学位論文要旨



No 118828
著者(漢字) 山本,倫久
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ミチヒサ
標題(和) 半導体結合量子細線のクーロン相互作用
標題(洋) Interaction effects in semiconductor coupled quantum wires
報告番号 118828
報告番号 甲18828
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4481号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 家,泰弘
 東京大学 助教授 勝本,信吾
 東京大学 助教授 秋山,英文
 東京大学 助教授 長谷川,修司
 東京大学 教授 小宮山,進
内容要旨 要旨を表示する

一次元電子系は、強い電子間相互作用のために非フェルミ液体的性質を示す。このような系は朝永-ラッティンジャー液体 (TLL) と呼ばれ、近年活発に研究が行われているが、その性質を実験的に検証した例はほとんどなかった。これは、通常の量子細線では、その有限長さの効果のために相互作用の効果が電気的な特性に反映されにくいためである。本研究では、長さ1〜4μmの量子細線をふたつ平行に近接して並べた結合量子細線(図1)を半導体中に作成し、その電気伝導特性から一次元電子系の相互作用効果を研究した。特に、二つの量子細線間のトンネル電流(図2(a))と二つの細線間のクーロンドラッグ(クーロン相互作用による電子の運動量の遷移)(図2(b))に着目して実験を行った。

量子細線間のトンネルでは、細線方向の運動量が保存される。また、トンネル電流が充分に小さい領域(一度トンネルしたら再び元の細線に戻りにくい領域)では、その電圧微分 dI/dV(V)は、二つの細線内の一次元サブバンドの底がそろうときにピークを持つ。電圧やゲート電圧(量子細線の電子密度)の関数としてこの共鳴ピークの場所を追うことにより、細線内部の各サブバンドの運動量分布を決めることができる。図3は測定結果の一例である。この測定では、Upper wireは接地されていて、二つの占有サブバンドを持っている。そして、dI/dVが細線問の電圧VとLower wireのサイドゲート電圧VgLの関数として測定されている。図3の (n,m) は、Lower wireのn番目のサブバンドとUpper wireのm番目のサブバンドの間での共鳴ピークを表している。(n,m)と(n,m-1)とのピーク間隔はUpper wireのサブバンド間隔(=閉じ込めエネルギー)に対応する。また、これらの共鳴ピーク列とは別に、水平に近い方向に細いピークが見られる(図中A)。これらは、Lower wire内の状態密度が高い場所に対応する。一次元電子系の状態密度は、サブバンドの底で発散するので、これらのピーク位置からLower wireの占有サブバンド数が変わるゲート電圧を決めることができる。図中のnLは、Lower wireの占有サブバンド数である。

図3でV〓0でフェルミ面がLower wireのサブバンドの底に近づく位置では、特異な構造(ジャンプ構造)が見られる。その詳しいメカニズムは未解明であるが、この構造は二つの共鳴ピーク列の組から成っており、density locking(相互作用の効果によって二つのサブバンドの電子密度がそろう効果)に関係付けられると考えられる。実際に、後から述べるクーロンドラッグによってこの領域でのdensity lockingが確認された。また、量子細線の電子密度を低くしていくと、共鳴ピーク構造が徐々になだらかになっていき、最後には消えてしまう。このような低電子密度の領域では、運動量がいい量子数ではなくなり、電子の粒子としての性質が支配的になる。

クーロンドラッグ実験には、低電子密度細線内の電子相関がより明確に反映される。特に、TLL効果は、二つの量子細線間で、フェルミ速度が一致するとき(サブバンドの底がそろうとき)に現れる。この場合、二つの細線間で2kF散乱が可能になり、クーロンドラッグが増大する。さらに、細線間に強い相互作用効果がある場合、細線内のCDWが互いに強くロックされた状態が生じる。この場合、ドラッグ効果の温度依存性がフェルミ液体の場合と逆になる。フェルミ液体では、充分低温ではクーロンドラッグが温度の上昇とともに大きくなるが、TLL (CDW) では、温度の上昇によってロックされた CDW が外れやすくなり、その結果ドラッグ効果は急激に減少する。図4は、長さ4μmの結合量子細線で観測されたクーロンドラッグ抵抗とその温度変化の一例である。図中のピークは二つの細線間でサブバンドの底がそろう位置に対応する。完全なdensity lockingは、負のドラッグ(後述)との競争がない右側のピークにおいて実現され、温度の上昇とともにドラッグ抵抗が急激に減少する。この温度依存性は、強結合領域で理論的に予想される結果とよく合う。また、ドラッグ抵抗値の急激な変化にも関わらず、ロッキングの強さに対応するピーク幅は、温度に対してほとんど変化しない。二つの細線中の電子密度が低すぎる場合には、ゲート電極からの遮蔽効果により電子相関が逆に弱められる。この場合、図4のような幅広いピークは観測されなくなり、ピーク幅は狭くなる。

また、ドライブ細線の電子密度が非常に低い場合には、負のドラッグ抵抗が観測される。負のドラッグ抵抗は、ドライブ細線中の電子がドラッグ細線中のホールをドラッグすることに対応する。この負のドラッグ効果は、二次元電子面に垂直な磁場を印加すると、より広い Vgdrive 領域で観測されるようになる。特に、細線のコンダクタンスにスピン分離プラトーが観測されるような高磁場領域では、ドライブ細線の電子密度がファーストプラトーの下にある限り、適当なVgdragに対して必ず負のドラッグ効果が観測される。磁場の印加は波動関数の広がりを小さくし、実質的なクーロン相互作用を増大させる効果があるので、負のドラッグ効果は、ドライブ細線中の電子がウィグナー結晶化することに起因して、ドラッグ細線に相関ホールが誘起されるためであると考えることができる。また、実験結果によれば、ドラッグ細線中の電子密度もファーストプラトーの下にないと負のドラッグ効果は生じない。逆に、ドラッグ細線の電子密度が非常に低くなり、ゲート電極からの遮蔽によってクーロン相関がカットオフされる場合にも負のドラッグは消滅する。つまり、負のドラッグ効果が起こるためには、ドラッグ細線中にも、強いクーロン相関と、運動量保存を補償するための散乱ポテンシャル(不純物ポテンシャル)が必要である。特に、高磁場下では、ドラッグ細線中の電子もウィグナー結晶化していると考えられる。これらの電子は、いくつかの不純物ポテンシャルによってピン止めされており、その不純物ポテンシャルの近くにはトンネルバリアができる。負のドラッグ効果は、ドライブ細線中の電子(粒子)がこのバリアの近くを通過する際に、ドラッグ細線中の電子がドライブ細線中の電子とは逆向きにバリアを挟んで移動するというメカニズムで説明できる。

本研究では、図5に示すように、半導体量子細線内の電子状態とクーロン相互作用を結合量子細線を用いて調べた。その結果、TLL効果やウィグナー結晶化のような強い相関効果を捉えることに成功した。

結合量子細線のSEM写真(長さ2μm)。二次元電子系をもつGaAs半導体の表面にショットキーゲートを配することによって作成した。ゲート(金属)に負の電圧をかけることによってその下の二次元電子系が空亡化し、結合細線が形成される。センターゲートの電圧 Vgcenter によって細線間のトンネル電流を調整しサイドのゲートの電圧Vg1, Vg2によって細線内の電子密度やフェルミ波数などを自由に変えることができる。

(a); トンネル電流測定の測定系。一方の細線はグランドに落とされている。(b); クーロンドラッグの測定系。クーロンドラッグの強さは、〓で定義されるドラッグ抵抗によって表される。

長さ4μmの結合量子細線において、Vgcenter=-0.75V、VgU=-0.95Vで観測された微分トンネルコンダクタンス。測定温度は10 mK。

長さ4μmの結合量子細線において測定されたドラッグ抵抗とその温度依存性。Vgcenter=-0.95V, Vgdrag=-0.95Vに固定されている。温度の上昇とともにドラッグ抵抗が減少する。

半導体量子細線の電子状態と相関効果

審査要旨 要旨を表示する

1次元電子系は,強い電子間相互作用のために非フェルミ液体的性質を示すことが知られており,理論的には朝永ラッティンジャー液体 (TLL) としてのふるまいが予言されている.本研究は,半導体量子細線の極低温における量子伝導特性を調べることによってこの問題に取り組んだものである.本論文は8章からなり,第1章では1次元電子系に関する基礎的事項,第2章では1次元系聞の共鳴トンネル現象,第3章ではクーロンドラッグ現象に関するこれまでの研究の背景が述べられている.第4章で本研究における実験方法が述べられた後,第5章では共鳴トンネル現象,第6章ではクーロンドラッグ現象についての実験結果とそれに関する議論が展開されている.第7章に本研究のまとめが述べられ,第8章では今後の展望と研究の提案が述べられている.

本研究で対象とした系は,GaAs/AlGaAs半導体2次元電子系試料表面に微細加工によって付けた複数のゲート電極のバイアス電圧を調整することによって実現した,結合量子細線構造である.1次元電子系の非フェルミ液体効果については,従来,量子ポイントコンタクトや量子細線の伝導を通した研究が行われてきたが,その種の実験ではしばしばリード線の電子系(フェルミ液体)の性質が系のふるまいを支配するため,非フェルミ液体効果の検出が困難であることが指摘されていた.本研究では結合量子細線における,(1)細線間トンネル伝導,および(2)クーロンドラッグ効果,の2点について詳しい実験および解析を行った.これらは量子細線部分に特化した現象であるため,そこでの非フェルミ効果を検出する上で有利であると考えられた.得られた主な知見は以下のとおりである.

量子細線間トンネル伝導

量子細線間のトンネルでは細線方向の運動量が保存される.トンネル電流が充分に小さい領域(トンネルした電子が元の細線に戻りにくい領域)では,その微分伝導度dI/dV (V)は2つの細線内の1次元サブバンドの底がそろうときにピークを持つ。電圧やゲート電圧(量子細線の電子密度)の関数としてこの共鳴ピークの場所を追うことにより、細線内部の各サブバンドの運動量分布を決めることができる.実験ではトンネル伝導度のゲート電圧依存性を詳細に調べることによりサブバンド準位を同定し,さらに,トンネルスペクトルにいくつかの興味深い構造を見出した.例えば,フェルミ面が一方の細線のサブバンドの底に近づくところで特異な構造(ジャンプ構造)が見られた.その詳しいメカニズムは未解明であるが,この構造は2つの共鳴ピーク列の組から成っておりdensity locking(相互作用の効果によって二つのサブバンドの電子密度がそろう効果)に関係付けられると解釈された.

クーロンドラッグ効果

クーロンドラッグ実験には低電子密度細線内の電子相関がより明確に反映される.特にTLL効果は,2つの量子細線間でフェルミ速度が一致するとき(サブバンドの底がそろうとき)に現れる.この場合,2つの細線間で2kF散乱が可能になり,クーロンドラッグが増大する.細線間に強い相互作用効果がある場合には,細線内のCDWが互いに強くロックされた状態が生じ,ドラッグ効果の温度依存性がフェルミ液体の場合とは逆になることが予想されている.すなわち,フェルミ液体では充分低温ではクーロンドラッグが温度の上昇とともに大きくなるが,TLL (CDW) では温度の上昇によってロックされたCDWが外れやすくなりドラッグ効果が急激に減少する.実験では,正のドラッグ抵抗のピークが温度の上昇とともにドラッグ抵抗が急激に減少するふるまいが見られ,非フェルミ液体効果と一致する結果が得られた.また,ドラッグ抵抗値の急激な変化にも関わらずロッキングの強さに対応するピーク幅は温度に対してほとんど変化しないという結果が得られた.

ドライブ細線の電子密度が非常に低い場合には,ドライブ細線中の電子がドラッグ細線中のホールをドラッグすることに対応する負のドラッグ抵抗が観測される.負のドラッグ効果の起源は必ずしも明らかでないが,ドライブ細線中の電子がウィグナー結晶化することに起因してドラッグ細線に相関ホールが誘起されるためであるとの解釈がなされている.

以上のように,本研究は結合量子細線というユニークな実験対象を用いて1次元電子系の非フェルミ液体的ふるまいに迫ったもので,1次元電子系の電子状態およびクーロン相互作用効果による強相関効果に関して重要な知見を得たものと認められる.本論文の中核をなす研究内容は指導教官らとの共著論文として学術誌に印刷公表ないしは公表予定であるが,実験の遂行および結果の解析の大部分は論文提出者が主体となって行なったものと判断される.

したがって,本論文は博士(理学)の学位授与に値するものと認める.

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