学位論文要旨



No 118817
著者(漢字) 藤井,優成
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,マサアキ
標題(和) 超対称標準模型に存在する平坦方向からの物質-反物質の非対称性生成
標題(洋) Matter-Antimatter Asymmetry from MSSM Flat Directions
報告番号 118817
報告番号 甲18817
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4470号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 久野,純治
 東京大学 教授 相原,博昭
 東京大学 助教授 加藤,光裕
 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 風間,洋一
内容要旨 要旨を表示する

最近のWMAPの結果は、宇宙に存在するバリオン非対称性(物質-反物質の間の非対称性)と暗黒物質の量を非常に精度良く計測することに成功した。

これら二つの量を説明することは、素粒子論、宇宙論にまたがる基本的な問題であるが、これらはともに標準模型の中では説明することが不可能であり、必然的に標準模型を超える物理を要求する。とくにバリオン非対称性に関してはバリオン数を破る相互作用が必要であり、陽子崩壊が観測されていないことに抵触しないためには高エネルギーの物理に頼る必要がある。これまでに、様々な模型が提唱されているが、基本的にはこの要請の為に将来において検証可能な低エネルギー領域になんら予言を持たないものがほとんどである。

ここでは、枠組を超対称標準模型に限ることによって、将来における実験から宇宙の物質の起源について何らかの情報が引き出せないかを考えることにする。超対称性はボソンとフェルミオン間の対称性であるため、標準模型に超対称性を導入するとバリオン数やレプトン数を持つスカラー粒子、スクオークやスレプトンが現れる。さらに、超対称標準模型のスカラーポテンシャル中には、繰り込み可能な範囲では完全に平坦な方向がある。これらの方向は、スクオーク/スレプトンの適当な組合せで表現され、soft SUSY-breaking mass term と呼ばれる超対称性を弱く破る weak スケールの質量項以外には、繰り込み不可能な高次の相互作用項を除いてポテンシャルが存在しない。これらの平坦方向を利用したバリオン非対称性の生成機構は Affleck-Dine (AD) baryogenesis と呼ばれ、1985年に Affleck と Dine によって提唱された。宇宙初期における Inflation 中には、そのポテンシャルエネルギーによって超対称性は大きく破れており、この為にスクオークやスレプトンは平坦方向にそって非常に大きな期待値を持つことが出来る。これら平坦方向のその後の coherent な振動は非常に効率良くバリオン非対称性を生成するが、これが AD baryogenesis の基本的なアイデアである。

この機構をより詳しく調べて、その低エネルギーの予言を調べることがこの論文の主題である。最近の大きな発展は、Q-ballと呼ばれる non-topological soliton が AD baryogenesis 中に生成されることである。これは、近年の lattice simulation によっても確認された。平坦方向の coherent な振動はその後の instability の成長に伴いQ-ballに分解し、空間的に極在してしまう。Q-ball内部は外部の熱浴から遮蔽され、Q-ballは非常に長寿命になる。ここで極めて重要になるのは、Q-ball崩壊時期の宇宙の温度である。AD baryogenesis で生成される典型的なQ-ballの崩壊温度は、Td〓〓(1) GeVであるため、Q-ballを構成するスクオークの崩壊物は熱平衡に達することができない。これが、物質と暗黒物質の起源を繋ぐ重要な架け橋となる。

超対称性標準模型に含まれる暗黒物質候補は、neutralino と呼ばれる中性粒子であるが、これは一般には、Bino と Wino と Higgsino の線形結合である。通常の宇宙の熱史の中においては、Bino-like な lightest neutralino が観測で要求されている暗黒物質の量を供給できる。この場合、暗黒物質の量は Bino の質量と対消滅断面積のみで決定され、初期宇宙の情報はなんら残されていない。しかし、宇宙の物質の起源が AD baryogenesis であれば、非常に低温度においてQ-ballの崩壊に伴う大量の neutralino の供給が有るために、neutralino の性質には Bino とは大きく異なるものが要求される。実際、この場合には対消滅断面積の小さな Bino では暗黒物質を多く作り過ぎてしまい、AD baryogenesis の一般的な問題だと考えられていた。

私は濱口と共に、この問題の最も自然な解として Higgsino-あるいは Wino-like なlightest neutralino を提案した。これらは Bino-like なものよりはるかに大きな対消滅断面積を持ち、その最終的な量はその初期値ではなく、Q-ballの崩壊温度で決定される。典型的なQ-ballの崩壊温度において、これらは要求される暗黒物質量を自然に供給することを発見した。これらの新しい暗黒物質候補は、通常の thermal freeze-out シナリオを仮定すると、その大きな対消滅断面積の為に暗黒物質にはなりえない。したがって、Higgsino-あるいは Wino-like な暗黒物質の発見は、宇宙の物質-反物質の非対称性、さらに暗黒物質の起源について非常に重要な手がかりを与えてくれる。

濱口、それにつづく伊部との共同研究においては、これら新しい暗黒物質候補の将来における検出可能性を詳しく調べた。直接検出実験では、neutralino とGeなどの物質との弾性散乱を利用する。この実験では、neutralino とクオークの相互作用の強さが検出率を決定するが、Higgsino、Wino は共に Bino に比べてクォークとの大きな結合を持ち、特に、Higgsino-like な暗黒物質は特殊な場合を除き非常に大きな検出可能性を持つ。EDELWEISS、CDMS、GENIUS等の将来実験において、パラメータ領域のほぼ全体をカバーできることを確かめることができた。

これら一連の研究では、いくつかの有望な間接検出実験についても議論した。neutralino の対消滅から直接生じる光子は neutralino 質量とほぼ同じエネルギーを持ち、さまざまな background から容易に区別できると同時に、暗黒物質粒子の質量という重要な情報を与えてくれる。通常考えられているようにBinoが暗黒物質を構成していた場合には、その対消滅断面積の小ささからこの検出は非常に困難なことが知られていたが、AD baryogenesis が予言する Higgsino あるいは Wino が暗黒物質であった場合には、その断面積の大きさから将来の Air-Cherenkov Telescope Array 実験において、かなりの検出可能性が期待できることを示した。特に、Wino-like な暗黒物質の場合には非常に有望な検出方法を提供してくれる。もう一つの重要な間接検出実験として、太陽中心に蓄積した neutralino の対消滅から生じる高エネルギーのニュートリノの検出が存在する。いわゆる solar neutrino のエネルギーはMeV程度であり、この高エネルギーニュートリノとは容易に区別可能である。太陽の neutralino 捕捉率はZボソンを媒介する axial-vector 相互作用で決まるが、これは Higgsino にとって非常に好都合であり、ANTARES、ICECUBE 等の現在建設中の実験において、ほぼ全パラメータ領域をカバー出来ることを明らかにした。

このように、AD baryogenesis から予言される新しい暗黒物質候補は、通常考えられている Bino neutralino よりずっと大きな検出率を持ち、将来区別可能なことが期待出来るが、このシナリオはさらにもう一つ重要な観点を与えてくれる。先に述べたように、このシナリオでは、宇宙のバリオン非対称性と暗黒物質が共にスクオーク condensate の崩壊で生成されるために、それらの量の間になんらかの関係があることが期待できる。私は柳田と共に、あるクラスのAD baryogenesis では、実際にバリオン数と暗黒物質の量の比が低エネルギーの物理量だけで書けることをしめした。この関係式は、スクオークの質量と neutralino の質量と対消滅断面積で表すことができ、Inflation の再加熱温度や、平坦方向の初期値など高エネルギーのパラメータとは独立に決まる。ΩBh2とΩDMh2の値の近さはこれまでずっと謎であったが、このシナリオはこの問題に関する一つの解釈を与えてくれる。

審査要旨 要旨を表示する

宇宙のバリオン数の起源は素粒子模型を考える上で重要な問題である。今日多くの研究者に注目されているその起源を説明する理論は、ニュートリノの質量を説明するシーソー機構における熱的過程による宇宙のレプトン数生成(レプトジェンネシス)および素粒子の超対称模型におけるアフレック・ダイン機構である。超対称理論ではスクオーク、スレプトンといったバリオン数やレプトン数をもったスカラー場が導入されるが、インフレーションのダイナミクスによりそれらが大振幅をもつことでアフレック・ダイン機構は宇宙のバリオン数の生成を行う。本博士論文では、素粒子の標準模型を超える理論として有望視されている超対称模型に着目し、この理論における宇宙のバリオン数生成から来る予言について研究がなされている。特にアフレック・ダイン機構に重点をおいている。

本博士論文では以下のことが示された。まず、シーソー機構をつかった最も簡単なアフレック・ダイン機構では、スカラー場のポテンシャルへの熱浴から寄与を評価することで、宇宙のバリオン数とニュートリノの出ない2重ベータ崩壊との強い関係を示した。またより一般化されたアフレック・ダイン機構でQボールと呼ばれる非トポロジカル配意が生成される場合に、Zボゾンやヒックスボゾンの超対称粒子であるウイノやヒッグシーノが宇宙の暗黒物質の候補になることを示した。特にこの場合ある条件下ではアフレック・ダイン機構は宇宙のバリオン数と暗黒物質の量の比を自然に説明できることを示した。さらに、本博士論文では、宇宙の暗黒物質であるウイノやヒッグシーノがQボール崩壊といった非熱的過程により生成された場合、暗黒物質探索がどうかわるかを議論している。ウイノやヒッグシーノは超寿命Qボールの崩壊過程から生成され、生成される宇宙の温度がそれらの質量に比べ十分に低い。そのため、熱浴から暗黒物質が生成される場合に比べ暗黒物質の対消滅過程の断面積が大きいなど際立った性質をもつ。以上の結論は超対称理論における宇宙の歴史を議論する上で、また将来の超対称性の実験的検証において際立った結論である。

本論文は5節から構成される。第1節は素粒子論的宇宙論のレビューである。その第1章では標準宇宙模型およびインフレーションのレビューがなされ、また第2章では素粒子の超対称模型の宇宙の熱史を考えるときに重要な制限となるグラビティーノ問題のレビューがなされている。第2節では宇宙のバリオン数の起源を説明する候補であり本論文のメインのテーマである素粒子の超対称模型におけるアフレック・ダイン機構に関する藤井の最近の研究がまとめられている。その第4章ではアフレック・ダイン機構を具体的な模型を元に解説するため、彼と彼の共同研究者の研究であるシーソー機構を使った最も簡単なアフレック・ダイン機構についてまとめられている。そしてこの理論における宇宙のバリオン数とニュートリノの出ない2重ベータ崩壊との強い関係を示した。第5章ではより一般化されたアフレック・ダイン機構についてまとめられている。特に非トポロジカル配意であるQボールおよびアフレック・ダイン機構との関係、およびそこから導かれる結論がまとめられている。第3節では、Qボールを伴うアフレック・ダイン機構から期待されるウイノやヒッグシーノ的な暗黒物質の探索に関する藤井の研究がまとめられている。第7章は直接探索、第8章は異常宇宙線による間接的探索に当てられている。第4節(第9章)では、宇宙のバリオン数の起源を説明するもう一つの候補であるシーソー機構における熱的過程による宇宙のレプトン数生成を超対称模型の枠組みで、特にグラビティーノ問題の観点から議論されている。第5章(第10章)は結論である。

なお、本論文は、浅賀、伊部、浜口、柳田を含む10本の共同研究が元になっているが、論文提出者が主体となって議論および検討を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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