学位論文要旨



No 118861
著者(漢字) 玄田,英典
著者(英字)
著者(カナ) ゲンダ,ヒデノリ
標題(和) 地球型惑星の大気形成における巨大天体衝突の影響
標題(洋) Effects of Giant Impacts on the Atmosphere Formation of Terrestrial Planets
報告番号 118861
報告番号 甲18861
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4514号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐々木,晶
 東京大学 教授 松井,孝典
 東京大学 助教授 阿部,豊
 東京工業大学 助教授 井田,茂
 東京大学 助教授 比屋根,肇
内容要旨 要旨を表示する

地球型惑星形成の現代的描像においては、まず初めに、地球型惑星形成領域に火星サイズの天体が数十個形成される。その後、これら火星サイズの天体は互いに衝突を繰り返し(以降、巨大天体衝突と呼ぶ)、現在の地球型惑星が形成されたと考えられるようになってきた。本論文では、巨大天体衝突のステージに注目をし、巨大天体衝突によってそれまで惑星が保持していた大気(以降、原始大気と呼ぶ)が散逸してしまうかどうかについて研究を行い、地球型惑星の大気形成における巨大天体衝突の影響を定量的に評価した。巨大天体衝突による大気散逸の問題は、惑星大気の起源と直結しており重要である。

巨大天体衝突による大気散逸のメカニズムは2つ考えられる。1つは、衝突によって惑星内部に生じた衝撃波が、惑星内部を伝播し、惑星表面を全球的に激しく外側に運動させ、大気を吹き飛ばすというメカニズムである(力学的散逸)。2つ目は、巨大天体衝突によって非常に高温となった惑星表層からの大気の熱的散逸である。本論文のPART IとPART IIでは力学的散逸を、PART IIIでは熱的散逸について研究を行った。そして、PART IVでは、地球型惑星の大気形成における巨大天体衝突の影響について議論を行った。

PART I原始大気の力学的散逸

過去の研究では、巨大天体衝突が一度起こると、それまで惑星が保持して大気は、力学的散逸によってすべて散逸すると考えられてきた [Ahrens 1990,1993, Chen & Ahrens 1997]。Ahrens [1990,1993] の研究は、大気が全散逸する条件を解析的に見積もった研究で、Chen&Ahrens[1997]の研究は、1次元球対称の大気の運動を数値計算した研究である。しかし、これら過去の研究は、以下の点で間違った結論を導き出している。まず、Ahrens[1990,1993]の見積もりには理論的な間違いがあること。そしてChen & Ahrens [1997]は、計算した初期条件が少なすぎることと、最終的な大気の散逸量を過大評価しているという点である。そこで、本論文では、1次元球対称のモデルを用いて、惑星表面の運動と大気の散逸量の関係を系統的に調べ、最終的に巨大天体衝突によって失われる大気の散逸量を再評価した。その結果、大気が散逸する割合は、惑星の脱出速度で規格化した地面の速度だけで決まり、すべての大気を散逸させるためには、地面が惑星の脱出速度を超えなければならないことがわかった。実際に巨大天体衝突が起こった時の地面の速度から、1回の巨大天体衝突で、相当量(10〜30%)の大気が生き残ることがわかった(図1)。さらに、幾度か巨大天体衝突を繰り返して、最終的に地球サイズの天体に成長するまでに生き残る大気量は、原始大気が持つ大気量の2〜3倍程度であることがわかった。以上のことから、巨大天体衝突ステージ以前に火星サイズの原始惑星が獲得した原始大気が、巨大天体衝突で失われずに生き残り、現在の地球型惑星の大気の起源として重要な役割を与えているということがわかった。

PART II海による原始大気の大規模散逸

しかし、ここで1つ大きな問題が浮上してくる。それは、地球も金星も同じような大気が作られてしまう点である。さらに、原始惑星は、ネビュラ中で形成した可能性が高いので、ネビュラガスを重力的に捕獲しているはずである。したがって、巨大天体衝突ステージ後に生き残った大気には、ネビュラを起源とする太陽組成の希ガスが多く含まれている。そのような大気組成は、現在の地球大気とは明らかに異なる。一方、現在の金星大気は、地球大気の10〜100倍程度の希ガス (Ar,Kr,Xe) を持っており、その組成が太陽組成に近いことから、力学的散逸で、原始大気が生き残るというPART Iの結論は金星大気にとっては都合がよい。したがって、地球だけこれら原始大気を効率良く吹き飛ばす何らかのメカニズムが必要である。

そこで、これまでの研究ではまったく考慮されてこなかった惑星表面の海の存在に注目をし、海が存在する状況で巨大天体衝突が起こった場合についての大気散逸を数値計算した。その結果、海が存在すると、海がない場合と比較して、大気の散逸する割合が増加することがわかった(図2)。そして、その増加率は、海と大気の質量比のみに依存し、大気の種類や惑星の重力にほとんど依存しないことがわかった。海質量が大気質量の10倍(30倍)あった場合、幾度か巨大天体衝突を繰り返して、最終的に地球サイズの天体に成長するまでに生き残る大気量は、海が存在しない場合の1/10(1/100以下)となることがわかった。

海が存在すると大規模散逸が起こる理由は2つある。1つは、衝撃波の通過による、海の全蒸発である。海の全蒸発によって、大気が強く押し出され、大気の散逸量が増加する。2つ目は、水のユゴニオ特性にある。衝撃インピーダンスの高い岩石(地面)と低い大気の間に、それらの中間の衝撃波インピーダンスをもつ水が配置されていることによって、通過してくる衝撃波の粒子速度が増加し、大気の散逸量が増加する。

太陽からの距離を考えた場合、現在の地球軌道付近に存在した原始惑星は、惑星表面に液体の水が存在していた可能性が高く、巨大天体衝突によって原始大気が大規模に散逸したと考えられる。一方、現在の金星軌道付近に存在した原始惑星は、大気中に大量のH2Oがあったとしても暴走温室状態にあり、惑星表面に海が存在できない。したがって、大量の原始大気が生き残ることになる。

PART III原始大気の熱的散逸

次に、力学的散逸で失われなかった原始大気の熱的散逸について研究を行った。巨大天体衝突によって解放されるエネルギーは極めて大きく、惑星全体が高温となる。特に、惑星表層は、衝突地点および衝突天体から吹き飛ばされた大量の物質が再集積することによって極めて高温(5000〜10000K)となる。この時、惑星表層には、力学的に散逸しなかった原始大気と、再集積してきた物質および惑星表面から蒸発したケイ酸塩ガスとの混合大気が形成される。原始大気中に含まれるもっとも分子量の小さい水素は、このような高温状態では、容易に熱的に散逸してしまう。一方、原始大気中に含まれる水蒸気や二酸化炭素、そしてケイ酸塩ガスは、分子量が大きいため惑星重力に束縛されている。したがって、原始大気とケイ酸塩ガスの混合大気から、水素ガスが選択的に散逸することができるかどうかが問題となってくる。そこで、これら混合大気からの水素散逸を数値計算し、水素散逸のタイムスケールを求めた。その結果、惑星表面が高温(4000K以上)の時は、大量に蒸発したケイ酸塩ガスが、低温(2000〜4000K)の時には重い気体が水素散逸を抑制し、水素の散逸のタイムスケールが100万年以上かかることがわかった(図3)。一方、惑星表層は長くとも数万年で冷却してしまうため、事実上、水素および原始大気の散逸が起こらないことがわかった。

PART IV巨大天体衝突大気の形成への影響

以上の巨大天体衝突による力学的散逸と熱的散逸の結果をもとに、巨大天体衝突ステージで生き残った地球型惑星の大気と現在の大気を比較検討した。その結果、巨大天体衝突で、原始大気が生き残る金星については、現在の金星で観測されている太陽組成に近い重い希ガス(Ar, Kr, Xe)の存在パターンと存在量を説明することが可能であることがわかった。しかし、Neは2〜3桁観測よりも過剰となる。また、地球に関しては、原始惑星に大気質量の10倍以上の海が存在していると、巨大天体衝突ステージで、原始大気中の希ガス量を現在の地球の量以下まで減少させることができることがわかった。

次に、巨大天体衝突ステージ後の大気進化について考察した。特に、隕石重爆撃期に衝突した隕石・彗星の揮発性元素の供給(以降、レイトベニアと呼ぶ)と、太陽の極紫外線吸収による水素散逸の大気への影響を考察した。その結果、原始大気を大規模に散逸しなかった金星は、希ガスに関してはほとんどレイトベニアの影響を受けないことがわかった。太陽の極紫外線吸収による水素散逸は、過剰となった金星のNeと現在ほとんど観測されていないH2Oを減少させるメカニズムとして重要であることがわかった。一方、地球は、原始大気を大規模に散逸している可能性があるので、レイトベニアの影響を大きく受け、少なくとも、水とNe以外の揮発性元素は、レイトベニアが起源である可能性が高いことがわかった。また、レイトベニアの組成としては、炭素質コンドライトよりもエンスタタイトコンドライトであった方が現在の地球大気組成と調和的であることもわかった。

全球的にある速度で惑星表面が運動した時に散逸する大気の割合を示す。例えば、地球サイズの天体に火星サイズの天体が衝突した場合、地球サイズの惑星表面の初速度は4〜5km/s程度となり、10%程度の大気しか散逸しないことがわかる。一方、火星サイズの惑星表面は脱出速度の半分程度となり、30%の大気が散逸する。

惑星表面に厚さ3kmの海が存在していた時の結果。海がない時よりも大気の散逸する割合が大きくなっているのがわかる。大気圧が小さい大気ほど散逸が大規模になる。

2成分大気からの水素散逸のタイムスケール。高温領域では、水素とケイ酸塩(30g/mol)の混合大気の場合について、温領域では、水素と重い気体(18g/mol)の混合大気の場合について、それぞれ数値計算を行った。

審査要旨 要旨を表示する

地球型惑星形成の現代的描像においては、初めに火星サイズの巨大天体が数十個形成される。その後、天体は互いに衝突を繰り返し、現在の地球型惑星が形成されたと考えられるようになってきた。本論文では、惑星形成最終段階の巨大天体衝突によってそれまで惑星が保持していた原始大気が散逸するかどうかについて研究を行い、地球型惑星の大気形成における巨大天体衝突の影響を定量的に評価した。

本論文の第1部では、惑星内部に生じた衝突衝撃波が、伝播し惑星表面を全球的に激しく外側に運動させ大気を吹き飛ばすというメカニズムによる、大気の力学的散逸を扱い、原始大気の散逸条件を明らかにした。さらに第2部では、力学的散逸が原始海の存在によって強くなることを示し、地球と金星の原始大気散逸の違いを説明した。第3部では、巨大天体衝突によって非常に高温となった惑星表層からの熱的散逸の評価を行った。そして第4部では、地球型惑星の大気形成における巨大天体衝突の影響について議論を行った。

原始大気の力学的散逸は、有効な大気散逸過程であると考えられてきた。しかし過去の研究は、最終的な大気の散逸量を過大評価していた。本論文では、1次元球対称のモデルを用いて、惑星表面の運動と大気の散逸量の関係を系統的に調べ、最終的に巨大天体衝突によって失われる大気の散逸量を再評価した。その結果、大気が散逸する割合は、惑星の脱出速度で規格化した地面の速度だけで決まり、すべての大気を散逸させるためには、地面が惑星の脱出速度を超えなければならないことがわかった。実際に巨大天体衝突が起こった時の地面の速度から、1回の巨大天体衝突で、相当量(10〜30%)の大気が生き残ることがわかった。さらに、巨大天体衝突ステージ以前に火星サイズの原始惑星が獲得した原始大気が、巨大天体衝突で失われずに生き残り、現在の地球型惑星の大気の起源として重要な役割を与えているということがわかった。

第2部では、これまでの研究では考慮されていない惑星表面の海の存在に注目をし、海が存在する状況で巨大天体衝突が起こった場合についての大気散逸を数値計算した。その結果、海が存在すると、海がない場合と比較して、大気の散逸する割合が増加することがわかった。そして、その増加率は、海と大気の質量比のみに依存し、大気の種類や惑星の重力にほとんど依存しないことがわかった。海質量が大気質量の10倍(30倍)あった場合、幾度か巨大天体衝突を繰り返して、最終的に地球サイズの天体に成長するまでに生き残る大気量は、海が存在しない場合の1/10(1/100以下)となることがわかった。一方、海自体はほとんど散逸しないことがわかった。

海が存在すると大気の大規模散逸が起こる原因は、衝撃波の通過による海の全蒸発と水のユゴニオ特性にある。衝撃インピーダンスの高い岩石(地面)と低い大気の間にそれらの中間の衝撃波インピーダンスをもつ水が存在するため、通過してくる衝撃波の粒子速度が増加し、大気の散逸量が増加する。

太陽からの距離を考えた場合、現在の地球軌道付近に存在した原始惑星は、惑星表面に液体の水が存在していた可能性が高く、巨大天体衝突によって原始大気が大規模に散逸したと考えられる。一方、現在の金星軌道付近に存在した原始惑星は、暴走温室状態にあり、惑星表面に海が存在できないため、大量の原始大気が生き残る。

第3部では、力学的散逸で失われなかった原始大気の熱的散逸について研究を行った。巨大天体衝突によって解放されるエネルギーは極めて大きく、惑星全体が高温となる原始大気とケイ酸塩ガスの混合大気から、水素ガスが選択的に散逸することができるかどうかを数値計算し、水素散逸のタイムスケールを求めた。その結果、惑星表面が高温(4000K 以上)の時は、大量に蒸発したケイ酸塩ガスが、低温(2000〜4000K)の時には重い気体が水素散逸を抑制し、水素の散逸のタイムスケールが100万年以上かかることがわかった。一方、惑星表層は長くとも数万年で冷却してしまうため、事実上、水素および原始大気の散逸が起こらないことがわかった。

以上の巨大天体衝突による力学的散逸と熱的散逸の結果から、巨大天体衝突で、原始大気が生き残る金星については、現在の金星で観測されている太陽組成に近い重い希ガス (Ar, Kr, Xe) の存在パターンと存在量を説明することが可能であることがわかった。しかし、Neは2〜3桁観測よりも過剰となる。また、地球に関しては、原始惑星に大気質量の10倍以上の海が存在していると、巨大天体衝突ステージで、原始大気中の希ガス量を現在の地球の量以下まで減少させることができることがわかった。

なお、本論文は阿部豊の共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析・考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、博士(理学)を授与できると認める。

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