学位論文要旨



No 118854
著者(漢字) 永野,憲
著者(英字)
著者(カナ) ナガノ,アキラ
標題(和) 潮位解析による黒潮小蛇行の発生と伝播の特性
標題(洋) Characteristics of the generation and propagation of small meanders of the Kuroshio clarified by sea-level analysis
報告番号 118854
報告番号 甲18854
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4507号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 升本,順夫
 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 遠藤,昌宏
 東京大学 教授 川辺,正樹
 東京大学 助教授 高薮,縁
内容要旨 要旨を表示する

日本南岸を流れる黒潮は,大蛇行流路と非大蛇行流路という二つの典型的な流路をとる.非大蛇行流路から大蛇行流路への遷移期には,黒潮小蛇行と呼ばれる流路の擾乱が九州南東に発生し,潮岬に伝播する.小蛇行は大蛇行形成期以外にも,毎年2〜3回発生する.これまで,小蛇行に関する研究は,船舶データを用いて行われてきたが,九州南東は船舶データが得られない時期がある.本論文では,日本南岸の潮位データが黒潮小蛇行のモニタリングに有用であることが示され,小蛇行の特性と発生の力学過程が調べられた.

日本南岸潮位の年内変動を,周波数別経験直交関数 (FDEOF) 解析を用いて調べた.FDEOF第1モードは,日本南岸でほぼ一様な位相を持つ.FDEOF第2モードは,20日以上の周期で串本と浦神の間に位相の反転を持つ,FDEOF第3モードは,10〜100日周期帯に,串本以西で有意な振幅を持ち,細島と土佐清水の間,すなわち,九州と四国の間に位相の反転を持つ変動を示す.黒潮小蛇行の発生と四国沖への伝播が,10〜100日周期帯のFDEOF第3モードと20〜80日周期帯のFDEOF第2モードの時係数の振幅の増加にそれぞれ対応しており,これを用いて小蛇行のモニタリングが可能である.

1961年7月〜1995年5月の間に42回の小蛇行の発生があり,そのうちの大部分(38回)は非大蛇行期に発生していることが分かった.さらに,非大蛇行期の全小蛇行38回のうち,半数の19回が四国沖まで伝播しており,その19回のうち,9回は潮岬を通過した.その9回の小蛇行のうち,5回は非大蛇行接岸流路からの流路の遷移に影響を及ぼし,1回は非大蛇行離岸流路に,4回は大蛇行流路を引き起こした.全体の20%を超す小蛇行が潮岬を越えて伝播し,約10%の小蛇行が大蛇行の形成に関与したことになる.

日本南岸に沿って西向きに伝播する変動が10日以下の周期に見られ,特に,4〜6日で顕著である.ただし,大蛇行期には日本南岸で一様な変動が卓越する,そこで,非大蛇行期の潮位変動に対して,通常のEOF解析にタイムラグも考慮して拡張されたEEOF解析を行い,伝播性を調べた.その結果,EEOF第1・第2モードは,日本南岸で一様な変動を示す.EEOF第3〜第6モードは,銚子と小名浜で同位相で,布良以西で西向き伝播を示す.伝播速度は,第3・第4モードで2.8ms-1,第5・第6モードで1.6ms-1である.

黒潮の流速が大きいときに,九州南方に伝播してきた沿岸潮位擾乱が,小蛇行の発生と関係していた.7割を超える小蛇行が,黒潮の流速が大きいときに伝播してきた有意な潮位擾乱の0〜60後に発生しており,潮位擾乱と黒潮の流速が大きいことが黒潮小蛇行の発生のための重要な要素であることを示唆している.黒潮の流速大の条件は5月〜8月にかけて満たされることが多く,潮位擾乱は7月〜11月にかけて有意な振幅を持つ.したがって,黒潮の流速が大きいときに伝播してくる擾乱は4月〜9月に多くなり,特に,7月と8月で頻繁である.これは,6月〜10月に小蛇行の発生が多いという季節性と類似しており,黒潮の流速が大きいときに伝播してきた潮位擾乱が小蛇行発生の主な要因であることを示唆している.

この沿岸潮位擾乱による黒潮小蛇行の発生の検証を,2.5層モデルを用いて行った.沿岸潮位擾乱を内部 Kelvin 波と仮定して,境界面を押し上げる擾乱を入れたところ,黒潮の流速が大きい場合,九州南東に黒潮流路の膨らみを内部 Kelvin 波が生じさせる.この結果は,沿岸潮位擾乱が黒潮の流速が大きいときに小蛇行を発生させるという潮位解析から得られた示唆を支持する.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなる。第1章は導入部として、日本南岸を流れる黒潮の典型的な流路分布とそれらの間の遷移過程、特に非大蛇行流路から大蛇行流路への遷移に先行して九州南東沖で発生する黒潮小蛇行と呼ばれる流路擾乱に関する過去の研究について概観している。続いて第2章では、黒潮小蛇行の発生と沿岸潮位変動の関連を示すため、日本南岸の潮位データに対して周波数別経験直交関数 (FDEOF) 解析を行っている。その結果、FDEOF 第2モードが紀伊半島を挟んで東西で位相が反転する20日以上の周期帯の変動として、また第3モードが紀伊半島以西で有意な振幅を持ち、九州と四国の間で位相が反転する10〜100日周期帯の変動として捉えられている。その上で、水温観測データなどから作成された日本近海海況図との詳細な比較を行が行われ、これらのモードの振幅の増大が九州南東沖での黒潮小蛇行の発生とその四国沖への伝播と深く関連していること、すなわち、黒潮小蛇行のモニタリングがこれらの潮位データを用いて可能であることを初めて提唱している。実際に、この手法を用いることで1961年7月から1995年5月の間に同定された黒潮小蛇行のうち、約9割が非大蛇行期に発生しており、さらにその半数が四国沖まで伝播していた事実を明らかにすることに成功している。第3章では、黒潮小蛇行の発生要因の一つとして、日本南岸に沿って西向きに伝播する潮位変動に着目している。拡張経験直交関数 (EEOF) 解析の結果、西向きに伝播する潮位擾乱は10日以下の周期帯に見られ、特に4〜6日周期で顕著であること、また大蛇行期には日本南岸で一様な変動が卓越するが、非大蛇後期にはこの西進伝播成分が顕著となることを示している。さらに、黒潮小蛇行の発生のためには、この西進する擾乱の振幅が増大すること、さらに、九州南方海域での黒潮流速が大きいことが必要な条件となることを示唆すると共に、実際に、この日本南岸を西進する擾乱の発生と黒潮流速の変動の季節特性によって、黒潮小蛇行の発生頻度の季節依存性が良く説明できることを明らかにしている。次いで、この西進する沿岸潮位擾乱による黒潮小蛇行発生の可能性を確認するため、2.5層モデルを用いて数値実験が行われている。その結果、平均的な黒潮流速が大きい場合のみ、西進する沿岸潮位擾乱が九州南東沖で小蛇行に似た流路の膨らみを励起するという、潮位解析から得られた結果と矛盾しない結果を得ている。これらの重要な研究成果の意義は第4章にまとめられている。

以上のように、本論文は、黒潮の非大蛇行流路から大蛇行流路への遷移過程に深くかかわっていると考えられている黒潮小蛇行の発生とその東方への伝播が日本南岸の潮位データからモニターできること、さらに、黒潮の平均的な流速が大きい状況下で日本南岸を西進する波動擾乱が励起源の一つとして考えられることを初めて明らかにすることに成功したものである。これまで黒潮流路変動をモニターするために多用されてきた海況図では、時空間的な観測密度の制約から黒潮小蛇行を全て捉えることは困難であった。本論文に示された成果は、このような黒潮小蛇行の発生と伝播を過去にさかのぼって考察することを可能にするとともに、将来的には人工衛星観測データや現場での海洋観測データと組み合わせることで、黒潮変動を詳細にモニターする観測ネットワークの構築に貢献できる可能性を提起した点で、高く評価できるものである。

なお、本論文の第2章は、海洋研究所の川辺正樹教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となってデータ解析および結果の解釈を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断される。

したがって、審査委員一同は、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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