い点源の集合である可能性を棄却することはできなかった。仮にディフューズ放射があるとして、その起源が星風の衝撃波がであるならば、超新星爆発に伴って見られるように非熱的な放射、すなわち高エネルギー粒子の加速も同時に起きていると考えるのが自然である。従って大質量星の形成領域からのディフューズX線放射の解明は、高エネルギー宇宙物理における重要課題である、宇宙線の生成起源と加速領域の特定にも影響を及ぼす可能性を持つ。

本論文では、このような視点から、秒角の角度分解能を誇る最新のX線衛星 Chandra を用いて、大質量星の形成に伴うディフューズX線放射の存在を検証し、その放射機構とエネルギー源を明らかにすることを目的とする。

デイフューズ硬X線放射の発見

私は「あすか」衛星によってディフューズ硬X線放射の存在が示唆された、代表的な大質量星の形成領域NGC 6334を Chandra 衛星で観測した。そして点源以外に、見かけ上5×9pc2の大きさに広がって見える放射を発見した(図1上)。検出された800個の点源の寄与を定量的に差し引いた”Excess Emission”(図1下)においてもこの放射ははっきりと検出できており、分子雲とよく相関している。さらにバックグラウンドを差し引いても、統計的に十分有意であり (>20σ)、そのX線光度は2×1033 ergs s-1 と、点源の総和の半分にも達することが分かった。次いで、この放射が検出しきれなかった暗い点源の集合で説明つくのかどうか、検出点源の光度関数を用い、暗い点源の寄与を見積もったところ、広がった放射の約90%が真に“ディフューズ”であるという結論を得た。すなわち大質量星の形成に伴うディフューズ硬X線放射が確かに存在するということを示すことができた。

さらにディフューズ放射の放射機構とエネルギー源に迫るべく、作成したExcess Emission イメージを用いて、場所毎のX線スペクトルの解析を行なった。ディフューズ放射のX線スペクトルは場所により異なり、分子雲の薄い部分(水素柱密度にして〓1022 cm-2)では1-10keVの熱的プラズマ放射で表され、一方、分子雲のコア部(〓1022 cm-2)には非常にフラットな光子指数 (Г〜1) のべき関数スペクトルが見られた(図2)。熱的な放射の可能性が完全に棄却できるわけではないが、これらのフラットなべき関数スペクトルは非熱的放射を強く示唆する。すなわちディフューズ放射は場所によって熱的と非熱的放射が違う割合で混じっていると考えられる。

NGC 6334での発見をより確かなものにするため、私はさらに我々から最も近い大質量星の形成領域の1つNGC 2024の Chandra データを解析し、NGC 6334と同様に、統計的に有意なディフューズ放射を検出した。X線光度は1×1031 ergs s-1、広がりは直径1pcほどで、分子雲の濃い場所によく一致する。スペクトルはNGC 6334の分子雲の濃い場所のものと同様に、光子指数 (Г=0.7±0.3) のべき関数スペクトルを示し、非熱的な放射と思われる。大質量星の形成に伴うディフューズ硬X線放射の存在は、より一層確かなものとなった。

以上の結果をふまえて、ディフューズ放射の場所毎の水素柱密度と表面輝度の関係を比較したところ、明らかな正の相関を見つけた(図3上)。さらに水素柱密度と温度(連続成分のハードネス)にも正の相関が見られる(図3下)。これらは放射の起源と密接に関係しているものと考えられ、放射機構やエネルギー源を考える上での大きな手がかりとなる。

放射機構およびエネルギー源

以上の観測事実に基づき、ディフューズ放射の起源を考察した。まず見つかったフラットなベキ関数スペクトルは、非熱的な放射メカニズムが強く示唆される。しかし、そのスペクトルの平坦さはシンクロトロンや逆コンプトン放射では説明が難しい。一方、高密度ガスではクーロン損失で、低エネルギー電子はより早くエネルギーを失うため、sub-GeV領域の電子からの制動放射のスペクトルは、光子指数1のベキ関数となると理論的に示されており、観測を旨く説明できる。するとNGC 6334では少なくとも〜1036 ergs s-1、NGC 2024では〜1035 ergs s-1もの膨大なエネルギー供給がなくてはならない。また仮にこれらの領域も含め、全てのディフューズ放射が熱的なプラズマからの放射だとしても、NGC 6334では〜1035-36 ergs s-1、NGC 2024では〜1033-34 ergs s-1ものエネルギーがやはり必要となる。一体、この莫大なエネルギーは何によって与えられているのだろうか?

数ある大質量星とその形成に伴う現象の中で、こうした莫大なエネルギーとX線を出しうるプラズマの加熱と粒子加速を可能にするのは、1000〜3000km s-1の高速の星風が尤もらしい。そこで、若い大質量星が放出する星風が、濃い周囲の物質(HII領域など)とぶつかって生じる衝撃波で生じるプラズマや高エネルギー粒子が原因と考えた。するとそれぞれの領域に期待される個数の大質量星の星風の運動エネルギーは上のエネルギーを説明することができ、高速の星風による衝撃波は高温の熱的放射や非熱的放射も説明しうる。さらに、観測したディフューズ放射のサイズも、徐々に広がってゆく星風の予想される大きさととよく一致する。見つかった水素柱密度と表面輝度との相関(図3上)も、理論的に説明がつき(図3上点線)、水素柱密度と温度に見えたもう一つの相関も、分子雲の濃い環境ではより強い衝撃波が形成され、粒子加速とそれに伴う非熱的放射が卓越する、という自然な解釈と一致する。このように星風の衝撃波説は、我々の結果を非常に旨く説明できることがわかった。

(上)、Chandra 衛星によるNGC 6334のX線イメージ (2-8keV)。2回の観測を重ねて表示。白枠は視野。(下)上から点源を引いたディフューズX線放射イメージ。観測毎に示した。実線はCOのマップ。

Chandra 衛星によるNGC 6334のディフューズ放射の場所毎のスペクトル(左分子雲の薄い部分、右濃い部分)。緑線は領域内の点源からの洩れだし。

(上)ディフューズ放射の場所毎の水素柱密度と表面輝度の関係。(下)水素柱密度と温度(連続成分のハードネス)の関係。黒がNGC 6334の分子雲の薄い領域、赤がNGC 6334の分子雲の濃い領域、緑はNGC 2024全体。青はディフューズ放射が強く示唆される他の大質量の星形成領域M17の値(Townsley et al. 2003より引用)。上図の点線は星風説で予想される巾。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、大質量星生成領域から放射される広がった(ディフューズ)硬X線放射の存在を検証し、そのエネルギー源について議論したものである。

論文は9つの章から構成されている。1、2章での導入に続いて、3章で研究に用いられた観測機の概要が記述されている。4、5、6、7章において、星生成領域からのX線放射の観測、結果を論じ、大質量星生成領域からのディフューズ硬X線放射の存在を検証している。続いて8章において、その起源、およびエネルギー源について議論し、9章で議論をまとめている。

大質量星は莫大な重力エネルギーと運動量を解放しながら誕生し、主系列星に成長すると強い紫外線で周りの物質を電離し、また高速の星風を通じて、重元素と運動エネルギーとを解放する。このように、大質量星は、銀河の星間物質に多大な影響を与える存在である。しかし成長が早く、濃い分子雲に埋もれているという理由から観測が難しく、星としての初期段階において、どのような物理現象が起きているのかについてはよく分かっていない。

1974年に Uhuru 衛星によってオリオン星雲からX線放射が観測されて以来、透過力の強いX線はこうした若い大質量を探る手段として確立されてきた。さらに驚くべきことに Einstein 衛星や「あすか」衛星などによって、個別のX線の放射源とは別に、広がった(ディフューズ)成分があることが示唆された。ただし、空間分解能やエネルギーバンドが限られていたため、真に広がった成分なのか、それとも暗い点源の集合であるかを区別することはできなかった。

本論文では、このような視点から、優れた角度分解能を誇る最新のX線衛星 Chandra を用いて、大質量星の形成に伴うディフューズX線放射の存在を検証し、その放射機構とエネルギー源を明らかにすることを試みた。

論文提出者は、まず、代表的な大質量星の形成領域NGC6334を Chandra 衛星で観測し、点源以外に、広がって見える放射を発見した。検出された800個の点源の寄与を定量的に差し引いた”Excess Emission”においてもこの放射は検出されている。さらに、バックグラウンドを差し引いても、統計的に十分有意(>20σ)な存在である。

次いで、この放射が「検出しきれなかった暗い点源の集合」で説明つくのかどうかを検証するため、検出点源の光度関数を用い、暗い点源の寄与を見積もったところ、広がった放射の約90%が真に“ディフューズ”であるという結論を得た。これにより、大質量星の形成に伴うディフューズ硬X線放射が確かに存在するということが検証された。

さらにディフューズ放射の放射機構とエネルギー源に迫るべく、X線スペクトルの解析を行なった。ディフューズ放射のX線スペクトルは場所により異なり、分子雲の薄い部分では1-10keVの熱的プラズマ放射で表され、一方、分子雲のコア部には非常にフラットな光子指数のべき関数スペクトルが見られた。このフラットなべき関数スペクトルは非熱的放射を強く示唆する。すなわちディフューズ放射は場所によって熱的と非熱的放射が違う割合で混じっていると考えられる。

この発見をより確かなものにするため、論文提出者はさらに近傍の大質量星形成領域の1つであるNGC2024の Chandra データを解析し、統計的に有意なディフューズ放射を検出した。スペクトルはフラットなべき関数スペクトルを示し、非熟的な放射と思われる。

以上の観測事実に基づき、ディフューズ放射の起源を考察した。まずディフューズ放射のうち、フラットなベキ関数スペクトルをもつ成分については、そのスペクトルの平坦さから、その起源は sub-GeV領域の電子からの制動放射のスペクトルと予想される。すると例えばNGC6334では少なくとも〜1036 ergs s-1もの膨大なエネルギー供給がなくてはならない。

大質量星とその形成に伴う数ある現象の中で、こうした莫大なエネルギーでプラズマの加熱と粒子加速を可能にするメカニズムとしては、高速の星風が最有力候補である。そこで、観測された各領域に期待される個数の大質量星の星風の影響を見積もったところ、上記のエネルギーを定量的に説明することができることがわかった。また、高速の星風による衝撃波は高温の熱的放射や非熱的放射の存在も説明しうる。さらに、観測されたディフューズ放射のサイズも、徐々に広がってゆく星風の予想される大きさとよく一致する。また、水素柱密度と表面輝度とに正の相関が見つかっているが、この相関も理論的に説明することができる。このように星風の衝撃波説は、観測された結果を矛盾なく説明できることがわかった。

なお、本論文第4, 5, 6, 7章の主要部分は、牧島一夫、国分紀秀との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、観測提案及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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