学位論文要旨



No 118808
著者(漢字) 関谷,洋之
著者(英字)
著者(カナ) セキヤ,ヒロユキ
標題(和) 原子核反跳に対するスチルベン結晶の非等方的発光応答の実験的研究および方向有感型暗黒物質探索への応用
標題(洋) Experimental Study on Anisotropic Scintillation Response of a Stilbene Crystal to Nuclear Recoils and Its Application to the Direction Sensitive Dark Matter Search
報告番号 118808
報告番号 甲18808
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4461号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,宏
 東京大学 助教授 久野,純治
 東京大学 教授 片山,武司
 東京大学 教授 鈴木,洋一郎
 東京大学 教授 後藤,彰
内容要旨 要旨を表示する

数多くの観測結果から、我々の宇宙、銀河に存在する物質の大部分を暗黒物質が占めることが確実になっている。そして、この暗黒物質は宇宙初期において、非相対論的な速度を持って粒子数凍結した、非バリオン的な暗黒物質(CDM)であることも明らかになってきている。暗黒物質候補のうち、Weakly Interracting Massive Particles (WIMPs) として分類される neutralino という素粒子は、超対称性理論から予言され、宇宙物理学及び素粒子物理学両方の観点から、CDMの候補として最も有力である。

WIMPsは、通常の原子核との弾性散乱を利用し、原子核に与えられた反跳エネルギーを測定することで直接検出することが可能である。そして実際に直接検出実験が様々な検出器を用いて世界各地で行なわれている。しかし、現在のところまだWIMPsの存在の確認はされていない。これは、暗黒物質存在の証拠として、原子核に与えられた反跳エネルギースペクトルを測定し、地球の公転に基づくわずかな年変化をとらえることに主眼がおかれていたためで、非常に難しい実験であるからである。一方、地球は銀河の回転運動として230km/sで動いている。したがって、銀河ハローに付随していると考えられている暗黒物質は、図1のように地球上では“風”として感じることができるはずである。このため、原子核の反跳方向は非等方的になり、原子核反跳の方向に関する情報が分かれば従来の手法に比べはるかに確度の高い暗黒物質探索が可能となる。本論文において、方向感度のある検出器を考案、実証し、それを用いた暗黒物質探索実験を提案、実行した。

スチルベンなどの有機単結晶シンチレーターはその構造の非対称性(図2)から、MeV領域の荷電重粒子の入射方向により発光効率が異なることが知られていた。この発光量の異方性はkeV領域の原子核反跳でも予想され、この性質を利用すれば暗黒物質の運動方向に関する情報が得られる画期的な検出器となると考えた。

実際にウクライナからスチルベン単結晶を購入し、暗黒物質に感度のある炭素反跳をみるため、東京工業大学原子炉工学研究所3.2MVペレトロン加速器において中性子ビームを用いた実験を行った。ペレトロン加速器はパルス化された中性子が放出可能で、そのタイミングが取り出せる。これを利用することにより、精度よく中性子の入射エネルギーを測定することができた。その結果、30keVから1MeVまでの低いエネルギー領域において、炭素の反跳方向によって発光量が7%変化することを初めて確認した(図3)。さらに、この変化を有機シンチレーターの電子に対する発光効率を表すクエンチングパラメータκBによって説明し、暗黒物質探索実験に利用できることを確認した。スチルベンを地球上に固定して置けば、自転により暗黒物質の風向きにあわせて、発光量が変化するはずである。

そして、2003年11月より、地下2700m.w.eの神岡地下実験室において、116gのスチルベンを用いて暗黒物質探索実験を行った。厳重に遮蔽した放射線シールドの中にスチルベン単結晶を設置し、発光量の観測を行った。

2003年12月までの観測で、発光量の変化をとらえることはできなかった。しかしこのことから、spherical isothermal halo model を仮定し、陽子と neutralino のスピンに依存しない相互作用に対する断面積σSIχ-pに対する上限値を得た(図4)。50GeVの質量をもつ neutralino に対してとしてσSIχ-p=5.6pbという上限値である。この結果は、暗黒物質の方向に関する特徴から求められた最初の制限である。116gという小質量で、バックグラウンドレートがまだ高いため、これまで行われた実験から得られている制限には及ばないものの、方向感度が暗黒物質を探索する上で有効であることを実証することができた。

地球に吹く暗黒物質の風

スチルベンの結晶構造

スチルベン中の炭素反跳の発光効率の変化.

結晶軸に対する角度θによる発光効率の違いを、反跳エネルギーの関数として示してある。

陽子と neutralino のスピンに依存しない相互作用に対する断面積σSIχ-pに対する上限値.

赤線が本実験により暗黒物質の方向に関する特徴から求められた制限.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章からなり、第一章は暗黒物質に関する導入的解説、第二章は暗黒物質候補であるニュートラリーノの直接検出について理論的基盤を与え、検出のための実験的アイデアが提唱されている。第三章は直接検出のための検出器として申請者が着目した有機結晶シンチレータについてレビューを行っている。第四章では有機結晶シンチレータの一つであるトランススチルベンについて発光の入射方向依存性の測定を行い、その結果を基に暗黒物質探索の可能性について論じている。また、第五章では前章の結果を用い、暗黒物質探索のパイロット実験を行うための検出器の設計・製作について報告している。第六章では実際に神岡鉱山地下でスチルベン結晶を用いて行われた測定について解説し、第七章で測定データの解析を行う。第八章は結果についての検討を加え、暗黒物質探索の今後の進め方について議論している。

このように、本論文は、前半で有機結晶シンチレータに関する研究開発を行い、後半でそれを用いたパイロット実験について報告している。まず、有機結晶シンチレータについては、以前より粒子の入射方向に対する発光量依存性があることは知られていたが、それを実際に暗黒物質探索に結びつけた研究はなく、まずこの点で画期的である。他の暗黒物質探索が計数の日変動、年変動の絶対値を持って存在を議論しなければならないのに対し、異方性結晶を用いると、その検出器の設置方向による計数の比で存在を証明することが出来る。実際には暗黒物質から反跳を受けたイオンの検出を行わなければならず、以前知られていたエネルギー領域より低い領域での発光非対称性を確認する必要がある。具体的には、発光非対称性が期待されかつ測定に利用出来る十分な大きさの結晶が入手可能なトランススチルベンを用いた測定を行っている。本論文は、加速器からのビームを用い単色中性子を用いて炭素原子の反跳を測定したもので、数十keVから100keVという低い領域でも有限の非対称性を確認した。この部分についてはすでに Physics Letters B誌に発表されている。

本論文の後半では実際に入手可能なトランススチルベン結晶を用いて暗黒物質探索実験を計画し測定器を設計製作する。それを神岡鉱山地下に持ち込み低雑音環境で試験的測定を行っている。これはあくまでパイロット実験であり、結果そのものは現在の世界水準には及ばないものであるが、今後の改良点についてもいろいろなアイデアが示されており、有機結晶検出器の有効性を実証したという点で評価出来る。また、本論文では、今回は入手困難で研究対象と出来なかった各種の有機結晶についても検討を進めており、引き続きこの分野の展開が期待出来ることを示している。

暗黒物質探索という興味深いテーマに対し、新しいアイデアでの実験手法を開発し、パイロット実験を通してその有効性を確認したという本論文は博士学位論文にふさわしい内容を備えている。本研究は箕輪 眞・清水 雄輝・井上 慶純・菅沼 亘各氏との共同研究として進められているが、発案から実施、解析に至るまで論文提出者が中心となって進めてきたものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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