学位論文要旨



No 118834
著者(漢字) 穴吹,直久
著者(英字)
著者(カナ) アナブキ,ナオヒサ
標題(和) X線による大光度赤外線銀河の研究
標題(洋) X-ray Study of Ultraluminous Infrared Galaxies
報告番号 118834
報告番号 甲18834
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4487号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中井,直正
 東京大学 教授 井上,允
 東京大学 教授 満田,和久
 東京大学 教授 村上,浩
 国立天文台 助教授 関本,裕太郎
内容要旨 要旨を表示する

大光度赤外線銀河は、銀河の進化、巨大ブラックホールの形成過程を探る上で、重要な天体であると考えられている。一方で、その中心核は多量のダストに覆われており、観測が極めて困難であった。硬X線は高い透過力を持つため、そうした天体を研究する上で、最も強力な観測手段となる。

そこで、あすか衛星、チャンドラ衛星、XMMニュートン衛星で観測された27個の大光度赤外線銀河のX線データについて系統的な解析を行い、(1) その莫大な赤外線放射の熱源が、爆発的星形成活動であることを強く示唆する結果を得た。また、中心核をより詳しく探ることの可能な9つの天体において、(2) その活動銀河核のほとんどが、狭輝線セイファート1型と同じX線の特徴を示していることを明らかにした。さらに、(3) クェーサーに匹敵する光度を持つ活動銀河核を初めて発見した。狭輝線セイファート1型は質量降着率の高いブラックホールであると考えられている。一方、大光度赤外線銀河はガスが豊富なことから、上記の観測結果は大光度赤外線銀河において、ブラックホールが急成長していることを示唆している。また (3) の発見は、大光度赤外線銀河がクェーサーへと進化する可能性を示す、直接的な観測事実となり得る。

この論文では、X線観測で得られた新たな成果を報告するとともに、大光度赤外線銀河の熱源と進化、ブラックホールの成長についても議論する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなり、27個の大光度赤外線銀河 (ULIRG) のX線観測データから、(1) 観測したほとんどのULIRGめ中心には活動銀河核 (AGN) が存在すること、(2) しかし、ULIRGの赤外線放射のエネルギー源はAGNよりも爆発的星形成活動の方が有力であること、(3) ULIRGではブラックホール質量が急成長している可能性が高いことを示したものである。

第1章では、AGNの巨大質量ブラックホール (SMBH) の形成進化に関する観測的及び理論的研究の現状とその研究において大光度赤外線銀河 (ULIRG) が果たしうる役割を記述した上で、透過力の強いX線を用いたULIRGの観測に関する本研究の意義と目的を簡潔に述べている。

第2章では、本研究のテーマであるULIRGの多波長による観測と理論的な理解の現状、本研究の中でSMBHとの関連が議論される狭輝線セイファート1型銀河 (NLS1) の説明およびAGNのブラックホールの質量推定についてレビューしている:多くの銀河の中心にはSMBHが存在すると考えられ、SMBHの形成と進化の過程は銀河の構造進化を理解する上で重要であるが観測的な理解は進んでいるとは言えない。ULIRGは遠赤外線領域で太陽の1012倍、従ってクエーサーの全光度に匹敵するようなエネルギーを放射する。このエネルギー源の候補として爆発的星形成とAGNの可能性が考えられている。しかし、ULIRGの中心領域は厚い星間塵に包まれていて観測が容易ではないため、現状ではどちらが遠赤外線のエネルギー源なのか判別できていない。X線の観測はその高い透過力により埋もれたAGNをよく観測できる可能性を与える。しかし、「あすか」衛星以来この目的で行われたULIRGの観測ではX線の感度が十分でなく、個々の観測では決定的な結論を得るに至っていない。そこで、論文提出者は自ら観測提案を行った Chandra 衛星のデータを含めて、「あすか」衛星、XMM-Newton 衛星、Chandra 衛星によるULIRGの高感度なX線観測データを系統的かつ統一的に解析した。

第3章では、解析に用いたサンプルについてその選択基準を提示している。すなわちIRASによる60μmと100μmのフラックス密度から求めた遠赤外線光度が1012太陽光度以上であって且つ赤方偏移zが0.4以下のものである。この基準により27個のULIRGを選んだ。そのうち可視光スペクトルにより20個はAGN(1型及び2型セイファートLINER)であり、うち9個は1型セイファートであることがわかっている。

第4章では、観測に用いた3つの衛星とその搭載観測装置について記述している。

第5章では、データ解析とその結果が述べられている。解析は、Chandra 衛星のデータを主体とするX線画像の解析、全サンプルのX線スペクトルを統一的に記述することをめざしたX線スペクトルの解析、さらにX線強度の時間変動の解析に分かれる。時間変動に関しては統計的な有意性の問題で、対象はX線強度の高い一部のサンプルに限られた。

第6章では、得られた観測結果に基づいて議論を進めている。まず、(1) 空間分解能の高い Chandra 衛星で硬X線 (3-7keV) が有意に検出された10個のうち8個のULIRGについて当該X線放射の90パーセント以上が中心核0.5”(=0.5-1.5kpc) 以内で出ていること、また他の衛星によるデータも含めて有意に検出されたX線スペクトル全て(22個)がこれまでに知られているAGNのX線スペクトルで説明がつくことから、ULIRGの硬X線はAGNからの放射が主要な起源であると結論している。続いて、(2) ULIRG以外のAGN(PG QSO等)では硬X線光度と遠赤外線光度に相関があるのに対しULIRGでは両者に相関はなくその遠赤外線光度がAGNから期待される光度を上回っていること、さらには推定されたブラックホール質量に基づくエディントン光度をも上回るものがあることから、AGNが遠赤外線放射のエネルギー源であるためには特殊な環境(異常に高い遠赤外線放射効率や非常に強いX線吸収)を仮定する必要があり、むしろ爆発的星形成活動の方が有力であることを導いた。さらに、(3) クェーサーに匹敵する光度(>1044 erg s-1) の硬X線放射を持つULIRGを初めて発見し(6個)、それを含めて硬X線光度の大きな上位7個のULIRGは可視光で1型に分類され且つ幅の狭いHβ輝線を持つNLS1的な振舞いを示すことを明らかにした。これはブラックホール質量があまり大きくないにもかかわらず質量降着率が非常に大きい状態にあることを意味し、ULIRGが大量のガスを持っていることも考えて、ULIRGではブラックホール質量が急成長している可能性を指摘している。

第7章では、論文の結論を簡潔にまとめている。

以上のように本論文は、多くのサンプルの系統的且つ統一的な解析に基づき、長い間大きな課題であった大光度赤外線銀河中の活動銀河核の有無とその赤外線放射エネルギー源について、世界で初めて明確な結論を得たものである。また硬X線光度の大きなULIRGに狭輝線セイファート1型銀河と同様なAGNが存在することを示したことは今後の巨大質量ブラックホールの進化の理解への大きな手がかりとなり、高く評価される。なお、本論文は米徳大輔、藤本龍一、中川貴雄、今西昌俊、及び寺島雄一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究全体をまとめ結論に至ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、審査員全員一致で、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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