学位論文要旨



No 118850
著者(漢字) 志村,玲子
著者(英字)
著者(カナ) シムラ,レイコ
標題(和) 板状マグマ溜まりの熱化学進化過程 : 納沙布岬貫入岩体からの制約
標題(洋) Mechanism of thermal and chemical evolution of a sheet-like magma body : constraints from the Nosappu-misaki intrusion, Northern Japan
報告番号 118850
報告番号 甲18850
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4503号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岩森,光
 東京大学 教授 小屋口,剛博
 東京大学 教授 藤井,敏嗣
 東京大学 教授 小澤,一仁
 東京大学 教授 永原,裕子
内容要旨 要旨を表示する

地殻内マグマ溜まりの熱的・組成的な進化は、地表にもたらされるマグマの化学的多様性をもたらす重要な機構の一つである。この進化は、熱が周囲に奪われる事によって生じる温度・組成・相分率のような状態変数の空間構造変化とそれに起因する結晶化やその結晶と液の運動等のマグマ溜まり内ダイナミックスとの相互作用に支配されている。その中でも、閉鎖系マグマ溜まりの化学組成の時間・空間的変化を特に支配しているのは、液の化学組成と温度構造によって決まる結晶化の場と、その結晶と残液との相対運動の機構である。本研究の目的は、閉鎖系板状マグマ溜まりにおける結晶化の場と境界層における結晶と液の輸送情報を、納沙布岬貫入岩体を中心として、根室半島の4つの板状貫入岩体から抽出することである。本岩体の野外観察・全岩と鉱物の化学分析・組織解析・モデリングにより抽出された主要な知見は、第一に、急速に成長した沈積層の下部境界層で生じた分化液が中央部の液と交換される分化機構(境界層分化)が実際に起きている事を示した事である。さらにその液の具体的な輸送機構について制約を行ったことが第二の知見である。以下、その概要についてまとめる。

納沙布岬貫入岩体、マヨマイ岩体、トーサムポロ岩体、キナトイシ岩体は、北海道根室半島に位置し、白亜紀末期に白亜系根室層群の層理に平行に貫入した水平板状岩体である。これらの岩体の基本的な構造は類似しており、その厚さはそれぞれ120m,100m,80m,60mである。本研究では最も露頭条件の良い納沙布岬貫入岩体を主な研究対象とした。

納沙布岬貫入岩体に観測される結晶は、貫入時から存在していたもの(以後、斑晶と呼ぶ)と貫入後にその場で形成したものにその化学組成や形態等に基づいて明瞭に分けることができる。それらの分布と組織から納沙布岬岩体は7岩相に分けられる。これらは下部から上部へ向かって、下部急冷部、下部周縁部、集積部(斑晶が濃集している)、中央部(斑晶が存在しない)、上部周縁部II、上部周縁部I、上部急冷部である。

貫入時の圧力条件は、周囲の堆積岩の埋没深度から0.15±0.03GPaと推定される。岩体の上下の急冷部の石基組成で求めた貫入時の液組成と急冷部の斑晶との平衡から、斑晶が生成した条件は圧力0.3GPa以下、初期温度1125(±25)度C、H2O=〜1wt%、fO2=NNOと求められる。

岩体の上下の急冷部の総斑晶量はほぼ等しく約20vol%であり、下部の集積部には斑晶は55vol%存在し、中央部では0vol%である。岩体の上下の急冷部の平均値で求めた初期斑晶と現在観測される岩体中の平均斑晶量は統計的に優位な差はなく、求めた初期斑晶量を均質に分布させたマグマが貫入し、その後、斑晶が成長する間もなく沈積することにより、現在の斑晶分布が形成された事を示唆している。斑晶の大部分を占める普通輝石の沈積の時間スケールは、球形を仮定したストークス沈降モデルを用いて、岩体の熱伝導冷却による周囲からの固化と、粒子の形状やその存在量を考慮して、数年から20年程度と推定される。他の岩体の集積部の厚さは岩体の厚さと関係しており、岩体の厚みが70m以上であれば、集積層の占める割合はほぼ一定であるが、それ以下では減少し、20m以下では、0になる。この関係は熱伝導と結晶沈積の競争でほぼ説明がつく。したがって、前記の納沙布岬貫入岩体の沈積時間の推定は妥当である。

上部周縁部Iの斜長石斑晶の存在量が初期斑晶量より多いこと、液の密度(2.5g/cm3)が斜長石の密度(2.7g/cm3)より軽い事、上部周縁部に観察される級化成層構造の中で斜長石を含む斑晶はすべて沈んだ構造を示す事などから、このマグマでは斜長石は密度的には沈む条件であったにも関わらず浮上が起きていることが示唆される。上部周縁部中の水平方向で斜長石の局所的濃集が見られる部分がないことから、均質な上昇流が起きていた事が示唆される。この上昇流は普通輝石の沈積によって生じたと考えられる。この浮上・濃集は、上部の固化前線と斑晶の移動が支配的な岩体固化の初期の現象である。

全岩化学組成の高さ方向の変化は、FeO、MgO固相濃集微量元素ではS字形を示し、SiO2やアルカリ、液相濃集微量元素では逆S字を示していて、斑晶の移動に大きく影響されている。もし斑晶の沈積後、その場での岩体スケールの分化作用がないならば、斑晶を除いた部分(粒間部)は均質なはずである。ところが、粒間部組成の垂直方向変化は全岩組成の場合と同様に、岩体の高さに対してS字ないし逆S字状を示している。すなわち、岩体上部の粒間組成は、初期組成よりSiO2やアルカリ、液相濃集微量元素に富み、岩体下部はFeOや固相濃集微量元素に富んでいる。SiO2や液相濃集微量元素に最も富んでいる領域は集積部の直上、下部から3分の1の高さにある。この領域の輝石や斜長石は岩体内で最も粗く、本岩体の最終固結地点と考えられる。求められた粒間組成のS字トレンドの平均粒間化学組成と急冷部から推定される初期組成とは統計的に優位な差がないため、集積部と中央部との間の結晶または液の物質輸送が示唆される。

この物質輸送は液の輸送が支配的である。貫入後に形成した結晶の沈積構造は観察されないため、中央部での結晶の沈積や集積部の結晶の移動は起きなかったものと考えられる。上部の周縁部の粒間化学組成が初期組成より分化している事を説明するためには、その場で形成された結晶の取り去りあるいは分化液の流入が必要であるが、取り去られた結晶は集積部直上には観察されていない。これらのことから、粒間部の組成変化を作った物質輸送は、集積部でできた分化液が中央部へ流入することによって進行したと考えられる。

この集積部から中央部への分化液の輸送は、集積部に観察される鉛直方向に延びる優白質なパイプ状構造により示唆される。このパイプ構造は下部から上部へ向かって組成が分化し、径が大きくなりかつ存在頻度が減っており、ポジティブフィードバックのかかった上方への分化液輸送を示唆する。集積部内部の斑晶の周囲には、局所的に部分溶蝕組織と成長組織が認められ、その形成位置は、斑晶のセクター累帯構造に依存しており、粒間液との反応が示唆される。両者の組織は共に、集積層の下部から上部へ量が増加している。両組織の分布は集積部内に偏りがなく存在していることから、粒間部を通っていた液は初期組成から変化しており、かつ、浸透流で移動したことが示唆される。集積部の斑晶量は高さで変化していないため、パイプによる上方への輸送が起きてれば、反流が必要であり、この普通輝石のリムを形成した浸透流は中央部からの下降流であると考えられる。

この普通輝石斑晶と斜長石斑晶のリム組成には、粒間液との反応が記録されていると考えられる。普通輝石のリムはコアの組成よりWo成分に富んでおり、周辺の液がCaOか水に富んでいる事が示唆される。パイプの組成は上部に向かってCaOが減少しているため、このWo値の変化は水の増加によるものである。また、集積部の斜長石斑晶のリムの鉱物組成は内側から外側へAb成分とOr成分に富むようになる。その斜長石3成分三角図上での組成変化は、An50付近の屈曲によって特徴づけられる。この屈曲はアルカリ長石が晶出に対応していると考えられる。粒間液の化学組成が反映されていると思われる屈曲点よりAnに富む側の平均Or値は、集積部の下部から上部に向かって約2mol%程度上昇している。これと液と斜長石の平衡について高温・高圧平衡実験の結果より、K2O量が約2wt%上昇したと推定される。

以上の液の輸送過程と結晶化の場を考慮して、斑晶の急速沈積が終了した後の固化過程についてのマスバランスモデルを構築し、中央部の液の輸送について検討した。このモデルでは岩体を斑晶濃集部と液層部に分け、上下から固化が進行し下部から3分の1の地点で終了することを想定する。結晶化は液層部の最上部と集積部の下部のみで起き、集積部下部で生じた分化液はパイプを伝って集積部を突き抜け中央部に流入し、中央部で混合し、液層部上部からその情報が凍結されていく。流入した液と中央部の攪拌について、中央部で均質に混ざる場合と、分化液が直接天井に到達する場合に分けて、岩体に観察される粒間組成のS字カーブを再現するようにパラメータを最適化した。その結果中央部の均質攪拌を仮定すると、固結初期に上部からの固結速度が下部の固結速度に比べて著しく遅い必要がある。他方、分化液が直接天井に到達するケースを考察すると、固化は上下からほぼ同程度の速度で進行すれば良い。上下の境界の条件が大幅に変らない限り上下の熱輸送の効率がさほど変らないはずであるので、不均質攪拌の方がより妥当であると考えられる。

これまで火山噴出物や貫入岩の化学組成のトレンドなどからその存在可能性が指摘され、アナログ実験によってその機構が提案されていたマグマ溜まりにおける境界層分化が、実際に天然のマグマ溜まりの下部の固液共存層と液層部との間の組成対流として起きていることが示された。特に重要な点は、下部の境界層で形成された分化液の移動機構が集中した経路で上昇し、粒間流で下降していることと、液層部を上昇する組成プリュームは直接天井に達し、液層部全体を攪拌する対流は効果的でない事、その組成対流は岩体全体に渡る液の化学組成変化をもたらしているという点である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、冷却過程にある多成分系部分溶融体としてのマグマ(粘性流体と固体結晶の混合物)の重力場での物質分化過程を、北海道根室半島に分布する白亜期末期の板状貫入岩体内部の詳細な岩石学的データ・解析に基づいて議論したものである。特に、冷却・結晶沈積・固化に伴う組成対流の競合現象に焦点をあて、この競合現象と物質分化との関係性を、上記のデータ・解析および物質分配・移動を考慮した数値モデルによって定量的に明らかにした。

冷却に伴うマグマの物質分化過程は、火山現象の理解、および地球に固有の地殻の生成・発達過程を理解する上で重要である。冷却過程にあるマグマの中では、固体結晶の成長、分化したより低密度の液体の生成などによって、固体と液体の相対運動が引き起こされると同時に、冷却によって液体の粘性が上昇して相対運動が抑制されるという競合現象が起る。この複雑さのために、冷却過程にあるマグマの分化過程は、その重要性と多くの研究にも関わらず不明な点が多い。

本論文の第一章では、関連する研究のレビューがなされる。マグマ溜まり内部の対流/物質混合の程度および結晶化が進行する空間の位置/広がりについて、これまでの説には大きな不確定性があることが示される。

北海道の根室半島には、一度のイベントで周囲の地層に平行かつほぼ水平に貫入したと考えられる岩体が複数存在し、初期/境界条件が比較的単純であるという点で、冷却しつつあるマグマの重力場における分化過程を解析するために好都合なフィールドである。第二章では、この点を強調しつつ、岩体の周囲の岩石との関係、岩体自身の空間的広がり・形状が記載される。

第三章では、鉱物および岩石の化学分析の方法が述べられる。第四章では、岩体の厚さ方向の鉱物組み合わせ、岩石組織、全岩および鉱物の化学組成の空間変化が、詳細かつ全体にわたってほぼ連続的に記載される。特に、岩体上部および下部の境界層、および貫入時にすでにマグマ中に存在していたと考えられる結晶(斑晶)の同定・量と形状の空間変化が記載される。

第五章では、これらのデータを受けて、貫入時のマグマの温度/圧力/含水量から冷却固化にいたるまでのプロセスが議論される。貫入の直後に起った斑晶の沈降のステージと、それに引き続く斑晶の間に存在する液の分化/移動/混合のステージとが明瞭に区別される。前者のステージでは、斑晶の沈降と岩体全体の冷却の時間スケール比が重要であることが理論的に指摘される。厚さの異なる複数の岩体での斑晶の沈降量の観測値から、理論が裏付けられる。後者のステージでは、冷却にともなって熱境界層が移動しつつ下部の斑晶沈積部分において分化液を生成する過程、分化液がまばらに分布するチャンネルを通して上昇する過程、およびそのカウンターブローが上部から均質な浸透流として発達することが、はっきりと捉えられている。また、マスバランスの数値モデルから、上昇する分化液は、斑晶沈積部分の上に存在する液体とはあまり混合せず、最上部付近まで達して固化が進行することが推定された。

以上のように、本研究は、これまでの研究(アナログ実験や理論あるいは対流の数値モデル)では不確定性の大きかったマグマ溜まり内部の冷却、分化、物質移動過程に、確固たる制約を与えた。熱境界相における固体-液体間での成分の分別と液体移動のモード(チャンネルによる輸送)およびフラックスを特定したことは、特に重要かつ独自性の高い点である。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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