学位論文要旨



No 118853
著者(漢字) 田中,宏樹
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヒロキ
標題(和) 地球磁気圏昼側カスプ領域における沿磁力線電子加速の微細構造
標題(洋) Fine Structures of Field-Aligned Electron Acceleration in the Dayside Cusp Region
報告番号 118853
報告番号 甲18853
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4506号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 篠原,育
 東京大学 助教授 齋藤,義文
 東京大学 助教授 岩上,直幹
 東京大学 教授 星野,真弘
 東京大学 教授 寺沢,敏夫
内容要旨 要旨を表示する

地球磁気圏内でしばしば観測される沿磁力線方向への電子の加速機構の解明は宇宙プラズマ物理学における最大の未解明問題の一つである。これまでの研究により、地球オーロラ粒子加速領域においては高度数千キロ上空に形成された準静的な沿磁力線電場によって電子が加速されるという説が確立されている。このような粒子加速は、観測結果のあるパターンから、“Inverted-V”型加速などと呼ばれている。しかし、その沿磁力線電場の形成過程の物理については明らかになっていない。一方、inverted-V 型加速領域近傍においては Inverted-V 型加速よりも時間・空間的に微細な構造をもつ別の電子加速現象 (Field-Aligned electron Bursts : 以下FABs) の存在が知られている。これまでにわかっているFABsの特徴から、FABsは Inverted-V 型加速と密接に関係していることが示唆されており、沿磁力線加速機構の解明において重要なものと考えられている。さらに極最近の飛翔体観測により、FABsはオーロラ領域のみならず地球磁気圏昼側カスプ領域でも観測例が報告され、FABsの地球磁気圏全体における役割についても重要視されるようになってきている。しかし、観測的にその構造の詳細を明らかにするには、相当の高時間分解能を有するプラズマ分析器が必要となるため、加速過程に迫るだけの十分な観測が行われていないのが現状である。本研究においては、高時間分解能プラズマ観測器であるLEP-ESA/ISAを開発し、SS-520-2ロケットに搭載してその有用性を実証した。本ロケット実験では、磁気圏カスプ領域においてこれまでにない精度で微細な沿磁力線電子加速現象の観測に成功した。詳細なデータ解析、およびそれらの結果を基にした数値計算などにより、沿磁力線電場の時間発展およびFABsの詳細な加速過程を明らかにした。

高時間分解能プラズマ分析器LEP-ESA/ISAの開発

筆者らは、これまで主に磁気圏に存在するプラズマを対象とした分析器の開発を一貫して行ってきた。SS-520-2ロケットに搭載された分析器 LEP-ESA/ISA (Low Energy Experiment-Electron Spectrum Analyzer / Ion Spectrum Analyzer) は約10eVから10keVまでのエネルギーを全ピッチ角カバーしつつ41ms(32エネルギーステップ)で計測するという世界最高レベルの時間分解能を達成している。LEP-ESA/ISAはエネルギー分析部と粒子の飛行方向を調べる位置分析部より構成される。エネルギー分析部として、我々はトロイダル・トップハット型静電分析器を採用し、設計・製作した。これは視野360度を有し、装置内部に印加した電圧に応じて荷電粒子のエネルギーが弁別される仕組みになっている。また、位置検出部のアノードとして、「Delay Line Anode」という新しいタイプのアノードを開発した。これは荷電粒子がアノードに落ちた際に得られる2つのパルス信号の検出時間差を利用したもので、位置検出に必要な時間を大幅に短縮し、高時間分解能観測を実現する上で非常に重要な役割を果たした。この技術は本ロケット実験のみならず、将来の宇宙プラズマ観測にも応用されるものである。さらに本研究では、次期オーロラ観測衛星であるINDEX搭載用に、ロケットに搭載されたアノードを改良して期待通りの性能を得ることができた。

観測データの解析

SS-520-2観測ロケットは2000年12月4日、ノルウェー・スピッツベルゲンより打ち上げられた。ロケットは磁気圏カスプのやや高緯度側を飛行し、太陽風起源のイオンの降り込み、Inverted-V 型電子加速および微細な沿磁力線電子加速現象を観測した。このロケット実験では主に2つの科学的成果を得た。

一つ目は、Inverted-V 型電子加速領域において電子の加速と同時にイオンの減速が観測されたことである。従来の粒子による Inverted-V 型加速領域の観測では、電子またはイオンの加速エネルギーのどちらか一方から、あるいは間接的な方法でその Inverted-V の準静電的なポテンシャル量を推定するにとどまっていた。本研究では、inverted-V 型の加速電子と減速されたイオンを高時間分解能かつ同時に観測することに成功し、電子・イオン両方の分布関数を比較することで、ロケット上空に準静電的な沿磁力線ポテンシャルが存在していたことを直接的かつ定量的に示すことができた。さらに、そのイオンの減速は電子の加速が観測されるよりも時間的に遅く観測された。この時間的な遅れを説明し得るものとしては二つ考えられる。一つは空間的効果、つまりプラズマがロケット進行方向(水平方向)に流れていると、電子に対して速度の遅いイオンがよりロケットの進行方向に流されるため、結果的にイオンの減速が時間的に遅れて観測されるというものである。もう一つは時間的効果、つまり沿磁力線電場が徐々に成長している場合、イオンは電子と比較してその速度が遅いため、減速されたイオンがロケットに到達する時間が遅れるというものである。ロケットに搭載した他の分析器の結果から、観測領域のロケット方向へのプラズマの速度はイオンの遅れを説明できるほど大きくなかった。そこで、我々は観測されたイオンの時間的な遅れを Inverted-V の時間的変動を反映したものとして解釈し、そのモデル計算を行った。その結果、高度4000km付近で約10秒間かけて電場が成長したとすると、観測結果をうまく説明できることを示した。これまで Inverted-V の成長時間を観測から定量的に求めた例はなく、我々の結果は沿磁力線電場の形成機構を考える上で一つの制約を与えることができたと言える。

2つ目の成果は、Inverted-V 加速領域近傍で電子の微細な沿磁力線加速をとらえたことである。従来はFABsなどの微細な沿磁力線電子加速現象の観測ではその詳細が不明であったため、個々の現象の違いが明確ではなかったが、我々の観測からは少なくとも2つのタイプの加速現象が存在することがわかった。一つはエネルギー分散構造と周期性を持っているタイプである。このようなタイプの FABs は Inverted-V の近傍のみならず、Inverted-V からやや離れた場所や、Inverted-V に重なって観測され、Inverted-V とは独立した加速機構によるものであることが示唆される。もう一つのタイプは上記のようなエネルギー分散性や周期性を持たず、Inverted-V のエッジ付近でしか観測されなかった。これら二つのタイプの区別は高時間分解能ロケット観測によって初めて得ることのできた成果の一つと蓄える。前者のタイプの一例を図1に示す。図はLEP-ESAによるピッチ角30度以下(降り込み側)の観測結果を横軸時間、縦軸エネルギーで表示したもので、ロケット打ち上げ後200〜250秒までの50秒間のデータである。図の両側に見える Inverted-V 型の降り込みの間に1秒スケールのエネルギー分散構造を伴った電子の降り込みが周期的に観測されている。様々な特徴からこの周期的な降り込みは過去に Inverted-V 付近で見られた沿磁力線電子加速と本質的には同じものと考えられるが、我々の高時間分解能観測によって新たに次のようなことがわかった。エネルギー分散とピッチ角分散を用いることで加速粒子は高度数千kmにおいて生成されたことが明らかとなったが、加速域は一点ではなく高度2000〜6000km磁力線方向に広がっていることが示唆された。さらに、加速エネルギーが高いものほど高高度で生成された可能性が高いことが示された。このような加速機構の解明にとって重要な情報は、従来の観測能力では得ることができず、まさに高時間分解能観測によって初めてもたらされたと言える画期的成果である。

本ロケット実験の解析結果および過去の観測結果等を鑑みてその加速機構の候補を検討した結果、Inertial Alfven Wave(以下 IAW)というプラズマの運動論を考慮したアルフヴェン波動の一種により電子が加速された可能性が高いことが分かった。この波動はオーロラ粒子加速高度付近において沿磁力電場を維持したまま伝播することができ、過去の理論的研究、衛星観測などからも有力な候補として挙げられていたものである。本研究では、ロケット実験で得られた各観測結果を基に独自の数値計算モデルを構築し、IAWによる電子加速の妥当性を検討した。図2はIAWモデルによってロケット観測をシミュレートした結果の一例で、観測と同じフォーマットでプロットしてある。数値計算の結果、降り込み電子のエネルギーレンジ、時間スケール、フラックスなどが観測とよく合うことが示された。その詳細な加速過程を調べると、加速された粒子は電離層起源の冷たい電子ではなく、50eV程度の太陽風起源の比較的温度の高いものとの共鳴加速であることがわかった。またその加速高度は2000kmから6000km付近で高高度ほど高いエネルギーの電子が生成されるという観測からの推測が再現された。これらの結果は、IAWによる沿磁力線電子加速の役割の重要性をさらに認識させるに至らしめた。

ロケット打ち上げ後200-250sec間にESAデータの Energy-time diagram(ピッチ角30deg以下)。Inverted-V 型加速領域の間でエネルギー分散構造を伴った1secスケールの電子の降込みが周期的に観測された。

Inertial Alfven wave model による数値計算結果。ロケット高度における4秒間の Energy-time diagram。図1と同様のフォーマットでプロットしてある。

審査要旨 要旨を表示する

オーロラの起源が上層大気に降り込む高エネルギー電子であることが明らかになって久しい。「オーロラ電子は高度数千キロメートル上空に形成された準静的な沿磁力線電場によって生成される」ことが確立されているものの、沿磁力線電場形成機構について決定的な説はない。最近の衛星観測から準静的な電子加速領域近傍において時間・空間的に微細な構造をもつ沿磁力線電子加速現象(以後、FABsと略記)が発見され、その観測的な特徴から準静的な沿磁力線電場の発生機構との関連において注目されている。しかし、これまでのプラズマ観測器の時間分解能力では、これら準静的沿磁力線電場及びFABs構造の生成機構について、十分な情報が得られていなかった。

本論文では、高時間分解観測を可能とするプラズマ観測器の開発と、それを搭載したロケット実験のデータ解析によって、プラズマ高時間分解観測の有効性が実証されている。実現された時間分解能力は過去に例を見ないものであり、地球上層大気における電子加速現象について新しい知見が得られている。論文は全七章と三つの appendix で構成されており、その中核は二章から六章である。以下に各章の内容を述べる。

(第二章)高時間分解能プラズマ分析器LEP-ESA/ISAの開発

論文提出者を含むグループはSS-520-2ロケットに搭載する高時間分解能プラズマ観測器(以下、LEP-ESA/ISAと略記)を開発し、世界最高レベルの時間分解能を達成した。観測要求を実現する装置形状を数値シミュレーションから決定し、実際の較正実験によって期待通りの特性を実現できることを示した。また、Delay line anode と呼ばれる位置検出アノードを新規に開発し、高時間分解能観測の実現に極めて有効な技術であることを示した。

(第三章)ロケット実験概要

本研究で開発した測定器はSS-520-観測ロケットに搭載され、ロケットは2000年12月にノルウェー・スピッツベルゲン島より成功裏に打ち上げられた。LEP-ESA/ISAは予定通り動作し良好なデータを取得した。本章ではロケットの観測結果に加えて地上観測データ及びロケット実験と同時間帯の衛星観測データを総合的に分析し、ロケットが磁気圏カスプのやや高緯度側を飛行したことを結論した。

(第四章)沿磁力線電場の時間発展

本章ではロケット観測で得られたいくつかの観測例について電子、イオン双方の分布関数を比較することで、ロケット上空に準静電的な沿磁力線ポテンシャルが存在していたことを定量的に示し、更に、イオンの減速は電子の加速が観測されるよりも時間的に遅く観測されることを明らかにした。このイオン減速の時間遅れは、沿磁力線電場の時間的成長を反映したものと解釈でき、その妥当性がモデル計算から示された。

(第五章)電子の時間-エネルギー分散

本ロケット実験では、微細な沿磁力線電子加速をこれまでにない高時間分解能で捕らえることができた。微細な沿磁力線電子加速現象の詳細構造は観測的に不明であったが、本観測から少なくとも二タイプの加速現象が存在することが明らかになった。二つのタイプのうち、特に約2Hz周期で観測されたFABsについてエネルギー分散、ピッチ角分散の特性からそれぞれ電子の加速高度が推定された。加速高度は磁力線方向に広がっており、加速エネルギーが高いものほど 高高度で生成された可能性が高いことが定量的に示された。解析結果をもとに加速機構を検討した結果、Inertial Alfven Wave(以下IAWと略記)というアルフヴェン波動により電子が加速された可能性が高いことが結論された。

(第六章)IAW による電子加速のシミュレーション

第五章で得た電子加速の特徴をIAWによって説明し得るかどうかを数値計算モデルからその妥当性を調べた。モデル計算から、被加速電子のエネルギーレンジ、時間スケール、フラックス等が観測とよく一致する結果が計算から得られた。カスプ領域から進入する太陽風起源電子がIAWと共鳴加速することが示され、観測結果をよく再現した。本章では電子加速がIAWの様々な物理パラメータにどのように依存するかをまとめ、IAW加速の可能性が論じられた。

以上をまとめるに、本論文提出者は地球上層大気における沿磁力線電子加速機構について高時間分解観測の実現とその利点を活かした研究を行い、電子加速構造の時空間変化について重要な新しい成果を挙げた。本論文には、斎藤義文氏、石井真一氏、浅村和史氏、向井利典氏との共著論文の内容が含まれるが、本論文提出者が主体となって研究遂行したものであると認められる。

以上により、審査員一同は博士(理学)の学位を授与するに十分値するものと判定した。

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