学位論文要旨



No 118844
著者(漢字) 中川,茂樹
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,シゲキ
標題(和) 2000年鳥取県西部地震の余震を用いた地殻のイメージング
標題(洋) Imaging of the crust by aftershocks of the 2000 Western Tottori prefecture earthquake
報告番号 118844
報告番号 甲18844
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4497号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩崎,貴哉
 鳥取大学 教授 西田,良平
 東京大学 助教授 佐藤,比呂志
 東京大学 助教授 卜部,卓
 東京大学 教授 平田,直
内容要旨 要旨を表示する

2000年10月6日,鳥取県西部を震源とするMJMA7.3の地震が発生した(図1).この地震の主な特徴は以下の3点である.(1)深さ約10km, MJMA7.3の地震にも関わらず地表に地震断層が現れていない,(2)活断層の少ない地域で発生した,(3)地殻の歪み速度の小さいところで発生した.Fukuyama et al. (2003) は,余震のメカニズムから多数の断層が複雑な分布をしていることを明らかにした.これは震源域の地殻の不均質性を表していると考えられる.地殻不均質構造を調べるために制御震源を用いた構造探査が行われた(たとえば,西田・他(2002)など).これらにより約10kmよりも深い部分の大まかな構造については得られたが,それよりも浅い部分の構造については良くわかっていない.そこで本研究では,自然地震を用いた反射法地震探査手法(自然地震反射法)を新たに開発し,従来の制御震源地震探査では得られなかった地殻のイメージを得ることを目的とした.

従来の反射法地震探査では,制御震源を用いた共通反射点重合法が行われている.これは,地表に震源と観測点を群列配置し,それらの共通中点で反射する波をNMO補正して重合し,地下のイメージを得る手法である.しかし,「自然地震反射法」では,自然地震の震源は地下深くにあるので反射点は震源と観測点の中点にはない.そこで,反射点の位置を速度構造を仮定して求め,共通反射点記録を得る.それらを垂直反射波に変換して重合することにより地下の反射面のイメージを得た.

制御震源の震源の位置と震源時(震源要素)は既知であるが,自然地震のそれらは推定値であり誤差を含む.震源要素の誤差を小さくするために,観測点アレイ近傍の地震を用いて観測点補正値,震源,一次元速度構造を連係震源決定法 (Kissling et al., 1994) で同時に求めた.

本研究では,2000年10月21日17時〜25日9時に,鳥取県西部地震本震の震源域にオンラインの多チャンネルアレイを展開し余震観測を行った.観測点間隔は50m,チャネル数は240チャネル,センサーは10Hz上下動地震計9個1組,サンプリングレートは250Hzで準連続観測した.観測期間中の85時間で,296個の地震波形記録を得た.

得られた波形記録を,まず,目視でチェックし,良好な記録の得られた81個の地震について「自然地震反射法」を適用し,解析を行った(図2).

解析した結果,以下の特徴が得られた(図3).

1)深さ5kmよりも浅部:地震があまり起きていないので解析されていない 2)深さ5-9km:反射面が存在している 3)深さ9-14km:反射面はあまりみられない 4)深さ14km以深:反射面が多数存在している

これらの得られた反射面の分布と,余震分布,散乱体分布(河村・他,2003),本震のすべり分布(岩田・関口,2002),過去の群発地震の震源分布 (Shibutani et al., 2002),トモグラフィー (Joint Group for Dense Aftershock Observation, 2001) を比較したところ,以下のことがわかった.

1)深さ5-9kmには反射面が多く分布し,余震が3次元的に分布し,不均質性が大きい.2)深さ9km付近は,花崗岩と基盤地質構造の地質境界領域に相当する.3)深さ9-14kmには反射面少なく,余震は面的に分布する.構造が比較的均質である.4)深さ14km以深には反射面が多く,余震はない.構造が比較的不均質である.5)上部地殻に脆性破壊しない領域のあることが示唆された.

鳥取県西部地震の震央位置.中央の★が震央を示す.

多チャンネルアレイと解析に用いた余震の震源分布.青線がアレイ,○が余震を示す.図中のX軸Y軸の交点は本震位置.

図2で示した余震について「自然地震反射法」を適用した結果.余震と直交する断面(図2のX軸).PP反射を仮定した,10.5(km)<y<15.5(km)の断面.

審査要旨 要旨を表示する

2000年10月6日,鳥取県西部を震源とするMJMA7.3の地震が発生した.本論文は,この地震の直後に実施された稠密アレイによる余震観測データをもとに,その地震記録から地殻内不均質構造を imaging する新しい方法(自然地震反射法)を新たに開発し,その解析から鳥取県西部地震震源域の構造の詳細を明らかにするとともに,内陸地震発生と地殻の構造的不均質の関係についての新たな知見を提出した.このような不均質構造の解明は,内陸域に発生する大地震のメカニズム,特にその歪・応力蓄積・集中のプロセスの理解に必要不可欠なものである.

本論文は,6章から構成されている.第1章は緒言であり,まず,2000年鳥取県西部地震の概要とその地震学的な注目点を挙げ,更に,余震のメカニズムから多数の断層が複雑な分布をしていることをも考慮して,震源域の構造的不均質性の重要性を指摘している.次に,この地域の地殻不均質構造を調べるために行なわれた研究を紹介し,これらの研究においては約10kmまでの比較的浅い部分の構造が依然として不明である事実に言及している.また,地表に制御震源を用いた探査では震源のエネルギーが十分ではないために,日本のように地殻内の減衰の大きいところではその深部の情報が得にくいこと,また制御震源ではS波構造の情報が得にくいという問題点を指摘し,自然地震を用いた地殻のイメージング法(「自然地震反射法」)を提案している.

第2章は,「自然地震反射法」の手法についての記述である.従来,制御震源を用いた共通反射点重合法が行われている.これは,地表に震源と観測点をアレイ状に並べ,それらの共通中点で反射する波をNMO補正して重合し,地下のイメージを得る手法である.しかし,自然地震を用いる場合,震源が地下深くにあるのでその反射点は震源と観測点の中点にはない.即ち,CMP法(common midpoint 法)を自然地震のデータにそのまま適応出来ない.そこで,反射点の位置を導出して,その反射点の位置に対応する波形の振幅をマッピングする方法を提案した.これは,VSP (vertical seismic profiling) 法で用いられている方法と良く似た方法である.

次に,この手法のチェックのために数値実験を行なっている.即ち,ある構造を仮定して理論波形を計算し,その波形に新方法を適用して,予め仮定した構造が復元できることを示した.速度不連続面からの4種類の反射波 (PP, PS, SP, SS) が生成されるが,これらのデータから得られる4つの image を相互に比較することによって,その解釈の信頼性を高めることができる.

第3章では,観測とデータについて述べられている.2002年鳥取県西部地震発生から15日後に,その震源域にオンラインの多チャンネルアレイを展開し余震観測を行った.観測点間隔は50m,チャネル数は240チャネルであった.観測期間は,2000年10月21日17時〜25日9時の85時間で,296個の地震波形記録を得た.中川氏は,この観測の中心的研究者として参加し,データ収集系の設営・維持・管理,測量などに大きく貢献した.本論文では,この稠密アレイ余震観測のデータを主体として,地殻構造の imaging を行なっている.この稠密アレイ観測と平行して,高密度余震観測が全国の大学の共同研究として実施された.本論文においては,この余震観測データは,余震の震源の精密震源決定に用いられるとともに,地殻構造イメージングにも使用されている.

第4章では,解析とその結果である.解析には,良好な記録の得られた81個の地震について「自然地震反射法」を適用し,解析を行った.第2章で開発した「自然地震反射法」では,使用する震源の精密な位置と発震時が必要となる.そこで,本論文では,第3章で述べられている稠密アレイによる余震観測と高密度余震観測の2つのデータセットを統合して,連携震源決定法によって精密な震源要素と発震時,及び周辺の速度構造を求めた.その際には,稠密アレイ上の各受振点の観測点補正値も求めた.

更に,「自然地震反射法」を適用する前に,フィルタリング・発震時補正・直達P及びS波の除去を行い,imaging を行なった.尚,この処理では観測波形がPP,PS,SP及びSS反射波であると仮定し,これら4つの image を相互比較し,その共通する特徴として以下の点が挙げた.

解析した結果,以下の特徴が得られた.

1)深さ5-9kmで反射面が存在している.2)深さ9-14kmでは反射面が顕著ではない.3)深さ14km以深では反射面が多数存在している.

第5章は,得られた結果に対する議論である.まず,本論文で得られた結果を,精密余震分布や散乱法で得られたイメージと比較した.その結果,深さ5-9kmの反射的な部分では,余震が多発しているもののその分布にはある広がりを持っている(即ち1枚の面を形成していない).一方,9-14kmの反射面の顕著でない部分では,余震活動が明瞭な面を構成している.

深さが5-9kmの反射的な部分は散乱の強い部分と良く一致していることがわかった.しかし,この部分を詳細に見ると,幾つかの反射強度の弱い部分 (blank zone) が,水平方向で1-2km,深さ方向で3-4kmの広がりを持って,幾つか存在することがわかった.そして,この部分の余震活動は,その周辺の反射的な部分に比べて低いことがわかった.また,この反射強度の弱い部分は,地震時のslip量も小さく,またこの地震以前に発生した群発地震の際にも低活動であった.更に,トモグラフィによる3次元的速度構造と比較すると,このblank zoneではP波速度が周辺に比べてやや低い.

これらの結果を総合し,中川氏は上述の blank zone は延性的で脆性破壊しない領域であると結論づけた.

第6章はまとめであり,本論文で開発した手法と結果が,簡潔にまとめられている.

以上述べたように,本論文では自然地震を用いることによって地殻内の不均質構造を3次元的に imaging する新しい方法を提出した.この方法は,日本列島の様に減衰の大きい地殻の不均質構造を解明する上で極めて有効な手段と言えよう.また,本手法を2000年鳥取県西部地震直後に行なわれた稠密アレイ余震観測データに適用することによって,同地震震源域の不均質構造について新しい知見が得られた.

尚,本論文は,平田直,佐藤比呂志及び河村知徳の各氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって観測・データ処理・解析を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

従って,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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