学位論文要旨



No 118832
著者(漢字) 小林,研
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ケン
標題(和) 気球搭載太陽硬X線スペクトル観測装置の開発と熱的超高温フレアの観測
標題(洋) Development of the Balloon-borne Solar Hard X-ray Spectrometer and Observation of a Superhot Thermal Flare
報告番号 118832
報告番号 甲18832
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4485号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴橋,博資
 東京大学 教授 井上,一
 東京大学 助教授 吉村,宏和
 宇宙研 教授 小杉,健郎
 国立天文台 教授 渡邊,鉄哉
内容要旨 要旨を表示する

太陽フレアの硬X線放射の観測はフレアに伴う粒子加速の解明に不可欠である。硬X線のべき乗(非熱的)スペクトルはフレアにより加速された非熱的電子による制動放射と思われており,その他にも30MKに及ぶ超高温プラズマ、20MKに及ぶ軟X線ループなどが観測されている。特に非熱電子は太陽フレア全体とほぼ同等のエネルギーを持つ事が観測されており、フレアの中心的な役割を担うと思われているが、この加速メカニズムは現在未だに解明されていない.これまで「ようこう」硬X線望遠鏡などで空間的構造は詳しく知られているが今までの衛星観測装置はシンチレーターを使用しており、60keV付近のエネルギーでは15keV程度の分解能が普通である。気球観測でも1keV分解能でフレアが一回観測されたのみでり、新たな高分解能の硬X線スペクトルは重要な課題である.これまで硬X線での高分解能を達成する唯一の方法はゲルマニウム半導体検出器であったが、液体窒素冷却の必要性などの理由で気球・衛星実験は難しかった。しかし最近実用化したCdTe半導体検出器は室温動作と高密度という特徴を兼ね揃え、気球や衛星を使った硬X線スペクトル観測には最適な検出器である。本研究ではこのCdTeを使用した新たな気球搭載硬X線スペクトル観測装置の開発と観測結果について報告する。

この装置は10x10x0.5mmのCdTe検出器を16台搭載している.検出器サイズは分解能との兼ね合いであり、3.0keV分解能を達成できるサイズとして選択された。検出器は200Vのバイアス電源による放電を防ぐため気密容器内に取り付けられ、内部は飛行中1気圧を保つ設計となっている.検出器窓にはCFRPと Rohacell のサンドイッチ式パネルを使用し、0.1g/cm2の密度で-40℃、相対圧力1気圧まで耐えられることが確認された。容器内には検出器、プリアンプ、バイアス用電池のほか鉛2mmの後シールドが在り,容器外には鉛2mmの横シールドが付けられている。検出器窓の前には視野角10×60度のコリメーター(タングステン)が取り付けられている.

この検出器は目標の分解能を達成するためには検出器の温度を0℃以下に保つ必要がある.軽量化,簡素化のため冷却装置は使わず、放射冷却のみで達成している.検出器容器の表面がラジエーターとして機能するよう検出器はゴンドラ上部、空に露出した位置に設置されている。検出器の前(太陽側)の大型遮光板により直射日光を遮断し、側面と背面の小型遮光版により地上からの赤外線を防ぐ設計となっている.遮光板にはアルミ蒸着ポリイミドフィルムを使用している.検出器容器表面には銀蒸着テフロンを使用している。これは高い赤外線放射性能と可視光の高反射率を兼ね揃えた素材であり、水平飛行中の冷却を最大限にする一方上昇中の直射日光による加熱も最小限に押さえている.

16台の検出器の出力はゴンドラ内の回路に送られ,16チャンネル増幅器を通った後パルス検出/パルス計測装置によって読み取られる。この装置ではイベント単位データとして取得せず、機上でスペクトルを蓄積して送信する構造となっている。これは大フレア時にもデータ量が増えないよう考慮したもので、これによって大容量のバッファーを必要とせずリアルタイムでXクラスフレアまで観測可能となる。各チャンネルは独立した分解能7ビット (1keV/channel) のスペクトルとして取得され、スペクトルは0.54秒間隔で読み出されテレメーターで送られる.別に各チャンネルの総カウントレートを記録するカウンターが0.13秒間隔で読み出され,デッドタイム補正とライトカーブ記録に使われる.

検出器の試験はAm-241, Cd-109, Co-57の放射線源を使用し、恒温槽内で行われた。バイアス電圧は200Vが最適と判明、また0℃以下では16個中15個の検出器で目標3keV分解能 (@60keV) が確認された。量子効率は検出器の物理的サイズから予測された値とほぼ同じ値が確認された。

装置は2001年8月29日に三陸気球観測所から打ち上げに成功した.6:30に放球され9:00に41km高度に到達,指向制御が開始された.9:45に電源系のトラブルで観測が中断され,装置は11:10に切り離され日本海で無事回収された.検出器容器の温度は水平飛行中-15℃で安定し,目標、予想を上回る冷却性能を示した.電源トラブルはバッテリーの過熱によるものと判定され、バッテリー数を増やし1個あたりの電流を下げ、発熱を抑えることで対処された。第二回の飛行は2002年5月24日に行われ、日本時間9時から18時まで41kmでの水平飛行を行った。この間検出器は正常に動作し、日本時間15:41 (2002/5/24 06:41 UT) にはM1.1クラスのフレア観測に成功した。検出器温度は-20度を維持することに成功した。

このフレアは野辺山偏波計 (NORP) が同時観測に成功した。またRHESSI衛星が最初の数分のみ硬X線観測に成功しているほか、SOHO衛星の極紫外望遠鏡 (EIT) によりポストフレアループが接像されている。RHESSIデータの画像合成およびEIT画像により、フレアはディスク上の活動領域9963で起きたものと確認された。

我々の観測したX線スペクトルは35keV以上の放射がほとんど見られないソフトなスペクトルであり、カウント数が少ないため熱的放射と非熱的放射の区別はスペクトル解析だけでは難しい。しかし非熱放射と仮定するとこれまで報告されたフレア硬X線観測より格段にソフトなスペクトルという結果になり、熱モデルのほうが信憑性は高い。またRHESSIスペクトルは非熱スペクトルとしてフィットできず、熱的放射としてはフィットできる。これらの理由から、硬X線放射はほぼ全て熱的放射である可能性が高いと言える。RHESSIと気球データはスペクトル形状(フィット温度)は非常に良く一致しており、すべてフィットパラメター1σ以内で合致している。フラックス(emission measure)ではRHESSIのほうが数倍から1オーダー多い結果となっている。気球の装置校正およびデータ解析はRHESSIに比べ単純であり、問題のある可能性は低いと思われるが、現在RHESSIグループと共同で原因を調べている。この超高温成分は42MK以上になることが両装置によって確認されたが、これは過去に例の無い高温熱現象である。唯一「ようこう」衛星硬X線望遠鏡(HXT)でループ上空に100MKの熱成分が見られたという報告があるが、これはHXTの4エネルギーバンドを比較して推定した結果である。本研究で開発した装置は熱的スペクトルとと非熱スペクトルが明らかに判別でき、>40MK熱プラズマと断定できる観測例としては以前に例の無いものである。

NORP電波データでは時間変化の違う2個の成分が確認された。9.4GHz, 17GHzではGOES軟X線ライトカーブとよく似た成分が見られ、3.8GHzでは更に時間変化が早く、フレア前半でピークに達する成分が見られる。後者は硬X線ライトカーブとほぼ完全に一致し、超高温成分による熱的放射(ジャイロシンクロトロン放射)と考えられる。この可能性を検証するため、硬X線とGOES軟X線データから電波放射を再現することを試みた。その結果、軟X線成分(高温熱的成分)のサイズ20Mmを仮定すると9.4GHz, 17GHzの放射が制動放射として説明できることが判明、また超高温熱的成分(硬X線成分)のサイズ5Mmを仮定、磁場275Gを仮定すると3.8GHzのライトカーブを再現できることが判明した。これにより観測された全ての放射は熱的放射として説明できることになり、このフレアについては非熱的電子の存在を示す観測的証拠は一切無いと結論できる。

観測敷居値以下に非熱成分の在る可能性を探るため、硬X線スペクトルから非熱的電子分布の上限を計算し、熱的成分のエネルギーとの比較を行った。上記のサイズを仮定すると非熱電子のエネルギーは熱成分の半分以下という結果となり、このフレアに関しては非熱電子が過熱の中心的な役割を持っていないことが示された。通常のフレアではエネルギー開放の場所から非熱的電子によりエネルギーが運ばれ、彩層蒸発を引き起こすというモデルが一般的だが、本研究で観測したフレアでは加速電子電子以外のメカニズムによって彩層蒸発が起きていることが確認された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、太陽フレアによって発生する硬X線の、スペクトル分解能の高い分光観測を行うことを目的として、テルル化カドミウム半導体検出器を用いた、従来にない優れた気球搭載太陽硬X線スペクトル観測装置を開発し、その装置によって得た太陽フレア観測データを、他の観測データと合わせて詳細に解析したものである。

論文は、全5章より成る。第1章では、論文全体への導入の章として、太陽フレアの特徴の概略をまとめ、未解明な問題点とそれに対する様々な考え方を述べると共に、硬X線での太陽フレア観測を歴史的に概観している。

続く第2章では、太陽フレア及びそれに伴う粒子加速のメカニズムの解明のためには、更にいかなる観測的情報が必要かを検討し、スペクトル分解能の高い硬X線観測の必要性を述べている。そのための種々の検出器の性能を仔細に検討し、高いエネルギースペクトル分解能を持ち、且つ特殊な冷却装置を必要としない、テルル化カドミウム半導体検出器が最適であると結論している。更に、その検出器を搭載した気球による観測を前提に、検出器及び観測装置を設計し、それらの仔細を記述している。検出器は、3keVのエネルギースペクトル分解能を達成可能なように、10×10×0.5mmの大きさのPt/Inショットキー接合電極のテルル化カドミウム半導体検出器を16台搭載したものとなっている。目標の分解能を達成するには、検出器の温度を摂氏0度以下に保つ必要があるが、特殊な冷却装置は使わずに放射冷却のみでこの温度を保てるような設計になっている。また、検出器の出力は気球上でスペクトルを蓄積して送信するような回路設計とし、大フレアが起きようとも大容量のバッファーを必要とせずにリアルタイムで観測出来る構造になっている。これらの特徴により、この観測装置はアイディアに満ちた優れた装置であると言える。

第3章では、制作した検出器の性能試験が詳細に述べられている。放射線源を使用して恒温槽内で行った一連の試験の結果、適切なバイアス電圧を決定すると共に、摂氏0度以下では、目標のエネルギースペクトル分解能が達せられていることを確認している。また、量子効率が期待通りであることも確認している。

第4章では、2001年に行った気球観測実験の有様とその時の機器の動作性能を詳述した後、M1.1クラスのフレア観測に成功した2002年5月の気球観測実験について詳述している。このフレアは、この気球観測のほか、初期数分間についてはRHESSI衛星によっても硬X線観測が得られ、GOES衛星によって軟X線データが、また野辺山太陽電波観測所における偏波計によって、3.8GHz、9.4GHz、17GHzの3周波数での偏波観測データが取得され、またSOHO衛星搭載の極紫外線望遠鏡によってフレアループが撮像されており、第5章で詳細に解析されている。

第5章では、まず、気球観測及びRHESSI衛星で得られた、フレアの硬X線スペクトルを解析し、非熱的スペクトルよりも熱的放射スペクトルで良くフィット出来ることを示している。更に2温度成分の熱的放射でフィットすると、20MK以上とそれ以下の温度が得られ、そのうち超高温成分の温度は、40MK以上に達すると結論している。この解析は、フレアにおいて、このような高温の熱プラズマが生成されることを有意に示した初の観測・解析として意義が高い。論文提出者は更に、硬X線データとGOES軟X線データとから、超高温熱プラズマのサイズ、高温熱プラズマのサイズ、磁場強度をそれぞれ適当に仮定することにより、野辺山における偏波観測データのうち、3.8GHzのデータは、超高温成分によるジャイロシンクロトロン放射として、また9.4GHz、17GHzのデータは高温(20MK以下)プラズマからの熱制動放射として良く再現出来ることを示している。このことにより、このフレアにおいて観測された電波及びX線波長域における放射は、超高温熱プラズマを伴う熱的放射として、整合性のとれた説明が出来ることを示すことに成功している。

以上要するに、本論文は、テルル化カドミウム半導体検出器を使った気球搭載太陽硬X線スペクトル観測装置を開発することによって、その検出器と観測装置の有用性を証明し、また、同装置で検出した太陽フレアの仔細な解析から、40MK以上もある超高温熱プラズマからの放射がフレアの初期から20-40keV領域の硬X線で卓越する現象が存在することを観測的に示した。これは、天文学、特に太陽物理学に新たな知見をもたらすものである。

本論文は、常田佐久、斎藤芳隆、勝川行雄、森國城、田村友範、阪本康史、久保雅仁、小原直樹、山上隆正との共同研究に基づくものであるが、本論文の核を成す、検出器の設計、性能試験、得られたフレアのデータの解析及び結果の検討については、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、本論文提出者に、博士(理学)の学位を授与出来ると認める。

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