学位論文要旨



No 118821
著者(漢字) 松尾,利明
著者(英字)
著者(カナ) マツオ,トシアキ
標題(和) 原子核の平均場模型と有効相互作用のスピン-アイソスピン依存性
標題(洋) Nuclear mean-field models and spin-isospin dependences of effective interactions
報告番号 118821
報告番号 甲18821
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4474号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,浩一
 東京大学 教授 本林,透
 東京大学 教授 松井,哲男
 東京大学 教授 初田,哲男
 東京大学 助教授 櫻井,博儀
内容要旨 要旨を表示する

原子核の殻構造は1950年代に確立され,原子核構造の研究において非常に重要な意味を持っている.我々は50年間もの間,殻構造がさまざまな領域の原子核について同一であるという幻想を抱いていたが,その思い込みは近年の実験により否定されつつある.不安定核ビームを用いた実験が行われるようになったのに伴い,不安定核における新魔法数16の出現,および魔法数20の消滅のような実験結果が報告されている.我々はこのような殻構造の変化を 'Shell evolution' と呼ぶことにする.

Shell evolution は主に殻模型対角化により研究され,有効相互作用のスピン・アイソスピン依存性が重要な役割を果たしているというメカニズムが提唱された.とりわけ,(σ1・σ2) (τ1・τ2) 相互作用とテンソル相互作用という二つの成分の重要性が指摘されており,それらの作用は図1, 2に示すように,スピン-軌道分裂を狭めるような効果をもつ.しかし,殻模型対角化による研究はsd殻およびpf殻の原子核に限られており,さらに,相互作用のスピン・アイソスピン依存性との関係が明示的に与えられてはいない.

一方,平均場計算で用いられている有効相互作用は不安定核の実験結果を反映しておらず,従来の枠組みから脱却することができていない.本研究の目的は,広範囲の原子核を単一の枠組みで記述することができるという平均場理論の強みを活かし,Shell evolution と相互作用のスピン・アイソスピンとの関係について明らかにすることである.スピン・アイソスピン依存性を明示的に取り入れた有効相互作用として我々は Gogny 型の相互作用を採用し,従来のパラメータの問題点を指摘するとともに,その問題を解決する新しいパラメータGT1,GT2を提案する.GT1はテンソル相互作用を含まず,GT2はテンソル相互作用を含む有効相互作用である.

新しい相互作用GT1およびGT2は,20年ほどにわたり用いられてきたD1S相互作用と比べて,原子核の結合エネルギーに関しては正確さを欠くが,以下のような興味深い結果が得られた.GT1相互作用では,(σ1・σ2)(τ1・τ2)相互作用の効果により,24O原子核において新魔法数16が出現し,それに陽子が加わった30Si原子核ではその新魔法数が消滅することを再現できた(図3).それに加えて,GT2相互作用ではテンソル相互作用の効果により,sd殻の軌道に核子を加えるとp殻の殻構造に変化が生じるという現象がみられた.カルシウムおよびニッケル同位体についても同様の結果が得られている.自由度の不足のため,中性子カルシウム同位体における新魔法数34については再現することができなかったが,一方で中性子過剰核78Niでは,中性子スキンの発達に伴うエキゾチックな殻構造の存在を示唆する結果が得られた.

本研究は,原子核の正確な記述を目的とするものではないが,より現実的な有効相互作用を決定する上での一助となれば幸いである.

(σ1・σ2)(τ1・τ2)相互作用の効果

テンソル相互作用の効果

GT1相互作用によって計算された,酸素同位体とN=16同中性子核の中性子の一粒子エネルギー

審査要旨 要旨を表示する

原子核の殻模型は1950年代に確立し,その後の原子核構造研究において本質的に重要な役割を果たしてきた.殻模型によって魔法数が説明されたが,すべての領域の原子核で魔法数は同一であると考えられてきた.しかし,最近になって不安定格の実験的研究が進展し,不安定核領域ではこれまでにない魔法数16が現れ,魔法数20がなくなるという実験結果が報告されている.本論文は,このような新たな実験事実を説明するために,平均場模型の範囲で,そこで使われる有効相互作用のスピン-アイソスピン依存性を調べることを目的としている.

本論文は5章からなる.第1章では本研究全体の動機と背景を述べ,第2章では有効相互作用と殻構造に関する総合報告を行い,これまで使われてきたGogny相互作用DS1を拡張して,σ1・σ2τ1・τ2とテンソル力を含む新しい有効相互作用GT1とGT2を提案している.第3章では平均場模型,特にハートリー-フォック法の総合報告を行っている.第4章ではGT1とGT2を用いたハートリー-フオック計算の結果を示し,従来のDS1計算結果と比較している.第5章はまとめである.

σ1・σ2τ1・τ2やテンソル力の効果については,殻模型の対角化法によって研究されているが,狭い範囲の原子核に限られており,また,有効相互作用の行列要素を制御するという方法によって殻構造が調べられてきた.論文提出者は物理的な意味を把握することができる平均場模型において,有効相互作用を調べることにより殻構造を調べている.

論文提出者が本論文で提案した有効相互作用GT1はGogny型相互作用のパラメタを再調整したものであり,有効相互作用GT2はさらにテンソル力を加えたものである.論文提出者が得た有効相互作用は,従来のDS1と比較すると,原子核の結合エネルギーについては実験値との一致が悪くなっているが,次のような注目すべき結果を与えている.有効相互作用GT1はσ1・σ2τ1・τ2の効果により,24O原子核において殻ギヤップが現れ,魔法数16を再現することが示されている.さらに24O原子核に陽子を加えていくと,この殻ギャップは小さくなり,30Si原子核において魔法数16が消えることが示されている.また論文提出者は,有効相互作用GT2を用いることによって,テンソルカの効果のためにsd殻軌道に核子を加えるとp殻の殻構造に変化が生じることを示した.しかし論文提出者は中性子Ca同位体における新しい魔法数34を再現することはできなかった.中性子過剰核78Niでは中性子スキンの発達に伴う殻構造の存在を示唆する結果が得られている.

本論文で論文提出者が提案した有効相互作用は,原子核の性質をすべてにわたって正確に記述するものではないが,不安定核において観測された殻構造に関する新事実を説明する可能性を示したものであり,原子核のより広い領域における有効相互作用について,今後の研究に手がかりを与えるものと評価される.

なお,本論文は大塚孝治との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実際の計算を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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