学位論文要旨



No 118871
著者(漢字) 紋川,亮
著者(英字)
著者(カナ) モンカワ,アキラ
標題(和) 火星隕石中のマグマティックインクルージョンの形成過程 : 火星マグマ中の水
標題(洋) Formation process of magmatic inclusion in martian meteorites : Implication for water in parent magma
報告番号 118871
報告番号 甲18871
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4524号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 杉山,和正
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 教授 村上,隆
 東京大学 教授 長尾,敬介
 東京大学 助教授 石井,輝秋
内容要旨 要旨を表示する

火星起源と考えられている隕石は、角閃石、雲母および粘土鉱物などの含水鉱物が含まれており、その存在は、火星の内部も地球とよく似た環境であったことを予見させる。特にTiに富むkaersutite(図1)と呼ばれる角閃石は、地球と火星の両方の岩石に含まれており、火星マグマも地球のマグマと同様に一定量の水を含んでいることを強く示唆している。しかし、火星隕石中のkaersutiteは、Watson et al. (1994)によるHの定量分析の結果、低H含有量(H2O=0.1-0.2wt%)であり、地球上のkaersutiteとは、著しく異なることが明らかになった。この結果を用いて見積もられた火星マグマの含水量は、非常に乏しく、これまで報告されている火星の水の存在を示す観察結果と矛盾する。そこで本研究では、火星阻石中のkaersutiteの結晶化のメカニズムを明らかにし、kaersutiteの含水量と火星マグマとの関係を議論した。

火星隕石中のkaersutiteが低H含有量である理由は、(1)Fe2+の酸化に伴う脱水素反応の発生(2)角閃石構造中へのTi4+の濃集という2つの可能性が考えられる。

Fe2+の酸化脱水素反応

酸化脱水素反応(Fe2++OH=Fe3++O2-+1/2H2)は、Feの酸化により電荷バランスを保つためにHを放出するために起こる反応である。この反応は、角閃石が酸化環境下で加熱された時に起こると考えられている。火星阻石中のkaersutiteも、火星表層部への噴出や火星脱出時に起こったと考えられている衝突イベントにより、酸化環境下で加熱されたことにより脱水素化したと考えられている(Popp et al. 1995、King et al. 1999)。この仮説の検証のために、長崎県壱岐島産の酸化kaersutiteを用いて酸化脱水素反応が起こる温度・酸素分圧を推定した。この結果、kaersutiteは酸素分圧HW(hematite-wdstite)buffer以上で700-1060℃の温度範囲で加熱された際に酸化脱水素反応を起すことがわかった。

次に、kaersutiteを含む火星隕石(Zagami)の噴出時の温度・酸素分圧をFeTi酸化物による地質温度計から見積もった。この結果、Zagamiは、780℃、log(fO2)=QFM-1.2で平衡に達したことが明らかになった。この酸素分圧は、kaersutiteが酸化を起すのに必要な酸素分圧の値と比較して低いため酸化脱水素反応は起こらない。つまり、Zagami中のkaersutiteが低H含有量である原因は、結晶化後の酸化脱水素反応によるものではないと考えられる。また、衝撃実験結果から、衝撃イベントの際に発生したと考えられていた脱水素が、発生しないことが確認されている(Minitti et al. 1998)。

角閃石構造中へのTi4+の濃集

火星隕石中のkaersutiteが低H含有量であるもう1つの理由は、kaersutiteが結晶するときに、価数の大きい元素であるTiをその構造中に取り込むことにより、電荷バランスを保つためにH原子を構造中に取り込まなかったためと考えられている。これまでの研究により、角閃石中のTi含有量の増加とH含有量の減少には相関関係があることが報告されている(Tieplo et al. 1999)。本研究でも、地球産の累帯構造を持つkaersutiteのH含有量、Fe3+/全Fe比、主要元素分析からTiとHの間に負の相関を観察した(図2)。この結果から、火星隕石中のkaersutiteが地球産kaersutiteより低H含有量である原因は、火星隕石中のkaersutite(TiO2=〜10wt%)が、地球産kaersutite(TiO2=5-6wt%)よりもTiO2含有量に富むためであると推定した。Tiに富むkaersutiteの結晶化条件は、2っある。ひとつはTiに富むメルトからの結晶化である。これまで報告されている結晶化実験の結果、火星隕石中のTiに富むkaersutiteは、Tiに富むメルト(TiO2=〜8wt%)から結晶化すると予想される。しかしながら、火星隕石中のmagmatic inclusion全体のTi含有量は非常に乏しく(TiO2=0.5-1.5wt%)、このメルトから火星隕石中のTiに富むkaersutiteを結晶化させることは難しい。もうひとつの条件は、0.2GPa以上の圧力下での結晶化である。この条件は、他のTiに富む鉱物(ilmenite等)の結晶化を妨げ、角閃石のみが結晶化する条件から見積もった。この条件は、Tiに富むkaersutiteの結晶化にとって非常に重要な条件であるため、kaersutiteを含む火星隕石中のmagmatic inclusionがどの程度の圧力下で結晶化したのかを明らかにする必要がある。本研究では、olivineのCaの化学的ゾーニングと輝石の離溶ラメラの幅から冷却速度を見積もることにより、火星隕石中のmagmatic inclusionが結晶化している間の圧力を推定した。その結果、これまで、深部で形成したと考えられてきたkaersutiteを含む火星隕石が、火星表面付近のごく浅い場所で形成したことが明らかになった。これは、kaersutiteを含むmagmatic inclusionが非常に低圧(約0.1MPa=1bar)で結晶化したことを示している。この条件では、Tiに富むkaersutiteの結晶化は起こらないと考えられる。

kaersutiteの結晶化条件を考慮に入れた結果、本研究は、火星隕石が受けている強い衝撃によるmagmatic inclusionの部分的な溶融により、火星隕石中のTiに富むkaersutiteが生成されたことを提案した。このモデルは、本研究の中で明らかになったTiに富むkaersutiteの結晶化に必要な条件をすべて満たす。まず、Tiに富むメルトは、magmatic inclusion中に元々含まれていた鉱物(輝石、FeTi酸化物、長石質ガラス)の溶融により形成されると考えられる。またもうひとつの条件である高圧下でのkaersutiteの結晶化は、火星隕石が経験している強い衝撃により説明することが可能である。さらに、本研究では、この説を検証するために、火星magmatic inclusion中に含まれている鉱物とよく似た組成を持つ鉱物を用いて衝撃実験を行った。この結果、火星隕石が受けたと見積もられている衝撃圧(30〜45GPa)で、出発物質(輝石、長石、FeTi酸化物)の接している箇所で部分的な溶融が観察された(図3)。これは、これら3種類の鉱物が

これまで、kaersutiteを含む火星隕石は、kaersutiteが高圧下で安定であるということから、火星深部で結晶化したと信じられてきた。このためkaersutiteのH含有量は、火星深部のマグマの含水量を反映していると考えられてきた。しかしながら、本研究の結果から、火星隕石中のkaersutiteのH含有量が、火星深部のマグマの含水量を示すものではなく、火星表層部でのマグマの含水量を示していることが明らかになった。

本研究は、火星表層部におけるマグマの含水量の情報を示した初めての研究である。この結果は、火星深部における水の存在を期待させるものであり、これまで行われてきた火星観測の結果とも調和的である。

kaersutite を含む Chassigny 中の magmatic inclusion

地球産および火星隕石中のkaersutiteのHとTiの相関関係。

50GPa.での衝撃回収実験の回収サンプル。

審査要旨 要旨を表示する

火星隕石には、雲母、角閃石および粘土鉱物などの含水鉱物が含まれるため、火星マグマも地球マグマと同様にH2O成分を含む環境で生成したと考えられている。またこの推察は、最近ようやく明らかとなった火星表層の侵食地形および極付近に存在する氷などの探査結果とも矛盾しない。

本論文の最も重要な成果は、火星隕石に含まれるTiO2成分に富みH2O成分が少ない極めて特異なkaersutiteの生成メカニズムを明らかにして、火星マグマの含水量に関する定量的な制約を与えたことにある。

火星隕石には、TiO2成分に富むkaersutiteという角閃石が含まれている。しかし、火星隕石に含まれるkaersutiteは、低H2O(0.1-0.2wt%)であり、地球のkaersutiteとは著しく異なる。すなわち、火星隕石のkaersutiteは、地球の通常環境から著しく異なるメカニズムで晶出したことは明らかであり、このメカニズムの解明が、火星マグマのH2O成分の推定に極めて重要な情報を与えてくれることは明らかである。

火星隕石のkaersutiteが低H2Oである原因は、Fe2+の酸化あるいはTi4+の濃集という2つの可能性がある。本論文では、地球に産するkaersutiteを用いた室内実験を通じて、kaersutiteの酸化脱水素反応が起こる酸素分圧および温度条件を正確に決定した。そして、酸化脱水素反応に不可欠な条件と、kaersutiteを含む火星隕石が生成した条件とを比較検討することによって、火星隕石のkaersutiteは酸化脱水素反応を経験していないこと明瞭に示した。また、地球に産出するkaersutiteの化学組成を詳細に検討した結果、火星隕石中のkaersutiteが地球産kaersutiteと比較して低H2O含有量である原因は、火星隕石中のkaersutite (TiO2=10wt%)が、地球産kaersutite (TiO2=5-6wt%)よりもTiO2含有量に富むことが本質的であることを示した。さらに、火星隕石のかんらん石および輝石の組織構造から火星隕石の受けた冷却速度を見積もり、これまで深部で形成したと考えられてきた火星隕石が、通常kaersutiteの晶出が不可能な火星表面のごく浅所で形成したことを明らかにした。すなわち、火星隕石の特異なkaersutiteの成因には、(1)火星表面のごく浅所で(2)H2O成分に乏しくTiO2成分に富む融液に(3)0.2Gpa以上の高圧条件が満たされることが不可欠であることを確定した。

本論文の後半では、これらの実験結果を踏まえ、火星隕石中のkaersutiteは、輝石、FeTi酸化物および長石質ガラスから構成されるmagmatic indusionが、強い衝撃圧縮を受けることによって生じるTiO2に富む溶融から生成されたとする新しいモデルを提唱し、この仮説を衝撃実験によって検証している。火星隕石が受けたと見積もられる衝撃圧(30〜45GPa)を、輝石、長石およびFeTi酸化物の混合物に加えた結果、これら3種類の鉱物近接する領域でH2O成分が少なくTiO2成分に富むケルスータイト組成のメルトが生成することを実験的に示し、本論文の提唱するモデルが、特異なkaersutiteを生成させるすべての条件を満たす簡潔およびきわめて合理的な発案であることを確定した。

本論文の結論は、(1)結晶固化の過程でmagnmatic inclusionを取り込んだ火星隕石の母岩体は、火星表層浅所での冷却プロセスを経験した事実を鉱物組織構造から明らかにしたこと、(2)火星隕石の特異なkaersutiteは、このような母岩に取り込まれたH2O成分が比較的乏しく、輝石、FeTi酸化物および長石などによって構成されていたmagmatic inclusionが衝撃圧縮を受けることによって生じた低H2Oかつ高TiO2メルトから結晶化したこと(3)magmatic inclusionの含水量が低かったことは、magmatic inclusionが火星表層比較的浅所で取り込まれたことが原因であると考えることが妥当であることを明瞭に議論し、火星隕石中のkaersutite生成メカニズムを纏めている。そして、火星障石中のkaersutiteのH2O含有量が、火星表層部でのマグマの含水量を示していることを結論し、火星マグマのH2O含有量に関する定量的な制約を与えることに成功した。

火星隕石の生成プロセスを詳細に紐解きかつ火星マグマのH2O含有量に定量的な制約を与えることに成功したこれらの研究成果は、隕石学および鉱物学の発展に寄与するところが少なくない。したがって、博士(理学)の学位を授与するにふさわしいと認める。

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