学位論文要旨



No 118794
著者(漢字) 大森,一樹
著者(英字)
著者(カナ) オオモリ,カズキ
標題(和) 開いた超弦の場の理論とそのタキオン凝縮への応用
標題(洋) Open Superstring Field Theory Applied to Tachyon Condensation
報告番号 118794
報告番号 甲18794
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4447号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 教授 柳田,勉
 東京大学 教授 小林,富雄
 東京大学 助教授 松尾,泰
内容要旨 要旨を表示する

弦の場の理論は、弦理論を時空でのゲージ対称性に基づいて非摂動論的に定式化しようという試みである。しかしその定式化がなされて以来、非摂動領域での妥当性については疑問視されてきた。それに対し、近年のタキオン凝縮の問題への応用を通じて、開弦の場合に限ってはDブレインの崩壊という非摂動的現象を正しく記述しているのではないかと思われるようになってきた。本論文では、開いた超弦の場の理論の定式化と、そのタキオン凝縮の問題への応用について議論する。

Dブレインとは、弦理論においては開弦の端点が移動することのできる超曲面として定義される。ボソン的弦理論においてDブレインを考えると、その上の開弦のスペクトル中にはタキオンモードが含まれることがわかる。A. Senは、このタキオンがDブレインの不安定性を表していると考え、以下の予想を行った:

(1) タキオンのポテンシャルには極小点が存在し、そこでは負のエネルギー密度がDブレインのテンションを相殺する。

(2) タキオンが凝縮した後に残る真空(以下タキオン真空と呼ぶ)のまわりには開弦の自由度がなく、閉弦理論の真空と同一視される。

(3) 不安定なDブレイン上で lump 解を構成すると、それは低い次元のDブレインを表す。この予想は、レベルトランケーションと呼ばれる近似法を用いることによって弦の場の理論の枠内で示されてきた。しかし、タキオン真空を表す厳密解は未だ見つかっていない。そこで、Rastelli, Sen, Zwiebach らは逆にタキオン真空を直接記述する理論の形を提案し、そこでDブレインに対応する解を構成しようとした。このタキオン真空のまわりの弦の場の理論(vacuum string field theory, 以下VSFTと呼称)では、作用に現れる運動項がゴースト変数のみで書かれると仮定する。この仮定により、運動方程式は物質部分とゴースト部分に分離し、しかも物質部分の方程式は*積の下で2乗ずると元に戻るという射影演算子によって満たされることがわかる。実際、そのような弦の場の配位が厳密に構成され、それがDブレインを表しているという証拠が提示されてきた。このように、ボソン的弦理論における不安定なDブレイン系の崩壊についてはかなりの理解が得られたが、近年ではさらにその時間発展に関する研究もなされるようになってきた。この研究は、弦の場の理論ではなく、主に境界をもつ共形場理論 (boundary conforma1 field theory, BCFT) を用いて進められてきたが、この方法ではバルクに存在する閉弦との相互作用を直接取り扱うのが困難である。そこで、ここでは閉弦と開弦の両方を力学的な自由度とみなす開-閉弦の理論においてDブレインの崩壊がどのように記述されるかを考察し、さらに簡単な場の理論的モデルにおいてDブレインが閉弦に崩壊していく様子を表す解を具体的に構成する。

これまではボソン的弦の場合における研究結果をまとめてきたが、以下はこれを超弦の場合に拡張することを考える。RNS形式と呼ばれる超弦理論の定式化においては、ある一つの物理的状態に対応する頂点演算子が無数に存在し、picture という量子数によってラベルされる。超弦の場の理論を定義する際には、弦の場がどの picture に属するかを指定しなくてはいけない。Witten は初め、NSセクターの弦の場を-1-picture にとって理論を定義した。この場合、非自明な作用を構成するためには3次の相互作用項に picture-changing operator を挿入しなくてはならないことがわかる。ところが、この理論を用いて弦の散乱振幅を計算しようとすると、picture-changing operator 同士が1点で衝突し、発散を生じるという問題点が指摘された。その後、NSセクターの弦の場をO-picture にとるように理論を変更すれば作用が3次であるという特徴を保ったまま上記の発散の問題が解決できるということが提案された。この理論は今日 modified cubic superstring field theory と呼ばれている。この理論では、少なくとも形式的には容易にRセクターの弦の場も導入することができ、作用が10次元時空における超対称変換の下で不変であることも示される。しかし、この理論では2次の運動項にも picture-changing operator を挿入しなくてはならず、また慣習的なものとは異なるO-picture の場を使用しているため、この理論が摂動的な超弦理論の結果をうまく再現しているかどうかは自明ではない。ここでは、NS massless sector について詳しく調べた。その結果、通常の Maxwell 作用を再現するためには全ての場を完全にoff-shell にしたままではだめで、いくつかの補助場を積分しなければならないということがわかった。ゲージ場も含めて全ての場を完全にon-shell にすると、物理的状態は-1-picture のものと一致するということを付言しておく。

さらに、この理論をGSO(-)セクターを含むように拡張することによって超弦の場合のタキオン凝縮の問題を調べることができる。この理論にレベルトランケーション法を適用して真空解を探すと、そのエネルギー密度は最低次の段階で予想値のおよそ97.5%を再現するが、近似の精度を上げていってもなかなか値が収束していかないということがわかった。この予想外の振舞いは、弦の場を慣例的ではないO-picture にとっていることと関連しているのではないかと思われる。さらに、超弦理論のタキオンポテンシャルは2重に縮退した真空を持つため、キンク的な配位を持った解が存在し、それが1次元低い安定なBPS Dブレインを表しているということが予想されている。ここでは実際にそのような解が存在し、そのエネルギー密度が予想されているBPS Dブレインのテンションに一致するということを最低次の近似で示した。

一方、Berkovits は、modified cubic theory でも picture-changing operator に伴う問題は解決されていないと考え、picture-changing operator を全く使わずに作用を書き下す方法を提案した。この理論では、作用は無限に多くの相互作用項を含んでおり、cubic 理論に比べて非常に複雑な形となっている。さらに、この理論にRセクターの場を取り入れることは容易ではなく、時空の超対称性の構造もよくわかっていないが、タキオン凝縮の過程ではRセクターの場が非零の真空期待値を獲得しないので、NSセクターに限って議論することが可能である。この理論でのタキオン真空解の性質は比較的よく調べられており、そのエネルギー密度は近似の精度を上げるにつれて予想値に向かって収束していくということが示されている。私はこの理論におけるキンク解について調べ、最低次の一つ上のレベルで予想されるDブレインに対応する解が存在することを確かめた。

従来、これら2つの理論は全く異なるものであり、状況証拠から Berkovits の理論の方が正しく、modified cubic 理論は誤りであると考えられてきた。それに対し、私はこれら2つの理論が実は両方とも(ある範囲内では)正しく、何らかの関係があるという可能性について調べた。その証拠として、例えば、各々の理論で古典解を探すときには拘束条件付きの運動方程式を解くことになるが、それらの方程式の集合は両方の理論で同じであるということが挙げられる。また、どちらの理論も正しい散乱振幅を与えるということも示されている。もしこれら2つの理論が両者とも妥当であるということがわかれば、開いた超弦の場の理論に対して何らかの双対な記述が得られたことになり、興味深いと思われる。

私はさらに、上で述べたVSFTの超弦の場合への拡張を試みた。その動機としては、ボソン的弦の場合にそうであったように、超弦でもDブレインに対応する古典解が解析的に求まることが期待されるというだけでなく、超弦特有の現象、例えば不安定なDブレインの崩壊に伴う時空の超対称性の回復の機構などが開弦の場の理論の立場から調べられるのではないかという期待がある。私は超弦の場合のタキオン真空に対して予想される性質と、ボソン的弦のときに提案された処方箋を用いて、ゴースト変数のみで書かれた運動項の具体的な形を提案した。しかし、この理論においてDブレインに対応する古典解は未だ構成されていない。その上、この理論に対してレベルトランケーションを適用すると、予想される解がきちんと構成できないという結果になった。これは、ゴースト運動項の仮定が超弦の場合には正しくないということを表しているのかもしれない。

弦の場の理論におけるこれからの課題としては、今のところ開弦と閉弦の間の相互関係 (open-closed duality など) がはっきりしていないということ、閉弦のタキオン凝縮はまだよく理解されていないということ、閉じた超弦の場の理論の定式化とその解析、などが挙げられる。

審査要旨 要旨を表示する

超弦理論は、重力を含めた相互作用の統一理論へ向けてほとんど唯一の手掛かりとみなされ、様々な観点から研究されてきたが,ここ10年位ほどの間に起こった新展開により統一理論としての超弦理論の内容の深さがますます認識されてきた.特にそれまではほとんどわかっていなかった超弦理論の非摂動的な側面について飛躍的な進展がなされつつあることが最近の重要な成果である.このような発展にあって鍵になる役割を果たしているのは,Dブレーンと呼ばれる弦理論の新しい自由度である.Dブレーンは,摂動的な弦理論の描像では,開弦の端点によって記述されるが,弦理論特有の自己完結的性質により,弦とは異なった力学的実体とみなせる.Dブレーンは,弦のラモンーラモン (RR) セクターの基底状態であるゲージ場に関する保存チャージを有する場合には安定に存在できるが,そのような安定なDブレーンの他に様々な不安定なDブレーンも存在する.弦理論で無数に可能な摂動的な真空状態の間の相互関係や,その間で起こりえる相互転移の力学を調べるには,不安定Dブレーンの摂動論を越えた精密な取り扱いが必要になる.従って,不安定Dブレーンの性質の解明を通じて従来の弦理論の摂動論の枠内の定式を越えたより根本的な定式化への道を探る方向へつながる可能性がある.

本論文では,そうした可能性を念頭におき,不安定Dブレーンのもとでのタキオン場の凝縮,およびタキオン凝縮した真空からの安定Dブレーン解の構成などの問題を,非摂動的定式化に向けて伝統的手法である弦の場の理論 (string field theory) により分析したものである.従来の研究の多くはボゾン弦の場合に限られていたが,本論文では弦の世界面上のフェルミオン自由度を含む場合への拡張を試みたところに大きな特徴がある.フェルミオンを含む超弦の場の理論自体は,実はまだ完全に満足なものとして標準的に確立されたものは存在しない状況と言えるが,本論文ではその方向で提案されている3つの代表的なアプローチそれぞれについて分析を遂行し,それぞれのアプローチの利点および問題点を明らかにした上で,タキオン凝縮に関して現時点で可能な具体的分析を詳細に行った.超弦場の理論自体の構造についてもいくつかの興味深い新知見を得ているだけではなく,今後さらに議論を進めるのに有用な新提案を行っている.

次に各章の概要を述べる。序論である第1章ではまず本論文の動機を最近の弦理論の発展と関係させて簡潔に論じ,以下の各章の内容を要約し全体のなかでの位置付けを適切に与えている。

第2章は,超弦への拡張を念頭におき、ボゾン弦の場合について従来まで成された不安定Dブレーンの崩壊とそれに伴うタキオン凝縮の弦の場理論による取り扱いについてまとめている.また,タキオン凝縮した後の真空から弦の場の理論を定式化する方法であるVSFT (Vacuum String Field Theory) の概要がまとめられいる.

第3章と第4章で超弦の場の理論の取り扱いを論じている.まず,第3章で,超弦の場の理論として最初に提案された Witten の理論について論じている.この理論は時空超対称性を具体的に構成できるなど形式的な利点があるが,提案直後から指摘されている接触項による発散の難点がある.これは弦の世界面上での超対称性を取り入れたRNS形式において弦の相互作用を記述するときに picture changing operator と呼ばれる局所演算子の挿入が必要になることに起因している.Witten 理論の問題を解決する方法としては,二つの方向が提案されている.一つは弦場の表示法を変更して接触項を回避する方法であり,もう一つはより根本的に picture changing を全く必要としないような新しい超弦の取り扱いを提案したものである.両者ともにそれぞれ異なった点で未解決の問題を抱えてるが,本論文では両者に対して level truncation による数値的手法でソリトン解を分析した.

具体的には,まず前者の方法の場合に数値的に得られた有効ポテンシヤルからソリトン解を具体的に構成し,そのエネルギー密度を計算し理論的な値とよく合致する結果を得た.次に,後者の方法による場の理論についても同様な方法で解析を行い,leve1 truncation のいくつかの近似のオーダーでソリトン解を求め,エネルギー密度を計算し合理的な結果が得られることを示した.さらに,両者の方法の関係について,作用原理は大きく隔たった構造をしているが,実は,運動方程式および拘束条件を合わせた on-shell の理論構造に関しては,変数の読み替えをすると両者のあいだに単純な写像関係を想定できるという合理的かつ興味深い指摘を行っている.

続いて第4章では,第2章でボゾン弦の場合に概要がまとめられているVSFTの方法を超弦へ拡張する試みが論じられている.ボゾン弦の場合には,弦場の作用の自由項を弦の世界面の ghost 変数のみを用いて与えるやり方が提案されておりその有効性を示す数多くの結果が得られている.そこで,本章では同様なやり方で超弦の作用原理が可能かどうかを調べ,ボゾンの場合と同様に ghost 変数だけの自由項を含むゲージ不変な作用を与え,level truncation 法により有効作用の数値的解析を行った.近似のオーダーが低いところでは,期待される形を備えた有効ポテンシヤルが得られるが,近似を高めるとこれまでの計算の範囲では,ポテンシヤルのミニマムが存在しないという問題があることを見出した.この結果は,近似のオーダーあるいはゲージ固定など計算の技術的な問題なのか,それとも超弦の場合の ghost 自由項にもとづくVSFTの不適切さを表しているのかは本論文では未解決の課題として今後に残されている.しかし,超弦のVSFTについて本論文ほど具体的な分析をした研究は他になく有用な結果と言えよう.終章の第5章では,以上の結果の要約が与えられた後に本論文の解析で浮かび上がった問題点にもとづき今後の課題について簡潔に論じられている.

以上のように、本論文は超弦の場の理論に基づき,不安定Dブレーン,およびタキオン凝縮,また安定Dブレーン解の構成などに関して詳細な解析を行い,いくつかの有用な新知見や今後に役立つ考察などを与え、博士論文として十分な内容を備えている。

よって、審査委員会は全員一致で本論文が博士(理学)の学位を授与するのにふさわしいものであると判定した。

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