学位論文要旨



No 118869
著者(漢字) 町田,嗣樹
著者(英字)
著者(カナ) マチダ,シキ
標題(和) 北部伊豆・小笠原弧、背弧雁行海山列における背弧火成活動
標題(洋)
報告番号 118869
報告番号 甲18869
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4522号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中田,節也
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 教授 小澤,一仁
 東京大学 助教授 石井,輝秋
 東京大学 助教授 岩森,光
内容要旨 要旨を表示する

島弧で生産される物質が,どの様な起源物質(マントル)の溶融物であるか,また,沈み込んだ海洋プレートから島弧下にもたらされる物質(スラブ由来成分)の特徴とその変化を理解すること,さらに,島弧の火成活動と背弧海盆との関連性を明らかにすることは,サブダクションファクトリーで起こる物質循環過程を知る上で非常に重要である.

日本列島の南,フィリピン海北部に位置する伊豆・小笠原島弧および四国海盆は,代表的な海洋性島弧-背弧海盆系である.伊豆・小笠原弧北部の背弧域は,多くの海山が火山フロントと斜交する方向に配列し,幾つかの海山列を形成しているのが特徴で,背弧雁行海山列(群)と呼ばれている.背弧雁行海山列では,マルチナロービーム音響測深器やIZANAGIサイドスキャンソナー,シングルおよびマルチチャンネル地震波探査などを用いた構造地質学的・地球物理学的調査を踏まえ,全120地点でドレッジが行われ,非常に多くの試料が採取された(1995年,ハワイ大学,調査船MoanaWave号航海).これらの試料を解析することで,海洋において陸上地質に匹敵するほどの高解像度のデーターが得られ,火成活動に関するより詳しい議論が可能になる.本研究では,主要・微量化学組成とSrおよびNd同位体組成,代表的な岩石の鉱物化学組成の検討を行い,背弧雁行海山列を形成した火成活動の起源マントルおよびスラブ由来成分の特徴について,その詳細を明らかにした.

[世界の島弧-背弧海盆系と背弧海山列]

世界の大陸性および海洋性島弧は,背弧海盆や縁海を伴うものと伴わないものに大きく分類できる.海底および陸上の地形図から各島弧を概観すると,背弧海盆や縁海を伴う島弧は,多くの場合,明らかな背弧の方向に連なる海山列やそれに近いリッジ状の地形が存在することがわかる.一方,背弧海盆や縁海を伴わない島弧の背弧には,海山列またはそれに近い地形的特徴は概ね認められない.

背弧海山列の有無と島弧の地質学的背景に着目すると,現在活動的な背弧拡大を続けている背弧海盆を伴う島弧(マリアナ弧,ニューブリテン弧,南アンティル弧など)や,過去の背弧拡大の痕跡が明瞭に認められる島弧(バンダ弧,伊豆・小笠原弧,西マリアナ海嶺など)などには,ほぼ普遍的に背弧海山列ないしそれに近いリッジ状の地形が存在する.これらの背弧海山列やリッジ状の地形には多くの場合火山が存在している.これらの事実は,発達した背弧海盆の存在が背弧海山列の形成の重要な要素であることを示唆している.すなわち,背弧海盆の形成に関連した火成活動によって形成されたものである可能性が高い.しかし,活動的な背弧海盆を伴うトンガーケルマディック弧にはそれほど明瞭な海山列は存在しないが,背弧海盆を伴わないサンギへ弧にはリッジ状の地形が認められるなど,それぞれに例外が存在する.このような例外を説明するには,各背弧海山列に関するデータや事例が揃っていないのが現状である.

研究対象である伊豆・小笠原弧の背弧雁行海山列は,背弧海盆の拡大終了後それほど時間を空けずに形成された海山列であることが,高精度の年代測定から明らかにされている(Ishizuka, 1998).したがって,背弧海山列の形成時期を,島弧の発達史の中で明確に位置づけることができる.このような伊豆・小笠原弧の背弧雁行海山列について,火成活動の詳細や,その起源を明らかにすることで,世界の背弧海山列の起源に関する理解につながることが期待できる.

[背弧雁行海山列の起源マントル多様性]

背弧雁行海山列に噴出した火山岩類は,共通する岩石学的特徴を持つ三つのグループに分けることができる.それは,1)微量元素に富むMore Enriched Sultes(以下MES火山岩),2)微量元素にやや枯渇したLess Enriched Suites(以下LES火山岩),3)微量元素に枯渇したMore Depleted Suites(以下MDS火山岩)である.MES火山岩とLES火山岩は,延宝海山列において初めて認識され記載した(Machida and Ishii, 2003).LES火山岩は,(1)玄武岩中のかんらん石斑晶に包有されるクロムスピネルのCr#(=Cr/(Cr+Al)値が高い,(2)NbやTaなどの高結晶場強度元素(HFS元素)含有量が比較的少ない,(3)Nb/Zr比の値が低いという特徴がある一方,MES火山岩は,(1)クロムスピネノレのCr#値が低い,(2)HFS元素含有量が多い,(3)Nb/Zr比の値が高い,という特徴がある.Cr#組成とHFS元素含有量の相関は,結晶分化作用,圧力,酸素フガシティー,サブソリダスの平衡関係または部分溶融度の違いでは説明できないことが知られており (Clynne & Borg, 1997),両系列の地球化学的な違いは,起源マントルのファータリティ(肥沃度)に起因すると考えられる.従って,両者の岩石学的特徴は,マグマの起源となったマントルの性質の違い(マントル多様性)を反映しているものであるさらに,微量元素に乏しいMDS火山岩は,Nb/Zr比が最も低く,かつNbやZrの絶対的な含有量もほかの二つのグループに比べ少ないという特徴があることが新たに明らかになった.そして三つの火山岩グループが持つ微量元素組成の特徴は,初生マグマの部分溶融度の違いや,沈み込んだ海洋プレートが溶融するなどの沈み込みに伴う微量元素の付加によるものではなく,各火山岩グループに対応する,それぞれ異なったマントルが背弧雁行海山列の下に存在していることを示している.また,各火山岩グループには,玄武岩から流紋岩まで様々な組成の幅がある.この組成変化は,結晶分化作用とそれに伴うマグマ混合によって規制されている.

[スラブ由来成分の種類と島弧横断方向の変化]

Hochsteadter et al. (2001) は,背弧雁行海山列の地球化学的検討から,背弧において脱水したフルイドは火山フロントで脱水したフルイドに比べBaに乏しいとする仮説を提唱し,背弧雁行海山列には沈み込んだ堆積物が溶融したメルト(堆積物メルト)は関与していないと結論した.しかし,Ishizuka et al.(2003) は,Pb同位体の検討から,堆積物メルトの影響があったことを示した.本研究で得られたデータをもとに,両者の妥当性を検討した結果,二つの説はそれぞれ裏付けられた.背弧雁行海山列の火成活動に関与したスラブ由来成分は,Baに乏しいフルイドと堆積物メルトである.さらに,スラブ由来成分による化学的影響は,MDS火山岩が最も強く,LES火山岩,MES火山岩の順に弱くなる.また,それぞれのスラブ由来成分についての島弧横断方向変化をみると,フルイドは火山フロントに近いほど増加する傾向がある.一方,堆積物メルトは,火山フロントから約120-130 km離れたところに最も強い影響がみられ,そこでは少なくとも三つの海山列において,アルカリ元素(特にK)に富む火山岩が噴出している.

[起源マントルの地質学的意義と初生マグマの生成条件]

各グループのNb/Zr比は,MES火山岩>0.06, LES火山岩=0.05-0.02, MDS火山岩 <0.01であり,それぞれ同様のNb/Zr比をもつものとして、四国海盆の中心部に存在する紀南海山列玄武岩,四国海盆底玄武岩,火山フロントに産する火山岩類に対比される.MES火山岩のCrスピネルの組成(Cr#)は,紀南海山列に近い.また,同位体組成は紀南海山列の起源マントルに少量のスラブ由来成分が付加したとすると説明できる.したがって,MES火山岩は紀南海山列起源マントルまたはその熔け残りマントルが起源であると考えられる.また,MDS火山岩は,火山フロントと似た特徴を持っているが,玄武岩の低いSiO2含有量やBaに乏しいフルイドの寄与を考慮すると,マグマの分離深度は火山フロントよりも深いことが予想される.

かんらん石のみを斑晶とし,最も初生マグマに近い組成を持った各火山岩グループの玄武岩から,かんらん石斑晶のみの分別を仮定して,マントルと平衡共存しうる初生マグマの組成を求めた.その組成と,天然のかんらん岩に対する無水および含水条件の実験岩石学的研究の結果 (Hirose and Kushiro, 1993 ; Hirose and Kawamoto, 1995 など) とを比較した結果,スラブ由来成分の影響が最も少ない(無水に近い)MES火山岩は,1,300-1,350℃および1.5-2.0 GPa の温度圧力条件で生成されたメルトを起源とすることが推定された.さらに,スラブ由来成分の影響の多い(より水に富む)LESおよびMDS火山岩は,MES火山岩に比べてより低温かつ高圧で生成されたメルトを起源とすることが推定される.

[背弧雁行海山列における背弧火成活動のテクトニックモデル]

背弧雁行海山列の火山岩は,四国海盆形成に関連したマントルダイナミックスによってもたらされたそれぞれのマントルを起源とする.すなわち,紀南海山列の起源マントルである「ファータイルなマントル」を起源とするMES火山岩,四国海盆底玄武岩の起源マントルである「やや枯渇したマントル」を起源とするLES火山岩,および,火山フロントの起源マントルである「より枯渇したマントル」を起源とするMDS火山岩である.四国海盆底玄武岩の起源マントルは,四国海盆拡大に先立って西から東進し,約34 Ma頃に初期伊豆・小笠原弧の起源マントルを置き換えたものである(Straub, 2003).また,そのマントルの最上部は海洋底拡大によって玄武岩メルトを生成し,メルト成分に枯渇したマントルとなる.そのマントルは,スラブ沈み込みに伴う時計回りの誘発対流により火山フロントに達し火山フロントの起源マントルとなり,さらにスラブ上面に沿って深部にもたらされると考えられる.その後,四国海盆拡大終了直後の約15 Maには,紀南海山列の活動の起源となった微量元素に富むファータイルなマントルが,深部から上昇する.さらにマントル内を東進して約12 Ma頃に活動的となった背弧雁行海山列の活動に寄与するようになる.高温であるファータイルマントルは熱源として働き,周囲のより低温のマントルを加熱し溶融させ,LES火山岩およびMDS火山岩の生成をもたらしたと考えられる.また,自身も少量のスラブ由来成分の影響で溶融し,MES火山岩を生成した.

背弧雁行海山列の火成活動は,背弧海盆拡大直後にマントル深部から上昇し東進してきた「熱いファータイルマントル」が熱源となって,引き起こされたものである.

北部伊豆・小笠原弧における背弧火成活動モデル

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,背弧海盆のひとつである北部伊豆・小笠原弧の背弧海山列から,高い採取地点密度でドレッジされた大量の岩石試料の記載と化学分析によって,これまで以上の時間空間分解能で岩石学的解析を行ったもので,その結果に基づいて背弧海盆およびそれに伴う背弧海山火成活動の成因について従来とは異なる新しい考えを提出したものである.

本論文は7章からなっている.第1章では,世界の背弧海盆と背弧海山列をレビューし,雁行海山列が存在することに関してその成因的重要性について示した.第2章では,背弧海山におけるマグマの岩石学的性質についてこれまでの研究をレビューした.第3章では,岩石試料の採取方法や分析方法などについて記述した.第4章では,背弧海山のひとつである延宝海山列について議論を絞り,2つの異なる起源マントルがあることを指摘した.第5章では,延宝海山列の議論を他の海山列に拡大し,3つの岩石グループとそれぞれに対応する起源物質が存在したこと,および,沈み込むスラブの影響の及ぶ範囲について言及した.第6章では,3つの岩石グループのマグマの発生条件や時間的空間的関係について議論した.第7章では,以上の結果を踏まえて,北部伊豆・小笠原弧背弧の雁行海山列における火成活動のモデルを提案した.

本地域で採取された岩石試料は大きく異なる化学的性質を持つ3つのグループに分けられ,それぞれが異なるマントル物質の融解によってできたことを示した.すなわち,more enriched suites, less enriched suite, more depleted suiteの3つであり,それぞれが異なる微量成分元素比,同位体比,鉱物の化学組成などが認められており,起源物質の肥沃度が異なったものと解釈した.また,これら3つの岩石グループは,それぞれ,紀南海山列,四国海盆底,火山フロントの玄武岩に対比でき,それぞれ同一のマントルに由来すると考えられる.このうち,最も肥沃度の高いマントルは約1,300〜1,350℃, 約15〜2.0 GPa で融解したことを求め,他2者はそれより低温・高圧で融解したと結論した.また,これらの起源マントルには沈み込むスラブから由来した流体の影響が明瞭に認めることも明らかにした.これらのことから,本地域の背弧海山列を作った火成活動は,四国海盆拡大に続いて,深部から上昇した肥沃度の高いマントルが海溝側に東進してきたこと,さらに,これが熱源ともなって,それ自身や周囲のスラブ直上マントルを溶かして3種の火山岩グループの初生マグマが生じたという動的なモデルを提案した.

なお,本論文の第4章は,石井輝秋助教授との共同研究であるが,本論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

従って,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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