学位論文要旨



No 118855
著者(漢字) 野口,克行
著者(英字)
著者(カナ) ノグチ,カツユキ
標題(和) 成層圏オゾンの鉛直微細構造の時空間分布と起源
標題(洋) Climatology and origin of small-scale vertical structures in stratospheric ozone
報告番号 118855
報告番号 甲18855
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4508号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小池,真
 東京大学 助教授 岩上,直幹
 東京大学 教授 高橋,正明
 東京大学 助教授 今村,剛
 東京大学 助教授 中村,尚
内容要旨 要旨を表示する

大気の輸送混合過程は、大気科学において重要な課題の一つでありその理解のための研究が精力的に行われている。トレーサーを利用した研究が数多く行われているが、なかでもオゾンの微細構造に着目した研究は古くから行われてきた。近年、計算機の発達と衛星観測の充実により客観解析データを援用した等温位面解析が盛んに行われるようになった。オゾン変動の起源を推定するに当たって、ある地点で観測された空気隗の起源となる緯度の推定や、南北移流による変動生成の再現が可能になった。しかし、気象データをもとに再現が可能なのは、空間・時間スケールが比較的大きな構造である。定常観測においてより頻繁に観測されている小規模な変動 (λz〜1km) の起源は、現在もよくわかっていない。

本研究は、オゾンゾンデで観測されたオゾンや気温の鉛直微細構造を手がかりに、客観解析データでは捉えきれない小さなスケール (λz<2km) の擾乱の起源や時空間分布を解明することを最終的な目標とする。成層圏オゾンの鉛直微細構造の生成機構は、水平移流と鉛直移流に分けられる。水平・鉛直移流の区別は、温位とオゾン混合比の相関を調べることにより可能である。温位の変動は空気隗の断熱的な鉛直変位によると仮定すると、相関が高い場合にはオゾン変動は大気の鉛直移流に起因するとみなせる。従って、相関を調べることにより、観測されたオゾン変動に鉛直移流がどの程度寄与しているか推測できる。オゾンと温位の相関係数の全世界的な分布及び季節変化の大規模な調査は、これまでに例が無い。データは、WOUDCから配布されている世界各地の気象官庁等の下部成層圏オゾンゾンデ観測データから24観測所のデータを選び、1万本以上のオゾンプロファイルを解析に使用した。下部成層圏に加えて、本研究では上部成層圏オゾンについても調査を行った。上部成層圏ではオゾンの定常観測は行われていないので、東北大学が岩手県で毎年行っている光学式オゾンゾンデによる観測データを用いた。

下部成層圏におけるオゾンと温位の相関係数の季節変化を緯度ごとに調べた(図1)。相関係数には明確な緯度および季節への依存性があることがわかる。低緯度ほど相関は良い。高緯度では、対流圏界面付近で相関が若干良くなっている。中緯度では顕著な季節変化が見られ、夏から秋にかけて相関が良い。この中緯度の季節変化の原因を明らかにするために、鉛直移流を引き起こしていると思われる大気重力波の活動度を調べた。その結果、中緯度ではむしろ冬の方が大気重力波の活動は活発であることが分かった。この傾向は過去の大気重力波の研究とも矛盾しない。従って、中緯度における季節変化は鉛直移流を引き起こす過程が夏から秋にかけて強くなっているのではなく、鉛直移流を上回る大きさの水平移流起源のオゾン変動が冬から春にかけて存在するためと考えられる。このような傾向は本研究で初めて明らかになったものである。

上記の水平移流が可逆的(波による振動)か不可逆的(混合)かまでは不明である。しかし、鉛直移流に関しては、対流不安定やシアー不安定による大気重力波の砕波が混合に寄与している例を示すことが可能である。オゾン、気温、風速のいくつかの高度分布を調べたところ、大気重力波の砕波でオゾンの鉛直混合が生じていると考えられる領域が複数見つかった。そこで、このような不安定現象が生じる割合をリチャードソン数を指標として全観測データについて調べたところ、かなりの割合(10-20%程度)で発生していることが明らかになった。

上部成層圏のオゾン観測では、図2のような波状構造が頻繁に観測されている。本研究では、まず鉛直移流の寄与を調べるため、下部成層圏の解析と同様にオゾンと温位の相関を調べた。その結果、鉛直移流のみで説明するのは困難であることがわかった。また、上部成層圏では気温変化を介した光化学反応によるオゾン変動が生じうるが、光化学反応の時定数は高度40km以下では一日よりも十分長い。この高度領域における鉛直波長数km程度の気温変動は主に大気重力波起源と考えられることと、大気重力波の周期は長くても一日以下であることを考えると、観測されたオゾン変動を光化学で説明できるとは考えにくい。従って、観測された波状構造は水平移流が主な起源と考えられる。そこで、客観解析データによる渦位との相関を調べたが、明確な相関はみられなかった。原因としては、客観解析データでは表現しきれないほどの小さなスケールであること、上部成層圏における気象データがもともと信頼性が低いこと、などが考えられる。

温位とオゾンの相関の緯度・季節変化。温位とオゾン混合比の相関を取る際には、鉛直波長2km以下の変動成分を取り出した後、それぞれの背景勾配で除して鉛直変位量に変換してから相関を取った。白丸は対流圏界面を示す。

岩手県三陸にて観測された上部成層圏オゾン(1994-2002年、主に夏)。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、成層圏における微細な波動や乱流による物質輸送の世界的な分布をオゾンゾンデのデータから推定し、その起源を論じたものである。論文は4章からなり、第1章は成層圏オゾンの分布に見られる微細構造や中層大気力学に関する研究の背景、第2章は全世界のオゾンゾンデによる下部成層圏のデータの解析結果、第3章は日本の高高度気球による上部成層圏のデータの解析結果、第4章は全体のまとめである。

大気の輸送混合過程は、大気科学における重要な課題の一つであり、その理解のための研究が精力的に行われてきたが、客観解析データでは再現し難い鉛直スケールが数km以下の微細なプロセスは依然として謎に包まれている。一つのアプローチとして、オゾンの鉛直分布の微細構造に注目し、オゾンをトレーサーとして異なる領域に起源を持つ空気塊を峻別するという方法がたびたび試み試みられてきた。しかしこれまでの研究は、特に自立つ現象についてのイベントスタディか、あるいは限られた地域や季節についての解析にとどまっており、世界的な分布や季節変化は明らかにされていない。

この論文では、全世界の気象官庁等のオゾンゾンデによる10年間にわたる膨大な観測データ(品質の良い24地点を抽出)と、東北大学が岩手県で毎年行っている光学式オゾンゾンデによる上部成層圏のデータが解析対象となっている。論文提出者はこれらを集め、鉛直波長2km程度以下の擾乱構造を温位や渦度との相関に注目して統計解析し、これまで知られていなかった小スケールの輸送過程の世界的な分布と季節変化を初めて描き出した。成層圏オゾンの鉛直微細構造の生成機構は水平移流と鉛直移流に大別されるが、鉛直移流の寄与の程度は温位とオゾン混合比の間の相関から推定できる。すなわち、温位もオゾンも共に空気塊の移動に際して保存的であり、温位は鉛直移流によって変化するとすれば、相関が高い場合にはオゾンの変動は鉛直移流に起因するとみなせるのである。

解析結果によれば、下部成層圏におけるオゾン混合比と温位の相関係数には顕著な緯度依存性があり、概して低緯度ほど相関が高い。また、中緯度では夏〜秋に相関が高いという季節変化がある。本論文では、この中緯度での季節変化の原因を明らかにするために、まず鉛直移流を引き起こしていると思われる内部重力波の活動度を温度擾乱から推定した。その結果によると、中緯度では大気重力波の活動は冬季に活発であるため、中緯度における相関値の季節変化が鉛直移流の大きさの季節変化によって引き起こされるという可能性は棄却される。論文提出者が提案するシナリオは、鉛直移流を上回る大きさの水平移流によるオゾン変動が冬〜春に増大し、この季節に相関値が低下するため、結果として夏〜秋に相関値の極大が現れるというものである。本論文では、このような水平移流を客観解析データからどの程度説明できるか、後方流跡線解析によって渦位の微細構造を再現することによって検討し、今回注目している小さなスケールではその検証が困難であることも論じている。また、鉛直移流が卓越する時期についてイベントスタディを行い、対流不安定やシアー不安定による内部重力波の砕波が非可逆的な鉛直混合を引き起こしている例が示されている。

上部成層圏についても同様にオゾン混合比と温位の相関解析が行われているが、その結果は、この領域では鉛直移流の寄与は下部成層圏に比べて小さいことを示している。その理由としては、この高度ではオゾン混合比の鉛直勾配が小さいため、鉛直移流による変動が現れにくいということがある。上部成層圏ならではの変動過程として、気温変化を介した光化学反応が考えられるが、時定数の議論から、その可能生は小さいと結論されている。残る可能性は水平移流である。ただし、下部成層圏と同様に、小スケールの水平移流の影響を客観解析データから裏付けることは難しいようである。

以上の研究成果は、目的に対するアプローチの仕方、初めて明らかになった現象の全体像、その科学的解釈とも、大変独創的なものでり、新しい研究領域を切り開く論文として高い価値が認められる。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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