No | 118826 | |
著者(漢字) | 籔下,篤史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤブシタ,アツシ | |
標題(和) | 広帯域パラメトリック光子対の発生とその微弱光分光等への応用実験 | |
標題(洋) | Generation of broadband photon pairs and its application to absorption spectroscopy and quantum key distribution | |
報告番号 | 118826 | |
報告番号 | 甲18826 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4479号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 光の量子的な特徴を用いた非常に興味深い実験が近年盛んに行われるようになっている。それらはいずれも古典光学では実現不可能である物理的に興味深い実験である。また実用的応用として、量子通信、量子計算などの分野に応用できる可能性があり、非線型結晶による自発的パラメトリック下方変換(SPDC : Spontaneous Parametric Down-Conversion)の過程で発生する光子対を用いた実験は特によくなされている。本論文の研究でもこのSPDC光子対を用いる。SPDCの過程で生じる光子対はさまざまなパラメータで絡み合う可能性があり、個々のパラメータを用いた多様な実験が可能である。 本論文では第一のテーマとして光子対の周波数の絡み合いを用いた実験を行う。周波数の絡み合いをよくするため励起光源としてスペクトル幅の狭い連続波(Continuous Wave:CW)レーザーを用いている。その周波数の絡み合った光子対を用いて吸収分光を行うことを目的としているのだが、十分に広いスペクトル領域での測定を行うためには光子対のスペクトルが広いスペクトル幅を持っていることが要求される。但し、逆にスペクトル領域を広げることで各波長当たりの光子数が減り測定に支障を及ぼす可能性もある。したがって、狭いスペクトル幅、広いスペクトル幅それぞれの周波数絡み合い光子対を発生させ、分光測定を行った(図1)。 発生したSPDC光子対とともにSPDC光子対に変換されなかった励起光も同軸に進むため、SPDC光子対のみの測定を行うためには励起光を除去せねばならない。発生する光子対が広いスペクトル幅を持つことを考慮しつつ励起光を確実に除去できるよう設計した光学系を図2に示す。 実際にこの狭いスペクトルの周波数絡み合い光子対、広いスペクトルの周波数絡み合い光子対のそれぞれを用いて、Nd3+ドープガラスの吸収分光測定を行った。どちらを用いた測定においても、古典的分光法により測定された試料の吸収スペクトルと定性的にも定量的にも合う結果が得られ、周波数絡み合い光子対を用いた分光測定法により正しい測定結果が得られていることが検証された。広いスペクトルの光子対により測定された吸収スペクトル(図3)においては特に試料の吸収ピークの形を反映した吸収スペクトルが測定されている。本実験は絡み合い光子対を用いた分光測定に成功した世界で初めての例である。 周波数絡み合い光子対を用いた分光を応用できる場合として以下のようなことが考えられる。この方法論を用いた分光測定は、試料を透過した光子を分光することなくその試料の分光を行うことができるというところに大きな特徴がある。古典光源を用いた分光実験は、今までに無数になされているが、古典的手法が適用困難な下記のような状況においては、周波数絡み合い光子対を用いた手法は有効な手段となる。そのような例としては試料透過光の分光が困難である極限的環境下、例えば超高温超低温などといった環境下などにおいては、周波数絡み合い光子対を用いた分光が有利になることがあると考えられる。また赤外波長領域において光に対して脆い試料の分光を行うような場合には、古典的分光でも熱雑音の多い赤外波長領域の光検出器を使う必要があるが、周波数絡み合い光子対を用いた分光を行えば、光子対のうち片方の光子は他方の光子を検出する際の時間的なゲートとして働くためにその測定における信号雑音比は飛躍的に向上すると期待される。 周波数絡み合い光子対を発生させる際に非線形結晶としてはtype-IIのものを用いていたが、これにより偏光の直交した光子対が発生していた。但し、周波数絡み合いを用いた実験では、直交した偏光を持つ光子対を効率的に1つずつの光子に分けるために、ビームスプリッタとして偏光ビームスプリッタを用いていたが、これは偏光の絡み合いを壊すため、偏光の絡み合いも用いる実験を行うためにはこれを無偏光ビームスプリッタに置き換える必要がある。さらに励起光と同軸に発生する光子対のみを取り出すアイリスを非線形結晶の後ろに配置した上で、信号光を波長分解した状態において信号光とアイドラー光の光子が偏光において絡み合っているかどうかの検証実験を行った。その実験系を図4に示す。 その結果、偏光板POL1の角度を0度にして同時計数を測定した際に同時計数が最大になるPOL2偏光板の角度は、POL1の角度を45度にして測定した際に同時計数が最大になるPOL2偏光板の角度と差異を持つ結果が得られた(図5)。これは光子対が偏光において絡み合っていることを示している。この実験結果により、光子対を波長分解したあとにおいても光子対が偏光の絡み合いを持っていることが示された。これはBBM92プロトコルを用いた量子暗号鍵配送を周波数(波長)多重で行う際の光源として応用できると考えられる。 実験に用いた自作相関分光系の概念図。L1はレンズ(焦点距離100mmないし8mm)。BBOはtype-IIのBBO結晶。M1は焦点距離12.7mmの放物面鏡。P1、P2はプリズム。M2、M3は平面鏡。PBSは偏光ビームスプリッター。Gは溝本数1400本/mmの回折格子。L2、L3はレンズ(焦点距離11mm)。OFは光ファイバー。SPCM#1、#2は単一光子計数装置。TACは時間電圧変換装置。Delayは遅延回路。PCはコンピュータ。Sは試料。 回折格子の角度を回転させながら各点において120秒間の同時計数を測定して得られた同時計数スペクトル。励起光集光用レンズL1として焦点距離100〜mmのレンズを使用した場合(点線)と焦点距離8〜mmの対物レンズを使用した場合(実線)。 広いスペクトル幅の周波数絡み合い光子対を用いて測定した試料の吸収スペクトル(黒点)と、古典的分光法により測定された試料の吸収スペクトル(実線) 波長分解した光子対の偏光絡み合いの測定系。POL1、2は偏光板。BSは無偏光ハーフビームスプリッタ。IRISはアイリス光学絞り。その他の記号については図1に同じ。 信号光側の偏光板POL2が0度(細線)、45度(太線)、90度(細い点線)、135度(太い点線)であるときの偏光の相関を同時計数により測定したデータ。横軸はアイドラー光側の偏光板POL1の角度。 | |
審査要旨 | 本論文は、「広帯域パラメトリック光子対の発生とその微弱光分光等への応用実験(Generation of broadband photon pairs and its application to absorption spectroscopy and quantum key distribution)」を、5章からなる和文でまとめたものである。広帯域パラメトリック光子対の持つ量子力学的絡み合いの性質を用いて、分光実験への応用と量子暗号鍵配布の基礎実験のデモンストレーションを行い、その結果と解析を述べている。第1章では、導入として、光の量子的性質として近年注目されているさまざまな量子力学的絡み合いを有する光子対を用いた実験、特に、本研究でも用いられる自発的パラメトリック下方変換により発生する周波数や偏光の絡み合った光子対を用いた実験の概要を述べている。第2章では、自発的パラメトリック下方変換を用いた広帯域にわたる周波数絡み合い光子対の発生方法とその評価結果を述べている。第3章では、第一の応用実験として行った、周波数絡み合い光子対を用いた吸収分光測定の研究を記述している。第4章では、第二の応用実験として行った、周波数多重量子暗号鍵配布にむけた基礎実験の手法と結果を記述している。第5章では、まとめを述べている。なお、付録として、実験を遂行する指針として必要な計算、すなわち、位相整合計算によりBBO結晶の角度に応じて自発的パラメトリック下方変換光がどのように変化するかのシミュレーション、分光系の波長較正と分解能の見積りを行った結果を述べている。 本研究で用いた、自発的パラメトリック下方変換による光子対の発生と、発生した微弱な絡み合った光子対の同時計数測定を行う実験装置は、藪下氏が独自に構築したオリジナルなものであり、アラインメントのための工夫などが織り込まれている。周波数の絡み合いを良くするために、連続波チタンサファイアレーザーを光源として用い、自作した第二高調波発生共振器により430nmの連続波光をつくり、これをポンプ光としている。そして、これを短焦点距離のレンズによりBBO結晶内に絞込み、自発的パラメトリック下方変換による広帯域周波数絡み合い光子対を発生する。その光子対をビームスプリッタで分岐し、時間相関光子検出装置を用いて同時計数を行うものである。 本研究では、第一の応用実験として、吸収分光へのデモンストレーションをおこなった。偏光ビームスプリッタによりシグナル光とアイドラー光を分けて、アイドラー光の側には試料をおいてその透過光を検出し、シグナル光の側には回折格子を置いて分光した光を同時検出する。シグナル光側を分光しているにもかかわらず、試料の透過分光スペクトルが検出できることを、初めて提案し実証することに成功したものであり、真空紫外や赤外領域での分光実験に適用した場合の利点も指摘している。 第二の応用実験として、上記の方法で発生される量子絡み合いを持った広帯域光子対を用いて周波数多重量子暗号鍵配布の実験を行うためにポイントとなる、偏光絡み合い状態の評価測定を行った。ここでは、光子対を無偏光ビームスプリッタを用いて分岐し、そのそれぞれのビームを偏光子を通して同時検出する(その際、片方のビームはさらに回折格子で分光して検出する)。片方の偏光子1のさまざまな角度設定に対して、他方の偏光子2の角度をスキャンすると、同時計数が最大となる偏光子2の角度にシフトが観測された。一方、シミュレーションを行って、偏光絡み合いがあるときのみこの角度のシフトが起こり、偏光絡み合いがない場合は単に振幅だけが変化することを示しており、上記の実験結果が、発生された広帯域の光子対が偏光絡み合いを持っていることの証明となっていることを明らかにしている。データのSN比やシフト量の大きさにさらなる改善の余地はあるが、周波数多重量子暗号鍵配布実験の基礎実験として価値のあるものと判断される 総じてこれらの成果は、量子力学的絡み合いを持った光子対を発生し、その特性を生かした新しい応用実験の可能性を拓くものとして、高く評価できる。 なお、本論文の中核をなす研究内容は指導教官らとの共著論文として学術誌に印刷公表ないしは公表予定であるが、測定装置の開発、実験の遂行、結果の解析など大部分は論文提出者が主体となって行ったものと判断される。 よって、論文審査委員会は全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認めた。 | |
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