学位論文要旨



No 118865
著者(漢字) 東塚,知己
著者(英字)
著者(カナ) トウヅカ,トモキ
標題(和) 熱帯太平洋における海盆スケールの季節的な大気海洋相互作用
標題(洋) Basin-wide seasonal air-sea interaction in the tropical Pacific : Annual ENSO
報告番号 118865
報告番号 甲18865
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4518号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 教授 木本,昌秀
 東京大学 助教授 中村,尚
 東京大学 助教授 升本,順夫
内容要旨 要旨を表示する

太平洋熱帯域の季節変動をより深く理解することによって、エルニーニョ/南方振動 (ENSO) の機構をさらに明らかにするために、高解像度海洋大循環モデルを用いて、エルニーニョの発現海域でもある西太平洋熱帯域に位置するミンダナオドームの季節変動を調べた。その結果、ミンダナオドームは、過去の研究結果と一致するように、冬季アジアモンスーンに伴う風の正の回転成分によるエクマン湧昇によって形成される。しかし、東太平洋熱帯域からの暖水の侵入がミンダナオドームの減衰において重要な役割を果たしていることを本研究で初めて明らかにした。さらに、ミンダナオドームの経年変動も季節変動の必須要素(局所的なエクマン湧昇と東方からの暖水の侵入)の変動で支配されている。例えば、冬季アジアモンスーンが不活発で局所的なエクマン湧昇の弱い年や東方からの暖水の侵入が強い年は、ミンダナオドームは未成熟に終わるが、逆に東方からの暖水の侵入が弱い年には、ミンダナオドームは夏まで残存する。また、ミンダナオドームの北縁では、北赤道海流上を西方伝播する高気圧性の渦が、減衰過程に関わる。

このミンダナオドームの減衰過程の詳細をデータの解析を通して調べていたところ、熱帯太平洋全域を包含する季節的な大気海洋相互作用 "Annual ENSO" が存在することがわかった(図1)。まず、年末に発生するペルー沖の正の海面水温偏差(古典的なエルニーニョ)が、一連の季節的な大気海洋相互作用現象をトリガーし、この正の海面水温偏差の西端において対流圏下層の風偏差は収束を示し始める。その結果、赤道上では西風偏差が生じ、赤道湧昇が抑制されると同時に潜熱放出が減少するため、暖水偏差がさらに強化され、西進するようになる。この正のフィードバック機構により、正の海面水温偏差は大気場偏差(西風偏差や負のOLR偏差)と強め合いながら、さらに西進する。正の海面水温偏差は、同時に海面気圧偏差場にも影響を与えるので、東太平洋赤道域の海面気圧偏差は、春に極大を示す。その結果、南方振動指数に対応する季節的な東西海面気圧アノマリー差は負の値を取る。このことから、春の状態は、ちょうど季節的なエルニーニョであると言える。また、このような東太平洋赤道域の大気海洋相互作用現象はその西風偏差によって赤道を離れた海域に冷水偏差をもたらす。この冷水偏差は海洋のロスビー波として西進し、ついには西太平洋の海洋場に影響を与える。ここで、北緯5度付近を西方伝播する冷水偏差と赤道上を西方伝播する西風偏差の間の共鳴が、この冷水偏差の強化において重要な役割を果たす。以上の正のフィードバックは、夏季に南米沿岸沿いに季節的な南風偏差が訪れることで終焉を迎える。年の後半には、ここで述べた大気海洋相互作用現象とは位相の逆転した現象が起こる。そして、この時に赤道を離れた海域に形成される暖水偏差が、ミンダナオドームの減衰過程において重要な役割を果たしている。

"Annual ENSO"の経年的な変動、及びENSOと"Annual ENSO"の関係を調べるために、大気と海洋の様々な変動場から年平均値を引いた後に、統計的手法(CEOF解析)を施し、その物理的解釈を試みた。まず、正の海面高度偏差(沈降ケルビン波)が西太平洋赤道域で発生し、これが東方伝播することによって、中部・東部太平洋赤道域の温度躍層は深くなるため、赤道湧昇による冷却効果が弱まる。その結果、中部・東部太平洋赤道域の海面水温は上昇し、年末にピークを迎える。しかし、西部太平洋の赤道を離れた海域では、逆に温度躍層が浅くなるために、海面水温は低下し、その上空に高気圧性偏差が発生する。この高気圧性偏差は、西部太平洋赤道域に東風を吹かせるので、湧昇ケルビン波を励起する。そして、この湧昇ケルビン波の到達により、中部・東部太平洋赤道域の海面水温の上昇は、終息する。この一連の大気海洋相互作用を"Interannual ENSO"モードと呼ぶことにする。これに対して、"Annual ENSO"モードの変動は、"Interannual ENSO"モードによって温度躍層深が深くなっているため、秋の冷舌の季節的な発達が抑えられ、春の季節的な冷舌の温暖化が例年以上に顕著になる。したがって、ENSOは、"Annual ENSO"と"Interannual ENSO"の重ね合わせで表現できることが示された(図2)。

また、本研究で得られた新しい視点から、ENSOの伝播特性の十年変動(1970年代後半以前はENSOのシグナルは西方伝播していたのに対し、1970年代後半以降は東方伝播している)についても考察した。その結果、1970年代後半以前の期間では、"Interannual ENSO"モードの振幅が弱く、西方伝播する"Annual ENSO"モードの効果が卓越するために、ENSOに伴うシグナルも西方伝播しているように見えるのに対し、1970年代後半以降の期間では、逆に東方伝播する"Interannual ENSO"モードの効果が卓越するために、ENSOに伴うシグナルも東方伝播しているように見えるということが示唆された。

以上より、太平洋熱帯域の季節変動を結合モデルで再現することが、ENSOを再現し、予報するための重要なステップになることを示唆される。しかし、現在までのところ、世界のどの大気海洋結合モデルも太平洋熱帯域の季節変動を再現していない。そこで、新しい大気海洋結合モデルの200年積分の結果を調べた。まず、200年間の計算結果から作成した月平均気候場を用いて、季節的な大気海洋相互作用現象の再現性を調べた。その結果、正のフェーズの"Annual ENSO"のトリガーとなるペルー沖の古典的エルニーニョに加えて、東太平洋赤道域の海面水温偏差の西進、及び、北緯5度に沿った海面高度偏差の西方伝播は、よく再現されていることがわかった。しかし、観測データに見られるような東太平洋赤道域の海面水温偏差の赤道の北側への拡大や赤道上を西方伝播する東西風偏差と北緯5度付近を西方伝播する海面高度偏差の間の共鳴は、再現することができなかった。これらは、正(負)の海面水温偏差が赤道の北側へ拡大しようとする時期に、観測に見られない強い湧昇(沈降)ケルビン波が侵入してくるためであることがわかった。この湧昇(沈降)ケルビン波は、東太平洋南部で強い負(正)の風の回転成分によるエクマン湧昇(沈降)によって前年に形成されたものが、ロスビー波として西方伝播し、西岸で反射してきたものである。また、海面水温偏差が十分に北進しないために、赤道上の東西風偏差が赤道上の海面水温と結合して西方伝播する現象も再現できないと考えられる。以上は、季節変動を再現するには、風の回転成分の分布や強度も忠実に再現する必要があることを示唆している。次に、季節的な大気海洋相互作用現象とENSOの関係を調べるために、大気と海洋の様々な変数場から年平均値を引き去ったデータにCEOF解析を施した。その結果、エルニーニョに伴って"Annual ENSO"の振幅が、最大で0.2℃変化していることがわかった。これは、統計的にも有意な振幅の変化ではあるが、その強度は観測値の約20%程度に過ぎない。特に、赤道域での振幅の変化が弱いのは、季節的な大気海洋相互作用現象に伴うアノマリーの北進が、結合モデル内ではうまく再現されず、赤道上で最も強いシグナルを持つ"Interannual ENSO"モードとの相互作用が弱すぎるためである。したがって、"Annual ENSO"を結合モデル内でより良く再現することが、ENSOそのものを再現する上で非常に重要であることが明らかになったと言える。

Annual ENSOの模式図.

Nino 3海域での第1モード(細線)と第2モード(太線)から再構築された海面水温偏差の時系列。点線は、この20年間の平均的な季節変動を表す。

審査要旨 要旨を表示する

エルニーニョ/南方振動(ENSO)は世界各地の気候に大きな影響を与えることが知られており、その予報は、気候力学の分野において重要な研究課題の1つとなっている。そして、このENSOの発生、成長、減衰において、季節変動が重要な役割を果たしている可能性も1980年代以来、いくつかの研究で示唆されている。このため、季節変動を大気海洋結合モデル内で忠実に再現することが、ENSOを予報する上で重要な鍵になると考えられるが、現在までのところ、世界のどの大気海洋結合モデルも太平洋熱帯域の季節変動を再現することに成功していない。本論文は、太平洋熱帯域における海盆規模の季節変動の詳細を調べることによって、ENSOの予報可能性の向上に貢献しようとするものである。

本論文は5つの章から成立している。まず、第1章は導入部であり、ENSOにおける季節変動の重要性、ENSOのモデリングの現状や問題点、そして、本論文の内容と目的が述べられている。

第2章では、太平洋熱帯域における季節変動の理解を深める第1歩として、まず、ENSOの発現海域に存在するミンダナオドームの季節変動のメカニズムを高解像度海洋大循環モデルの結果を用いて調べている。その結果、ミンダナオドームは冬季アジアモンスーンに伴う局所的なエクマン湧昇によって形成されるが、その減衰過程においては、過去の研究で考えられていたよりも、さらに東の東太平洋熱帯域からの暖水の侵入が重要であることを示している。さらに、過去に研究の行われていないミンダナオドームの経年変動が、季節変動の2つの必須要素(局所的なエクマン湧昇と東方からの暖水の侵入)によって支配されていることを明らかにしている。

第3章では、ミンダナオドームの減衰過程の詳細を観測データの解析を通して調べることにより、太平洋熱帯域には、経年的なENSOとは異なる熱帯太平洋全域を包含する季節的な大気海洋相互作用 "Annual ENSO" が存在するという画期的な事実を発見している。さらに、経年的なENSOが、この"Annual ENSO"と"Interannual ENSO"という2つの異なる大気海洋相互作用現象の重ね合わせで表現できることを示し、ENSOの伝播特性の十年変動もこの2つの大気海洋相互作用の相対的な振幅と位相の変化で説明できることを初めて明らかにしている。この研究成果は、米国気象学会の学会誌 (Bulletin of American Meteorological Society) にハイライトとして掲載されている。

第4章では、第3章で得られた新しい観点から大気海洋結合モデルの200年積分の結果を解析している。その結果、観測で見られるような"Annual ENSO"と"Interannual ENSO" の相互作用を結合モデル内で再現するためには、"Annual ENSO"の正確な再現が不可欠であることを示すとともに、"Annual ENSO"の結合モデル内での再現性の向上に貢献する対処法を提唱している。この結果は、今回解析した結合モデルに限らず、他の結合モデルにも適用可能なものであり、今後の大気海洋結合モデルの改良において、はかりしれない貢献をしたものといえる。

第5章では、本論文のまとめと今後の課題が述べられている。特に、本研究で使用した解析手法が、太平洋熱帯域のみでなく、他の海域でも、季節変動と経年的な大気海洋相互作用現象の関係を明らかにする上で重要な指針を与える可能性を示唆している。

以上述べてきたように、本論文は、新しいENSOの理論を提唱するとともに、ENSOの予測可能性の向上に大きく貢献したものであり、学位論文として十分な水準に達していると判断できる。なお、本論文の 第2章は 鍵本 崇 博士、升本 順夫 助教授、山形俊男教授、第3章は 山形 俊男 教授、第4章は J. J. Luo博士、S. Masson博士、S. K. Behera博士、山形 俊男 教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、その寄与が十分であると判断できる。従って、審査員一同は、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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