学位論文要旨



No 118851
著者(漢字) 陣,英克
著者(英字)
著者(カナ) ジン,ヒデカツ
標題(和) 太陽風磁場の金星と火星の電離層への侵入
標題(洋) IMF penetration into the ionospheres of Venus and Mars
報告番号 118851
報告番号 甲18851
学位授与日 2003.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4504号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 星野,真弘
 東京大学 教授 寺沢,敏夫
 東京大学 助教授 岩上,直幹
 東京大学 教授 向井,利典
 九州大学 教授 田中,高史
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、金星や火星といったグローバルな固有磁場を持たない惑星における電離層、または電離層と太陽風の境界で起こる物理過程を扱っている。これらの惑星では、太陽風が直接電離層に吹き付けており、太陽風と電離層の圧力関係は、電離層内構造や太陽風-電離層境界付近の構造にとって非常に重要である。両領域間に圧力バランスが成立すれば明確な境界が出来、成立しない場合は太陽風が電離層構造にもたらす影響が大きいはずである。これまでの衛星観測では、太陽風動圧が比較的小さい時に金星電離層と太陽風の間に明確な境界 (ionopause) が存在するのが確認され、太陽風動圧が大きい時には ionopauseの幅が厚くなり境界が不明瞭になるのが観測されている。後者のケースでは、太陽風起源と思われる磁場が電離層内で観測される。この金星電離層における太陽風磁場の侵入については、これまで磁場の対流拡散モデルを用いた理論的研究が多くなされているが、メカニズムについての理解は十分とは言えない。特に、太陽風と電離層の圧力関係と鉛直対流を結び付けるような研究はなされていない。一方火星の観測では、明確な境界はほとんど見られず、多くの場合電子密度のスケールハイトが高高度領域まで一定に保たれている。火星電離層内への太陽風磁場の侵入についての研究はこれまであまり無く、ionopause 構造に関しては、既存の数値モデルで再現されず、さらなる理論的研究が必要であった。本論文では、グローバルで高空間分解能をもったMHDシミュレーションモデルを開発し、そのモデルを用いて、(1)太陽風動圧の変化が電離層内対流に与える影響に注目し、太陽風磁場の電離層内への侵入過程を明らかにする。さらに、(2)太陽風と電離層で圧力バランスが成立する場合と、成立しない場合の電離層内部、境界付近の構造の違い、(3)金星と火星における磁場の侵入の様子の違い、電離層構造に与える影響の違いを議論する。本論文は6章と3つの appendix から成る。第1章では、研究背景や研究動機を詳しく述べる。第2章は、本研究のために開発したグローバルMHDシミュレーションの詳細を述べる。第3章は、MHDシミュレーションで得られた太陽風-金星電離層相互作用の全体的な構造を概観し、他のモデルや観測との比較を行う。第4章は、上記項目の(1)と(2)について議論する。第5章は、火星電離層への磁場の侵入を扱い、上記項目(3)を議論する。第6章はまとめである。以下に、3から5章の内容について概要を述べる。

本研究では昼側電離層と境界付近の構造が主な対象だが、この章では、その領域を含めMHDモデルで得られた太陽風-電離層相互作用の全体的な構造を概観し、観測や他のモデルとの比較を行う。我々のモデルは、高精度の空間分解能を採用にしたことにより、bow shock、magnetic barrier、magnetosheath、ionotail といった比較的スケールの大きい構造だけでなく、電離層内のプラズマの分布や細かい擾乱構造もよく再現している。過去の研究で議論されてきた電離層内プラズマの加速や夜側電離層のソースの問題、テイル領域の複雑なプラズマの流れについても議論している。また、3章後半では、本研究の基礎として重要な昼側電離層内の鉛直対流の形成についても議論している。

4章前半では、太陽風動圧の変化が電離層鉛直対流に与える影響を調べることにより、金星電離層への太陽風磁場侵入のメカニズムを議論する。その結果、電離層すぐ上の太陽風圧力 (Psw) がある臨界圧力 (Pcrtc) を越えた時に太陽風プラズマが磁場とともに電離層内に侵入することが解った。臨界圧力の大きさは電離層内の対流の様子によって決まり、臨界状態では、電離層上層で生成したプラズマの大部分が下向き対流で輸送され、下層で化学反応によって消滅していることが解った。幾つかの parameter 依存性を調べたところ、臨界圧力の大きさが通常電離層ピーク圧力よりも小さいことが解った。4章後半は、電離層と太陽風の圧力バランスが成立する場合 (Psw<Pcrtc) と成立しない場合 (Psw>Pcrtc) における電離層構造、境界構造の違いについて議論している。特に、Psw<Pcrtcでは、プラズマの生成・消滅にともなう鉛直対流が重要であるのに対し、Psw<Pcrtcでは、磁場の対流拡散過程が電離層構造を左右していることが parameter survey などを通して明らかになった。ionopause の形成過程の違いも明らかにした。Psw<Pcrtcでは、ionopause は2領域間の圧力がバランスする tangential discontinuity であるのに対し、Psw<Pcrtcでは、ionopause を通過するプラズマ流が存在し、その境界構造を定常的に維持するためには ionopause における電離層プラズマの生成が重要な役割を果たすことが解った。さらには、太陽風動圧が大きくなるほど ionopause 高度が下がるが、ある程度下がると太陽風動圧が大きくなってもそれ以上は下がらなくなるというような観測事実を、シミュレーションによって再現した。すなわち、Psw<Pcrtcでは、太陽風動圧変化が電離層内の鉛直対流に与える影響を通して ionopause 高度が変化するが、一方Psw<Pcrtcでは、電離層内に溜まる磁場の圧力の影響で ionopause 高度がほとんど変化しないことが明らかになった。

この章では、4章で行ったシミュレーションによる解析を火星においても行い、まず前半は、磁場の電離層への侵入過程、電離層構造にもたらす影響、ionopause 構造について、金星と火星の比較をした。その結果、火星では、金星のように顕著なプラズマの生成・消滅領域、そして鉛直対流構造が存在しないことが解り、この違いが電離層内の磁場や鉛直速度の高度分布、ionopause 構造の違いにつながっていることが明らかになった。プラズマの生成・消滅領域の有無の違いは、両惑星の中性大気分布の違いから生ずるものである。後半は、我々のシミュレーションモデルの結果を、火星におけるこれまでの観測や他のモデルの結果と比較している。火星では、金星で見られない MPB (Magnetic Pileup Boundary) と呼ばれる構造や、金星に比べてより不明瞭な ionopause が観測されているが、両構造とも既存の理論モデルでは再現出来ず、未解決問題である。本研究では、MPB形成過程について提案(太陽風が冷却される影響)をし、不明瞭な ionopause 構造については、これまで可能性が示唆されてきた地殻起源磁場の影響なしに、再現できることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

惑星大気・電離層は、惑星下層の物理化学的状態だけでなく、太陽コロナ活動に伴い変動する太陽風の影響を大きく受ける。そして金星や火星のように固有磁場を持たない惑星では、太陽風と電離層が直接相互作用するので、太陽風の変化により電離層構造が大きく変化することが知られていた。しかし、太陽風動圧の変化により惑星電離層がどのように応答するのかについては、諸説が提出されているのが現状であり理論的に理解されていない点が多かった。申請者は、中性大気と電離大気の相互作用を組み込んだ惑星大気全体系を扱うことが出来る電磁流体シミュレーションを独自に開発し、そのシミュレーション結果に基づき惑星プラズマ・磁場の輸送過程の解析を詳細に行い、固有磁場を持たない惑星大気のダイナミックスを明らかにした。特にこれまで問題となっていた電離層内に局在化する磁場形成過程について、明快な物理的解釈を与えることにも成功した。本論文は全部で6章と3つの appendix から成り、第1章は研究背景と概要、2章から5章が本論文の中核であり、第6章は結論となっている。以下に2章から5章の内容を述べる。

まず第2章では、本論文で用いる惑星大気の物理化学モデルについて述べられている。電離層の主成分であるイオン(O+,O2+,CO2+)と太陽風(H+)の複数成分を扱える電磁流体コード、電離層内での物理化学過程(光化学反応、中性大気との運動量交換、重力、磁場拡散)、初期条件や境界条件、計算格子の配置について記述されている。

次に第3章では、後章での議論の基礎となる金星大気の全体構造の特徴を概観している。申請者のモデルでは、電離層付近で細かく計算格子を配置する高空間分解能計算を行うことにより、衝撃波、磁気バリア、磁気シース、イオンテイルといった比較的スケールの大きい構造に加えて、電離層内のプラズマ不安定に伴う微細擾乱構造もよく再現している。昼間側鉛直流構造や夜側電離層起源の問題、夜側尾部領域の乱流的プラズマ構造について、本研究で得られたシミュレーション結果を過去の研究結果と比較しながらレビューを行っている。

4章では、太陽風-電離層相互作用が特に重要となる昼側電離層とその境界付近のダイナミックスについて詳細な解析を行った。これまでの観測から、太陽風動圧が電離層圧力よりも小さい場合には明確な ionopause の境界が存在できること、太陽風動圧が大きくなると ionopause 境界が不明瞭になり電離層内に太陽風磁場が侵入していることが知られていたが、その明確な理論的説明がされていないのが現状であった。本論文では、太陽風動圧 (Psw) がある臨界圧力 (Pcrtc) を超えるまでは太陽風磁場が電離層内に侵入してこないことに着目し、磁場の侵入の有無で定義される臨界圧力をパラメターにして金星電離層構造を論じた。太陽風動圧 (Psw) がある臨界圧力 (Pcrtc) を越えるまでは、すなわちPsw<Pcrtcでは、上層でのプラズマ生成と下層でのプラズマ消滅過程による鉛直対流が、電離層構造を決める重要な要素であること、そしてPswの増加に伴って消滅過程が卓越してきて鉛直下降流が増大することを見出した。一方Psw<Pcrtcでは、下層でのプラズマ消滅率が上層での生成率より卓越し、電離層プラズマだけでは太陽風動圧を支えきれなくなり、太陽風プラズマが電離層下層まで侵入することによって定常的構造を維持すると結論付けた。そしてこの鉛直下降流と共に輸送されてきた太陽風磁場が、電離層磁場の起源であることを突き止めた。またこの知見に基づき、Psw<Pcrtcでは、ionopause は2領域間の圧力がバランスする tangential discontinuity であるのに対し、Psw<Pcrtcでは、ionopause を通過するプラズマ流が存在し、その境界は不明瞭になることも明らかにした。

第5章では、4章で考察した金星電離層のシミュレーションを火星にも適用し、火星と金星の電離層の類似性・相違性を議論した。火星でも基本的には金星電離層と同様のメカニズムがおきているが、火星では上層における中性酸素と二酸化炭素の密度の違いが小さいため、酸素イオン(O+)生成が軽減される。そのため火星では金星のように顕著な鉛直対流機構が働かないこと、ionopause 構造が曖昧になってくることを明らかにした。

以上をまとめるに、本論文提出者は惑星電離層と太陽風の相互作用について、大気化学反応を組み込んだ2次元電磁流体シミュレーションを行い、惑星大気の構造について数多くの重要な成果を挙げた。本論文には、前沢洌氏・向井利典氏との共著論文の内容が含まれるが、本論文提出者が主体となって遂行した研究であると認められる。

以上により、審査員一同は、博士(理学)の学位を授与するに十分値するものと判定した。

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