No | 118806 | |
著者(漢字) | 酒井,剛 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サカイ,タケシ | |
標題(和) | 膨張するHII領域と相互作用した分子雲における中性炭素原子 | |
標題(洋) | Atomic Carbon in Molecular Clouds Interacting with Expanding HII Regions | |
報告番号 | 118806 | |
報告番号 | 甲18806 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4459号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 大質量星は、星風や超新星爆発などにより星間空間に大きなエネルギーを放出し、周りの星間物質に大きな影響を与える。大質量星は、大きな質量をもつ分子雲(巨大分子雲)で生まれ、質量の小さな分子雲(暗黒星雲)では形成されないと考えられている。さらに、大質量星は、巨大分子雲の高密度かつ大質量なコアにおいて、小質量星のクラスターとともに形成されると考えられている。しかし、小質量星の形成メカニズムが比較的理解されているのに比べ、大質量星の形成メカニズムは余りよくわかっていない。大質量星は大質量なコアでのみ形成されるから、大質量なコアの形成過程、進化を詳しく調べることは、大質量星の形成を考える上でも非常に重要である。 大質量なコアを形成するメカニズムとして、HII領域と分子雲との相互作用は非常に重要であると考えられている。HII領域の膨張によって、周りの分子雲を圧縮するためである。我々は、その過程を理解する上で、中性炭素原子のだす [CI] 輝線の観測が有効であると考えている。 星間空間において炭素は主に3つの形態で存在する。希薄な領域では、星間紫外線によりイオン化され炭素イオン (C+) が主要な存在形態である。一方、分子雲内部では、ダストによって紫外線が吸収されるため一酸化炭素 (CO) が主要な存在形態となる。残りの一つが中性炭素原子 (C0) である。C0はC+とCOの中間の領域に存在すると考えられている。たとえば、紫外線のあたる分子雲表面ではC+が主要な存在形態であり、分子雲内部へ行くに従ってC0からCOへと主要な存在形態が変化していくと考えられている。この紫外線に照射された分子雲表面は、光解離領域 (Photodissociation region ; PDR) と呼ばる。これまで、C0は、分子雲表面のPDRに主に存在すると考えられてきた。しかし、近年の [CI] 輝線の観測の結果、分子雲におけるC0の起源として、単純に分子雲表面にのみ存在するのではなく、分子雲の構造や、化学進化といった要素が大きく関係しているのではないかということが指摘されている。分子雲におけるC0起源が、分子雲の構造や化学組成に起因するとすれば、その起源を探ることは、分子雲の構造、化学組成といった観点から、分子雲そのものの進化について探求することにつながると期待される。この性質を考慮して、HII領域と分子雲との相互作用の様子が見られているW3/W4/W5領域に対して [CI] 輝線の観測を行った。 W3巨大分子雲において、活発な星形成は分子雲西側の領域でのみ起こっている。この領域はW4巨大HII領域の膨張によって圧縮され形成されたと考えられており、High Density Layer (HDL) と呼ばれている。このHDLには、主に3つの星形成領域があることが知られている。非常に活発な星形成を伴うW3 (Main)、次に活発なW3 (OH) 領域、さらにあまり活発でないAFGL333領域の3つである。富士山頂サブミリ波望遠鏡を用いた [CI] 3P1-3P0輝線、12CO J=3-2輝線の観測の結果、AFGL333領域において、12CO J=3-2輝線が非常に弱いにもかかわらず、[CI] 3P1-3P0輝線が非常に強いことがわかった(図1参照)。さらに、AFGL333領域の [CI] 輝線のピーク強度はW3領域内で最も強いこともわかった。 この [CI] 輝線の起源を詳しく調べるために、AFGL333領域とW3 (OH) 領域に対して、野辺山45m望遠鏡を用い、12CO J=1-0、13CO J=1-0、C18O J=1-0輝線の観測を行った。[CI] 輝線とCO輝線を比較した結果、[CI] 3P1-3P0輝線の強度と13CO J=1-0輝線の強度は非常によく相関することがわかった。さらに柱密度を比較するとC0の柱密度はCOの柱密度に対し、Avが30等程度まで単調増加することがわかった。また、IRAS100μmと60μmのデータから紫外線強度を見積もった結果、AFGL333領域では、W3 (OH) やW3 (Main) に比べ有意に低い値を示した。これらの結果は、C0が分子雲表面のPDRにのみにあるとする考え方では説明できず、C0の起源に分子雲の構造や化学組成が関係していることを強く示唆する結果である。 さらに我々は、AFGL333領域において、2つのC18Oコアを同定した。これらのコアについてさらに詳しく見るために、近赤外と中間赤外のデータとC18Oのデータを比較した結果、これらのコアではまだ、活発な星形成が起こってないことがわかった。これらのコアのLTE質量を求めた結果、それぞれ、2.6-3.2×103Msolar, 1.7-2.010×103Msolarであり、大質量星が形成されているコアと同程度の質量を持つことがわかった。さらに、Virial 質量はLTE質量の3分の1程度であり、これからこのコアで星形成が起こる可能性を示している。このような大質量かつ星形成の起こっていない分子雲コアはこれまであまり見つかっていなく大質量星の形成を考える上で非常に貴重なサンプルであるとともに、この領域が大質量星形成のかなり初期の段階にあることを示している。我々はさらに、このコアの性質を詳しく調べるため野辺山45m望遠鏡を用い、NH3 (1,1)、(2,2) 輝線の観測を行った。その結果、これらのコアが活発な星形成を伴うコアに比べ有意に低温であり、線幅が狭いことがわかった。 我々は、さらにAFGL333領域における強い [CI] 輝線の起源を詳しく調べるため、W3巨大分子雲にあるいくつかの大質量コア (W3 West, W3 East, W3 SE, W 3(OH) A, AFGL333 Core A, AFGL333 Core B) に対して様々な分子輝線 (CCS JN=43-32, HC3N J=5-4, H13CO+ J=1-0, HN13C J=1-0, CCH N=1-0, N2H+ J=1-0) の観測を行った。その結果、AFGL333領域でのみCCS輝線を検出することができた。CCSは化学進化段階の初期に豊富に存在すると考えられている分子である。さらに、AFGL333領域に対して、N2H+ J=1-0、HC3N J=5-4、CCS JN=43-32輝線のマッピングを行った。その結果、それぞれ異なる分布を示した。N2H+とC18O輝線に比べ、HC3N、CCS輝線は南側で広く分布していた。さらに、CCS輝線の分布は [CI] 輝線の分布と比較的似ていることがわかった。また、CCSとN2H+の柱密度比を求めると、W 3(OH) に比べAFGL333領域では有意に高いことがわかった。CCSとN2H+の柱密度比は化学進化の指標となると考えられており、この結果は、AFGL333領域が他の領域に比べ化学的に若い可能性を示唆している。このことは、AFGL333領域においてまだ活発な星形成が起こっていないことと矛盾しない。さらに、CCH輝線のプロファイルとC18O輝線のプロファイルを比較したところそれらは非常によく似ていることがわかった。モデル計算においてCCHとC0はよく似た振る舞いを示す。定常状態においてCCHはC0と同様に分子雲表面に主に存在する。一方、化学進化の初期段階においては分子雲内部に豊富に存在する。したがって、CCH輝線の起源を考えることは [CI] 輝線の起源を考えることと関係していると考えられる。C18O輝線は光学的に薄いため、質量の大きな分子雲内部の高密度領域を主にトレースする。したがって、CCH輝線のプロファイルとC18O輝線のプロファイルが似ているということは、CCH輝線の起源が分子雲のより内部からであり、化学進化の初期段階にある可能性を示唆している。これらの結果は、[CI] 輝線の起源が化学進化の若い段階にあることと矛盾せず、AFGL333領域におけるC0輝線の起源が化学的に若いことによる可能性を示唆している。 さらにW3/W4/W5領域に [CI] 3P1-3P0輝線の観測を広げた。その結果、すべての領域において13CO J=1-0との比較的よい相関が見られた。また、AFGL333領域におけると、W3領域においてHDLの西側に広がった希薄な領域とのN(C0)/N(CO) 比を比較したところ、大きな違いは見られなかった。[CI] 輝線の起源が、分子雲の構造のみにあるとすると、AFGL333領域は圧縮の影響を受けているにもかかわらず、影響を受けていない領域と構造があまり変わらないことになってしまう。したがって、AFGL333領域の [CI] 輝線の起源として化学進化が大きく関わっているのではないかと考えられる。つまり、分子雲がHII領域の膨張によって圧縮されることにより、分子雲内部に紫外線が届かなくなり、C+がC0へと変化する。このC0は〜106yr程度の時間をかけてゆっくりとCOへと変化していく。W4HII領域の膨張シェルのタイムスケールは2×106yr程度と見積もられており、化学進化のタイムスケールと大きな矛盾はない。したがって、HII領域の膨張によって圧縮された分子雲は化学組成の若い段階を経て、星形成へと進んでいくことを示唆している。 W3巨大分子雲の12CO J=3-2輝線と [CI] 3P1-3P0輝線の積分強度図。 | |
審査要旨 | 本論文は、7章からなり、巨大分子雲の生成過程の究明を目的として中性炭素原子の観測とその解析を扱っている。第1章は、導入部分である。多数の高密度星雲には星が付随していることの発見から、分子雲が星の生まれ故郷であることを紹介し、大質量星の誕生する巨大分子雲の生成過程が未解決の大問題であることを指摘している。分子雲を解析する際には、星間ガスのイオン化と高密度物質による紫外線の遮蔽効果を考慮した光解離領域のモデル(PDRモデル)が手がかりになるが、標準とされるPDRモデルを支持する観測結果は一般的ではないことを述べている。第2章では、中性炭素は492GHzと809GHzのサブミリ波の観測により検出されるが、大気での水分による吸収が大きいため、乾燥した高山と高感度受信機が必要であることを述べ、富士山頂のサブミリ波望遠鏡、並びに、一酸化炭素の観測に必要なミリ波観測に用いた野辺山観測所45m望遠鏡を紹介している。第3章では、ペルセウス星団の腕部分にある巨大星生成の場所であるW3と呼ばれる巨大分子雲の中性炭素原子による観測および一酸化炭素による観測をまとめている。これまでの観測で活発な星生成は、W4にある巨大HII領域の電離面と平行に存在する高密度層で起こっていることが分かっている。この高密度層にある3つの領域、W3 (Main), W3 (OH), AFGL333のうち、W3 (Main) とW3 (OH) では、活発な星生成が起こっていることが分かっていたが、AFGL333についてはほとんど観測例がなかった。観測により、各原子・分子の柱密度分布、速度分布のマッピングを得た結果、AFGL333領域では、一酸化炭素(12炭素同位体)輝線は相対的に弱い代わりに中性炭素輝線が強いことが分かり、一酸化炭素(18酸素同位体)輝線はもっとも強いことが分かった。これは、標準PDRモデルでは許されないほど分子雲内部まで中性炭素が存在していることを示す結果である。第4章では、AFGL333に2つの一酸化炭素(18酸素同位体)コアがあることを見い出し、赤外線による観測結果と照らし合わせて、それらは静かな領域で星生成が起こっていないことを確認した。アンモニアの回転遷移温度から、それらは16-18Kであり、W3 (OH) やW3 (Main) におけるコアよりも低温である。しかし、観測された質量はいずれも太陽質量の千倍を越えている。一方、重力で束縛される質量はこの3分の1程度であり、今後大質量星を生むコアである可能性がある、と結論付けている。第5章では、W3の巨大分子雲の化学組成を調べ、CCS輝線がAFGL333のコアA及びコアBでのみ検出され、CCS/N2H+の存在比がこれらのコアで増えていることからこれらのコアは化学的に若いことを結論付けている。第6章では、中性炭素輝線をより詳しく知るためにW3/W4/W5全域での中性炭素と一酸化炭素の分布を調べ、その結果、中性炭素分布は13炭素同位体の一酸化炭素分布と強く相関があり、中性炭素と一酸化炭素の存在比は、AFGL333とW3巨大分子雲の高密度層に及ぶ領域とで大きい違いは見いだされていないことから、分子雲内部の化学進化を考慮すべきことを結論づけている。第7章は以上各章の結論を束ねたまとめである。 従来、中性炭素は大質量星周辺の紫外線照射領域にあるPDR領域にのみ存在すると考えられていたため、これまで特定の小領域での観測例しかなかったが、論文提出者は、中性炭素の観測を特に巨大分子雲の静かな領域での観測へと拡大する重要性を指摘し、膨張するHII領域と相互作用する分子雲を観測対象に選んで、観測を行い、自ら解析を行ったものである。この結果、これまで標準とされてきたPDRモデルでは説明できない結果を得て、その解決のためには分子雲の時間的な進化を考慮する必要があることを見いだし、化学的に領域を同定することができた。 以上の第3章、第4章、第5章に記された結果は、学術的に意義深い結果であり、それぞれ独立に学術誌に投稿予定である。第6章の結果についても独立に報告されてしかるべきものと認められる。本論文は、岡朋治、山本智両氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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