学位論文要旨



No 118835
著者(漢字) 板,由房
著者(英字)
著者(カナ) イタ,ヨシフサ
標題(和) 大・小マゼラン銀河中の変光星
標題(洋) Variable stars in the Large and Small Magellanic Clouds
報告番号 118835
報告番号 甲18835
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4488号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴橋,博資
 東京大学 教授 尾中,敬
 東京大学 教授 村上,浩
 東京大学 教授 斎尾,英行
 国立天文台 助教授 出口,修至
内容要旨 要旨を表示する

本論文の目的は、大・小マゼラン銀河中の赤外線星探査及び、星の光度変化の観測を通して、星の変光現象を系列別に分類し、恒星進化の段階と結びつけて考える事である。

太陽の0.8から8倍程度の質量をもった中小質量星は全て赤色巨星へと進化し、その末期に大部分が脈動変光を伴った激しい質量放出を起こす。その後、あるものは惑星状星雲となり最終的には白色矮星となって一生を終える。本研究では特に、中小質量星の赤色巨星段階に注目した。この赤色巨星段階は、先に述べた脈動変光や質量放出以外にも、振動モードのスイッチ、メーザー放出、酸素過多から炭素過多への表面化学組成の変化等、様々な変化が直接観測される進化段階である。

この様な興味深い現象が観測されている反面、中小質量星の赤色巨星進化段階には依然として未解決の問題が多く残っている。例えば、上に挙げた全ての現象に対して、その機構や要因が不明のままである。特に、自身の進化に大きく影響する質量放出現象は難問である。過去から多くの研究がなされ、質量放出と星の脈動の間には強い因果関係がある事がわかってきた。そこで本研究では、星の変光現象を質量放出の指標として注目する事にした。

MACHOやOGLE、EROS計画等に代表されるように、1990年代に豪州や欧米の各国が競うように重力レンズ天体探査を始め、その副産物として大・小マゼラン銀河中から数万星もの可視変光星が見つかった。これら可視の観測は、赤色巨星の中では進化がそれほど進んでいない低質量放出変光星を検出するのには大変効率的である。しかし、これら可視の観測からは、更に進化の進んだ赤外変光星が抜け落ちている。赤色巨星は外層が膨れあがって表面温度が低い。加えて、進化が進むと、質量放出の結果、星周にダストシェルが形成され、星が放射する波長の短い光を吸収/散乱し、ダストは赤外域に輻射を出すようになる。このため可視域では観測困難となり、赤外装置を用いた観測が必要となる。

実際に、1983年のIRAS衛星、1995年のISO衛星、1996年のMSX衛星による中間・遠赤外観測の結果、星周ダストに覆われた赤外赤色巨星が数多く見つかった。更に、近年のDENISや2MASS等の近赤外掃天観測によっても赤外赤色巨星が大量に見つかっている。しかし、これらは全て1度きりの観測で、星の明るさの時間変化を観測できていない。赤外赤色巨星の90%近くは変光星であり、多くは明るさが最大/最小で500倍以上も変化する。このような変光星は、1度観測しただけでは平均的な明るさがわからないのと、そもそも変光周期を知る事ができない。星の平均的明るさや変光周期は星の内部構造を如実に反映している物理量であり、星の進化を定量的に調べる上で重要な観測量であるが、このような赤外変光星の研究は、貴重な赤外装置を占有し更に膨大な望遠鏡時間を必要とする事からこれまであまり進んでいなかった。

そこで本研究では、これら過去の研究の欠落部分を埋めるべく、赤外観測装置を用いて大・小マゼラン銀河中の星の長期間モニターを実行した。観測は2000年12月に南アフリカ天文台サザランド観測所で開始し、著者はのべ1年以上にわたり現地に滞在して観測を行なった。この結果、重力レンズ計画で見つかっていた可視変光星の検出に留まらず、激しい質量放出をしている赤外赤色巨星からも変光を検出し、赤色巨星進化段階の初期から末期を全て網羅した変光星の完全サンプルを得た。星の進化を議論する上で、その絶対光度(=距離)の情報は必要不可欠である。その点で、大・小マゼラン銀河までの距離は既知であり、両銀河に属する星の絶対光度が正確に解る。そのため、それらの大規模なモニター観測を行なえば、大量のサンプルを使って絶対的かつ統計的に星の進化と変光を結びつけて考える事ができる。このようなユニークな観測が実現したのは、サザランド天文台に赤外サーベイ観測専用望遠鏡が設置され、モニター観測に必要な観測時間が確保できたためである。実際に、赤外でのこれほど大規模なモニター観測は他に例が無い。

本論文では、上記の観測で得られたデータの解析に基づき、以下の新たな結果と知見を得た。

現在公開されている近赤外データのどれよりも深く、かつ高解像度のデータを大・小マゼラン銀河で得た。また、2000年12月から現在までモニター観測を続けた結果、大・小マゼラン銀河から約2万星の変光星を検出した。特に、可視では観測困難な赤外変光星を約400星発見し、変光星の完全カタログを得た。

中小質量星の巨星進化段階を細かく分類すると、赤色巨星 (RGB)、漸近赤色巨星 (AGB) の2段階に分けられ、RGBからAGBへと、明るさや質量放出の程度を増しながら進化する。先に述べた可視の変光星はAGBの初期から中期の進化段階にある。また、質量放出をしている赤外変光星はAGBの末期段階にある。一方で、最も進化が進んでいないRGB段階の星は変光も質量放出もしていないというのがこれまでの通説であった。しかし、得られた観測結果はこの通説に疑問を投げかけるものであったため、その考察に基づき、RGB段階の星が変光している可能性を初めて指摘した。

天文学において最も重要な物理量は距離であるが、ある天体までの距離を求める事は一般に難しい。距離を求める方法は様々な物が考案されている。最も正確な物は三角視差を使った純幾何学的方法だが、適用可能範囲が近傍星に限られる。これに代わる、より遠くの天体までの距離を測る方法として変光星の周期光度関係がある。特にセファイド変光星の周期光度関係は宇宙の距離尺度として有名である。本研究では大・小マゼラン銀河中で見つけた大量の変光星を用いて、変光星の周期光度関係を詳しく調べた。図1に大マゼラン銀河中の変光星の周期光度関係を示す。この結果、これまで知られていなかった新しい周期光度関係(図1のC'がそれ)を発見した。この発見によって、今まで誤った周期光度関係を使用して測られていた変光星までの距離を正しく測る事ができるようになった。また、大量のサンプルを活かして、これまでよりも統計的誤差の少ない周期光度関係を様々な進化段階/種類の変光星に対して導出した。

ミラ型変光星の振動モードについては、それが fundamental か 1st overtone mode かについて、観測的にも理論的にも数十年来議論が続けられてきた。筆者は、理論的な予測と得られた観測結果との比較を行い、図1のCとC'の周期光度関係にそれぞれ fundamental、1st overtone モードのミラ型星がのる事をつきとめた。この結果、どちらか一方のみではなく宇宙にはモードが違う少なくとも2種類のミラ型星が存在するという結論が観測的に得られ、長く続いていた議論に終止符を打った。

変光星の振動モードの見極めは重要である。例えば、ハッブル望遠鏡を用いた観測によって遠方の銀河中にセファイド変光星を見つけ、その周期光度関係を利用して銀河までの距離を決めるケースでは、全てのセファイドが fundamental mode で振動していると仮定している。図1から明らかなように、セファイドには少なくとも fundamental(F系列)と 1st overtone mode(G系列)の2種類があり、その数の比は約2:1程度であるから、もしこの比が宇宙共通だとすれば上記の仮定は30%以上のケースで誤りである。この不定性は最終的にハッブル定数の決定精度に影響を及ぼしている。そこで、変光星を一つ見つけた時に、その正しい周期光度関係を利用するため、変光星の種類や振動モードを見極める方法を確立する必要性が出てくる。本研究では、距離に依存しない様々な観測量を、種類や振動モードが異なる変光星の間で比較した。その結果、周期-振幅図上でセファイドの振動モードを、そして、周期-色図上でミラ型星の振動モードを見分ける方法を確立した。

現在、我々の銀河や遠方銀河に属する変光星の距離は、大マゼラン銀河で較正をした周期光度関係を使用して求められている。しかし、我々の銀河や遠方銀河と、大・小マゼラン銀河では平均メタル量に違いがあり(平均メタル量は、我々の銀河>大マゼラン銀河>小マゼラン銀河である事がわかっている)、この違いが周期光度関係にどう影響するか未知であった。大・小マゼラン銀河の平均メタル量の違いを活かす事によってこの問題を調べる事ができる。本研究で得られた深い赤外データを利用する事によって、セファイド変光星とミラ型変光星の二つの種族の周期光度関係を一度に比較する事が初めて可能となり、周期光度関係には確かにメタル量依存性がある事を発見した。

本研究で得られた上記の結果に今後のAstro-F衛星による中・遠赤外のデータが加われば、変光と質量放出の間の詳細な関係が明らかになる事が期待される。また、距離に依存しない観測量を通じて変光星の種類、振動モードを見極める方法を確立したため、我々の銀河中の変光星を種類、振動モード別に分類する事が可能になった。我々の銀河中の星に対しては様々な観測手法と波長域でデータを取得できるため、今後観測が進むにつれて、変光を伴った赤色巨星進化段階の全容が明らかになってくるものと思われる。

大マゼラン銀河中の変光星の変光周期PとKバンドでの明るさの関係図。A-, B-はRGB型変光星、A+, B+は半規則型変光星、C, C'はミラ型変光星、F, Gはセファイド変光星がそれぞれ属している。Dについては正体が明らかになっていない。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、南アフリカ天文台に設置された赤外線観測専用望遠鏡を活用した2年半に亘る大小マゼラン銀河のモニター観測により、両銀河中の脈動変光星を赤外線波長で従来とは比較にならぬ程極めて大量に同定し、それらの星の特性を、赤外線観測並びに公開されている別の可視光観測データに基づいて、詳細に解析したものである。

論文は、全7章より成る。第1章では、論文全体への導入として、中小質量星の赤色巨星進化段階には未解決の問題が多く残っていること、特に、質量放出現象の理解が重要であることを指摘した上で、質量放出を誘発すると考えられる脈動による変光の観測が重要であると認識したことを研究の動機として述べている。その上で、大小マゼラン銀河の星を組織的に観測することの意義を述べ、これまで行われてきた両銀河の星の変光観測を概観している。

第2章では、本研究で使用した赤外線観測専用望遠鏡及び観測装置、並びに取得したデータの解析・較正方法を概説している。大マゼラン銀河については3平方度、小マゼラン銀河については1平方度の領域について、モニター観測を行い、変光星の検出には既存のパッケージを応用している。検出限界は、K等級にして約16等級である。

第3章では、大マゼラン銀河の星の赤外線観測の結果を解析し、時期をずらして2度以上赤外線の3つの波長帯での測光がなされた約18万5千の星は、K等級で凡そ12等級より明るい方にも分布する集団とそれより暗い方にしか分布しない集団とに明瞭に分けられることを明らかにしている。星の進化の理論モデルと照合して、境となる12等級が赤色巨星系列の先端であると推察している。更に、これら18万5千の星のうち、約5千の星が変光星であることを明らかにし、そのK等級分布もまた12等級以上と以下の2つの分布の和に分離出来ることを示している。12等級より暗い等級に分布する変光星の発見は、赤色巨星系列段階の星が変光していることを示すものであり、従来の、漸近的赤色巨星進化段階の星は変光を示すが赤色巨星進化段階の星は変光を示さないという通説を打ち破るものである。

第4章では、まず、大小マゼラン銀河の星の可視光サーベイ観測であるOGLE IIで取得された膨大なデータの内、公開されているIバンドのデータを解析し、両銀河の赤外線観測で得たそれぞれ約80万及び10万の星と照合して、それぞれの中から、約3万5千及び約6千星を、赤外線観測データから同定、その内のそれぞれ約9千及び3千の星の変光周期をOGLE II Iバンド測光データから求めている。そして、これらの星の赤外線K等級を用いて、周期K等級関係を導き示している。求めた周期K等級関係図からは、漸近的赤色巨星進化段階の変光星の2つのモード、赤色巨星段階の星の半規則型変光の2つのタイプ、ミラ型変光星の2つのモード、セファイド型変光星の2つのモード、琴座RR型変光星、それに正体を同定出来ない2つのタイプの系列が明瞭に分離出来る。特に、従来は連続した2つの系列と見做されていた、漸近的赤色巨星進化段階の変光星の2つのモードと赤色巨星段階の星の半規則型変光の2つのタイプとが、この解析により、明瞭に区別された。サンプル数が大きいこと、赤外線等級を用いていることが、これまでにない見事な関係の導出の成功の源である。また、この関係図から、ミラ型変光星のモードの同定については、長年続けられてきた議論に、決着をつけた。更に、大小マゼラン銀河の重元素組成比の違いに着目し、周期光度関係が重元素組成比によって有意に異なること、その違い方は、セファイド型変光星とミラ型変光星とでは有意に異なることを明らかにした。

セファイド型変光星については、長い間球対称基準モードで脈動していると見做されてきたが、第4章での解析は、基準モードで脈動しているものが約3分の2、残り3分の1は倍振動モードで脈動しているというOGLEの可視光データに基づく最近の解析結果を確認した。セファイドの周期光度関係は、遠方銀河の距離の指針として用いられているだけに、このもたらす意味は大きい。周期光度関係を活用して、個々の変光星の脈動周期から距離を決定するには、まず、変光星の種類や脈動モードを同定することが必須である。第5章では、大小マゼラン銀河の脈動変光星の、距離には依存しない様々な観測量を、種類や脈動モードが異なる脈動変光星の間で比較し、周期と振幅の関係からセファイドのモードを、また、周期と色の関係からミラ型星の脈動モードを見分ける方法が有効であることを示している。

第6章では、大小マゼラン銀河で同定したそれぞれ約千個のセファイドを解析し、基準振動モードで脈動しているセファイド及び倍振動モードで脈動しているセファイドの双方について、周期光度関係と、周期と星の半径の関係を観測的に高い精度で導出している。こうして求めた関係を北極星等銀河系内の四つのセファイドに適用し、これらの星は倍振動モードで脈動していると結論している。第7章は、全体のまとめである。

赤色巨星進化段階の星の主たる輻射波長域は赤外線域であるため、赤外線波長での観測が本質的に重要であり、また、これらの星の脈動時間尺度は数百日にもなるため、長期的な組織的観測が必要である訳であるが、その何れも実行は容易ではなく、論文提出者らの努力は、賞賛するに相応しい。以上要するに、本論文は、大小マゼラン銀河の脈動変光星についての大規模な赤外線データを取得し、同様に大規模な可視光データも併せて解析することによって、これまでになく大量で精度の高いデータの統計から、赤色巨星系列を始めとする脈動変光星について、多くの新しい知見をもたらした。これは、脈動変光星の物理に留まらず、天文学、特に天体物理学に新たな知見をもたらすものである。

本論文は、田辺俊彦、松永典之、中島康、長嶋千恵、永山貴宏、加藤大輔、栗田光樹夫、長田哲也、佐藤修二、田村元秀、中屋秀彦、中田好一との共同研究に基づくものであるが、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、本論文提出者に、博士(理学)の学位を授与出来ると認める。

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