学位論文要旨



No 118860
著者(漢字) 金,紅林
著者(英字)
著者(カナ) キン,コウリン
標題(和) グリーン関数のスペクトル分解に基づく新しいインバージョン手法を用いた断層滑り分布の推定
標題(洋) Estimation of fault slip using a new inversion method based on spectral decomposition of Green's function
報告番号 118860
報告番号 甲18860
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4513号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 孫,文科
 東京大学 教授 大久保,修平
 東京大学 教授 松浦,充宏
 東京大学 教授 加藤,照之
 東京大学 教授 堀,宗朗
内容要旨 要旨を表示する

地震の発生、火山噴火やプレート・カップリングなどの相互作用によって生じている日本列島の地殻変動は、最近開発された高密度GPS観測データによって明らかにされている。このような地殻変動と地震、プレート・カップリングとの相互関係はグリーン関数を通じて表すことができる。われわれはこのような測地データから、インバージョン手法を用いて、断層面の滑り分布やプレート・カップリングなどを評価することができる。本研究でわれわれは、Hori(2001)によって提出されたグリーン関数のスペクトル分解に基づいた新しいインバージョン解析方法を導入して、数値的シミュレーションと実際データへの応用を通じてこの方法の実用可能性を示した。

この方法は、従来のインバージョン方法と違って、まず観測データとは無関係に、グリーン関数g(x,y)のスペクトル分解を通じて、地表面と断層面での変位分布を表した固有関数モードψα(x)、Ψα(x)とinverse operatorが求められる。但し、地表面Sと断層面Fの範囲は事前に与えられているとする。次に観測データから、計測可能な固有関数モードの数kとその係数u*αを求めて地表変位関数u(x)が求められる。最後にinverse operatorを利用して断層の滑り関数p(y)を求めることができる。

最初に、私たちはこの新しいインバージョン解析方法の検討を行い、パラメーターkの最適な決め方や、観測データの誤差と分布がkとu*αに対する影響などを調べるために数値シミュレーションを行った。この結果以下のことが明らかになった。(1)観測データの精度はデータが計測できるモードの数を制御する。(2)係数の正確さは、データの数と分布に依存する。データが表面の領域上に十分に分布している場合、断層の滑り分布を精確に推定することができる。対照的に、データが希薄すぎる場合や分布が肩っている場合には、断層すべりを正確に評価することは困難である。さらに、(3)断層滑りの推定は断層構造の誤差にも敏感であることを示した。

次に私たちは、この解析方法を西南日本のフィリピン海プレート境界(PHS)での滑り遅れ分布を推定することに適用した。観測データは1997年から1999までのGEONET GPSデータを使用した。推定された滑り遅れ分布は、フィリピン海プレート収束速度と一致しており、強いカップリングの領域は10km〜30kmの深さの範囲に限定されていること、また、強いカップリングを示す領域が3つあることを示した。得られた結果を地震の分布と比較してテクとニックな意義を議論した。

最後に、私たちはこの新しい解析方法を2000年鳥取西部地震での断層滑りを推定することに適用した。推定された滑り分布は、地震のデータと他の方法で評価された滑り分布と一致していない。この原因は、GPS観測点分布がまばらすぎることおよび不正確な断層構造の与え方が、推定された係数の正確さを減少させているのではないかと推察される。従って、私たちが導入した新しい解析方法によって断層滑り分布を精確に推定するためには、GPSデータだけを使用する場合には、GPS観測点のより高密度な配置が必要である。

以上のことから、本研究で導入された新しいインバージョン解析方式は、断層の滑りや滑り遅れ分布を推定する強力なツールを提供すると結論できる。特に高密度の測地ネットワークを持っている日本列島のような地域には特に有効に適用することができると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,GPSなどの測地データを用いて断層面上のすべり分布や沈み込むプレート面上の固着(すべり遅れ)分布を推定するための逆解析の手法について論じたものである.

第一章は日本列島における地殻変動の様態とその逆解析による地震や沈み込み過程の研究の重要性が述べられ,これまでの逆解析手法の簡単なレビューを行っている.そして,Hori (2001)によって提案されたグリーン関数のスペクトル分解に基づいた新しいインバージョン解析方法を導入して、数値的シミュレーションと実際データへの応用を通じてこの方法の実用可能性を示すという,本論文の全体的な流れについて述べられている.

第二章では,本研究で用いられるグリーン関数のスペクトル分解の手法について詳細に記述されている.本章は基本的にはHori (2001)を参照したものである.グリーン関数のスペクトル分解によって地表面と断層面での変位分布を表した固有関数モードと inverse operator が求められる。次に観測データから、計測可能な固有関数モードの数とその係数を求めて地表変位関数を求める手続きが述べられている。最後にinverse operatorを利用して断層の滑り関数を求めることができることが示されている。

第三章では,この新しいインバージョン解析手法の適用可能性について数値シミュレーションを通じて検討している.特に,計測可能なモードの数の最適な決め方や、観測データの誤差と分布がモード数や地表変位関数に及ぼす影響を調べるために数値シミュレーションを行った。この結果以下のことを明らかにした。(1)観測データの精度はデータが計測できるモードの数を制御する。(2)係数の正確さは、データの数と分布に依存する。データが表面の領域上に十分に分布している場合、断層の滑り分布を精確に推定することができる。対照的に、データが希薄すぎる場合や分布が肩っている場合には、断層すべりを正確に評価することは困難である。さらに、(3)断層滑りの推定は断層構造の誤差にも敏感であることを示した。

第四章では、この解析方法を西南日本のフィリピン海プレート境界での滑り遅れ分布の推定に適用している。観測データは1997年から1999年までの国土地理院によって運用されている全国GPS観測網のGPSデータを使用している。推定された滑り遅れ分布は、フィリピン海プレート収束速度とよい一致を示しており、強いカップリングの領域は10km〜30kmの深さの範囲に限定されていること、また、強いカップリングを示す領域が3つあることを示した。得られた結果を地震の分布と比較してテクトニックな意義を議論している。

第五章では、この方法を2000年鳥取県西部地震での断層滑りの推定に適用している。推定された滑り分布は、地震のデータや他の方法で評価された滑り分布と一致していない。この原因について、GPS観測点分布がまばらすぎること,および不正確な断層構造の与え方,が推定された係数の正確さを減少させているのではないかと考察されている。この結果として,本研究で導入した解析方法によって内陸の断層滑り分布を精確に推定するためには、GPSデータだけを使用する場合には、GPS観測点のより高密度な配置が必要である,と結論づけている。

第六章は結論の章であり、本研究で導入された新しいインバージョン解析方式が、断層の滑りや滑り遅れ分布を推定する強力なツールを提供し,高密度の測地ネットワークを持っている日本列島のような地域には特に有効に適用することができると結論づけている。

第七章では研究の今後の展望について,簡単に述べられている.

以上を要するに,本研究では,グリーン関数のスペクトル分解による逆解析の手法を測地データにはじめて適用して断層面上のすべり分布やすべり遅れ分布に推定する試みを行ったものであり,研究の過程でパラメータの推定に独自の工夫をこらす,推定した解の物理的解釈や適用の限界などを詳細に論じるなど,本学課程博士の授与に十分な研究成果であると考えられる.

なお,本論分は,堀宗雄,加藤照之,飯沼卓史との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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