学位論文要旨



No 118858
著者(漢字) 梅津,功
著者(英字)
著者(カナ) ウメツ,イサオ
標題(和) 西岸境界流の季節変動に及ぼす海底地形の影響 : JEBARのエネルギー論
標題(洋) The Influence of Bottom Topography on Seasonal Variation of the Western Boundary Current : Energetics of JEBAR
報告番号 118858
報告番号 甲18858
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4511号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 升本,順夫
 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 助教授 安田,一郎
 東京大学 助教授 中村,尚
内容要旨 要旨を表示する

背景

代表的な西岸境界流である黒潮の流量季節変動は、Sverdrup流量変動に比べて著しく小さいことが知られている(例えばIsobe and Imawaki 2002,図1)。Kagimoto and Yamagata(1997)は現実的な海底地形を組み込んだGCMにより、PN線と25゜N線を通過する流量の季節変動を再現した。一方、Sakamoto and Yamagata(1996)は、2層プラネタリー地衡流(PG)モデルに理想化された大陸斜面を導入し、「傾圧性と海底地形の相互効果」(JEBAR)によって変動幅の縮小を説明できることを示した。さらに、冬に蓄えられたポテンシャルエネルギー(PE)が夏に運動エネルギー(KE)として解放されることを示唆した。

JEBARは局所鉛直モード展開による解釈(Anderson and Corry 1985)に代わる新しいパラダイム構築の可能性を秘めている。しかし、JEBARの概念の有用性は十分に理解されているとはいえない(Cane et al.1998)。それゆえ、多方面からJEBARの本質をさらに掘り下げる必要がある

目的

本研究は2層PGモデルを用いて、JEBARのエネルギー論を展開することが大きな目的である。特に、エネルギー変換に注目して、数値実験結果のエネルギー収支解析と理論的考察を行い、海底地形が西岸境界流に及ぼす影響を次の点を目標に追究する。

エネルギー論的立場からのJEBARの定式化とその解釈 エネルギー変換のメカニズムの解明 輸送量の季節変動特性を支配する海底地形の特定以下にその成果を要約して示す。

PG方程式と2種類のエネルギー方程式

PG方程式

本研究では、現象がSverdrupスケールであることに着目して、Planetary Geostrophic方程式を採用する。次の式が出発点となる。〓

通常のエネルギー方程式

通常の運動方程式から求められるエネルギー方程式は次のとおりである。〓

通常のエネルギー方程式(1)を全計算領域で平均すると、〓となる。この定式化では、エネルギー変換と輸送量との関係や、海底地形の効果はわかりにくい。

新しいエネルギー方程式

順圧輸送量VBに注目して展開したエネルギー方程式は次のとおりである。〓

AはPEから順圧KEへの変換率を表す。(3)を全計算領域で平均すると、〓となる。(4)ではJEBARが陽に表現されている。特に、<A>はエネルギー方程式におけるJEBAR項と解釈できる。

モデル

モデル海域は6000km×2000kmの矩形領域であり、上層、下層の厚さはそれぞれ1000m、3000mである。亜熱帯の風系を模した緯度分布の風応力を与え、冬に最大、夏にゼロとなるように時間変化させた。他のパラメータにも亜熱帯循環に典型的な値を与えた。海底地形は緯度によらないGauss型とし、海嶺の位置・幅・高さに対する依存性、海溝と大陸斜面の影響、現実的な海底地形の場合について調べた。

結果と考察

計算結果の輸送量(図2)を見ると、平坦な海底の場合、輸送量は風応力に対応して冬に最大、夏にゼロとなる。一方、海嶺が存在する場合、夏でも海嶺上で順圧流が励起されるので輸送量が存在する。このように傾圧性と海底地形があれば、外力がなくとも輸送量が存在しうることがわかる。これと冬の地形性ベータ効果とを合わせて、輸送量の季節変動が小さくなる。ここまでは渦度の力学によっても理解できる(Sakamoto and Yamagata 1996)。今回初めて行われたエネルギー収支解析からは、<Cpk>が夏に正、冬に負となり、輸送量変動幅縮小と符合していることが確認された(図3)。<A>を見ると、海底地形の違いによる季節変動の仕方の相違がより明瞭である。

Wp、Cpk、Aの水平分布を比較すると(図4)、これらが海嶺付近でバランスしており、かつ冬と夏とで符号が反転している。また、AはCpkはりもWpとのバランス度が高い。したがって、JEBARと密接に関係しているエネルギー変換Aの季節変動のメカニズムを理解するためにはWpの力学に注目すればよい。海嶺が存在すると、下層の圧力勾配が東西成分をもつようになり、東西成分の大きいVBに対して仕事をなす。順圧調節は傾圧調節に比べてはるかに早い(PGでは瞬時)ので、下層の流れと▽p2は夏と冬とで向きが逆転し、これに対応してWpの符号も反転する(図5)。WpとAの局所的等価性により、エネルギー変換の向きも冬と夏とで反転することがわかる。実際、上層と下層の流速分布を調べたところ、上層ではつねに高気圧性の循環が見られるのに対し、下層の循環は、冬に高気圧性、夏に低気圧性になっていることが確認できた。

海嶺が西岸に近く、幅が広く、高さが増すほど、エネルギー変換率の季節変動は増幅され、輸送量の季節変動は抑制されることがわかった。海嶺の代わりに同じ規模の海溝を設けた場合、海溝は海嶺と同じ役割を担うこと、すなわち、JEBARは起伏の向きに依存しないことがわかった。大陸斜面が存在する場合、夏のPE→KEの解放が顕著であった。現実的な地形を設けた場合(図3)、輸送量の季節変化はもっとも抑制され、エネルギー変換も強調される。また、冬のKE→PE変換には海嶺が、冬のPE→KE変換には大陸斜面が支配的であることもわかった。

まとめ

本研究で得られた知見を以下に箇条書きで示す。

新しいエネルギー方程式(3)、(4)は、PEと輸送量を直接結び付けているので、通常のエネルギー方程式(1)、(2)に比べて、海底地形が輸送量の季節変動に及ぼす効果を理解するのに適している。エネルギー収支解析を行い、海底地形がPE⇔KE変換を促進すること、及びその向きが夏と冬とで逆転することを確認した。このエネルギー季節反転が、下層の圧力勾配力のなす仕事の反転と局所的に等価であることを簡単な理論的考察により示した。後者は全領域で平均すると消えるため、大域的な効果としてエネルギー変換が現われる。これがエネルギー論から見たJEBARにほかならない。海嶺が冬のKE→PE変換に、大陸斜面が夏のPE→KE変換に大きく寄与している。したがって、現実的な海底地形は季節変動をさらに抑制する。JEBARは局所鉛直モード展開によらない普遍的な概念であり、海洋循環変動の大域的な理解に有効である。

観測された黒潮流量とSverdrup流量の季節変動。

順圧輸送量に関する流線関数。海嶺軸は西岸から1000kmの位置にある。コンター間隔は5 Sv。

順圧輸送量、<Cpk>、<A>の季節変動。細実線:平坦海底、太実線:海嶺、点線:大陸斜面+海嶺+海溝1、破線:大陸斜面+海嶺+海溝2。海溝1=幅大、西岸からの距離2000km。海溝2=幅小、西岸からの距離1400km。

Wp、Cpk、Aの水平分布。コンター間隔は20mWm-2。影の部分は値が負の領域。

下層の流れ(破線)、下層圧力勾配の向きを示す模式図。VBは東西成分が卓越していると考える。圧力勾配力がVBになす仕事Wpの符号も示す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなる。第1章は導入部として、北太平洋亜熱帯循環の西岸境界流である黒潮流量の季節変動が、風応力分布より求まるSverdrup流量変動に比べて著しく小さいことに関連した過去の観測的研究および数値モデル研究の結果について概観している。第2章では、これまで渦度の力学バランスとしての観点からしか捉えられていなかった「傾圧性と海底地形の相互効果(JEBAR)」について、そのエネルギー論を展開するために必要となるエネルギー方程式の定式化を行っている。通常のエネルギー方程式表示ではエネルギー変換と西岸境界流の輸送量との関係や、海底地形の効果はわかりにくい。一方、順圧輸送量に注目して本論文で初めて導かれたエネルギー方程式は、ポテンシャルエネルギーから順圧流速場へのエネルギー変換をあらわに表すことが可能となり、JEBARをエネルギー変換の視点から考察するために最も適切であることを明示した。続いて第3章では、このエネルギー変換を定量的に議論するため、実際の海洋を理想化した2層惑星地衡流モデルの設定を行っている。第4章では数値実験結果のエネルギー収支解析を行い、海底地形がある場合、ポテンシャルエネルギーから順圧運動エネルギーへの変換項が夏に正、冬に負となり、西岸境界流の輸送量変動幅の縮小と符合していることを明らかにした。また、海嶺、海溝、大陸斜面を理想化した地形の影響を系統立てて示すと共に、2層惑星地衡流モデルのエネルギー変換を考察する上で重要となる下層の圧力が順圧流に及ぼす仕事とエネルギー変換項の両者が海底地形付近で大きな値を持ち、かつこれらが局所的にほぼバランスしていることを明示した。さらに西岸境界流輸送量の季節変動特性を支配する海底地形の特定を試み、冬季の運動エネルギーからポテンシャルエネルギーへの変換には海嶺の寄与が、夏季のポテンシャルエネルギーから運動エネルギーへの変換には大陸斜面の寄与が支配的であることを示した。第5章では、第4章で得られた結果に対して簡単な理論的考察を加えた。その結果、海嶺、海溝および大陸斜面などの海底地形が存在した場合、下層の圧力傾度が順圧流速に対して仕事をするようになること、また下層の流れと下層の圧力傾度が夏と冬で反転することにより、この仕事の符号も季節により反転することを示した。これらの重要な研究成果とその意義は第6章にまとめられている。

以上のように、本論文においては、渦度収支の観点から研究が発展してきたJEBARに関して、エネルギー論という新たな視点から再考察することに成功し、黒潮輸送量の季節変動幅が期待されるものよりも非常に小さくなることのメカニズムの理解を格段に深めた業績は高く評価されるべきである。これまで、JEBARは海洋循環変動を理解する上で重要な概念とされて来たにもかかわらず、その有用性は十分に理解されているとは言い難かった。本論文に示された成果は、このようなJEBARの本質を掘り下げることに貢献するだけでなく、大洋規模の海洋循環に見られる変動メカニズムの理解を促進することに寄与する重要なものである。

なお、本論文の第2章から第4章にかけては、山形俊男氏および坂本敏浩氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験、解析および結果の解釈を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断される。

したがって、審査委員一同は、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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