学位論文要旨



No 118830
著者(漢字) 青木,成一郎
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,セイイチロウ
標題(和) 宇宙ジェットと準周期的振動の一般相対論的電磁流体力学シミュレーション
標題(洋) General Relativistic Magnetohydrodynamic Simulations of Astrophysical Jets and Quasi-periodic Oscillations
報告番号 118830
報告番号 甲18830
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4483号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 教授 江里口,良治
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 助教授 吉村,宏和
 国立天文台 助教授 梶野,敏貴
内容要旨 要旨を表示する

活動銀河核 (AGN) は中心近傍の非常に狭い領域から銀河全体が放出する程度の膨大なエネルギーを放出している天体の総称である。AGNには、ブレーザー、BL Lac天体、クェーサー、セイファート銀河など、一見すると異なる天体が含まれている。しかし、これらの天体は、超巨大ブラックホールとその周りの降着円盤及び中心近傍からジェットが噴出されている系を異なる角度から見たために性質が異なって見えるとする、統一モデルが提唱されている (Urry & Padvani 1995)。ブラックホールの周りでは降着によるエネルギー解放の効率が一番良く(対消滅を除く)、最大に回転しているブラックホールの周りでは、42%もの高効率でのエネルギー解放が可能である。従って、AGNのエネルギー源は重力エネルギーの解放に拠る可能性が高い。また、AGNの多くにジェットが見られるが、超光速現象が観測される例もあり、ジェットの速度は光速に非常に近いと考えられている。さらに、AGNジェットはコリメーションが非常に良いのも特徴である。これら2つの特徴を同時に説明できるモデルとして、現在、磁場の力により加速されるモデルが最も有力である。このモデルは、Blandford & Payne (1982) により解析的研究から提唱された。このモデルでは、磁力線を介して、回転する円盤から磁力線に貫かれたプラズマに角運動量が与えられる。ガス圧を無視した場合、磁力線と降着円盤のなす角度が60度以下であれば、プラズマが得た遠心力が中心天体による重力に打ち勝ち、そのプラズマが放出される(磁気的遠心力による加速)。一方、非定常数値シミュレーションを用いた磁場の力によるジェットの加速の研究は、Uchida & Shibata (1985) 及びShibata & Uchida (1986) により行われ、ジェットは磁気的遠心力だけでなく、磁気圧によっても加速されることが分かった。また、このモデルではジェットが自然にコリメーションされることも数値シミュレーションにより示されている (Kudoh et al. 1999)。さらに、ジェットの最終速度はジェットの根元のケプラー速度のオーダーとなることが知られており (Kudoh & Shibata 1997a, 1997b)、回転していないブラックホール(シュワルツシルト・ブラックホール)の場合、降着円盤の内縁のケプラー速度は光速の50%に達するため、光速に近い速度へのジェットの加速が可能である。従って、磁場の力により加速されるジェットのモデルは、AGNジェットのコリメーション、最終速度を共に説明可能である。さて、観測からAGNの中心には超巨大質量のブラックホールが存在すると考えられている (Miyoshi et al. 1995)。磁場の力により加速するモデルでは、ジェットの根元の回転速度が速いほど最終速度が大きくなるため、その根元は降着円盤の内縁近傍にある可能性が高い。従って、AGNジェットの加速を考える場合、一般相対論を考慮する必要がある。一般相対論的電磁流体力学 (GRMHD) を用いた宇宙ジェットの数値シミュレーションは、Koide et al. (1998) が世界で初めて成功した。彼らによると、ジェットは磁場の力により加速されるジェットとガス圧により加速されるジェットの2層構造となっている。磁場の力により加速されるジェットは、非相対論的扱いでも見られたジェットだが、ガス圧により加速されるジェットは、一般相対論的扱いに特有なジェットである。そこで我々はこのジェットの性質を調べた。

我々は、シュワルツシルト・ブラックホールの周りでケプラー回転する幾何学的に薄い円盤と、円盤を貫く一様な磁場、及びブラックホールの周りに静水圧平衡のコロナを仮定して、2次元GRMHDシミュレーションを行った。モデルにおけるパラメータの内、降着円盤とコロナの密度の比 (ρd/ρc) 及び降着円盤の内縁でのガス圧力と磁気圧の比 (βi≡p/(B2/2)) を選び、ジェットの物理量の依存性を調べた。その結果、ρd/ρcが大きく、βiが小さいほど、ジェットは速いことが分かった。具体的にはγjetをジェットのローレンツ因子としてγ2jet-γjet(非相対論的極限での単位質量当たりのジェットの運動エネルギーに相当)がγ2jet-γjet∝(ρd/ρc)1.23及び、γ2jet-γjet∝βi-0.75の依存性を示す(図1)。これらの依存性はガス圧により加速されるジェットの加速機構から以下のように説明できる。まず、磁場により降着円盤から角運動量が引き抜かれ、円盤中の流体要素がブラックホールへ向かって落下し始める。角運動量の引き抜きは持続し、落下速度が速い磁気音速を超える(超音速)。しかし、ケプラー運動に必要な角運動量はブラックホールに近いほど小さいため、流体要素は遠心力によりブラックホール近傍で急激に減速される。その結果、超音速で落下する流れの中で衝撃波が生成する。この衝撃波によって増大したガス圧により、ジェットが加速される。

さて、観測から、マイクロクェーサーから放射される電波、赤外線、及びX線の時間変動の間には相関があることが示されている (Mirabel et al. 1998). 電波はジェットからのシンクロトロン放射、X線は降着円盤からの放射と考えられるため、これはジェットの時間変動と降着円盤での時間変動との間に相関があることを示唆する。マイクロクェーサーからのX線放射における時間変動の中で、我々は high-frequency quasi-periodic oscillations (QPOs) に着目した。ブラックホール候補天体における high-frequency QPOsを説明する有力なモデルは2つ有り、一つはブラックホールの周りのエルゴ領域での降着円盤の歳差によるもの、もう一つは円盤での振動によるモデルである。円盤での振動によるモデルでは、解析的研究から、降着円盤の内縁近傍で音波がトラップ、増幅され、円盤でのエピサイクリック振動数の最大値 (κmax) 程度のコヒーレントな振動が生じると予言されている(例えば、Kato 1978や Kato & Fukue 1980など)。実際に、この現象は、擬ニュートンポテンシャルを用いた粘性込みの降着円盤の数値シミュレーションによって再現された(例えば、Matsumoto et al. 1988, 1989やHonma et al. 1992など)。

我々は、このモデルに着目し、回転しているブラックホール(カー・ブラックホール)の周りの時空を用いた1次元一般相対論的流体力学による数値シミュレーションを行った。ただし、簡単化のため、降着円盤の粘性を入れないモデルを用いた。粘性は円盤内で音波を発生させる原因となるが、我々は初期にケプラー速度より小さい回転速度を与えること (sub-Kepler) で円盤に擾乱を与え(ケプラー速度で回転する場合、円盤は安定で落下しない)、音波を発生させた。その結果、円盤からブラックホールへ向かって伝播する準周期的衝撃波を得た(図2)。κmaxはブラックホールの回転(a : スピン)に依存するが、a=0.0(回転してない)、a=0.95(最大回転の95%の回転)及びa=0.99(最大回転の99%の回転)の場合に、それぞれに対応するκmax程度の頻度で準周期的に衝撃波が生成した。線形解析との比較から衝撃波の生成のメカニズムを理解するため、ケプラー回転する円盤に初期に線形摂動を与えた計算も行った。その結果、ブラックホール近傍でκmax程度のコヒーレントな振動が得られた。この結果は以下のように解釈できる。ブラックホールの周りの降着円盤では非相対論的扱いと異なり、エピサイクリック振動数に上限 (κmax) が存在するため、円盤の外側で発生した音波の内、κmax以上の振動数を持つ音波のみ、ブラックホールへ到達可能である。さらに、線形理論から予測されるように、到達可能な音波の中で、κmax程度の振動数を持つ音波が時間と共に支配的となる。このため、ブラックホール近傍でκmax程度のコヒーレントな振動が生じる。sub-Kepler の場合は、大きな(線形)摂動を初期に円盤に与えたと解釈できるため、線形摂動の場合と同様のメカニズムで、κmax程度の頻度の準周期的衝撃波生成が得られたと考えられる。ただし、衝撃波となるのは、ブラックホールへの音波の伝播に伴い、非線形効果が重要となるためである。従って、我々が得た準周期的衝撃波は、降着円盤の内縁近傍での音波のトラップによるものではなく、円盤内で非一様かつ最大値 (κmax) を持つエピサイクリック振動数分布が音波に対してフィルターの役割を果たすためである。この準周期的衝撃波生成に必要な条件は、降着円盤が非定常であることのみだが、円盤が普遍的に非定常性を示すことは磁気流体不安定(例えば、Balbus & Hawley 1991やHawley & Balbus 1991 など)の電磁流体力学数値シミュレーションから予測されている。さらに、準周期的衝撃波形成の頻度である、κmaxをマイクロクェーサーのうちの2つ、GRS 1915+105及びGRO J1655-40における high-frequency QPOsの振動数と比較した結果、中心のブラックホール候補天体のスピンはそれぞれ、0.0<a<0.4及び0.85<a<1.0と予測できることが分かった。

(a)GRMHDシミュレーションで得られたジェット生成の様子。色は密度の contour、白線は磁力線、矢印はポロイダル速度(光速の場合、図の左下の矢印の長さ)、左下の黒い領域はブラックホールを表す。rsはシュワルツシルト半径。τs(≡rs/c) は時間の単位。(b) γ2jet-γjetのρd/ρcに対する依存性。(c) γ2jet-γjetのβiに対する依存性。直線は最小自乗法でフィットしたもの。それぞれ、γ2jet-γjet∝(ρd/ρc)1.23及び、γ2jet-γjet∝βi-0.75の依存性を示す。

(a)スピンパラメータがa=0.0(回転していないブラックホール)、(b)a=0.99(非常に速く回転しているブラックホール)の場合の、ブラックホールへ向かって伝播する準周期的衝撃波形成。横軸はシュワルツシルト半径を単位としたブラックホールからの距離、縦軸方向へは対数スケールで表した圧力を時間発展の順に並べてある。いずれの場合も、それぞれのスピンパラメータに対応した、κmax程度の頻度でブラックホールへ向かって伝播する衝撃波が形成されている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、活動銀河核 (AGN) やマイクロクェーサーという、その中心部から相対論的速度のジェットを放出している天体を対象とし、AGNのジェットの加速機構を論じた章と、マイクロクェーサーで観測されている振動現象の機構を論じた章とから構成されている。

AGNとマイクロクェーサーは、規模は大きく異なるものの、ともに、その中心部にブラックホールと降着円盤の系が存在し、そこから相対論的速度のジェットを放出していると想定されている。本論文は、AGNとマイクロクェーサーで観測されているいくつかの特徴的現象を再現するシミュレーションを行なうことにより、ブラックホールと降着円盤の系における重要な物理過程を解明することを試みている。

本論文の提出者は、まず第2章で、AGNでのジェットの加速機構の解明を行なった。AGNで観測されているジェットは、ローレンツ因子が10程度にまで達している。その加速とコリメーションの機構は、まだ明確になっていないが、磁場の効果が有力視されている。また、ブラックホール周辺での加速には、一般相対論的効果が重要となる。従って、論文提出者は、一般相対論的電磁流体力学を用いた数値シミュレーションにより、このようなジェットの加速機構の研究を行なった。従来の同様なシミュレーションは、ジェットは磁場の力により加速されるジェットとガス圧により加速されるジェットの2層構造となっていること、後者のジェットの方がより高速に加速され、そのローレンツ因子が3程度に到達することを示していた。しかしながら、AGNから放出されるジェットの典型的ローレンツ因子10と比べて小さいという問題があった。

そこで、論文提出者は、ジェットの加速のパラメータ依存性を調べることにより、AGNで観測されているような高速ジェットが実現する条件を調べた。申請者は、初期に、シュワルツシルド・ブラックホールの周りでケプラー回転する幾何学的に薄い円盤と、円盤を貫く一様な磁場、及びブラックホールの周りに存在する静水圧平衡のコロナを仮定して、2次元の一般相対論的電磁流体力学シミュレーションを行った。そして、ジェットの速度が、降着円盤の密度が高いほど大きく、ジェットのローレンツ因子は降着円盤とコロナの密度の比の簡単なスケーリング則で記述できることを見い出した。

論文提出者は、上記のようなパラメータ依存性が、ガス圧によるジェットの加速機構によって次のように説明できることを示した。まず、磁場により降着円盤から角運動量が引き抜かれて、円盤のガスがブラックホールへ向かって落下し、落下速度が磁気音速を超える。一方、ケプラー運動に必要な角運動量はブラックホールに近いほど小さいため、円盤ガスは遠心力によりブラックホール近傍で急激に減速される。その結果、超音速で落下する流れの中で衝撃波が生成する。この衝撃波によって増大したガス圧によりジェットが加速され、その加速の程度は降着円盤のガス圧が高いほど大きくなる。ジェットは磁場の力によりコリメートされる。このようにして論文提出者は、降着円盤とコロナの密度の比が10,000程度の場合であれば、AGNのジェットの典型的ローレンツ因子10が実現され得ることを示すことができた。

次に、論文提出者は、マイクロクェーサーから放射されるX線の準周期的振動に着目した。論文提出者は、回転しているカー・ブラックホールの周りの時空を用いた1次元一般相対論的流体力学による数値シミュレーションを行ない、円盤からブラックホールへ向かって伝播する準周期的衝撃波を発見した。ブラックホールの周りの降着円盤では、一般相対論的効果によりエピサイクリック振動数に上限が存在するため、円盤の外側で発生した音波のうち、この上限値以上の振動数を持つ音波のみがブラックホールへ到達可能となる。この音波が衝撃波に成長することにより、準周期的衝撃波が生成されるのである。このような降着円盤の準周期的振動モデルによって、論文提出者は、マイクロクェーサーのX線の準周期的振動を説明することに成功した。

以上、本論文は、一般相対論的電磁流体力学を用いた数値シミュレーションにより、AGNとマイクロクェーサーにおけるジェットの加速機構と円盤の振動現象の新たな理論的モデルの構築に成功し、ブラックホールと降着円盤の系の物理過程の解明を飛躍的に前進させたものとして、高く評価できる。

なお、本論文は、柴田一成、小出真路、工藤哲洋、中山薫二との共同研究であるが、論文提出者が大部分のシミュレーションと解析を行なっており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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