学位論文要旨



No 118796
著者(漢字) 片桐,秀明
著者(英字)
著者(カナ) カタギリ,ヒデアキ
標題(和) 超新星残骸RX J0852.0-4622からのTeVガンマ線の検出
標題(洋) Detection of TeV gamma-rays from the Supernova Remnant RX J0852.0-4622
報告番号 118796
報告番号 甲18796
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4449号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 助教授 山崎,典子
 東京大学 教授 寺沢,敏夫
 東京大学 助教授 瀧田,正人
 東京大学 教授 小林,富雄
内容要旨 要旨を表示する

1912年にV. Hess が宇宙線の存在を発見して以来、そのような高エネルギー粒子がどこで加速されるのか明らかでなかった。宇宙線のエネルギーは、最高1020eVまでのべき型のエネルギースペクトルを示すが、1015eV以下では銀河磁場により系内に閉じ込められる。そのような宇宙線のエネルギーは、1eV/ccと我々の銀河の大きさを考えると1055erg という莫大なものである。伝播する宇宙線の組成は第一近似では太陽系組成と非常によく似ている。スペクトル、エネルギー収支、組成を考えると超新星残骸 (SNR) は最も有力な銀河系内の宇宙線起源であると考えられている。しかし、宇宙線は99%の原子核と1%の電子からなる荷電粒子であり、星間磁場によって軌道を曲げられてしまうため到来方同からは加速源は特定できない。加速源の情報は、加速源における宇宙線の相互作用で生ずる中性粒子である光子やニュートリノによって得ることができる。ニュートリノは相互作用の断面積が非常に小さいため、それを補うだけのフラックスがある天体現象しか捉えることができない。よって、光子が最も有力な宇宙線起源探査のプローブとなる。

10keV程度までの硬X線に至るまでスペクトル観測が可能な衛星が打ち上げられたことでブレークスルーが起こった。ASCAによってSNR SN1006のシェルから非熱的X線が検出された。それをシンクロトロン放射によるものだと仮定すると、10-100TeVの高エネルギーまで加速された電子が存在することになる。そのような高エネルギーの電子は、2.7K宇宙背景放射と逆コンプトン散乱を起こしてTeVガンマ線を放射する。CANGAROOグループでは、高エネルギー電子の存在を確定するためにオーストラリアに建設した3.8mの反射鏡を持つ解像型チェレンコフ望遠鏡 (CANGAROO-I) により、SN1006を観測しTeVガンマ線を検出した。これによって高エネルギー電子の加速現場が発見されたと考えられた。しかし、最近になって非線形な加速理論を用いると陽子でも説明可能であることが分かってきた。

RX J1713.3-3946はSN1006よりX線による非熱的成分が卓越した天体であるため、もしTeVガンマ線が検出されれば加速現場の例証を示すことができる。TeV付近のガンマ線は加速された陽子が付近の星間物質と相互作用した際に生じるπ0の崩壊によっても生ずる。このモデルを識別するにはより低エネルギー領域のガンマ線を測定する必要がある。CANGAROOでは、10mの大口径の反射鏡 (CANGAROO-II) によって観測が行われ、400GeV付近までのガンマ線のエネルギースペクトルを測定した。電波からX線までの観測と合わせた多波長スペクトルを考慮すると、TeV付近のガンマ線は高エネルギー電子からの放射では説明できないことが明らかになり陽子が加速されている可能性が示唆された。しかし、宇宙線のSNR起源をいうには、まだ例数として足らず確立していない。

RX J0852.0-4622は、Vela SNRと視線方向で重なっているSNRである。ASCAにより非熱的な放射が検出されており、粒子加速によってTeVガンマ線が検出される可能性がある。2002年、2003年の2年間に渡ってCANGAROO-II 10-m望遠鏡によりsub-TeVのエネルギー閾値での観測を行った。合計で187時間の観測データが得られた。TeV領域の宇宙線やガンマ線は、地球の大気との相互作用により空気シャワーを生ずる。この空気シャワーから発生するチェレンコフ光を大口径の反射鏡で集光し、焦点面にあるカメラでそのイメージを捉えることで検出する。カメラは、多数の光電子増倍管で構成されている。これにより微弱な光を高速なデータ収集システムを用いて100nsecの時間幅のシャッターで撮ることができる。こうすることで夜光の影響を最小にし、空気シャワーに対し高い感度のカメラとなる。ただし、空気シャワーは99%以上宇宙線によるものなので、ガンマ線に対して検出感度を高めるには、カメラで捉えたイメージを用いた宇宙線イベントの除去が必須である。シャワーイメージは、近似的には楕円形であり短軸、長軸方向の長さなどをパラメータとして用いることができる(イメージング法)。このパラメータを用い、ガンマ線らしさを定量的に判断する likelihood 法を用い宇宙線を除去する。さらにイメージの方向の角度を示すαというパラメータ(別名 イメージ・オリエンテーション・アングル)を用いる(図1)。観測する天体から到来するガンマ線は、望遠鏡を向けている軸に水平に空気シャワーを生成するので、αがほとんどカメラの中心方向を向いている (α=0)。しかし、宇宙線はあらゆる方向からシャワーを形成するのでαは0-90度にランダムに分布する。このα=0付近のイメージを選ぶことでガンマ線の候補を選び出すことができる。ただし、選んだあとでも宇宙線イベントはガンマ線の数に比べて卓越しているのでバックグラウンド (OFF) の観測を行い、天体の観測 (ON) のαと比較することで到来したガンマ線の数を見積もる。そのような解析で得られたα分布を図2に示す。プロットがONであり、斜線がOFFを示している。左から2002年、2003年、合わせたデータをそれぞれ示している。

8σの有意な信号が検出されている。さらに得られた信号の数からフラックスを求めると、べき指数が-4.2±0.5のべき型のスペクトルで強度が1TeVで標準的なガンマ線源であるかに星雲に比べて0.16±0.03倍程度であることが分かった。α分布から少し広がった天体であることが示唆されるが、エラーの範囲ではポイントソースとも一致している。また、放射分布を調べるために各天球座標における有意度を示したのが図3である。

我々のデータと電波及びX線のデータのピークがよく一致している。放射の有意な広がりを仮定すると、この分布から0.14度程度の広がりを持つことが見積もられたが、これは望遠鏡の角分解能0.24度よりも小さくステレオシステムの地上チェレンコフ望遠鏡による解析結果が待たれる。

得られたエネルギースペクトルと他の波長のデータをもとに放射機構を評価した。まず、高エネルギー電子によるシンクロトロン放射、および逆コンプトン散乱による放射を見積もった(図4)。図4に示すように単純なモデルではうまくデータを説明することができない。ただし、TeVの放射領域とX線の放射領域が異なると仮定するとうまくデータをフィットできる (two-zone model)。しかし、多くの未知のパラメータを持ち観測的に決定することが現時点では困難である。次に、π0の崩壊による放射を見積もった(図5)。単純なモデルによりデータとよく合うスペクトルが得られる。このモデルを仮定するとこのSNRの宇宙線のエネルギーが1048-1050 erg、すなわち超新星爆発のエネルギーの0.1-10%が宇宙線の加速に用いられたとすると、距離0.5kpcの仮定のもとで相互作用する分子雲の密度が5000-50個/ccとなり一般的な分子雲密度となる。

よって現時点では我々のデータは、π0の崩壊による放射の可能性が高く、逆コンプトン散乱による放射は低いと考えられる。最近 Chandra やXMM-Newton のような高分解能のX線衛星による観測が行われている。また、世界で次世代のチェレンコフ望遠鏡が建設されていてCANGAROOでも4台の望遠鏡を用いたステレオ観測 (CANGAROO-III) が2004年には始まる。Sub-TeV領域のエネルギーにおいても0.05度の高分解能での観測が可能となり、X線との観測と合わせてより詳細な加速現場の環境を知ることができるようになり、上記の two-zone model に対し強い示唆を与えることが可能となる。RX J0852.0-4622はTeVガンマ線で検出されたSNRの中で最も大きいので精密な空間構造の研究に有利である。また、NANTENの観測により、もしTeVの放射の付近に分子雲が存在していれば、π0の崩壊によるガンマ線であることを強く示唆できる。今後これらの新しい検出器によって多くのSNRについて放射機構が決定されれば、SNRが銀河内宇宙線の加速源であることを立証できるであろう。

αの定義

α分布。左から2002年、2003年、ALL。

有意度分布。青、赤、緑が、我々のデータ、ASCAのX線、4.85GHzの電波をそれぞれ示す。

シンクロトロン/逆コンプトンモデル。

π0の崩壊モデル。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、11章からなり、第1章は序、第2章が宇宙線および超新星からのガンマ線に関するレビューとなっている。第3章で、宇宙線空気シャワーとチェレンコフ光の説明、第4章で今回用いた10mカンガルー望遠鏡の説明を行っている。それ以降が、本論分の主要部であり、超新星残骸RX J0852.0-4622の観測とデータ較正(第5章)、データ解析(第6章)、結果(第7章)、様々な不定性のチェック(第8章)、系統誤差の検討(第9章)、議論(第10章)を経て、第11章で最終的な結論が述べられている。

1912年にV. Hess が宇宙線の存在を発見して以来、その加速機構は大きな謎のままであるが、スペクトル、エネルギー収支、組成を考えると超新星残骸 (SNR) は最も有力な銀河系内の宇宙線起源であると考えられている。近年、10keV程度までの硬X線に至るまでスペクトル観測が可能な衛星が打ち上げられたことで宇宙線加速現場の観測に関するブレークスルーが起こった。ASCAによってSNR SN1006のシェルから非熱的X線が検出された。それをシンクロトロン放射によるものと仮定すると、10-100TeVの高エネルギーまで加速された電子が存在することになる。そのような高エネルギーの電子は、2.7K宇宙背景放射と逆コンプトン散乱を起こしてTeVガンマ線を放射する。実際、CANGAROOグループが、その後SN1006からのTeVガンマ線を検出したことで、高エネルギー電子の加速現場を発見したと考えられた。

一方、SN1006よりX線による非熱的成分が卓越した超新星残骸RX J1713.3-3946に関しては、同じくCANGAROOグループが、400GeV付近までのガンマ線のエネルギースペクトルを測定した。電波からX線までの観測と合わせた多波長スペクトルを考慮すると、TeV付近のガンマ線は高エネルギー電子からの放射では説明できないことが明らかになり陽子が加速されている可能性が示唆された。このように重要な発見が相次いでいるものの、現時点では、宇宙線のSNR起源が確立しているとは言いがたい。

そこで、本論文では、超新星残骸RX J0852.0-4622からのガンマ線検出を試みた。この超新星残骸もまたASCAにより非熱的な放射が検出されており、粒子加速によってTeVガンマ線が検出される可能性が期待されたからである。実際、2002年、2003年の2年間にわたりCANGAROO-II 10-m望遠鏡によりsub-TeVのエネルギー閾値での観測を行った。合計で187時間の観測データを解析した結果8σレベルで有意な信号を検出した。

得られた信号の数からフラックスを求めると、べき指数が-4.2±0.5のべき型のスペクトルで強度が1TeVで標準的なガンマ線源であるかに星雲に比べて0.16±0.03倍程度であることが分かった。この分布から0.14度程度の広がりを持つことが見積もられたが、これは望遠鏡の角分解能0.24度よりも小さく、エラーの範囲では点源である可能性は否定できない。

得られたエネルギースペクトルと他の波長のデータをもとに放射機構を評価した。まず、高エネルギー電子によるシンクロトロン放射、および逆コンプトン散乱による単純なモデルではうまくデータを説明することができない。TeVの放射領域とX線の放射領域が異なると仮定するとうまくデータをフィットできるが、多くの未知のパラメータを持ち観測的に決定することが現時点では困難である。

一方、π0の崩壊による放射を見積もると単純なモデルによりデータとよく合うスペクトルが得られる。このモデルを仮定するとこのSNRの宇宙線のエネルギーが1048-1050 erg、すなわち超新星爆発のエネルギーの0.1-10%が宇宙線の加速に用いられたとすると、距離0.5kpcの仮定のもとで相互作用する分子雲の密度が5000-50個/ccとなり一般的な分子雲密度となる。よって現時点では今回のデータは、π0の崩壊による放射の可能性を強く示唆しており、逆コンプトン散乱による放射の可能性は低いものと考えられる

なお、本論文の一部は、指導教官である森正樹を含むCANGAROOグループとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測・解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって博士(理学)を授与できると認める。

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