学位論文要旨



No 118810
著者(漢字) 田中,宏昌
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヒロマサ
標題(和) ショウジョウバエの気管形成に関わる新規遺伝子 formin3 の解析
標題(洋) Analysis of a novel gene, formin3 which is implicated in tracheal formation in Drosophila
報告番号 118810
報告番号 甲18810
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4463号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川戸,佳
 東京大学 教授 豊島,近
 東京大学 教授 多羽田,哲也
 東京大学 教授 桑島,邦博
 東京大学 教授 陶山,明
内容要旨 要旨を表示する

アクチン細胞骨格とは細胞膜直下や細胞分裂の際の収縮環などに存在するアクチンフィラメントにより構成される構造である。発生過程においてアクチン細胞骨格がどのように形成されどのような役割を果たすのかを調べることは、細胞移動、細胞極性、細胞分裂を理解する上で重要である。私は発生の特定の局面におけるFHタンパク質の細胞骨格制御に関する役割とショウジョウバエ胚の気管ルーメンの形成機構、2つのことに興味を持って研究を行ってきた。本論文でその研究成果を報告する。

FHタンパク質は2ヶ所の高く保存されたドメイン、FH1とFH2をもつことを特徴とする分子ファミリーである。このファミリーのメンバーは細胞分裂や細胞極性を含む様々なアクチン細胞骨格制御に基づく過程で機能している。出芽酵母のFHタンパク質 Bnilp とマウスのFHタンパク質 mDia1 がよく解析されており、両方ともニュークリエーターとして働くことが示唆されており、まっすぐなアクチンフィラメントを形成すると考えられている。ショウジョウバエにも現在、Diaphanous と Cappuccino の2つのFHタンパク質が知られており、それぞれ細胞分裂や細胞極性に関わることが知られている。現在知られているFHタンパク質の多くは細胞分裂や細胞極性といったどんな細胞にも必要な機能に関与するが、ヒトのFHタンパク質DFNA1は無症候性難聴の原因遺伝子で内耳の有毛細胞で特に必要と考えられている。このような特定の場所と時期で必要とされるFHタンパク質がどのようなアクチン細胞骨格制御を行うのかを研究するのは重要である。

ショウジョウバエ胚の気管発生過程において、アクチン細胞骨格の再編成を伴う気管細胞の移動、分岐、融合が起こる。ゆえにショウジョウバエ胚の気管発生はアクチン細胞骨格の研究を行うのに良い系である。気管とはショウジョウバエにおいて外界の酸素を体中の様々な組織へ供給するための管のことで、管の内腔のことをルーメンと呼ぶ。ショウジョウバエ胚の気管発生初期において、気管は各体節ごとに6つのブランチからなる形態をしているが、連続的なルーメンのネットワークを形成するためにブランチがつながる。ブランチの先端には、フュージョンセルと呼ばれる特別な細胞が存在していて、フィロポディアを伸ばしながら伸長し、お互いに接触し、ルーメンを融合させるべくドーナツ型になる。これらの形態形成過程はそれぞれのフュージョンセル内での高度に調節された細胞骨格の再編成を伴うと考えられているが、近年、フュージョンセルが気管のルーメンをつなげる機構を解明する試みが行われつつある。気管ルーメンの融合過程において、アクチンフィラメント、微小管、E-cadherin、Shot (Short Stop) を含む細胞骨格トラックと呼ばれる構造がフュージョンセル内にルーメンが形成されるのに先立って形成され、そのことがルーメン形成に必要であることが示唆されている。

この論文で私は、新規フォーミンホモロジー (FH) タンパク質をコードするショウジョウバエの遺伝子 formin3 (form3) の、気管のルーメンの融合において果たす役割について記述する。

form3遺伝子は、当研究室で行われていたGal4-UASシステムに基づく中枢神経系 (CNS) の全神経での異所発現トラップスクリーニングに由来する。GS-G6系統はCNSの神経全体での異所発現によりCNSの軸索走行に異常をもたらすGS系統として単離された。私の研究はこの表現型の詳細な解析と原因遺伝子の探索から始まった。

モノクローナル抗体mAb BP102やmAb 1D4によるショウジョウバエのCNSの軸索束の染色による解析からGS-G6異所発現胚においては、中枢神経系の軸索束で本来ミッドライン(CNSの真ん中)を横切らない軸索束がミッドラインを横切ったりすることが分かった。さらにこの表現型は細胞運命決定の異常による間接的なものでなく、軸索走行に直接的に影響を与えたものであることを示した。

GS-G6系統はUAS配列がショウジョウバエゲノムの第3染色体65E領域上に挿入されたものであり、その付近に新規FHタンパク質をコードする領域が存在することを見出した。このFHタンパク質遺伝子の完全長cDNAをクローニングしCNSの神経全体で異所発現させたところ、GS-G6の異所発現と類似な表現型を観察した。以上から form3 完全長cDNAが上記の表現型の原因遺伝子であることが証明された。クローニングした完全長cDNAの配列を決定した結果、1644アミノ酸からなる新規FHタンパク質であることを突き止め、この遺伝子を formin3 (form3)、タンパクを Formin3 (Form3) と名づけた。

次に Form3 の配列の解析を行った。ホモロジーサーチ解析でFH2ドメインやFH3ドメインを持つことが分かった。また、プロリンに富むFH1ドメインを持つことも分かった。ショウジョウバエゲノム上には6つのFHタンパク質遺伝子が存在することが分かった。6つのショウジョウバエのFHタンパク質と他種から選んだFHタンパク質についてFH2ドメインの配列比較に基づいて ClustalW を用いて進化系統樹を作成した結果、Formin3 が新しいサブファミリーのFHタンパク質に属することが分かった。

form3 mRNAがショウジョウバエの胚発生過程でいつどこで発現しているのかを調べるためにRNA in situ を行った結果、胚発生過程において、 form3 mRNAは主に気管系で発現していることが分かった。発生が進むにつれて、発現がフュージョンセルなどの一部の細胞に限られてくることも見出した。現在までに知られていた多くのFHタンパク質の研究は細胞分裂や細胞極性など細胞に普遍的に存在する現象における機能を研究していたのに対し、form3 mRNAの気管発生過程特異的な発現パターンはFHタンパク質の特定の時期と場所における役割を示唆していて興味深い。他のショウジョウバエのFHタンパク質全てについてRNA in situ を行い、胚発生過程における発現パターンを調べたところ、CG5797は別の一部の組織でmRNAを発現していることが分かった。

Form3 の機能を調べるために、form3 の機能欠失体を作成した。mAb 2A12を用い気管のルーメン形成過程を調べた結果、form3 機能欠失胚において、気管系で最も太い管を構成するドーサルトランクのルーメンの融合箇所のいくつかで融合が起きなかったり遅れたりすることが分かった。この表現型はドーサルトランク細胞で form3 を強制的に発現させることによりレスキューされた。以上より form3 遺伝子は気管のルーメンの融合に必要であることが分かった。ドーサルトランクルーメン以外のブランチのルーメンの融合にも異常が見られた。

緑色蛍光タンパク質GFPを気管細胞全体で発現させることにより気管細胞の発生過程を生きたままにタイムラプスで観察した。その結果、form3 機能欠失胚においてルーメンの融合に異常が生じた箇所でもフュージョンセル同士は正常に接触するが、その接触を安定化することができないことが分かった。また、ステージ14以降、正常胚に比べ、多くの気管細胞が気管ネットワークからはがれてゆくのが観察された。

FHタンパク質は一般にアクチン細胞骨格を制御する。また、フュージョンセル内にはルーメン融合に必要なアクチンフィラメントに富んだトラックが形成されることが知られている。このトラック形成における Formin3 の役割を調べるためにGFP-moesin を用い気管細胞内のアクチンフィラメントに富む領域を可視化し、ライブ解析を行った。その結果、form3 機能欠失胚においてルーメンの融合に異常が生じた箇所で、フュージョンセル内にまたがりルーメン形成を媒介するアクチンフィラメントに富んだトラックが形成されないことが分かった。この結果は、気管のルーメンの融合過程において重要と考えられているアクチンフィラメントの集積において Form3 が役割を果たしていることを示唆している。

気管のルーメン融合の最近の研究で細胞接着分子E-cadherin がフュージョンセルにおいて重要な役割を果たすことが知られていた。またGFPを用いたライブ解析で Form3 が細胞接着に関与している可能性が示唆されたので私は次に form3 機能欠失胚におけるE-cadherin の局在を調べた。その結果、form3 機能欠失胚において、ルーメン結合の初期の段階に見られる特徴的なE-cadherin のライン構造は形成されているが、ルーメンが融合した後に形成されるE-cadherin の三重リング構造が形成されないことから、Form3 はE-cadherin のリング構造の形成に必要であることが分かった。

結論として、本論文で、Formin3 (Form3) と名づけたショウジョウバエにおける新規FHタンパク質の役割を解析した。胚発生過程において、form3 mRNAは主に気管系で発現している。form3 機能欠失胚において、いくつかの気管系の融合箇所で融合が遅れたりできなかったりする。アクチンフィラメントに富んだ構造のライブイメージングにより、form3 機能欠失胚のルーメンを融合できなかった箇所においてフュージョンセル内にアクチンフィラメントに富むトラックが安定に形成されないことが分かった。これらの結果は Form3 が気管の融合過程において重要なアクチンフィラメントに富むトラックの集積において役割を果たしていることを示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、ショウジョウバエの新規遺伝子 formin3 (form3) の気管形成における役割を探ることを目的として、form3 遺伝子を単離し、これを解析する事に成功した。

論文提出者は、まず、能瀬助教授から供与されたGS-G6系統を用い、中枢神経系における未知遺伝子の異所発現の表現型の原因が新規遺伝子 form3 の異所発現によるものであることを突き止めた。中枢神経系で form3 遺伝子を異所発現させると、中枢神経系の軸索走行のパターンが乱れる。form3 遺伝子の完全長cDNAをクローニングし、ORFを解析したところ form3 遺伝子は1644アミノ酸からなる新規FHタンパク質をコードしていた。Form3 の配列の解析を行ったところ、FHタンパク質で高度に保存されたドメインFH2のほか、FH3、FH1ドメインをもっていた。ショウジョウバエゲノム上でFHタンパク質をサーチしたところショウジョウバエには6つのFHタンパク質が存在した。6つのFHタンパク質と他種のFHタンパク質のFH2ドメインをもとに分子系統樹を作成したところ、Form3 は新しいサブファミリーのFHタンパク質に属していた。

form3 mRNAがショウジョウバエの胚発生過程でいつどこで発現しているのかを調べるためにRNA in situ を行った結果、胚発生過程において、form3 mRNAは主に気管系で発現していた。ステージ14までには気管細胞全体で発現が見られるようになった。ステージ15になると発現がフュージョンセルなどの一部の細胞に限られるようになった。ステージ16には気管系での発現は見られなくなった。気管系での発現は、form3 が気管系で重要な役割を果たしていることを示唆している。

Form3 の機能を調べるために、論文提出者は form3 の機能欠失体を作成した。モノクローナル抗体mAb 2A12を用い気管のルーメン形成過程を調べた結果、form3 機能欠失胚において、気管系で最も太い管を構成するドーサルトランクのルーメンの融合箇所のいくつかで融合が起きなかったり遅れたりしていた。この表現型はドーサルトランク細胞で form3 を強制的に発現させることによりレスキューされた。以上の結果は form3 遺伝子は気管のルーメンの融合に必要であることを示している。ドーサルトランクルーメン以外のブランチのルーメンの融合にも異常が見られた。

緑色蛍光タンパク質GFPを気管細胞全体で発現させることにより気管細胞の発生過程を生きたままにタイムラプスで観察した。その結果、form3 機能欠失胚においてルーメンの融合に異常が生じた箇所でもフュージョンセル同士は正常に接触するが、その接触を安定化することができなかった。また、ステージ14以降、正常胚に比べ、多くの気管細胞が気管ネットワークからはがれてゆくのが観察された。

FHタンパク質は一般にアクチン細胞骨格を制御する。また、フュージョンセル内にはルーメン融合に必要なアクチンフィラメントに富んだトラックが形成されることが知られている。このトラック形成における Formin3 の役割を調べるために論文提出者はGFP-moesin を用い気管細胞内のアクチンフィラメントに富む領域を可視化し、ライブ解析を行った。その結果、form3 機能欠失胚においてルーメンの融合に異常が生じた箇所で、フュージョンセル内にまたがりルーメン形成を媒介するアクチンフィラメントに富んだトラックが安定に形成されなかった。この結果は、気管のルーメンの融合過程において重要と考えられているアクチンフィラメントの集積において Form3 が役割を果たしていることを示唆している。

気管のルーメン融合の最近の研究で細胞接着分子E-cadherin がフュージョンセルにおいて重要な役割を果たすことが知られていた。またGFPを用いたライブ解析で Form3 が細胞接着に関与している可能性が示唆されたので、論文提出者は form3 機能欠失胚におけるE-cadherin の局在を調べた。その結果、form3 機能欠失胚において、ルーメン結合の初期の段階に見られる特徴的なE-cadherin のライン構造は形成されているが、ルーメンが融合した後に形成されるE-cadherin の三重リング構造が形成されないことから、Form3 はE-cadherin のリング構造の形成に必要であることが分かった。

以上要約すると、本研究では、Formin3 (Form3) と名づけたショウジョウバェにおける新規FHタンパク質の気管のルーメン融合における役割を明らかにした。特にフュージョンセル内でルーメン融合に必要とされているアクチンフィラメントに富むトラックを安定に形成するのに form3 遺伝子が必要であることを明らかにした。新規FHタンパク質の気管発生における役割を明らかにしたという点で、細胞生物学上かつ発生生物学上有意義な貢献をしたものと認められる。よって審査委員一同、博士(理学)にふさわしい研究と判断した。

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