学位論文要旨



No 118833
著者(漢字) 芝塚,要公
著者(英字)
著者(カナ) シバツカ,トシヒト
標題(和) 近傍のスターバースト現象を伴った棒渦巻き銀河の中心領域における高密度分子ガスと星形成
標題(洋) Dense Molecular Gas and Star Formation in the Central Regions of Nearby Barred Starburst Galaxies
報告番号 118833
報告番号 甲18833
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4486号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,允
 東京大学 教授 祖父江,義明
 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 教授 中井,直正
 北海道大学 助教授 羽部,朝男
 国立天文台 助教授 山田,亨
内容要旨 要旨を表示する

我々の銀河系の分子雲の観測は、星は分子雲の希薄なエンベロープ領域ではなく、中心の高密度コアから形成される事を示している。この事は高密度分子ガスが星形成の直接的母胎であり、星形成活動において重要な役割を果たしていると考えられる。つまり活発な星形成活動であるスターバースト現象を理解するためには高密度分子ガスの観測は不可欠である。しかし一方、高密度分子ガスの指標として代表的なHCN輝線の輝度はとても弱いため(CO輝線の約0.1倍)、観測例はまだ少ない。数少ない観測も単一鏡をつかった低い分解能 (〜 a few kpc scale) が幾どを占め銀河全体を平均した研究にとどまっている。干渉計による数百pcの観測例も数天体存在するが、高密度分子ガスと星形成領域の分布を空間的に分解し、「銀河の中心領域において、いつどこでどのように高密度分子ガスと星が形成されるのか?」を複数天体について議論している研究は未だ行なわれていない。

このような状況を踏まえ、本研究は、「近傍のスターバースト現象を伴った棒渦巻銀河において、巨大分子雲数個分の空間スケール(数十から数百pc)で、分子ガスの分布、運動、および物理状態を調べ、星の材料たる高密度ガスがどこでどのように生成されるか?そしてその高密度ガス生成と星形成の間の関係について調べる」を目的として行なわれた。観測には野辺山ミリ波干渉計を用いた。サンプルは近傍のスターバースト現象を伴った棒渦巻銀河の7天体 (NGC 1097, NGC 3627, NGC 4527, NGC 6946, NGC 6951, IC 342, Maffei 2) であり、HCN輝線で高密度分子ガス、CO輝線で分子ガス全体の分布と力学を調べ、そして3mm連続波を用いて星形成領域の分布とその星形成率を評価した。その分解能は2秒から6秒である。このサーベイは分解能、感度、そしてサンプル数において、現在もっとも最良の干渉計サーベイである。

まず最初に分子ガス全体をトレースするCO輝線の分布が、すべてのサンプルにおいて offset ridge 構造(offset した2本の腕状の構造)をもつ事が分かった。この分布は棒渦巻銀河において一般的な構造である。BARによる非対称ポテンシャル構造により中心領域の分子ガスの軌道が歪められたため、軌道が集中する領域が生み出され、そしてガスが集積が起きたものだと考えられている。

次に観測されたHCN輝線と3mm連続波の分布を比較した結果、数十から数百pcスケールにおいて、「HCN輝線は大質量星形成領域 (3mm連続波によってトレースされる) と一般的に良い空間的相関がある事」を複数の銀河において初めて確認した。この事は、HCN輝線がこの空間スケールにおいて高密度分子ガスのよい指標である事を示している。そしてその一方、一般的にガスの量をトレースすると考えられているCO輝線の分布は、星形成領域と一致する事が少なかった。この事は、星形成において、分子ガスの量だけではなく、HCN輝線がトレースする高密度分子ガスの存在、つまり分子ガスの物理状態が重要な役割を果たしていることを示唆している。

さらに我々はHCN/CO輝線積分強度比(以下RHCN/CO)を求め、その空間的変化と分子ガスの分布の比較を行なった。RHCN/COは分子ガス全体に含まれる高密度分子ガスの割合を示唆している。IC 342を除くすべてのサンプルにおいて、RHCN/COの分布が、offset ridge では弱く(もしくは検出されない程弱い)、RHCN/COのピークが offset ridge の下流側にある事を我々は明らかにした(図1を参照)。Offset ridge とRHCN/CO peak の位置のずれは、offset ridge の分子ガスが重力不安定性によって高密度ガスに成長するに足りる距離であった。つまり、offset ridge に集積され下流に流れていくガス雲の内部で重力不安定性が成長し、その結果下流域で高密度分子ガスが生成され、このような offset のある分布が形成されたと考えられる。そのタイムスケールは、約1×106年であった。一方 offet が見られないIC 342であるが、銀河の回転速度が他の天体に比べ一桁近く速いため、重力不安定性が育った段階で、その位置が下流領域を越えてしまい、他の銀河でみられた位置的相関がIC 342では成り立たないのだと考えられる。つまりIC 342を含めサンプルの高密度分子ガスは重力的不安定性によって生成されていると考えられる。

生成された高密度分子ガスと星形成活動の関係を調べるために、我々は高密度分子ガスの割合と、星形成効率(単位分子ガス質量あたりの星形成率)を比較し、その結果、空間的(数十から数百pc)な相関を複数の銀河で見出す事に成功した(図2)。特に Maffei 2では60pcスケールでの定量的な相関を示しており、これらの結果はこのRHCN/CO-SFEの相関が空間スケールにかかわらず存在している事を示唆している。そして、「これらBAR銀河におけるスターバースト活動において、その燃料である高密度分子ガスの生成システムが重要な働きをしている」事を巨大分子雲数個サイズのスケールで初めて確認し示す事に成功した。

これらの結果をもとに、我々は「BAR銀河における高密度分子ガスの生成および星形成」について次のようなシナリオを提唱する。

BARポテンシャルによってガスの軌道が歪められた結果、軌道集中領域が形成される。軌道集中領域には分子ガスが集積し、offset ridge を形成する。

集積の際のショックや軌道集中による軌道間の強い潮汐力によってかき乱されている offset ridge 領域の分子雲では、その強い乱流のため分子ガスの自己重力が成長する事ができず、高密度分子ガスは形成されない。

しかし一方、offset ridge の下流領域ではショックもなく、潮汐力も弱いため、重力不安定性が十分成長し、高密度分子ガスが生成される。これが offset ridge の下流側において高密度分子ガスの割合が上昇している理由である。

高密度分子ガスの割合の上昇とともに、星形成効率も上昇し、活発な星形成領域が offset ridge の下流領域に形成される。

我々は本サーベイ観測から、「重力不安定性による高密度分子ガスの生成とその高密度分子ガスからの星形成」という一連の過程がBAR銀河における一般的な描像である事を示すことに初めて成功した。

野辺山ミリ波干渉計により得られた、7つのスターバースト銀河の中心領域におけるCO輝線(コントア)の分布とRHCN/CO(カラースケール)の分布。CO輝線は分子ガス全体の量、そしてRHCN/COは分子ガス全体に含まれる高密度分子ガスの割合を示唆している。RHCN/COの分布は offset ridge の下流側にピークを向かえている (IC 342を除く)。ガス集積の場である offset ridge と高密度分子ガスの分布の offset は、集積されたガスが高密度分子ガスに生成するに必要な時間であると我々は結論付けた。実際、offset ridge の分子ガスが高密度分子ガスに成長するに必要であるタイムスケールは、この offset のタイムスケールと一致している。

分子ガス全体に占める高密度分子ガスの割合 (RHCN/CO) と星形成効率の相関。(a)銀河中心の数十から数百pcスケールにおける相関。△と□はそれぞれ星形成効率を3mm連続波とHαで求めている。赤いプロットは我々の結果である。(b) Maffei 2の中心領域における60pcスケールでの空間的な相関。この図はRHCN/CO-SFEの相関が空間スケールにかかわらず存在している事を示唆している。また系外銀河における本相関の空間分布を定量的に示したのは本論文が初めてである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、5章よりなる。第1章はイントロダクションであり、銀河における星形成活動の多様性と、それを理解する上での星間物質、特に、高密度分子ガスの役割とこれまでの研究について概観した後、本論文が明らかにする課題を示している。第2章は、本論文でとった手法と、観測対象とする銀河サンプル、および、野辺山宇宙電波観測所のミリ波干渉計によって行った観測の諸元についてまとめている。第3章は、得られた観測結果をまとめており、第4章では、得られた観測結果に基づき、数10パーセクスケールでの星形成効率を支配する要因について、および、高密度分子ガスの形成メカニズムについて、論じている。第5章は結論である。

第1章では、まず銀河における星形成の多様性について、星形成率や星形成効率の観点から述べている。次に、幅広い星形成率や星形成効率の原因を理解する要因としての分子ガス、特に高密度な(n(H2)>104cm-3)分子ガスの重要性を記述し、さらに高密度分子ガスのトレーサーについて、および、これまでの銀河における高密度分子ガスの観測的研究について概観している。すなわち、銀河における星形成率や星形成効率をコントロールする要因として、分子ガスの「量」に加え、「質」、すなわち、高密度分子ガスが、全分子ガス中に占める割合の重要性が明らかになってきていること、現在までのところ、観測は銀河全体にわたる数キロパーセク・スケールにとどまっていること、したがって多数の銀河で、実際のスターバーストが起きている数100パーセクあるいはそれ以下の空間スケールを調べる必要性があることを述べている。さらに、現在未解明な問題として、星形成をコントロールする上で重要な高密度分子ガスが、どのようにして形成されるか、を明らかにする必要性を述べている。

第2章では、第1章において提示した問題意識に基づき、本論文でとった手法、すなわち、近傍のスターバーストを持つ棒渦巻銀河の、野辺山ミリ波干渉計による、CO(J=1-0)輝線、HCN(J=1-0)輝線、およびλ=3mm連続波での高分解能撮像サーベイ、という観測について述べている。銀河の多くには非軸対称ポテンシャルが見出されており、非軸対象ポテンシャルは、星間物質の分布や力学に重大な影響を与えることが理論的にも観測的にも明らかになっているため、本論文では、まず棒渦巻銀河7天体を観測サンプルとして選んだ。さらに、励起臨界密度の異なる上記2本の分子輝線に着目し、これによって、全分子ガスと、高密度な分子ガスとを定量的なパラメーターとし、その比率を探ることとした。また、ミリ波連続波の観測で、星形成領域からの自由-自由放射を捉え、これにより、星間減光のない大質量星形成率を得ることを狙った。

第3章では、得られた観測結果について詳述している。7つの銀河において、数10パーセク〜数100パーセクスケールという高い解像度で、高密度分子ガスの分布が描き出されたのは本論文が初めてである。この結果、(1)HCN分子輝線によって描かれる高密度分子ガスの分布は、この空間スケールにおいても、大質量星形成領域の分布(3mm連続波の分布)と、空間的に大変よい相関を示すこと、(2)全分子ガス中に占める高密度分子ガスの割合(HCN/CO輝線強度比)は、非軸対称ポテンシャルに起因する軌道集中領域そのものではなく、むしろその下流側において上昇していること、を明らかにした。

第4章では、得られた観測結果をもとに、棒渦巻銀河における高密度分子ガスの形成機構について、および、数10パーセクスケールでの、星形成効率を支配している物理的要因について論じている。観測されたHCN/CO輝線強度比の空間分布、および着目する領域における銀河回転の力学的時間スケールと、重力不安定性の成長の時間スケールとが一致すること、から、高密度分子ガスは重力不安定性によって形成されるとした。これまで、個々の銀河において、高密度分子ガスの成因を議論した例はあるが、本論文では、多数の銀河の観測から、サンプルに共通する性質として、高密度分子ガスの形成機構を初めて明らかにした。また、観測結果から求めた星形成効率と、高密度分子ガスの比率を数10パーセクスケールで比較し、両者が、この空間スケールでもよい相関を示すこと、さらに、この相関関係が、より大きいスケールでの相関則に乗ること、すなわち、数10パーセクスケールから数10キロパーセクまでに普遍的なスケーリング則であることを初めて明らかにした。また、銀河の中におけるガスの流れを、高密度分子ガスの形成が進む過程として解釈して、流れとともに星形成効率が上昇していく様子を初めて捕らえることに成功したことも、注目に値する。

第5章では、以上の結果を簡潔にまとめ、銀河における高密度ガスと星の総合的な形成シナリオを提示している。

以上のように、本論文は、野辺山宇宙電波観測所のミリ波干渉計を用い、その性能を充分に引き出して、これまで容易ではなかった微弱な輝線や連続波の観測を高分解能で実現し、銀河における星形成の研究にインパクトを与えた研究であると言える。

なお、本論文は、川辺良平・河野孝太郎・松下聡樹との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、観測計画の立案・観測・データ整約・解析・議論を行っており、論文提出者の寄与が充分であると判断する。よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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