学位論文要旨



No 118845
著者(漢字) 吉村,玲子
著者(英字)
著者(カナ) ヨシムラ,レイコ
標題(和) 下部E領域層構造への重力波の寄与に関する研究 : 下部熱圏・電離圏におけるロケット・地上総合観測
標題(洋) Contribution of gravity waves to ionization layers in the lower E region : Rocket-ground-based observations of the lower thermospehre/ionosphere
報告番号 118845
報告番号 甲18845
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4498号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岩上,直幹
 東京大学 教授 向井,利典
 東京大学 助教授 早川,基
 宇宙航空研究開発機構 助教授 今村,剛
 通信総合研究所 グループリーダー 村山,泰啓
内容要旨 要旨を表示する

ロケット・地上MSTレーダ・全天型イメージャによる観測結果を総合的に解釈して、下部電離圏・熱圏高度の力学・プラズマ輸送に周期半日以上の慣性重力波が大きく寄与していることを明らかにした。

電離圏E領域では突発的に電子密度の高い層(スポラディックE層/Es層)が出現し、地上からの電波伝播や衛星データの受信に支障を来たすことがある。このEs層は50年以上前から観測が行われており、その形成過程や一般的な振る舞いに関してはよく研究されている。一方で、E領域でもより下部(〜90km)で頻繁に観測される複数のピーク構造については、何らかの大気波動によるものであるということ意外は理解されていなかった。それは解析に必要なパラメータの同時観測が行われていなかったというのが大きな理由の一つである。そこで我々は、電子密度・酸素原子密度・中性風を同時観測することで、これらの層構造にどのような特徴をもつ波動の寄与があるのかについて検証を行った。

これらはWAVE2000キャンペーン(大気光発光層の波状構造形成メカニズム解明のための総合観測)の一環として行われた科学実験であり、ロケットで電子密度・酸素原子密度・中性風速、地上MSTレーダで中性風速、全天型イメージャで大気光をそれぞれ観測した。ロケット実験は鹿児島県内之浦の宇宙空間観測所にて行われ、内之浦周辺で全天撮像装置による大気光観測結果をオンラインでモニターし、大気光発光層に波状構造が現れた時を狙ってロケットを発射し、その構造を突き抜ける形で観測を行った。

ロケット観測によって得られた電子密度及び酸素原子密度の高度分布には、発光層高度付近に波長10kmの複数層構造が見られた。電子密度ピークは、同時に観測された中性風速の東西風シアに一致し、この層構造が、良く知られている windshear 理論によって形成されていることが裏付けられた。また、電子密度と酸素原子密度のピーク高度はほぼ一致していた。これらのロケット観測結果を用いて、波状構造を作り出したと思われる重力波の鉛直・水平波長(下限)、振幅、鉛直・水平位相速度(上限)、伝播方向の推定を行った。

鉛直波長と水平風振幅は、観測された電子密度構造からイオンの鉛直ドリフト速度を逆算し、更にそれを駆動するような東西風を算出することによって決定した。次に、イオンの鉛直ドリフト速度振幅と重力波の鉛直位相速度との大小関係から、水平位相速度の上限及び水平波長の下限を推定した。イオンの鉛直ドリフト速度は中性大気密度に逆比例する形になっており、下層ほど小さくなる。また、イオンの層を形成するには鉛直ドリフト速度が重力波の鉛直位相速度と比べて大きくなければならず、このことから鉛直位相速度の上限が決定される。また、重力波の分散関係式より、水平波長の下限も推測される。以上から見積もったパラメータは、鉛直波長:〜10km、水平波長:>2000km、鉛直位相速度:<0.2ms-1、水平位相速度:<40ms-1、周期:>14時間、水平風振幅:〜40ms-1であった。また、電子密度と酸素原子密度の変調過程の違いから伝播方向の推定を行い、南向きもしくは西向きという結果が得られた。このような水平波長>>鉛直波長(〜200倍以上)の重力波は、地球の自転によるコリオリ力の影響を受けて波面が高度とともに回転する慣性重力波と考えられ、重力波の東西成分と南北成分の関係はよく知られた極方程式で現される。これを用いて南北風速を算出したところ、やはりロケット観測で得られた南北風プロファイルとよい一致を示した。

このようにして得られた重力波は、ロケット実験で得られた東西風速と、波長・振幅・位相ともよく一致した。また、このようなパラメータを持つ重力波によって、モデル化した酸素原子密度の鉛直構造を変調させたところ、振幅・位相ともよく一致し、算出された重力波パラメータが極めて妥当であるということが検証された。

更に、水平波長が2000km以上と見積もられたことから、ロケット打ち上げ地点より600km北東(信楽)にあるMUレーダ(中層大気観測レーダ:京都大学中空電波観測所)の流星モードによる水平風観測にも同様の特徴が現れていると考え、レーダ観測結果に鉛直波長5-15kmのバンドパスフィルタ処理を施したところ、周期14時間程度の重力波が検出された。これはロケット観測結果から算出された結果と矛盾なく、上述の算出が強く支持される結果となった。また、MUレーダの統計的な解析によると、鉛直波長:5-15km、水平波長:数100-数1000km、周期10〜20時間程度の慣性重力波は、この高度領域(〜90km)で卓越する成分であるということがわかっている。このように、下部E領域で頻繁に観測される複数層構造の形成・維持には、この高度領域で卓越する慣性重力波が大きく寄与しているということがわかった。以上より、下部E領域におけるプラズマの鉛直輸送や再結合過程に関して、これまで潮汐に限定されていた波動の影響を、慣性重力波に拡張して考慮していくべきであるということが言える。

一方、同時観測された大気光波状構造から推測される大気重力波は、ロケット観測によって得られた電子密度及び酸素原子密度の鉛直構造には見られず、同様にロケット観測から得られた重力波の特徴は大気光変調には見られなかった。大気光観測に用いたイメージャは視野が200km×200kmであり、それを大きく越える水平波長をもつ重力波は観測できない。また、大気光観測に見られた波状構造から推測される重力波の水平位相速度はイオンの鉛直ドリフト速度よりも早く、この重力波によってプラズマ層は影響を受けないということがわかった。また、酸素原子密度の鉛直構造にもこの影響が現れていないのは、大気光変調率が小さく、酸素原子密度測定の分解能以下の変動であったためと考えられる。つまり、大気光の水平構造変調と酸素原子密度及び電子密度の鉛直波状構造を引き起こした重力波は全く別のものであるということであり、これはこれまでの理解とは異なる見解である。

WAVE2000キャンペーンの主目的は、大気光波状構造の形成メカニズムの解明ということであったが、これは風速場が大気光観測地点(ロケット打ち上げ地点)とMUレーダ観測地点で似通っていると言うことから、MUレーダ観測結果を用いて大気光波状構造を作り出した重力波の起源の可能性を議論することができる。MUレーダで観測されたイオンの両極性拡散係数から温度場の変動が推定できる。この温度場を用いて鉛直波数の2乗 (m2) を計算したところ、高度90km付近で負になることがあった。これは重力波がm2となる両端で反射を繰り返しながら伝播するダクト伝播である可能性を示唆するものである。また、同じ温度場を用いてリチャードソン数を計算したところ、ロケット打ち上げ直前に高度85km付近で負になることがあった。これはこの時間、この高度でシアー不安定が起こっていた可能性を示すものであり、この場合、大気光波状構造はこの場で局所的に生成された重力波と関係があるという可能性が示唆された。いずれの場合も検証には正確な温度観測が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

「下部E領域層構造への重力波の寄与に関する研究」と題する本論文は5章より成り、ロケット・地上観測を総合的に解釈することにより、下部電離圏の力学・プラズマ輸送に周期半日以上の慣性重力波が深く関与していることを明らかにした。第1章では、この研究の背景としての電離圏のプラズマ環境・熱構造および大気波動についてまとめている。第2章ではこの研究の基となったロケット・地上同時観測であるWAVE2000キャンペーンについて記述している。第3章ではこれらの観測から得られたデータより、大気波動を抽出してその特性を定量し、電子密度多重ピーク構造との関係を議論している。第4章では大気波動と大気光現象との関わりを検討し、第5章で全体をまとめ将来を展望している。

電離圏E領域にはしばしば薄い高電子密度層が出現し、スポラディックE層(Es)と呼ばれている。このEs層は1950年代から研究されてきたが、高度90-110kmにしばしば出現する多重ピーク構造については、何らかの大気波動(おそらくは潮汐)によるという以上には議論されてこなかった。それは解釈に必要なパラメタの同時観測が行なわれてこなかった事が主な理由である。そのような条件をみたす観測は2000年1月に鹿児島で行なわれた。ロケット・地上同時観測により大気光波状構造の生成機構解明を目指したWAVE2000キャンペーンである。本論文ではまずロケットで得られた電子密度多重ピーク構造と風の鉛直プロフィルとの関係を調べ、それが従来から知られたEs層形成に関する windshear 理論と整合的であることを示し、さらに多重ピーク構造の原因となっていると思われる大気波動の鉛直・水平波長、鉛直・水平位相速度などの推定を行なった。結果は鉛直波長10km、水平波長2000km以上、鉛直位相速度0.2m/s以下、水平位相速度40m/s以下、周期14時間以上となった。これらのパラメタの値より、問題の波が従来考えられていたような潮汐波ではなく、慣性重力波であることを示した。また、モデル計算により、潮汐波は鉛直位相速度が速すぎるためプラズマの輸送は低高度で不能となり、100km以下に観測された電子密度多重ピーク構造を作り得ないことも示した。また、慣性重力波という解釈が、ロケットで得られた酸素原子密度分布および地上での中波レーダー観測から得られた東西風・南北風関係とも整合的であることを示して、慣性重力波解釈の確認を行なった。さらに、水平波長が2000km以上と推定されることから、600km離れた信楽のMUレーダーのデータを調べることが有効と判断し、MUレーダーの流星モードで得られた水平風データを解析した。MUのデータには一見、鉛直波長20kmの潮汐波が卓越し、慣性重力波の存在は明らかではなかったが、適当な統計操作を施すことにより、確かに前述の慣性重力波に対応するものが現われていたことを確認した。

以上のように、本論文は電離圏E領域に現われる電子密度多重ピーク構造の形成・維持をはじめとするプラズマの輸送過程が、慣性重力波によって制御されていることを、多岐にわたるデータを駆使して示した。これまで潮汐に比べ軽視されてきた慣性重力波がE領域電離圏で重要な役目を果たしていることを示した意義は大きい。また逆に、Es現象が慣性重力波を研究する良い手段であることを示した点にも意義がある。

本論文の2-4章は小山孝一郎博士・今村剛博士などとの共同研究であるが、いずれの場合でもその多くが論文提出者の創意・工夫と努力によるものと判断する。

以上に示したように、本研究は地球惑星科学とくに電離圏物理学の進展に輝ける貢献を成しており、提出論文は博士(理学)の学位請求論文として合格と認める。

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