学位論文要旨



No 118811
著者(漢字) 谷口,淳子
著者(英字)
著者(カナ) タニグチ,ジュンコ
標題(和) 直径数ナノメーター以下の一次元細孔中ヘリウム量子流体
標題(洋) Quantum Fluid Phases of Helium confined in One-Dimensional Pores a Few Nanometers in Diameter
報告番号 118811
報告番号 甲18811
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4464号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小森,文夫
 東京大学 教授 和達,三樹
 東京大学 教授 今田,正後
 東京大学 助教授 久保田,実
 東京大学 助教授 岡本,徹
内容要旨 要旨を表示する

ヘリウム単原子分子は、ボゾンである4Heとフェルミオンである3Heの同位体が安定して存在する。これらは大きなゼロ点エネルギーのため絶対ゼロ度まで液体のままにあることが可能であり、量子統計性の違いを反映した量子流体の最適な研究対象である。バルク液体では、3次元4Heボースおよび3Heフェルミ液体が研究され、更に平らな基盤に吸着したヘリウムでは、次元性と密度によって相互作用も制御された2次元の量子液体が実現して、バルクとは異なるさまざまな性質が明らかになっている。さらに次元性を1次元にした場合の量子流体についても興味がもたれるが、これまでのところ1次元He量子系の実現に成功した研究は皆無といえる。そこで我々は、1次元4Heと3Heの量子流体の実現を目的として、孔径がナノメートルサイズの細い1次元細孔中に4He、3Heを吸着させた系の量子的性質を調べる研究を行った。

研究には孔径が18Aと28Aで長さ数千A程度のまっすぐな1次元トンネルを持つ2種類のメゾ多孔体 (FSM-16) を用いた。これらの新規吸着基盤では、これまでHe吸着の実験がなかったので、まずその吸着状態を調べる必要があった。そこで我々は、主に4He、3Heの吸着圧力測定から、吸着エネルギーや層形成などを調べる手法を確立し、細孔中でHe原子が細孔壁を1層で覆う吸着量 (n1) や、一様な層を作って吸着する最大の量 (nf) を明らかにした。4Heの場合、18Aの細孔ではnf=1.4nl、孔径28Aでは2nlまで細孔壁面に一様な層を作って吸着する。3Heの場合、小さい質量のためゼロ点振動が大きくなり、nlやnfは低密度側にずれる。

吸着4Heや3Heがそれぞれの量子統計性を反映したボースおよびフェルミ流体になっているかどうかは、数十mKまでの低温比熱で定性的に異なった振る舞いを示すかどうかで評価した。図1は孔径28Aで吸着面積がS=85m2の細孔基盤に吸着した4Heおよび3Heの等温比熱をしめす。4Heの比熱は1.4nlまで、吸着量の増加とともに増加するが、それ以降、減少に転じる。一方、3Heは1.4nl以降も比熱は増加を続けており、4Heと3Heの違いが明瞭に現れている。従って、吸着量が1.4nl以降で量子流体相が出現していると示唆される。

4Heボース流体では、2次元と3次元において超流動が観測されている。1次元細孔に吸着した4Heについても、共同研究者がねじれ振り子の実験で超流動を検証した。その結果28A細孔基盤では、吸着量が1.4nl以上で超流動を観測した。従ってこの吸着量領域では、細孔中に確実に4Heボース流体が実現している。

図2は、ボーズ流体が存在する吸着量における比熱Cの温度依存を、C/Tに対してプロットしている。各吸着量では、TBと標した温度で明らかに温度依存が異なる。ねじれ振り子の実験では、TBとほぼ同じか少し低温側で超流動が観測されており、TBと超流動のオンセット温度との関連が示唆される。TBより低温での比熱の温度依存は、Tがゼロの極限でC/Tが有限値に漸近しており、十分低温で比熱は温度Tに比例すると考えられる。

4Heボース流体における素励起はフォノン的な分散を持つと考えられる。28細孔で実現した4He量子流体は、1.4nlの局在層(膜厚がおよそ5.5A)の上に吸着しているので、直径dが17Aの円筒壁面に吸着した4He薄膜がボース流体になっている。このボース流体の音速をバルク4Heと同じ程度の200m/secとすると、円周方向は離散的なエネルギー準位をもち、基底状態から第一励起状態へのギャップエネルギーは、hv/πd=1.7Kと見積もられる。このため数十mK程度の低温では円周方向の運動は基底状態にあり、1次元細孔に沿ったフォノンしか励起しない。従って、図2で見られる低温比熱の温度に比例する成分は1次元フォノン比熱と考えられる。このフォノン比熱から、フォノン音速を見積もった結果が図3である。音速の大きさは流体のものとしては妥当な大きさである。これらの結果から、28A細孔中に吸着させた4He薄膜において、十分低温のフォノン系で1次元性が現れたと結論される。

18A細孔では1.15nl以上の吸着量で28A細孔と同様な同位元素効果があり、量子流体の存在が示唆される。1.15nl以降で1Dフォノン比熱が観測され、それから図3のようにフォノン音速が見積もられた。音速の大きさは、バルク液体の場合と同程度だが、28Aの場合に比べて大きい。また、18A中4Heにおいて超流動は、nf=1.4nlまで観測されなかった。これらの結果から、18Aの細孔中4Heについては、nfまで固相の寄与が大きい可能性が考えられる。1.15nlから1.4nlの吸着量での超流動の有無はは、超音波などの異なった方法で行う必要がある。また、次元性とボーズアインシュタイン凝縮の関係を実験的に検証するにはより詳細な細孔径依存を調べる必要がある。

次に、1次元細孔中で、量子統計性を示す3Heのフェルミ流体が、更に低温でフェルミ縮退して温度に比例した比熱、C=γT、を観測するために、5mKまでの超低温比熱を測定した。細孔にヘリウムを吸着させると、局在した固体のヘリウム層の上に吸着した3Heや4Heが量子流体になると考えられる。3Heのみを吸着した場合には、100mK程度以下で温度を下げると比熱が大きくなるアップターンが観測された。これは局在した固体層の3Heの核スピンに起因する比熱である。この大きなアップターンの比熱があると、フェルミ縮退した3Heの比熱が相対的に小さくなり、正確な測定ができなくなる。このため固体層の3Heを核比熱のない4Heで前もって置換した。

28A細孔基盤では置換する4Heの量を1.47nlにした結果、その上に吸着した3Heの比熱は5mKの低温までアップターンは完全に示さなくなり、図4に示すように低温でほぼ温度に比例するフェルミ縮退の比熱を観測した。3Heの吸着量は、1次元トンネル方向の平均粒子間距離α1Dに換算した値で図中に示している。このとき3Heは直径d=17Aの1次元細孔壁面に吸着してフェルミ縮退している。

吸着3Heが相互作用のない理想ガスとして振舞うと仮定すると、3Heの円周方向の離散的運動エネルギー準位はh/2m(2l/d)2と表される(m:3He原子の質量、1:方位量子数)。円周の直径はd=17Aなので、3Heの基底状態と第一励起状態のエネルギーギャップ〓は110mK程度となる。また1次元フェルミガスのフェルミ縮退温度 (TFID) はh2/(32ma12)と与えられる。したがって、吸着量を小さくして〓よりTFIDが小さくなるようにし、また温度を (〓-TFID) より十分に低くした場合に、理想ガスは1次元フェルミ縮退の条件をみたす。図4のaID=33Aに相当する最低の吸着量ではTFID=18mKと計算されるので、フェルミ準位から第一励起準位までのエネルギーの差は(〓-TFiD)=93mKと計算される。実験は5mKまで測定しているので、3Heが理想ガスならば1次元条件を十分満たしたフェルミ縮退を観測することができる。

実際に観測された吸着3Heの比熱(図4)は、円周運動のギャップエネルギー〓=110mKより高温で2次元古典ガスが期待される400mK程度以上では、比熱はC/nR=1に近い値を持っている。温度を下げると、100-200mKあたりでは、1.5Rにまで達するピークを持つ。100mK付近のピークの大きさは、円周方向の運動の励起による1次元状態から2次元状態へのクロスオーバーで説明することができる。さらに、〓より十分低い約30mK以下では、すべての吸着量においてC=γTに漸近している。この比例係数γの吸着量変化を図5に示す。γは吸着量n3とともに増加している。一方、相互作用がない理想ガスが1次元フェルミ縮退ガスの条件を満たす低い吸着量では、γは図5中の点線で示すようにnに逆比例して大きく変化することが予想できる。しかし実際に観測されたγのn依存は予想と全く異なる。むしろ1モルあたりの値γ/nは約0.3J/K2/molと密度の変化にあまり依存していない。このように数10mK程度以下の低温では、理想ガスから期待される振る舞いではなく、何らかの相互作用を持った3He量子流体のフェルミ縮退状態と考えられる。

以上のように、我々はナノメートルサイズの孔径を持った新規1次元細孔基盤中に4Heと3Heを吸着させ、それらの量子流体を実現する研究を行った。圧力測定によってヘリウムの吸着状態を調べ、細孔内の壁面に一様な層をなして吸着したヘリウムの吸着状態を明らかにし、比熱測定で固体層の上にできた4Heボースおよび3Heフェルミ量子流体層の存在を明らかにした。このうち28Aの1次元細孔基盤では、直径約17Aの円筒の形状をした4Heボース流体薄膜が1次元フォノン比熱を示すなどの1次元的特徴を明らかにした。また3Heでは、理想ガスならば1次元条件を満たされる希薄密度と低温で比熱測定を行い、吸着3Heのフェルミ縮退を示す比熱を観測した。

28A細孔中の3Heと4Heの比熱等温曲線。

28A細孔中4Heのn>1.4nlにおけるC/Tの温度依存。

比熱から求めたフォノン音速の比較(18A細孔v.s. 28A細孔)。

4He超流動薄膜上の3Heのモル比熱(Rで規格化している)。

γの吸着量変化。点線は1次元理想フェルミガスのγ。

審査要旨 要旨を表示する

これまでに平坦な固体表面に吸着した薄膜液体ヘリウムが示す2次元量子性が明らかにされてきた。本論文では、1次元量子液体の実現を目標として、内径数nmの1次元細孔内に量子液体を閉じ込め、その超流動液体ヘリウム4薄膜が示す1次元フォノン比熱、および液体ヘリウム3薄膜の比熱を報告している。

本論文は、まとめとなる第8章を含めた全8章から構成されている。第1章は序論で、量子液体研究の歴史が簡単にまとめられた後に、研究の目的が述べられている。第2章では、量子液体を閉じ込めるために用いたメゾ多孔体が紹介されている。これはシリケートでできた6角柱孔の束であり、孔の大きさを数nm程度の範囲で制御できる。本研究では、細孔の対角線長さが1.8 nm(多孔体A)と2.8 nm(多孔体B)で、柱の長さが1ミクロン程度の2種類の多孔体が用いられた。第3章では、本研究で開発した希釈冷凍機および核断熱消磁冷却により5mKまで測定可能な比熱測定装置が説明されている。メゾ多孔体を組み込んだ新たな装置を作製し、量子液体の比熱を精密に測定できるようにした。

第4章では、円筒列内壁へのヘリウム吸着を調べるために行なわれた吸着圧力の測定結果が示されている。その結果から、吸着第一層が完結し2層目が成長始めるヘリウム密度 (nl) と2層目が完結するヘリウム密度が決定された。

第5章では、ヘリウム4の比熱について結果が示され、吸着固体の成長と多孔体内の超流動ヘリウムの比熱が議論されている。多孔体Bの場合でヘリウム密度が1.4nl以下のときには、細孔内に非晶質固体薄膜が形成されていると結論した。さらに、ヘリウム密度を増加させると、等温比熱が減少する。これまでの同じ系でのねじれ振り子の研究により、この密度域では細孔内のヘリウム超流動が観測されている。この超流動転移温度より少し高い温度で、比熱の温度依存性が変化した。これは、超流動転移に伴う変化と解釈した。この転移温度より十分低温では比熱は温度に比例している。低温での素励起はフォノンだと考えられ、この液体中のフォノンの細孔円周方向の運動は測定最低温付近では量子化された基底状態にある。したがって、温度に比例した比熱は一次元フォノンによるものとして理解できる。比熱から求められた音速は、平たんな薄膜液体の第3音波の音速と同程度である。多孔体Aを用いた場合には、細孔内に非晶質固体が形成されるだけで、液体は観測されなかった。

第6章では、ヘリウム3の比熱について結果が示され、吸着固体の成長と細孔内のフェルミ液体比熱が議論されている。多孔体Bの場合でヘリウム密度が1.58nl以下のときには、細孔内に非晶質固体薄膜が形成されていると結論した。これよりも密度が増えるとフェルミ液体の共存が観測された。しかし、固体ヘリウム3の大きな核比熱のために、フェルミ液体の次元性を判断することはできなかった。多孔体Aを用いた場合には、細孔内に非晶質固体ヘリウム3が形成され、それが細孔内空間をすべて埋めるまで吸着が続いていると結論した。

第7章では、最初に固体ヘリウム4を吸着させた多孔体Bを用い、固体ヘリウム3が形成されない条件でヘリウム3を吸着させた結果が述べられている。これにより、液体ヘリウム3の比熱を定量的に測定した。その結果、50mK以下で温度に比例する比熱を観測した。これを、細孔内の液体ヘリウム3では断面方向の運動が量子化し、1次元フェルミ縮退したと解釈した。しかし、観測された比例係数の密度依存性は、1次元フェルミ粒子系からの予測とは異なっている。

審査委員会は、これらの研究において、測定装置の開発と極低温での実験が計画的かつ十分注意深く行なわれ、その解析及び考察が適切になされていると判断した。本研究により、1次元多孔体中に吸着した固体および液体ヘリウムの比熱が5mKまでの低温で測定されたことの意義は大きい。これにより、細孔内に吸着した単原子厚液体ヘリウム4のフォノンが低温で1次元性を示すことが明らかとなった。また、細孔内液体ヘリウム3の比熱の温度依存性に明確な閉じ込め効果を観察した。本研究では、1次元的な異方性が強い場合に超流動性とフェルミ液体としてのふるまいがどのようになるかという基本問題については明確な結論を得ることができなかったものの、1次元多孔体中の量子液体のもつ1次元的なフォノン励起の観測など物性研究として特筆すべき成果をあげた。また、本研究は、和田信雄教授(元指導教官・現名古屋大学大学院理学系研究科)、石本教授(物性研究所)、その他の研究者との共同研究となる部分を含むが、著者が研究計画から実験及び解析・考察のすべての段階で主導的な役割を果たしており、主体的寄与があったものと判断した。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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