No | 118807 | |
著者(漢字) | 鈴木(早川),祥子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スズキ(ハヤカワ),ショウコ | |
標題(和) | 宇宙項と余次元 | |
標題(洋) | Cosmological Constant and Extra Dimension | |
報告番号 | 118807 | |
報告番号 | 甲18807 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4460号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 場の理論は自然をよく記述している。しかし重力を場の量子論で記述することは未だに困難であることが知られている。このことから生じる問題として、重力の量子化、ゲージカップリングの階層性問題の他に宇宙項問題が挙げられる。前者2つが、おそらく重力の基本的なスケールであるプランクスケールより高いエネルギースケールで解決されていると期待されるのに対し、宇宙項問題とは実質的にどのエネルギースケールでも定義されうる問題と捉えることができる。したがって我々は、宇宙項が現在我々の知る低エネルギーでの理論によって説明されていると考える。このことは宇宙項問題が身近な問題として捉えられるということだけでなく、量子場の理論と一般相対性理論で記述される重力理論とのよりよい理解が可能であるということをも示唆している。このような動機から我々はこの博士論文で宇宙項問題について主に議論することにする。 宇宙項とはラグランジアン密度の定数項を意味する。場の量子論の立場からは、これは真空のエネルギー密度と解釈できる。場の理論において真空のエネルギー密度は多くの場合無視されるが、これは真空のエネルギーがその上の物質の力学に影響を与えないためである。この真空のエネルギー密度は場の量子論的にはその量子効果や力学によって出て来る。一方、Einstein 作用で記述される重力理論においては、宇宙項は重要な役割をする。つまり、Einstein 方程式を通して、時空の形に影響を与えるのである。従って重力まで考えたとき、宇宙項は無視できず、その値は理論的にはラグランジアンで与えられている知られたスケールに依存することが期待される。ところが一方で観測から、宇宙項の値は極めて小さいゼロではない値であることが知られている。この値はプランクスケールや電弱相互作用のスケールよりもはるかに小さいため、理論的な予想と矛盾する。これが宇宙項問題である。 この宇宙項問題に対して、これまでもいくつもの試みがなされている。単純に考えると、観測される宇宙項を理論から導き出すためには、ラグランジアンパラメータの fine tuning が必要になってしまう。これは理論で予想される大きな値の真空のエネルギー密度同士がキャンセルし合うことで観測の小さな値を出すという、極めて不自然な理論となる。ワインバーグは宇宙項問題を二つの段階に分けることを提唱した。第一の問題は、標準理論や重力が真空のエネルギーへ何の寄与もしていない(ようにみえる)ことである。この問題については、いくつかの理論が解答を与えている。これらは宇宙項を理論の積分定数とすることで、宇宙項がラグランジアンパラメータに依らない任意の値を取り得るとしている。第二の問題は観測される宇宙項が非常に小さい値を取ることである。宇宙項を積分定数と解釈する場合、この第二の問題に対しては人間原理を応用することができる。すなわち与えられた理論において、観測される宇宙項の値を解として選ぶことが可能になる。現在のところ、人間原理以外の第二の問題に対する解決策は知られていない。 一方、近年高次元時空の理論の可能性が強く示唆されてきている。比較的大きな余次元の可能性や、ブレーン、ワープトコンパクト化についての議論が多くなされ、高次元時空が理論的に可能であることが示されつつある。また、現在の素粒子物理の様々な問題を解決する手段としても、高次元時空の理論が注目されている。このような背景からこの博士論文では宇宙項問題を高次元時空の理論で解決しようと試みる。 四次元時空の理論において、宇宙項問題の困難は主に四次元のポアンカレ対称性を保つ要請からきていることが分かる。しかし、余次元方向の回転・並進対称性を保つ必要はないことから、高次元時空の理論は宇宙項問題を解決する自由度が高いことが分かる。ところが一方で、高次元時空の理論には様々な拘束がある。特に現実的な四次元の有効理論を導くためには、余次元のコンパクト化、時空の正則性が理論を大きく制限してしまう。我々は特に六次元と五次元時空について well-defined なモデルを調べた。六次元のモデルについてはアベリアンゲージ場を導入することで、四次元の観測される宇宙項が積分定数となる理論を作ることに成功した。このゲージ場は、degenerate singularity を正則化するために導入されたものである。また、conical singularity を正則化するためにこのモデルでは3-brane を考えている。この brane 上に標準模型の物質場は乗っていると解釈することもできる。五次元のモデルでは、従来の宇宙項を積分定数とする理論ではない新たな考え方を提唱した。五次元の場合には一般に六次元の理論よりもより宇宙項問題へのアプローチが困難であることが知られている。我々の提唱したモデルでは負の tension を持つ3-brane を考えることで singularity を回避し、更に余次元方向をS1にコンパクト化することが可能になった。また、bulk に質量のないスカラー場を導入した。このスカラー場によって、五次元の宇宙項が正であるにもかかわらず四次元の宇宙項としてゼロをとり得ることが可能となった。このモデルにおいて、四次元の宇宙項の値は、スカラー場の余次元方向の境界条件によって選ばれる。理論とは、ラグランジアンと境界条件を独立に与えることで一意に定まるものであるから、この方法では四次元の宇宙項はラグランジアンパラメータの値とは独立に与えることができる。従ってこれは宇宙項問題の第一段階の解法となっていることが分かる。なぜ特にゼロを選ぶのか、という問題については、境界条件のパラメータを選ぶことに人間原理を適用出来る。このような宇宙項問題への高次元時空理論からのアプローチでは、作用原理や境界条件に対する本質的な理解が必要となってくる。よって、これらの考察をすることで場の量子論と重力理論に対するよりよい理解が得られると期待される。 | |
審査要旨 | 本論文は、5章からなり、第1章は序章として、素粒子物理学における宇宙項の問題の重要性が、特に、この問題が重力の量子論が本質的となる非常に高いエネルギー・スケールの問題ではなく、どのエネルギー・スケールでも定義される問題であるとの立場から示され、本論文では高次元理論を使って宇宙項を理論の積分定数としてとらえることで問題の解決を試みることが述べられている。 第2章では、これまで行われた宇宙項問題解決の試みがレビューされている。宇宙項を理論のパラメータとすると現在の非常に小さな宇宙項の大きさを説明するためには不自然な微調節が必要だが、宇宙項をラグランジアンに現れる積分定数と見なせれば宇宙項が理論のスケールに無関係な値をとることができる。その上で、宇宙項が小さいことは人間原理を用いれば説明できる。この考えに基づいて、これまで行われてきた試みの要点とその問題点がまとめられている。 第3章は、本論文で用いる多次元理論のレビューがされている。まず、代表的な多次元理論であるカルツァ・クライン理論の一般的性質が述べられた後、時空にブレーンと呼ばれる膜が存在する場合の多次元理論が議論されている。ブレーン・モデルは究極の統一理論と期待されている超弦理論から予言されるもので、ここ数年盛んに研究されているモデルである。この章では、特に、高次元の理論から通常の4次元有効理論を導く方法が詳しく述べられている。 第4章で論文提出者が行ったオリジナルな研究結果が述べられている。過去の研究で6次元ドジッター時空で重力とU (1) ゲージ場を考え、そのバックグランド(真空)解を求めると宇宙項を積分定数と見なすことができることが知られていた。しかし、このモデルには特異点が存在し、理論として不完全なものであった。そこで、論文提出者は6次元空間に空間3次元のブレーンを導入することによって特異点問題が解消されることを示した。さらに、6次元反ドジッター空間の場合においても、空間4次元のブレーンを導入することによって、宇宙項を積分定数にすることに成功した。また、この理論には空間3次元のブレーンを付け加えることもでき、それをわれわれが住む空間と見なすこともできる。つぎに、5次元時空のモデルを考え、このモデルでは宇宙項を積分定数にすることが困難であることを述べ、それに変わる解決法として、5次元時空におけるスカラー場の境界条件として宇宙項をとらえることによって宇宙項問題を解決できるという提案を行っている。さらに、5次元モデルのおける摂動解析を行って、求めた解が摂動に対して安定であることを示した。第6章は論文全体のまとめが行われている。 このように本論文は長年素粒子物理学においてもっとも解決が難しいと思われている宇宙項問題に果敢に取り組み、その解決へ向けての1つの方向性を提案したものである。宇宙項問題の完全な解決にはまだ遠いといわざるを得ないかもしれないが、その問題の難しさを考えれば、論文提出者の提案したモデルの物理的価値は十分にあるものと考えられる。本論文の4章の6次元モデルの解析は伊沢健一氏との共同研究であるが、モデルの構築・解析は論文提出者が中心となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。また、5次元モデルの研究は論文提出者1人で行ったものである。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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