学位論文要旨



No 118859
著者(漢字) 河谷,芳雄
著者(英字)
著者(カナ) カワタニ,ヨシオ
標題(和) 大気大循環モデルを用いた重力波の研究 : 全球分布、励起源と3次元伝播特性の解析
標題(洋)
報告番号 118859
報告番号 甲18859
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4512号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高薮,縁
 東京大学 教授 住,明正
 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 高橋,正明
 宇宙航空研究開発機構 助教授 今村,剛
内容要旨 要旨を表示する

高解像度CCSR/NIES AGCM(T106L60)を用いて、重力波の全球分布の成因、励起源と3次元伝播特性を解析した。解析期間は夏季アジアモンスーンが活発な6月のある1週間を選んだ。本実験ではITCZとSPCZとの分離、梅雨前線の形成等、観測と類似した降水分布がシミュレートされた。モデル中に現れた梅雨前線帯の構造を調べると下層ジェット、比湿・相当温位の強い水平勾配、湿潤中立成層の形成等、梅雨前線に特徴的な数100kmの現象と、東進するメソα低気圧も良く再現されていた。シミュレートされた重力波と、MUレーダで観測された重力波の構造を比較すると、鉛直波長、周期、振幅等の値が類似していた。また温度と南北風のパワースペクトルの緯度-周波数断面図を調べると、全体的に慣性周期より高周波数側でスペクトルの値が大きく、内部重力波の理論と良い一致を示した。

重力波の検出方法としては、鉛直波長と時間に関して行った。前者に関しては3次多項式フィッティングを各時間・各格子点で掛けて、その差を短鉛直波長成分と定義した。後者は周期約30時間以下成分をハイパスフィルターによって取り出し、短周期成分と定義した。この周期を選んだ理由は、温度・風の緯度-周波数パワースペクトル分布を見ると、24時間成分付近が卓越していたからである。

短鉛直波長で定義した高度20-30kmに於けるPotential Energy(PE)の分布・大きさはGPS/METで得られた結果と定量的にも類似していた。アンデス山脈上に存在する大きなPEは、山岳起源の重力波によって生成されていた。東西波長と鉛直波長は、近年の衛星観測の結果と整合的であった。熱帯大西洋〜アフリカ大陸上の6゜Sと6゜Nに、赤道波起源と思われる東西に伸びた南北対称のPE分布が見られた。北半球夏季のGPS/METのPE分布にも、同様なシグナルが見られている。このPEは、東西波長〜10,000(km)、周期4-5日、対地位相速度〜-25(ms-1)、等価深度〜41(m)の混合ロスビー重力波によって生成されていた。またアフリカ大陸東岸から180゜Eにかけては、東西波長〜10,000km、周期6-7日、等価深度〜37(m)、対地位相速度20(ms-1)程度で東進するケルビン波がPEを形成していた。さらに80゜Eから120゜Wの範囲では、東西波長約20,000km、周期約3日、対地位相速度40(ms-1)程度で東進する波動構造が見られた。この波動は等価深度〜37(m)を持つn=0の東進慣性重力波と同定された。一方で短周期PEには上記のような構造は見られず、PEは散在していた。短周期PEは短鉛直波長PEに比べ、局所的にPEが大きくなっている場所が多く、大部分は重力波によって形成されていると考えられる。

近年の衛星観測で発見された、対流活動が弱く山岳も存在しない熱帯大西洋上空に、本実験でも大きなPEが再現された。そこでエネルギー生成メカニズムを調べた。ギニア湾付近で東西波長約2000kmの波状構造が、対流圏上部から下部成層圏に於いて顕著に見られ、赤道を横切って南方へ伝播していた。70hPa(〜18km)より上では、南方へ伝播したエネルギーフラックスは5゜Sから20゜Sの間で真上へ伝播し、さらに上空の20hPa(〜27km)付近では北向きに方向を変え、北から伝播してきた波と合流していた。その結果、エネルギーフラックスの収束が、対流も山岳もない0゜-20゜Sの成層圏領域に形成された。尚、エネルギー変換項の大きさは、エネルギーフラックスの収束より1桁小さい結果が得られた。以上の結果より、熱帯大西洋上空での大きなPEは、日周期が卓越する積雲対流により励起された重力波が、南へ上方伝播することにより作られることが分かった。

対流日変化はギニア湾域の他にも、インドシナ半島付近や南アメリカでも大きい。それらの場所から日周期重力波が生成され、高度と伴に南北に伝播している様子が明確に見られた。南アメリカ北部やインドネシア付近の短周期PEは、ギニア湾と同様に日周期重力波によって形成されていた。

中緯度の傾圧不安定波帯では、Lagrangian Rossby数の大きな場所と、重力波活動の顕著な場所との対応がよく見られ、亜熱帯ジェットの曲率が大きくなっている場所で重力波が生成されていた。東西波長と鉛直波長は、それぞれ〜700kmと〜4kmで、対地周期は12-24時間であり、西風ジェットよりやや遅く東へ伝播していた。30゜S付近の重力波の固有振動数を調べたところ、その場所での慣性振動数より大きく、慣性内部重力波の分散関係式波を満たしていた。この波の固有位相速度は負であり、流れの場に対して西進する。これらの大部分は成層圏深くまで伝播していなかった。

重力波が平均場に与える影響を、Eliassen and Palm flux で評価した。短周期重力波による西風減速は、冬半球の亜熱帯ジェット上部に於いて顕著であった。EP flux収束の値は約-10(ms-1month-1)であり、全成分の約30-50%を占めていた。この西風減速を起こす波の正体は、傾圧波不安定波起源の固有位相速度西向きの重力波であることが分かった。短鉛直波長成分EP fluxの発散を見ると、30゜Sから50゜S付近の中部〜上部成層圏にかけて、大きな西風減速となっており、アンデス山脈起源の重力波が突出していた。

審査要旨 要旨を表示する

この論文は高解像度全球大気大循環モデル (CCSR/NIES AGCM) を用いて、重力波の全球分布の成因、励起源と3次元伝播特性を解析したものである。山岳、積雲対流活動、傾圧不安定波といった様々な成因による重力波についてモデル結果を多角的に解析しているが、中でも、最近GPS/MET(the Global Positioning System/Meteorology)衛星観測によって明らかにされた成層圏のポテンシャルエネルギー分布において不明であった東部大西洋赤道域の重力波の励起源と伝播特性を明らかにした点で斬新である。

1章は序説に、2章はモデルの説明に当てられている。モデルの空間分解能はT106L60で、簡易型Arakawa-Schubertの積雲対流パラメタリゼーションを用いている。3章では、このモデルを重力波解析に用いることの妥当性を検討するため、大規模場とメソスケールの再現性について調べた。低解像度ではよく再現されなかった下層ジェット、比湿・相当温位の強い水平勾配、湿潤中立成層の形成等、梅雨前線に特徴的な数100kmの現象と、東進するメソα(1000kmスケール)低気圧も良く再現されることを示した。

4章では、特に短鉛直波長の重力波を物理量の鉛直プロファイルの3次多項式フィッティングからの差として抽出した。20-30km高度の全球分布は、GPS/MET観測による重力波の分布とよく一致していた。アンデス山脈による山岳起源の重力波、および積雲対流活動を起源とする赤道波擾乱の分布を特定した。

5章では、短周期(約30時間以下)の重力波を解析し、特に東部大西洋赤道域にGPS/MET観測で捕らえられたポテンシャルエネルギー (PE) 分布がモデルで再現されていることに注目した。そしてその波動伝播特性を定量的に解析し、この重力波がアフリカ大陸上の水平スケール約2000kmの日周期対流活動に起因していることを突き止めた。即ち、ギニア湾付近で東西波長約2000kmの波状構造が、対流圏上部から下部成層圏に於いて顕著に見られ、赤道を横切って南方へ伝播していた。70hPa (〜18km) より上では、南方へ伝播したエネルギーフラックスは5゜Sから20゜Sの間で真上へ伝播し、さらに上空の20hPa (〜27km) 付近では北向きに方向を変え、北から伝播してきた波と合流していた。その結果、エネルギーフラックスの収束が、対流も山岳もない0゜-20゜Sの成層圏領域に形成された。尚、エネルギー変換項の大きさは、エネルギーフラックスの収束より1桁小さい結果が得られた。以上の結果より、熱帯大西洋上空での大きなPEは、日周期が卓越する積雲対流により励起された重力波が、南へ上方伝播することにより作られることが分かった。

6章では、傾圧不安定波帯での重力波について調べた。中緯度の傾圧不安定波帯では、Lagrangian Rossby数の大きな場所と、重力波活動の顕著な場所との対応がよく見られ、亜熱帯ジェットの曲率が大きくなっている場所で重力波が生成されていた。また、重力波が平均場に与える影響を、Eliassen-Palmフラックスで評価した。短周期重力波による西風減速は、冬半球の亜熱帯ジェット上部に於いて顕著であることがわかった。最後に第7章は総合討論にあてられている。

以上のような結果は、成層圏の大気力学および、対流圏と成層圏との相互関係の理解に重要な貢献をするものと思われ、大気力学に新しい知見を与え、その発展に大きく寄与したと判断する。

なお、本論文の一部は高橋正明他との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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