学位論文要旨



No 118837
著者(漢字) 酒向,重行
著者(英字)
著者(カナ) サコウ,シゲユキ
標題(和) 地上中間赤外線検出器の駆動方法の改善および赤外線シルエットによる星周ディスクとエンベロープの研究
標題(洋) Improvements in Operating the Mid-Infrared Array for Ground-Based Astronomy and Infrared Studies of Silhouette Disks and Envelopes
報告番号 118837
報告番号 甲18837
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4490号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 教授 中田,好一
 東京大学 教授 常田,佐久
 国立天文台 教授 長谷川,哲夫
 国立天文台 助教授 田村,元秀
内容要旨 要旨を表示する

中間赤外線検出器 Raytheon 320×240 Si:As IBC(以下、320×240 FPA)の駆動方法の改善を行った。320×240 FPAは現在最大の受光面積を持つ地上観測用の中間赤外線検出器であり、すばる望遠鏡用の中間赤外線観測装置COMICSに搭載されている。この検出器で明るい天体を観測すると、天体の近くおよび同じ行と列のピクセルの信号レベルが降下し、人工的な模様が発生する。このレベル降下現象は、主に検出器読みだし回路(ROIC)の中のソースフォロワ回路の一時的な特性の変動が原因と考えられる。我々は、1ピクセルにつき4回のサンプルを行う新しい駆動方法を考案、実装し、この駆動方法がレベル降下現象を効果的に補正することを確かめた。また、ROICの回路特性を測定し、検出器に最適なバイアス電圧を導出した。検出器の量子効率の測定もおこなった。

更に我々は、320×240 FPA用の検出器データ取得デバイスの開発をおこなった。このデータ取得デバイスは、データ転送速度が遅いCOMICSの旧データ取得デバイスにかわって採用された。新データ取得デバイスはPC Linux 用32ビットPCIバスデバイスであり、バスマスタとDMA転送の機能を持つ。本デバイスは、検出器駆動用のクロック信号生成部、画像メモリ、画像加算器からなる。中間赤外線観測で高い観測効率を得るためには、データの処理速度の高速化が必要である。本デバイスは画像データの取得中に、既に得られた画像データをその発生率よりも高い転送率でハードディスクへ転送することができる。この転送方法の採用により、データ転送による損失時間を200画像(64メガバイト)あたり200秒から、1秒以下に短縮することに成功した。新データ取得デバイスの実装により、COMICSの撮像観測における観測効率は従来の44%から79%に向上した。

若い星の星周ディスクおよびエンベロープの密度構造とダストの性質を調べるために、明るい近、中間赤外線星雲を背景光に使用して、若い星の星周ディスクおよびエンベロープのシルエットの観測をおこなった。本研究は、2つの赤外線観測を基に行われた。

Brγ輝線用の狭帯域フィルタ(波長2.166μm)と補償光学装置を用いて、M17星形成領域の撮像サーベイ観測を行った。この観測によって、フレア構造を持つ若いシルエット天体(M17-SE1と名づける)が、数1,000AUの大きさの10数個のシルエット天体とともに見つかった。エンベロープがシルエットとして検出されたのは、本観測が初めてである。M17-SE1は、J、H、K'、L'、11.7μm、12.8μmの広帯域フィルタとH2 1-0 S(1)ラインの狭帯域フィルタによって追観測がなされた。M17-SE1のエンベロープは、外部エンベロープと中心に穴を持つ内部エンベロープの2成分から構成されており、中心の穴の中には光学的に厚い星周ディスクが存在すると期待される。エンベロープの中心領域には、コンパクトな散乱光源と双極散乱光が見られる。M17-SE1の中心星自体は、星周ディスクによって隠されており、赤外線では検出することはできない。双極散乱光の外縁部に沿ってダストの殻状構造がシルエットとして確認される。また、小さなダスト殻状構造が双極キャビティの片側にのみ見られる。内部エンベロープは星周ディスクの外縁部にむけて落下しているようにみえる。一方、外部エンベロープは落下しておらず、極方向には中心星重力と熱的な圧力勾配の平衡状態にあることが、その形状から示唆される。外部エンベロープは、半径方向には、中心星重力に対して、固有角運動量による遠心力によって支えられていると考えられる。非落下エンベロープと落下エンベロープの2成分からなるこの構造は、乱流によって支えられた分子雲コアの力学的収縮モデルによってよく説明される。ダストの殻状構造は外部エンベロープと接していないため、外部エンベロープのフレア構造は、殻状構造を作り出す双極アウトフローとの相互作用によって形成された構造ではないと考えられる。Class I段階のエンベロープの平面度は双極アウトフローによって決定されるのではなく、大きな固有角運動量を持つ非落下エンベロープの形状によって決まるのであろう。

星周ディスクの密度構造とダストの性質を調べるため、オリオン星形成領域にあるシルエット=ディスク天体d114-426、d218-354、d183-405を、中間赤外線帯の [Ne II] 輝線 (12.814μm) を背景光として使い、背景輝線の高分散分光観測をおこなった。結果、3天体すべての分光画像にシルエット像が検出された。シルエット=ディスク天体の中間赤外線による検出は本観測が初めてである。特にd218-354とd183-405に関しては、非エッヂオン=シルエット=ディスク天体の赤外線における初めての検出となる。d218-354とd183-405に対しては、[Ne II] の狭帯域フィルタによる輝線撮像観測もおこなわれ、2天体のシルエット像が確認された。中間赤外線で観測したシルエットの直径は、d114-426、d218-354、d183-405が各々、1.6"、1.0"、0.3"であった。これらの中間赤外線の直径は、可視光で計測された直径の50-91%に相当する。ディスクの質量は、各々、8.3、5、1×10-3Msunと導出された。これらの質量は、シルエット=ディスク天体が、おうし座の若い星が持つディスクと同様に、惑星を形成するのに十分な質量を持つことを示唆している。d114-426ディスクのダストによる減光量を、より短い波長で観測された値と比較し、ディスクにおける減光の波長依存性を再現するダストのサイズ分布を、Drain & Lee (1984) のダストの光学モデルを用いて探った。結果、ダストのサイズ分布を変化させるだけでは、4.05μmの小さな減光特性を説明できないことがわかった。4.05μmと12.8μmの光学特性は、各々、グラファイトとシリケイトによって主に担われている。観測結果は、d114-426ディスクでグラファイトが減少していることを示唆している。4.05μmと12.8μmのダスト減光の比がディスク半径によって僅かに変化している。D114-426ディスクの半径内側における減光の波長依存性は、グラファイトが存在しない場合に予想される波長依存性とおおよそ一致する。従って、ディスクの内側の領域では、グラファイトが大量に消失していることが推測される。星間ダストからの成長にともない、ダストはそのサイズと物質構成の両方を変化させると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2部(6章)からなり、第1部ではすばる望遠鏡中間赤外撮像分光器 (COMICS) の検出器駆動方式の改良およびデータ取得システムの改善による観測効率の飛躍的な向上実現について述べており、第2部では改善されたCOMICSおよび同じくすばる望遠鏡近赤外撮像分光器 (IRCS) を用いて行った赤外線シルエット天体の観測と、星周ディスク/エンベロープの検出およびその構造についての考察が述べられている。

第1章(第1部)では、地上およびスペースからの中間赤外線観測の現在までの進展が概観されている。つづいて、最新のアレイ検出器を用いたCOMICSの基本性能が簡潔に述べられている。

第2章(第1部)では、そのCOMICSの検出素子である320x240 Si:As IBC (Impurity Band Conduction) の当初の性能が紹介され、つづいて、以下の問題点が述べられている。つまり、明るい天体の観測時に天体およびその周囲の行と列のピクセルの信号レベルが降下し、偽の信号が発生する。論文提出者はこの残存パターン(クロストーク)の主な原因が検出器読み出し回路 (ROIC-Read-Out Integrated Circuit) の中のソースフォロア回路の一時的な特性の変動であることを突き止め、これを防ぐために、1ピクセルあたり4回のサンプリング (CQS-Correlated Quadrupole Sampling) を行う等の新しい駆動方法を考案、実装してこの問題を解決した。この新検出器駆動方式は他の8mクラス望遠鏡の中間赤外装置でも採用され、中間赤外線観測技術に大きく貢献している。

第3章(第1部)では、COMICSの検出器データ取得デバイスの改良について述べられている。旧データ取得デバイスでは、取得したデータを比較的容量の大きいメモリーボードに蓄積、一杯になった時点で転送していた。転送中はデータの取得ができない。この時間のロスが観測効率を制限していた。この問題を解決するために、メモリーボードの容量は小さいが逐次データ転送が可能な新デバイスを開発した。このデバイスはPC Linux 用32ビットPCIバスデバイスであり、バスマスタとDMA転送の機能を持つ。この新転送方式の採用により、データ転送による損失時間を200画像 (64MB) あたり60秒から1秒以下に短縮した。結果的に、COMICSの撮像観測における時間的ロスをほとんどなくした。

第4章(第2部)では、星周エンベロープを持つ若い天体が背景光に対して影となって見える、シルエット天体の観測的研究の現状が概観されている。ハッブル宇宙望遠鏡 (HST) での発見に続く赤外線での観測の現状を述べ、特に、クラス0/1天体の赤外観測の重要性を指摘している。

第5章(第2部)では、上述したCOMICSおよびIRCSを用いて行われた若い星の星周ディスク/エンベロープの観測結果について述べている。HSTでは主にクラス2天体が検出しやすいのに対して、ここでは inflow/outflow を伴うクラス1天体に着目している。背景に明るい近赤外輻射、手前に分子雲という構造を持つM17-Sバー領域に対して、IRCSに補償光学装置を併用し、Brγ輝線での撮像サーベイ観測を行った。その結果、数1000AUのサイズを持つ10数個のシルエット天体を検出した。その中の1天体はフレア構造を持つ若いシルエット天体(M17-SE1と命名)であり、エンベロープがシルエット天体として明確に検出されたのは初めてである。さらに、J, H, K', L', 11.7ミクロン,12.8ミクロンの各フィルターで追観測がなされ、これらの画像データの解析から、これはおそらくクラス1天体であり、エンベロープは外部エンベロープと中心に穴を持つ内部エンベロープからなることを示した。中心星、エンベロープとともに、ダークアーム、ダークアンテナなどの詳細な構造の存在を明確に示した。さらに、ディスクの半径方向および垂直方向のダスト密度分布を簡単な関数形で表したモデルを作り、その密度分布を決定し、ディスクのダスト質量を求めた。

第6章(第2部)では、COMICSの高分散分光モードを用い、[NeII] 輝線を背景光として行った、オリオン星形成領域にある3つのシルエット天体の観測結果について述べている。中間赤外線によるシルエットディスクの検出は初めてであり、この観測データから、ディスクの質量、ダストの組成等について議論している。特に、4.05ミクロンと12.8ミクロンのダストによる減光の度合いがディスク半径によって変化していることから、ディスク内側でグラファイトが消失していると結論している。

以上のように本論文は、COMICSの性能向上を本質的にもたらした、赤外線天文学における重要な技術的研究(第1部)、および、若い天体(クラス1天体)の星周エンベロープを赤外線シルエットとして観測するという新しい方法を用いての、星形成直後の星周構造の重要な観測的研究(第2部)であり、高く評価できる。なお、本論文は、岡本美子、片〓宏一、宮田隆志、田窪信也、本田充彦、藤吉拓哉、尾中敬、山下卓也との共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発、観測、解析、議論を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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