学位論文要旨



No 118839
著者(漢字) 端山,和大
著者(英字)
著者(カナ) ハヤマ,カズヒロ
標題(和) ウェーブレットを基礎としたバースト重力波の検出方法
標題(洋) Wavelet-Based Method for Detecting Gravitational Wave Bursts
報告番号 118839
報告番号 甲18839
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4492号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,一
 東京大学 教授 江里口,良治
 国立天文台 教授 福島,登志夫
 大阪市立大学 教授 神田,展行
 東京大学 教授 坪野,公夫
内容要旨 要旨を表示する

地上のレーザ干渉計型重力波検出用望遠鏡は、主にコンパクト連星合体の際の重力波や、超新星爆発で生じる数ミリ秒から数百ミリ秒という短時間バースト性重力波などをターゲットとしている。超新星爆発は発生機構が複雑なためにモデルの不定性が残っている。その結果生じる波形不定性を避けるためにスペクトルパワー等、Quadratic form での検出理論が中心に研究されている。提案されている検出方法の多くは信号のエネルギー情報で検出を試みるという戦略のもので、波形を直接に推定するものはほとんどない。重力波の波形を雑音下から推定し波形解析することは、将来重力波から天体現象の新しい情報を引き出したり、未知の天体現象を発見する上で大きな役割を果たすことが期待できる。特に、重力崩壊型超新星爆発からの重力波は、他の宇宙線では伺い知ることができないコアの崩壊による重力場の変動など非常に興味深い情報を持っている。これらの情報を得るためには波形の解析が有効である。

そこで、雑音の中から超新星爆発からのバースト性重力波形を推定する方法を考察した。我々は1)non-parametricに波形を推定、2)事前に波形情報を用いないで最適に近い波形推定が可能、という性質を持つ検出方法を考察し、その条件を満たすWavelet解析を用いたバースト検出用フィルタを提案した。我々は、wavelet空間上ではGauss性雑音がすべての基底に分散され1基底あたりの寄与が非常に小さくなり、また、局所性の高いバースト信号が少数の基底に大きな寄与を及ぼすことに注目した。我々の提案するフィルタは、Gauss性雑音のwavelet基底への寄与を推定し、除去する事によって、事前の波形情報を用いずに高い精度でバースト信号波形を抽出するというものである。このフィルタはwavelet shrinkage methodを基礎としたものである。

論文では、バースト信号としてDimmelmeier等の計算した超新星爆発からの重力波形カタログを用い、ガウス性白色雑音下での波形推定性能を調べた。データには20kHzのサンプリング周波数で、1.6秒に相当する32768点のデータを用いた。まず、Wavelet空間上でのバースト信号の表現を調べた。その結果、wavelet空間上ではバースト性重力波を表現するために必要な基底の数が100程度、Fourier空間上では10000程度必要であり、Fourier空間で展開するよりも100倍ほど少ない基底に集中することがわかった。一方ガウス雑音に関しては、wavelet空間、Fourier空間ともにすべての基底に一様に分散さ訂た。次に我々の手法を用いてガウス雑音を見積もり、雑音を除去し、バースト性重力波形を推定した。推定性能の評価に、バースト信号をf、推定値をfとして、フィルタ後の信号雑音比S/N:=E[|f|2]/E[|f-〓|2]を用いて行った。また、比較対象としては、Fourier空間上で定式化された Wiener filter による推定を用いた。Wiener Filter を用いる際、雑音スペクトルは、雑音の分散で見積もった。我々の方法を Wiener filter で推定を行った結果を表したものが図1である。横軸はバースト信号と雑音のエネルギー比で、縦軸が、重力波カタログ中のすべての波形に対して計算した信号雑音比の平均をとったものである。この図より、平均して、我々の用いた Wiener filter よりも高い精度で波形推定できることがわかった。論文中では、カタログ中のすべてのバースト信号に関して別々に信号-雑音比を計算しており、それぞれのバースト信号に関して、大部分の(バースト信号/雑音エネルギー比)で優れた結果を得た。

さらに、TAMA300の観測データを用いて現実のデータに対しても最適に近い精度で波形推定できるように、フィルタを考察した。Waveket shrinkage method では、Wavelet 空間上で正しく雑音レベルを見積もる必要がある。TAMA300のように短時間的には安定だが、時間と共に変動するような雑音に適した雑音レベルを決めてやることで観測データからバースト性重力波を検出するフィルタを構成し、シミュレーションを行って性能評価をした。

地球から100pcの超新星爆発からの重力波信号をTAMA300で検出するという状況を考察した。TAMA300のデータとして、2003年の始めに行われた第8回 Data-Taking run の比較的安定なデータ1時間分用いた。TAMAのデータにランダムにバースト重力波信号を埋め込み、それらがどの程度の信号-雑音比で検出されるかを、我々の方法と、Wiener filter を用いて調べた。ここでは、雑音スペクトルは観測データから推定している。結果が図2である。横軸は信号-雑音比で、縦軸は指定した信号-雑音比以上で検出できる確率を表している。この図では用いた重力波カタログ中のすべての波形で別々に計算した信号雑音比の確率の平均をとっている。図からわかるように、現実の観測データからのバースト信号検出に関して、我々の用いた Wiener Filter よりも高い信号-雑音比で波形推定する性能を持つことがわかった。

現在、LISA、DECIGO等のレーザ干渉計型宇宙重力波望遠鏡が計画されている。これら望遠鏡を用いた観測では、地上望遠鏡で大きな障害となっている地面振動から解放され、地上では不可能な低周波領域の観測が可能となり、宇宙論的な現象の発見、解明が期待される。宇宙望遠鏡は地上のものとは状況が異なり、銀河系内外に存在する中性子星連星からの重力波は、その数が多すぎて単離できず3-0.1mHzの周波数領域の望遠鏡の感度を制限する雑音として振舞う現象が起こると考えられている。この重力波雑音を Binary Confusion Noise(BCN) という。また、T. Nakamura et al. らの提案する black hole MACHO binary や、系外binaryの分布などの研究から、BCNが広い周波数帯で望遠鏡の性能を大きく制限する可能性も示唆されている。そのため、低周波の重力波を検出する際に、BCNを定量的に評価し、その影響を低減する方法を開発する必要がある。

そこで我々はBCN中に出現するバースト性の重力波の検出に際して、BCNを低減する方法として、我々が提案するフィルタを用いたものを提案した。

フィルタ構成の際に、フィルタが正しく機能するために、wavelet空間上で、BCNの基底係数への寄与を正確に見積もる方法を提案した。次に構成したフィルタの性能を評価するシミュレーションを行った。我々の方法はBCNのモデルに依存するものではなく、BCNの定常性に依存するものである。従ってシミュレーションとしては、単離できない程度にするために10万個の binary からの重力波でBCNモデルを構成し、バースト重力波としては巨大 BlackHole の時空の減衰振動で生じるリングダウンを用いて、我々の方法の性能を調べた。その結果が、図3である。縦軸は信号-雑音比(S/N)で、横軸は、Binary Confusion Noise のエネルギーEBCNと rindown のエネルギーEringをそれぞれ振幅の自乗和とすると、横軸はEBCN/Eringである。図より、我々の低減法は、Wiener Filter よりも高い精度でBCNを低減し、ringdown を検出できるという結果を得た。以上の考察では、望遠鏡の検出器雑音を加えていない。この状況はBCNが望遠鏡本来の持つ感度を大きく越える、非常にやっかいな雑音として存在する場合を想定している。しかし、検出器雑音を加えたときに我々の方法が正しく機能するかどうかは興味深い。そこで、LISAの検出器雑音をシミュレーションした雑音信号を加えることによって性能を評価した。その結果、検出器雑音を加えても、それを考慮した閾値を定めれば機能することを示した。

バースト信号と雑音のエネルギー比を関数とした、我々の方法と Wiener filter による波形推定の信号-雑音比。

地球から100pcの超新星爆発からの重力波をTAMA300で検出する際に得られる信号-雑音比の確率

信号波形推定の精度の比較図。

審査要旨 要旨を表示する

論文は、3部8章からなっている。第1部でこの論文の背景と要約が記され、第2部では3章に分けて、重力波(第1章)、重力波の検出(第2章)、予想される重力波源(第3章)、の説明がなされている。第3部がこの論文の主要部分となっており、第4章から第8章まで、ウェーブレットを基礎としたバースト重力波の検出方法について論じられている。

第4章で、本論文で重力波検出方法として提案されているウェーブレット解析の基本的な方法が、第5章でその信号-雑音比の評価方法が導入されている。ここでは、1)non-parametric に波形を推定、2)事前に波形情報を用いないで最適に近い波形推定が可能、という性質を持つ検出方法が考察され、その条件を満たすウェーブレット解析を用いたバースト検出用フィルターが提案されている。提案されたフィルターは、ガウス性雑音のウェーブレット基底への寄与を推定し、それを除去する事によって、事前の波形情報を用いずに高い精度でバースト信号波形を抽出するというものである。

続いて、第6章では、ウェーブレットを基礎とするフィルターによる重力波バースト検出を、超新星爆発からの重力波のシミュレーションデータに対し行い、その有効性を示している。論文提出者は、バースト信号としてDimmelmeier等の計算した超新星爆発からの重力波形カタログを用い、ガウス性白色雑音下での波形推定性能をウェーブレット解析とフーリエ解析に対し調べている。その結果、ウェーブレット空間上ではバースト性重力波を表現するために必要な基底の数が、フーリエ空間で展開するよりも100倍ほど少ない基底に集中するのに対し、ガウス雑音に関しては、ウェーブレット空間、フーリエ空間ともにすべての基底に一様に分散されることが示された。そして、論文提出者の手法を用いてガウス雑音を見積もり、雑音を除去し、バースト性重力波形を推定している。その結果を、フーリエ空間上で定式化されたウィーナー・フィルターによる推定と比較し、論文提出者の方法が、より高い精度で波形推定できることが示された。第7章では、TAMA300の観測データを用いて現実のデータに対しても最適に近い精度で波形推定できるように、フィルターを考察している。TAMA300のように短時間的には安定だが、時間と共に変動するような雑音に対し、観測データからバースト性重力波を検出するフィルターを構成し、シミュレーションを行って性能評価をしている。その結果、現実の観測データからのバースト信号検出に関して、論文提出者の用いた方法が、ウィーナー・フィルターよりも高い信号-雑音比で波形推定する性能を持つことが示された。第8章では、宇宙空間に持ち出した重力波望遠鏡で主要な雑音源となると考えられる、銀河系内外に存在する白色矮星連星からの重力波が重ねあわされた Binary Confusion Noise(BCN) を定量的に評価し、その影響を低減する方法が論じられている。そこでは、BCN中に出現するバースト性の重力波の検出に際して、BCNを低減する最適なフィルターが提案され、構成したフィルターの性能を評価するシミュレーションを行い、論文提出者の低減法は、ウィーナー・フィルターよりも高い精度でBCNを低減し、真の信号を検出できるという結果を得ている。

以上、本論文においては、重力波検出の対象となっている、超新星爆発で生じるバースト性重力波やブラックホールリングダウンなどの、数ミリ秒から数百ミリ秒という短時間の重力波に対し、ウェーブレット解析を導入することの有用性が示されている。特に、超新星爆発は発生機構が複雑なためにモデルの不定性が残っているにもかかわらず、従来提案されている検出方法には波形を直接に推定するものはほとんどない。それに対し、本論文では、重力波の波形を雑音下から推定し波形解析することが提案されている。この重力崩壊型超新星爆発からの重力波検出は、コアの崩壊による重力場の変動など非常に興味深い情報をもたらす点でたいへん重要である。これらの情報を得るためには波形の解析が有効なことから、論文提出者は、雑音の中から超新星爆発からのバースト性重力波波形を推定する方法を考察し、ウェーブレット解析と、その最適フィルターを提案した。そして、シミュレーションにより、従来の典型的な方法であるフーリエ解析とウィーナー・フィルターに対し、論文提出者の方法が数段すぐれていることを示した。この研究は、将来の重力波検出への重要な解析方法を提案しているものであり、博士論文として十分な価値のあるものと評価できる。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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