学位論文要旨



No 118840
著者(漢字) 前田,啓一
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,ケイイチ
標題(和) 非球対称な超新星 : 元素合成,光度曲線,スペクトル
標題(洋) Aspherical Supernovae : Nucleosynthesis, Light Curves, and Spectra
報告番号 118840
報告番号 甲18840
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4493号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 茂山,俊和
 東京大学 助教授 吉村,宏和
 東京大学 助教授 蜂巣,泉
 国立天文台 助教授 梶野,敏貴
 東京大学 教授 安藤,裕康
内容要旨 要旨を表示する

太陽質量(M〓)の25倍以上の大質量星の爆発機構、特に非常にエネルギーの大きな極超新星の爆発機構においては、中心天体からの非球対称なエネルギー解放が重要であると考えられる。これら大質量星の爆発機構を解明するためには、観測と比較できる理論モデルが必要である。

本研究では中心天体のエネルギー解放が非球対称な場合の(1)爆発の流体力学的特徴及び元素合成における特徴、(2)それに基づく光度曲線及び後期スペクトルの特徴を調べた。

(1)爆発の流体力学と元素合成の研究においては、25M〓と40M〓の星について二次元の流体力学と元素合成の計算を行ない、非球対称の程度、爆発エネルギー等への依存性を詳細に調べた。(2)光度曲線、スペクトルの研究においては、(1)で得られた超新星のモデルに対してモンテカルロ法による二次元の輻射輸送計算を行い、爆発の特徴がこれら観測的特徴にどのように現れるかを調べた。

これらの結果を(1)銀河初期に形成されたと考えられる超金属欠乏星の元素パターン、及び(2)極超新星1998bw、2002apの観測と比較し、大質量星の爆発の特徴(非球対称の程度、爆発エネルギー等)を明らかにした。本研究の特徴は(1)爆発計算においては、(a)中心天体からのエネルギー解放率、(b)中心天体への質量降着、(c)ある方向にジェット的にエネルギーが放出されるような極限的な状況から全方向に渡ってエネルギーが放出される比較的穏やかな非球対称爆発まで広い範囲に渡って特徴を調べたことである。また、(2)光度曲線、スペクトルについては、多次元超新星爆発モデルに基づく計算そのものが今までにない試みである。

以下、本研究の結論を列記する。

爆発、元素合成の特徴:

(1-1)非球対称爆発では、鉄、亜鉛、コバルト等を多く含んだ物質がジェット方向に沿って高速(>10,000kms-1)で放出されるのに対し、酸素、マグネシウム等は中心部に落ち込み高密度領域を形成する。これは、球対称爆発における元素分布と反対の傾向である。(1-2)

中心天体からのエネルギー解放率が小さい場合には、全爆発エネルギーではなくエネルギー解放率によって元素合成の特徴が決まる。特に、エネルギーの解放率が約1052ergss-1より小さい場合には、鉄の生成量は全爆発エネルギーには殆ど依らない。

(1-3)非球対称性が大きいと、(亜鉛、コバルト)/鉄の比は大きくなり、逆に(マンガン、クロム)/鉄の比は小さくなる。この傾向は、中心天体への降着量が大きいほど顕著となる。この傾向は、超金属欠乏星に見られる傾向と一致しており、大質量星(>25M〓)の爆発の多くが非球対称であることを示唆する(図1)。

光度曲線、後期スペクトルの特徴:

(2-1)まず、角度方向に平均した光度曲線の典型的な振る舞いについて調べた。この結果、非球対称爆発の理論光度曲線は球対称モデルと異なる次のような傾向を持つことが分かった。非球対称の程度が大きいほど、最大光度到達までの時間(tpeak)が短く、最大光度と爆発後100日の光度との差(△M100)はやや大きくなる一方、100日間の減光率(M100)は殆ど変わらない。これは、爆発の特徴(高速で放出されるニッケル+低速で膨張する中心部の高密度領域)の帰結である。このことから、(tpeak-M100)、(tpeak-△M100)図上の領域を、非球対称の程度によって幾つかに分けることができる(図2)。この図から、典型的なIc型超新星と考えられているSN1994Iについては低質量、低エネルギーの球対称モデルで、極超新星1998bwと2002apについては、ともに非球対称モデルによってその光度曲線の特徴を説明することができる。非常に非球対称性の強いモデルでは観測に比べtpeakが小さくなりすぎ、極超新星の非球対称性はそこまで強くないことが明らかになった。

(2-2)視線方向により、初期の光度に違いが出ることが分かった。また、この光度の違いと爆発エネルギーの間に相関が見られた。爆発のエネルギーが大きい場合には、爆発の軸に近い方向ほど光度は小さくなる。逆に低エネルギーでは、爆発の軸に近い方向ほど光度は大きくなる。これは、エネルギーが大きいほど熱源であるニッケルが高速で放出されることに起因する。

(2-3)後期スペクトルの特徴を明らかにした。非球対称爆発では、マグネシウム、酸素等の爆発前に作られた元素は中心部の低速部を占めるようになるため、細く、鋭いピークを持つ輝線として観測される。一方、爆発時に作られる鉄、カルシウム等はジェット軸方向に偏った分布を持つ。従ってこれらの元素の輝線の形は視線方向に依存し、ジェット軸に近い方向から見るほど幅が太くなる。非球対称モデルの酸素輝線の特徴は極超新星SN1998bw、2002apで見られたものと一致する。また、SN1998bwでは強い鉄輝線が観測されており、その幅の太さから非球対称爆発をジェット軸方向から見ているものと解釈でき、これは光度曲線から得られた結果と矛盾しない(図3)。

極超新星 SN1998bw と SN2002ap に対して、非球対称爆発モデルの光度曲線、後期スペクトルからこれらの質量、爆発エネルギー、非球対称の程度を見積もった。従来の球対称モデルでは、初期(最大光度付近)から後期(数百日)までを矛盾なく説明することはできなかった。本研究で、非球対称爆発モデルでこれを矛盾なく説明できることが分かった。

(3-1)SN1998bw については、角度平均した光度曲線の特徴(2-1)から、それほど程度の大きくない非球対称爆発であると結論できる(図2,3)。さらに、後期スペクトル(図3)の特徴(2-3)と初期スペクトルの特徴(視線方向に沿った高速物質の存在)から、爆発前の親星は(主系列星質量で)40M〓程度、エネルギーは1052erg程度(球対称モデルでは3-5×1052erg)、視線方向は爆発の軸に近い方向(<30°)であると結論づけた。(3-1)SN2002ap は、光度曲線からやはり非球対称モデルでよく説明できる(図2,3)。また、光度曲線の特徴は、SN2002apはSN1998bwよりも非球対称の程度が大きいことを示唆する(図2)。SN2002apについては、視線方向を特定することはできなかったが、爆発軸に近い方向から見ていたのならば(25M〓、5×1051erg)程度、垂直方向から見ていたのならば(30M〓、1052erg)程度であると制限を与えた。

以上より、(1)非球対称爆発モデルで極超新星SN1998bwと2002apの観測を良く説明できること、(2)これらのモデルの予測する元素パターンと超金属欠乏星の元素パターンに良い一致がみられたこと、従って(3)25M〓以上の大質量星の爆発の多くは非球対称であり、銀河の初期化学進化に大きく寄与した可能性がある、と結論づけた。

非球対称超新星の元素合成パターン。(マグネシウム/鉄)の比に対する(亜鉛/鉄)の非(左図)と(マンガン/鉄)の比(右図)。[X/Y]=log10(X/Y)-log10(X/Y)〓。黒線は球対称モデルの予測、各点は非球対称モデルの予測を表し、サイズの大きい点ほど非球対称の程度の大きいモデル。青で示した領域は金属欠乏星の元素パターン。非球対称性の大きい爆発モデルで観測値を良く説明できる。

角度平均した光度曲線の特徴。tpeak-M100(左図)、tpeak-△M100(右図)。緑の点はSN1998bw(circle)、2002ap(triangle)、1997ef(cross)、1994I(arrow)。線でつながれた各点はモデルの予測。球対称(黒)、非球対称(青)、より程度の大きな非球対称(赤)(詳細は本文及び本論文参照)。1998bw、2002apの観測値は非球対称モデルの予測値と良い一致を示す。

(左)非球対称モデルの光度曲線(青、赤)及び球対称モデルの光度曲線(緑、ピンク)。(右)非球対称モデルの後期スペクトル。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、6章からなり、第1章は、導入部で、非常に明るい超新星と極端な金属欠乏星に対する最近の観測から示唆される超新星爆発の非球対称性の重要性について述べられている。

第2章では、非球対称超新星爆発を数値計算する手法について記述されている。具体的には2次元流体計算の手法と、爆発的元素合成を計算する核反応による元素の組成変化を記述する式の解法、ならびに、放射性元素から放射されるガンマ線が爆発物質と相互作用しながら表面に伝播していく過程をモンテカルロ法で解く手法が、爆発物質が光学的に薄くなった後のスペクルトを計算する方法とともに記述されている。

第3章では、初期質量が太陽質量の25倍の星と40倍の星について、非球対称爆発計算の結果に基づいて、爆発的に合成される元素量やその爆発物質中での分布、元素組成比の特徴をまとめている。

第4章では前章の計算結果を極端な金属欠乏星で観測された元素組成パターンの特徴と比較しエネルギーが1052ergと高く、かっ非球対称爆発をした超新星で合成される鉄族元素の組成比が極端な金属欠乏星の示す特徴と良く一致していると結論づけ、その他にもスカンジウム、チタン、ケイ素、硫黄と鉄の組成にも同じ超新星が示す特徴が備わっていると指摘している。

第5章では爆発の数値計算から得られた明るさの時間変化と後期スペクトルの特徴についてまとめられている。明るさの時間変化は見る方向によって異なり、特に初期において顕著になることが指摘されている。後期スペクトルでは重元素から放射される輝線の幅に球対称爆発には見られない特徴があることを示し、その特徴が実際に観測されたSN 1998bwやSN2002apで見つかっているものと同じであると指摘している。

第6章では以上の計算結果と観測との比較をもとに、非常に明るいIc型超新星は、爆発が球対称ではなく軸対称としたほうが都合が良く、爆発エネルギーが対称軸近くに集中し、しかも通常の超新星より爆発エネルギーが10倍ほど大きいモデルの示す特徴を備えていると結論づけている。極端な金属欠乏星の元素組成との比較から、このような超新星爆発での元素合成が銀河の化学進化に寄与している可能性もあると述べられている。

本研究の特色は、1.難しい非球対称な爆発機構を議論する代わりに、爆発エネルギー、その解放される時間、中心にある重力源の初期質量、そして異方性を表すパラメータをそれぞれ一つずつ導入して非球対称爆発を簡単に記述することで、明るいIc型超新星SN 1998bwやSN 2002apの光度曲線の観測結果および、後期スペクトルに見られる重元素が放射する輝線の幅を再現する爆発をほぼ特定するのに成功したこと、2.鉄族の爆発的元素合成の結果に対する非球対称爆発の影響を系統的に調べたこと、にある。

以上のように、本論文は、超新星の観測から近年、重要性を指摘されてきた非球対称爆発に着目し、その結果観測されるであろう明るさの変化や、後期に見られる輝線スペクトルの特徴、放出された元素組成を数値計算を駆使して系統的に調べたものである。さらに、最近観測された非常に明るい超新星2例について、数値計算結果を適用し非球対称爆発の様子に関する新しい知見が得られていて、高く評価できる。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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