学位論文要旨



No 118836
著者(漢字) 勝川,行雄
著者(英字)
著者(カナ) カツカワ,ユキオ
標題(和) 光球磁場とコロナ加熱の関係
標題(洋) Photospheric Magnetic Fields and the Coronal Heating
報告番号 118836
報告番号 甲18836
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4489号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祖父江,義明
 東京大学 助教授 牧野,淳一郎
 東京大学 教授 寺沢,敏夫
 国立天文台 教授 桜井,隆
 国立天文台 助教授 関井,隆
内容要旨 要旨を表示する

「ようこう」衛星搭載の軟X線望遠鏡(SXT、200万度以上のプラズマを観測)、SOHO衛星搭載の極紫外撮像望遠鏡 (EIT) やTRACE衛星(100万度から200万度のプラズマを観測)によって、太陽コロナは多温度、つまり個々の磁気ループが100万度から500万度に渡って異なる温度を持っていることが明らかとなってきた。「ようこう」軟X線望遠鏡で観測される200万度を超えるような「高温ループ」(図1[a])はループ上空が明るく、ぼやけた構造を持つのに対して、TRACE衛星で観測される100-200万度程度の「低温ループ」(図1[b])はくっきりとした構造を持ち、足下ほど明るい。このような異なる温度のループを作るには、コロナ加熱率が1桁以上も異なっていないといけない。

加熱エネルギーはループの足下からコロナへ供給されるはずであり、その足下の磁場を調べることが加熱メカニズム解明への近道であると考えられる。そこで、本研究では、コロナ観測データからループとその足下を抜き出し、足下の磁場の特徴を調べることで、コロナと光球磁場のつながりを直接的に調べた。光球磁場測定にはアメリカ国立太陽観測所の Advanced Stokes Polarimeter (ASP) を用いる。Zeeman 効果によって生じる偏光吸収線輪郭を測定することで、太陽光球面における精度の高い磁場ベクトルを得ることが可能である。2000年から2003年にかけて3度に渡り「ようこう」軟X線望遠鏡、TRACE衛星、ASPによる共同観測を行った。

第2章では、高温ループと低温ループの足下それぞれについて、磁場の特徴をASPで調べた。「ようこう」軟X線望遠鏡で観測すると、高温ループは足下へ行くほど暗くなってしまうため、足下の位置の同定が困難であったが、TRACE衛星で観測される Moss 構造を用いることでこれを克服した。Moss 構造は高温ループの足下に存在することが知られており、本論文でもこれを確認している。Moss 領域(つまり高温ループの足下)と低温ループの足下において磁場の特徴をASPで調べた。いずれの足下に対しても、磁場強度は1.2-1.3kGであり、磁場の向きは光球に対してほぼ垂直である。Moss 領域と低温ループ足下の最も顕著な違いは磁気 filling factor(1ピクセル内で磁気大気の占める割合)であり、Moss 領域、すなわち高温ループの方がfilling factor が小さいことが明らかとなった(図2)。光球における磁場を磁気要素(微細磁束管)の集まりであると考えると、磁気 filling factor は磁気要素の数密度に対応している。Moss 領域(高温ループの足下)では磁気要素の数密度が小さく、磁場が比較的自由に運動することが可能である。これによってコロナへのエネルギー入力が効率的に起き、高温ループになると考えられる。一方、低温ループの足下では磁気要素の運動が抑制され、加熱率は小さくなる。この最たる例が黒点上空であると考えられる。

低温なループの中には黒点暗部付近に足下をもつものが存在することが分かっている。第3章ではそのような黒点から伸びるループの足下の磁場構造を詳細に調べた。低温ループの足下は黒点の暗部と半暗部の境界に主に存在する(図3[a])。この領域は、暗部の強く太陽面に対して立った磁場と半暗部の比較的弱く寝た磁場が交互に入り組んだ構造を持っており、明るい低温ループはこの入り組み構造が顕著な場所に存在する傾向があることが明らかとなった(図3[b])。この観測結果から、暗部と半暗部の境界に存在する入り組み構造が磁場の不連続面(電流層)を形成し、磁気リコネクションによってループの足下を加熱するというモデルを提案する。ループに沿った温度分布から、低温ループの加熱源は足下近傍に存在することが示唆されているが、これは本論文のモデルとは矛盾しない。

第4章ではTRACE衛星で観測されたループ一本一本について、一方の足下からもう一方の足下までを抜き出すことで、光球のどの磁極とどの磁極がコロナループを介して結合されているかを観測的に調べた。ループ両端の足下の間で、磁場に関する量について相関を調べたところ、磁束密度については相関が観測されなかった(つまり、ループの太さがループに沿って変化している)が、電流については負の相関が存在することが分かった(図4[a])。

コロナループを介してつながっている2つの足下では、電流の太陽面に垂直な成分Jzが逆符号をとる傾向にある。これは一方の足下からもう一方の足下へコロナループに沿って電流が流れていることを示している。フォースフリーパラメータαについては弱いながら正の相関が存在する(図4[b])。2つの足下がフォースフリー磁場(J×B=0、電流が磁場に平行)で結合されているとき、このαは2つの足下で同じ値になるべき量である。また、フレアやマイクロフレアに付随したループの足下では電流Jzの値が大きいことも明らかとなった。

(a)「ようこう」軟X線望遠鏡で観測した活動領域コロナ、(b) 同時刻に同領域をTRACE衛星で観測。

(a)Moss 領域(高温ループの足下)と(b)低温ループの足下における磁気 filling factor の分布。高温ループの足下では filling factor が小さく、低温ループの足下では大きい。

(a)ASPで観測された黒点の連続光像。破線がTRACE衛星で観測されたループを、アスタリスクが足下の位置を示す。(b)暗部/半暗部境界における連続光変動の分布。値の大きな場所では連続光の変動が大きいことを示す。一点鎖線がループ足下の位置を表す。

各ループ両端における (a) 電流Jzと(b)フォースフリーパラメータαの相関。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、太陽コロナの加熱機構における磁場の役割を詳細に追求した論文である。X線および極紫外線衛星観測による活動領域上空のコロナの温度分布と磁場構造を、光球の光学偏光観測による磁場測定結果と比較した。その結果、光球磁場を構成する微細磁束管のフィリングファクター (filling factor) の差が上空の加熱を左右していることを、初めて明らかにした。

第1章では、活動領域の上空の磁気ループは、100万度以下の「低温ループ」と、200万度以上の「高温ループ」の2種類からなり、異なる温度のループを作るには、コロナ加熱率が1桁以上異なっていることを指摘した上で、これらループの足下の磁場を調べることが、加熱メカニズム解明の鍵となるはずであることに着眼し、そのための観測を行った経緯を述べている。光球磁場測定にはアメリカ国立太陽観測所の偏光観測装置 (ASP) により Zeeman 効果によって生じる偏光吸収線輪郭を測定することで、光球面における精度の高い磁場ベクトルを得た。あわせて衛星望遠鏡を用いた軟X線と極紫外線観測の同時観測によってコロナの温度分布とループ磁力線構造を求めた。

第2章では、高温、低温ループの足下それぞれについて、光球の磁場構造をASPで調べた結果を述べており、本論文の最も重要な章である。その際、高温ループの足下の位置の同定を「ようこう」軟X線観測に加えて、TRACE衛星で観測される Moss 構造を用いることで確実にしている。その結果、高温ループと低温ループ足下の最も顕著な違いは、磁束管のフィリングファクターにあることが判明した。光球の磁場は微細な磁束管に分かれており、磁束管の磁場は高温、低温ループいずれの里下でも1.2-1.3kGであり、磁場の向きは光球にほぼ垂直である。ところが、高温ループ足下ではフィリングファクターが小さく、磁束管がまばらに存在するのに、低温ループ足下ではフィリングファクターが大きく磁束管が密に分布する。この事実に基づいて、高温ループ足下では磁束管が比較的自由に運動することによってコロナ加熱が効率的に起きるというアイデアを提案している。逆に低温ループの足下では磁束管の運動が抑制され、加熱率は小さくなる。その最たる例が黒点上空であると考えられる。

第3章では、黒点から伸びるループの足下の磁場構造を詳細に調べ、低温ループの足下は黒点の暗部と半暗部の境界に主に存在することを示した。この領域は、暗部の太陽面に垂直な磁場と半暗部の寝た磁場が交互に入り組んだ構造を持っており、低温ループはこの入り組み構造が顕著な場所でより明るいことが明らかとなった。この観測結果から、暗部と半暗部の境界に存在する入り組み構造が磁場の不連続面となり電流層を形成し、磁気リコネクションによってループを加熱するというモデルを提案している。

第4章では、本観測によって得られたデータからの付加的な事実として、ループに沿って流れる電流の存在を証明したことについて述べている。すなわち、TRACE衛星で観測されるコロナループの両足下では、電流の太陽面に垂直な成分が逆符号をとり、一方の足下からもう一方ヘコロナループに沿って電流が流れていることを示している。

第5章は論文全体のまとめである。

以上、本論文は、光球磁場のフィリングファクターが小さく磁束管が動きやすい場所では加熱効率が良く、高温ループが形成されるが、逆に磁束管が密な場所では動きが抑制され加熱効率が悪く低温ループしかできない、というモデルを、光学偏光観測、X線、極紫外線同時観測によって立証した論文であり、コロナ加熱メカニズムの解明に新しい重要な知見を与えた論文である。なお本研究は常田佐久氏と共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測、解析、考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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