学位論文要旨



No 118831
著者(漢字) 菅沼,正洋
著者(英字)
著者(カナ) スガヌマ,マサヒロ
標題(和) ダスト反響法による近傍1型セイファート銀河のダストトーラス内縁半径の測定
標題(洋) Reverberation Measurements of the Inner Radius of the Dust Torus in Nearby Seyfert 1 Galaxies
報告番号 118831
報告番号 甲18831
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4484号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中田,好一
 東京大学 教授 岡村,定矩
 東京大学 助教授 河野,孝太郎
 国立天文台 教授 家,正則
 東北大学 教授 千葉,柾司
内容要旨 要旨を表示する

活動銀河核のダストトーラス内縁の半径は、これらの天体の構造や見かけの特徴を理解する上で、最も重要な要素の一つである。しかし、最も近い類の天体においてもこの角度的な大きさは小さすぎて、近年の可視赤外線観測技術でも空間分解して見ることが出来ない。ダスト反響法を用いれば、これを時間変動データにおいて分解することが出来る。活動銀河核の反響マッピング法は、中心放射源からのフラックスの時間変動に対する再放射領域の変動の時間的遅れを測り、その時間的遅れを中心放射源から再放射領域までの光速度伝搬時間と解釈して再放射射域の大きさや構造を見積もる手法である。活動銀河核の近赤外線放射は中心可視紫外放射源によって昇華温度ぎりぎりまで熱せられた高温ダストに由来していると考えられているので、可視紫外連続波と近赤外線のフラックスをモニターすれば、中心放射源と高温ダストとの距離、つまりダストトーラスの内縁半径に相当する時間遅延が近赤外線時間変動に観測されるはずである。こうした観測は過去に数個の天体において報告されてはいるが、ダストトーラス内縁半径の一般的描像を得るには、測定の質の点からもサンプルの数の点からも不十分であった。

我々は近傍の良く知られた1型セイファート銀河の数個について、過去に無い頻度の可視近赤外線同時モニター観測を行なった。観測は、ハワイ州マウイ島ハレアカラ観測所に活動銀河核モニター専用に用意したマグナム2m望遠鏡を用い、我々が開発した無人自動観測システムによって行なった。2001年初頭の試験観測開始後約3年間のモニター観測で、初期成果のNGC 4151に続きNGC 5548、NGC 4051, NGC 3227, NGC 7469の4天体において、Kバンドフラックス変動のVバンドに対する明瞭な時間遅延現象を検出した。HバンドとKバンドのフラックス変動比から見積もった色温度がおよそ1500-1800Kであること、そして近赤外における時間変動が可視のそれに比べて滑らかなことから、Kバンド放射は中心核から離れた高温ダストの熱放射に由来し、観測された時間遅延はその半径を光が伝搬する時間を表していると考えられる。

VバンドからKバンドへの変動の時間遅延量は、線形相関解析により定量化した。相関解析による遅延量の計算方法とその誤差評価法は、これまで主に分光モニター観測データ上で検討されて来ていた。我々はこれらの方法に対して、我々のモニター観測データの特徴に最適になるように修正を加えた。また、観測間隔や観測不能期間において見失った活動銀河核の時間変動をその天体の変動特徴を再現するような確率過程でシミュレートして、時間遅延の誤差を評価する新しい手法を導入し、信頼出来る時間遅延の検出を可能にした。この解析により、NGC 5548においては2001年極小期、2002-2003年極小期、2003年極大期のにおいてそれぞれ48+3-2、47+5-6、52+7-5日の時間遅延を検出した。同様にNGC 4051においては2001年、2002年、2003年の観測期において、それぞれ12+6-4、10+7-6、18+6-5日を検出した。NGC 3227については、2001年のみに有意な時間遅延18+9-8日を検出した。NGC 7469については、2002年と2003年にそれぞれ81+17-17および72+27-19日を検出した。

NGC 4151も含めた我々のこの結果は、ダストトーラス内縁半径の信頼出来る測定サンプルをこれまでの倍の個数に増やし、中心放射源光度、中心ブラックホール質量、そして我々と同様の反響法によって測られている広輝線放射領域の半径のパラメータと合わせて、セイファート銀河全体の傾向や個々の天体の差について議論することが出来るようになった。まず、ダストトーラス内縁半径は中心放射源の可視光度と強く相関し、光度の0.5乗に良く比例することが確かめられた。対称的に、中心ブラックホール質量とは相関が見られず、トーラス内縁が重力的な影響を受けず中心光度により直接決定されていることが、これまでよりさらに明瞭に確かめられた。また、広輝線放射領域半径の中心光度変動に追随した変化の存在を考慮すると、比較的大きな半径幅を持つ広輝線放射領域半径の上限がダストトーラス内縁半径付近に存在する様子が見られる。これは活動銀河核の統一モデルが前提に置いている広輝線放射領域の外側にダストトーラスが存在する描像を直接確認しただけで無く、広輝線放射領域の外縁がダストトーラス内縁によって決定されている可能性を示唆する。ダストトーラス内縁の時間発展については、NGC 5548における3つの異なる変動期に対する時間遅延測定結果が、天体間の関係に見られるような強い可視光度依存性を持たないことから、数ヵ月から1年の時間スケールでは高温ダストの分布変化が中心加熱源の変動に対して追随していない可能性が示唆される。

今後これらの天体の時間遅延測定を続ける一方で、新たにモニター観測を開始した数十個のサンプルについての結果が加われば、統計的解釈と時間変化の両面からさらに詳細なダストトーラスの描像が得られると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる。第1章はイントロダクションで時間遅延法によりセイファート銀河のダストトーラス内半径を測る方法(ダスト反響法)の原理が述べられている。第2章はマウイ島におけるマグナムプロジェクトの観測とその結果がまとめられている。第3章はデータ解析に用いる相関解析法とその改良について述べられている。第4章は解析の結果得られたダストトーラス内半径の天文学的な意義が論じられている。第5章は本論文全体の結論が簡潔にまとめられている。

第1章では、セイファート銀河の中央に近赤外線を放射するダストトーラスが存在することが述べられている。このトーラスの内半径は、撮像観測の角度分解の限界以下で画像としては観測できない。時間遅延法は、可視波長域で観測される中心放射源の光度変化に対し、中心放射源からの光が到達してから始まるトーラスの近赤外光度変化には時間遅延が伴うことを利用するトーラス内半径の測定法である。この方法は、可視域と近赤外域での長期間測光モニター観測を要求する。論文提出者は、過去のモニター観測では観測点の間隔が大きすぎたことを指摘して、時間間隔の短い、可視・近赤外同時測光観測の必要性を強調している。これを実現したのがMAGNUMプロジェクトであり、論文提出者はこの計画に初期の段階から加わり、主要メンバーの一員として活動してきた。

第2章では、UBVJHKの6バンドで、2001年から継続して行われているMAGNUMプロジェクトの観測の概要が述べられている。観測と平行してその自動化作業が進められ、最近完全無人自動観測が実現された。論文申請者のMAGNUMプロジェクトに対する主要な貢献は、完全自動観測に不可欠な雲モニター装置とそのソフトウエアの開発である。このプロジェクトでは現在約50天体が定常的にモニターされている。本論文ではその中から観測期間の最も長いグループに属するセイファート1.5型の4銀河、NGC5548, NGC4051, NGC3227, NGC7469を選んでそのデータを解析した。可視のBとVバンド変光曲線は細かい増減に至るまで良く似た変化を示すことが判った。近赤外J,H,Kバンドの光度も連動して変化するが、可視と異なり短時間の変動成分を欠いている。

第3章ではVバンドとKバンドの変光の相関を解析する手法と解析の結果が述べられている。相関係数を計算する際には、観測点が欠けた時期での天体の等級が必要とされる。また、データ点の不均一な分布を補正しなければならない。このため、論文申請者は観測点の間を線形補間して観測の欠けた時期の等級を推定した。さらに一定の時間間隔毎のV,K推定等級同士でペアのサンプルを作って観測点不均一性の影響を調べた。そのようにして得られた相関関数のピークからVバンド変光に対するKバンド変光の遅延時間が決定された。しかし、相関関数法の最大の問題点は、周極天体以外では、必ず観測不可能な季節があって観測間隔に大きなギャップが生じることである。このギャップによる推定遅延時間の誤差評価は難しい問題である。論文申請者は各バンドでの変光がストカスティックな過程で起こると仮定し、観測データから求められた変光パターンの構造関数に基づいて、ギャップにおける明るさをモンテカルロ法により推定し、多数の模擬変光データを発生させるシミュレーションを実施した。この数値実験の結果から論文申請者は問題としている4銀河に対し得られた遅延時間の誤差を評価することに成功した。遅延時間と誤差の値は変光曲線の極大極小毎に定められ、NGC5548では2001年の極小に対し48 (+3, -2)日、2002-2003年の極小で47(+5, -6)日、2003年極大で52(+7, -5)日であった。NGC4051では、2001年極大で12(+6, -4)日、2002-2003年極小で10(+7, -6)日、2003年極大で18(+6, -5)日であった。NGC3227では2002年のみ18(+9, -8)日と決定された。最後にNGC7469では2001年極大で81(+17, -17)日、2003年極小で72(+27, -19)日であった。

第4章では遅延時間量から定めたトーラス内半径の性質を、これまでに他の研究者が得た結果と合わせて論じている。これまでトーラス内半径が中心光度の0.5乗に比例するという関係が比較的明るいセイファート銀河に対して提唱されていたが、論文提出者はこの関係を低光度側へ大きく広げ、セイファート銀河の光度範囲全てに渡って成立することを示した。また、広輝線強度に対し同様の手法を適用して得られた輝線領域半径との比較から、広輝線領域の外縁がダストトーラス内縁と接しているという描像を導き出した。

以上、論文提出者は活動銀河の近赤外変光遅延観測を目的とするMAGNUM計画に参加して観測自動化に必要な雲モニター装置の開発を担当し、変光解析に新たな手法を導入した。観測の結果、広い光度範囲のセイファート銀河に近赤外変光遅延現象が実在することが実証され、ダストトーラスの変光メカニズムが銀河の光度によらず共通であることを示唆する遅延時間・光度関係が得られた。さらに、ダストトーラスと広輝線領域が接していることが明らかにされた。これらは活動銀河の構造のみならず、クエーサーの距離決定を経て宇宙構造への研究につながる重要な成果であると判断される。

なお、本論文第2章と第4章は、吉井譲、小林行泰、峰崎岳夫、塩谷圭吾、富田浩行、越田進太郎、青木勉、岡田則夫、Bruce A. Peterson との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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