学位論文要旨



No 118857
著者(漢字) 呉,長江
著者(英字)
著者(カナ) ウー,チャンジュン
標題(和) 波形インバージョンを用いた断層形状とすべり弱化パラメタの推定および屈曲した断層の動的破壊への応用
標題(洋) Estimation of fault geometry and slip-weakening parameters from waveform inversion and application to dynamic ruptures of earthquakes on a bending fault
報告番号 118857
報告番号 甲18857
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4510号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮武,隆
 東京大学 助教授 纐纈,一起
 東京大学 助教授 吉田,真吾
 東京大学 講師 井出,哲
 東京大学 教授 武尾,実
内容要旨 要旨を表示する

異なるテクトニック環境で起きた三つの地震を分析する。1999年の台湾集集地震はユーラシアプレートとフィリピン海プレートとの衝突境界の近くにある浅い低角逆断層上に起きた。2000年の鳥取県西部地震が内陸横ずれ断層上に、一方2003年の宮城沖地震は大陸プレートの下に沈み込む太平洋プレートのスラブにある高角逆断層上に起きた。断層形状を推定する為、できるだけ多くの強振動観測点が含まれることが望ましい。台湾集集地震には強振動観測点47点とGPS観測点60点、宮城沖地震には強振動観測点20点、鳥取県西部地震には強振動観測点18点のデータを使った。

台湾集集地震は複雑な地表断層が現れた。地表断層の走向はほぼ南東5°であるが断層の北の端では、走行は東北東-西南西になる。観測データを説明するため、マルチフォルトモデルが必要である。インバージョンの結果,断層上に南の方はすべりが主に浅い部分に集中し,北の方は深い部分まで伝播したことが分かる。最大のすべり(ほぼ20m)は北の端の断層上に起きた。南から北まですべりベクトルは明らかに回転していて、故に北の端の分岐断層は殆ど純逆断層である。地震モーメントが2.7×1020Nmで,本震の破壊継続時間が40秒弱である。余震は主にすべりが小さいところ、あるいはすべりがないところに起きた。

鳥取県西部地震の場合は余震分布をもとに北の方16°で屈曲した断層モデルを導入する。破壊継続時間が約9秒弱で、地震モーメントが1.2×1019Nmである。大きいすべりは主に深さ3kmから6kmまでに限定された。地表面に近づくと,すべり量は急激に小さくなった。我々の結果で,最初の2.5秒間小さな初期破壊が発生し、大きなすべりは2.5秒後深さ10kmで始まったことが分かる。最初の5秒間のすべりは基本的に南の断層面上で起きた。北の断層破壊は5秒後に始まった。南断層面から北断層面への破壊伝播の遅れは明らかである。更に,南断層面上のすべりは北のほうより大きい。

スラブ中で起きた逆断層地震として挙げる2003年の宮城沖地震では余震の情報から断層形状を推定するのが困難である。波形分析を基に、我々は同じ走向であるが傾斜角の違う2枚の断層面で構成される断層モデルを提案する。P波の初動から得られた震源メカニズムに基づいて、その中で南側の断層面の傾斜角は87°であることを推定した。S波偏向角度の分析から北側の断層面の傾斜角は60°であることがわかった。インバージョンの結果,主破壊は南断層面で始まったことが分かった。最初の5秒間,すべりは主に南断層面上に限定されていた。破壊は5秒後から北断層面へ伝播し始まった。北断層面上での大きなすべりは主に深い部分に集中していた。地震モーメントは5.0×1019Nmである。各小断層からモーメントテンソルの総和はハーバードCMT解と似ている。

これらの三つの地震は異なるテクトニック環境で起きており、波形分析から,それぞれ複雑な断層形状を持っていたことがわかる。地表断層あるいは余震分布から直接推定される複雑な破壊パターンは、単に地表現象だけでなく、断層全体の破壊運動も表している。さらに,これらの浅い地震のみならず宮城沖地震のようなスラブ中で起きた深い地震も複雑な断層形状を示していた。

非直交グリッドメッシュにマッピング手法を応用して、我々は新しい差分法 (FDM) プログラムを開発した。このプログラムは屈曲した逆断層を含む3次元モデルに適用できる。

波形インバージョンに応用される展開関数,フィルター,スムージング及び離散化影響を考慮するため,台湾集集地震のDc下限を推定する数値実験を行なった。結果として,非アスペリティ領域でDc下限は2mであるのに対し,応力降下量25MPaのアスペリティ領域でDcの下限は4mとなる。我々のシミュレーション結果は地表破壊の影響でアスペリティ上部での見掛けのDcは実際より大きくなることを示唆する。

開発したFDMを用いてそれぞれの断層面上の応力履歴を計算する。得られたstress historyからDcを推定する。推定されたDcはそれぞれの地震ことに大いに異なる。台湾集集地震の場合、推定されたDcは主に2mから5mまで変動する。一方,鳥取県西部地震では主に0.5mから1.5m、宮城沖地震では0.8mから2.3mとなった。これらの結果から以下のことがわかる:地震が大きいほどDcは大きくなる;さらに,すべりが大きいほどDcは大きくなる。Dcの空間的不均一性が自然断層面上の粗さのフラクタル分布を反映しているかも知れない。だとすれば,非弾性process zone/fracture zoneの幅は最終のすべり量Dfinal或はDcの関数となり,更に,大きいすべりが起きた領域で厚いfracture zone、小さいすべりが起きた領域で薄いfracture zoneが予想できる。これは台湾集集地震起きた車龍埔断層の掘削コアの観測事実からも裏付けられている。ところで,すべりが大きければ摩擦熱により起きたメルトあるいはfluid pressurizationから見掛けのDcが大きくなる可能性がある。更に,DcがDfinalに比例することからDcがM1/30に比例することがわかる。

台湾集集地震の加速度波形のスペクトルや車龍埔断層の掘削コアの観測事実を参考にして,北のほうは大きなDc、そして南の方は2mより小さなDcの推定値が適当である。

動的な破壊シミュレーションで,逆断層モデルの場合は20°より小さい角度で屈曲する幾何配置から明らかな効果が観測されていないことがわかった。何故ならば,この屈曲による傾斜角度の差は、高々2°だからである。複雑な広域応力を与えた場合,動的なモデルから得られたすべりベクトルのパターンが運動学的なモデルと同様に回転していることがわかった。

鳥取県西部地震のような横ずれ地震の場合は,均一な初期応力とピーク破壊強度を与えた屈曲した断層モデルによりスムーズな動的破壊をもたらす。最終すべり分布は明瞭に断層幾何配置から影響され,結局断層は曲がりのところで分離された二つのクラックのように振舞う。南と北の断層面に不均一な初期応力とピーク破壊強度を与えると,運動学的なモデルのような破壊パターンおよびすべり分布が得られる。

運動学的な震源モデルからえられた大きなすべり速度および相対的に長い立ち上がり時間を再現するため,我々は均一なピーク破壊強度と初期応力を仮定した単純なモデルに不均質な応力降下量とDcを導入する。このように単純なモデルで運動学的な破壊パターンが良く再現できる。しかし,最終すべりは運動学的なすべりより大きい。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなる。まず第1章では断層運動を制御する摩擦構成則や断層の幾何学についての従来の研究が紹介される。

第2章では、異なるテクトニック環境で起きた三つの地震の地震波形インバージョン手法による解析が行われる。プレート衝突境界付近の浅い低角逆断層1999年台湾集集地震、内陸横ずれ断層で発生した2000年鳥取県西部地震、沈み込むプレート内部で発生した2003年宮城沖地震である。これらの地震の地震波形とGPS観測記録を使って地震波形インバージョンが行われ、断層運動の詳細が明らかにされる。その際、断層面の幾何学形状の推定が行われていることが、本論文の特色である。このために多数のデータを用い、地下構造モデルを最適に調整するなどの工夫が見られる。

第3章では、第2章で得られた運動学的震源モデルを元に、断層の動力学パラメータのうち最も重要な摩擦構成則の臨界滑り量Dcが推定される。この際、非直交グリッドメッシュにマッピング手法を応用して、新しい差分法 (FDM) プログラムが開発され用いられている。ここで開発した FDM を用いてそれぞれの断層面上の応力履歴を計算し、得られた stress history からDcが推定される。推定されたDcはそれぞれの地震ことに大きくに異なる。台湾集集地震の場合、推定されたDcは主に2mから5mまで変動する。一方,鳥取県西部地震では主に0.5mから1.5m、宮城沖地震では0.8mから2.3mとなった。これらの結果から以下のことがわかる:地震が大きいほどDcは大きくなる;さらに,すべりが大きいほどDcは大きくなる。

ここでの推定値は波形インバージョンの展開関数、フィルター、スムージング及び離散化影響を強く受けている。これを考慮するため数値シミュレーションが行われ、検出限界が見積もられる。台湾集集地震について,非アスペリティ領域でDcの最小検出値は2mであるのに対し,応力降下量25MPaのアスペリティ領域でDcの最小検出値は4mとなった。他の3つの地震についても同様に検出限界が見積もられた。

第4章では、断層形状を考慮した動的な破壊シミュレーションで,第2章で得られた詳細な運動が解釈される。

第5章では、得られたDcと滑り量の関係、Dcの値を拘束する他の情報、強震動とDc、断層幾何学とDcの関係が議論される。本論文では断層形状を考慮した動的な破壊シミュレーションで,第2章で得られた詳細な運動が解釈される。

第6章では、結論が述べられる。

以上のように、本論文では、震源物理のパラメータをデータ解析から推定しその検出限界や意味を数値実験により考察したもので、地震学、特に震源メカニズムの分野に重要な貢献をなすものである。

なお、本論文第2章のうち、台湾集集地震は、武尾実、井出哲との共同研究であり、共著論文としてすでに印刷済みであるが、論文提出者が筆頭著者であり、論文提出者の寄与が大きいと判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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