学位論文要旨



No 118873
著者(漢字) 横山,正
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,タダシ
標題(和) 岩石-水反応の機構論的・速度論的研究 : 神津島流紋岩の風化
標題(洋) Mechanisms and kinetics of water-rock interactions : Weathering of Kozushima rhyolites
報告番号 118873
報告番号 甲18873
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4526号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小暮,敏博
 東京大学 教授 浦辺,徹郎
 東京大学 教授 山岸,晧彦
 東京大学 教授 村上,隆
 東京大学 助教授 杉山,和正
内容要旨 要旨を表示する

近年,地球表層の元素の循環や分配に大きな影響を及ぼす珪酸塩鉱物の溶解反応が盛んに研究されている.その中で,天然と実験で溶解速度(単位面積・単位時間当たりの元素の溶出量)に最大5桁の食い違いが指摘されている.この原因を大別すると,従来主に以下が考えられてきた.(1)天然における反応面積・反応時間の見積もりの誤差(複雑な水の流動や乾燥の影響などのため)(2)天然と実験での鉱物の表面状態の違いの影響(3)天然と実験の溶液組成(pH, 溶存元素濃度など)の違いの影響 従来天然での溶解速度は,ほとんどが河川や地下水における溶存元素の質量収支に基づいて見積もられている.しかし,その場合(1)の問題が避けられず,これが天然と実験の食い違いの最も有力な原因と考えられてきた.(2)や(3)については,その影響が十分に評価されるには至っていない.

伊豆神津島では,十数回の流紋岩の噴出があったことが知られている.これらの溶岩は,約65-ka(65,000年前)から現在までに約数千年おきに噴出したものである(年代はESR法で決定した).このうち,天上山・神戸山・大沢・阿波命の各溶岩については,以下の特徴がある.・噴出年代および風化の程度が異なる(天上山1.1ka, 神戸山1.8ka, 大沢26ka, 阿波命52ka)・噴出時の化学・鉱物組成が極めて類似(ガラスが約90%を占め,ガラスの化学組成が同じ)・神津島は年中多雨なため,溶岩内部は湿った状態が保たれる・透水性が良いため,溶岩が深部まで均質に風化している・多孔質で比表面積が大きいため(図1),反応面積をBET法によって正確に測定できる このような好条件がそろっていて(1)の問題がほとんどないため,(2)や(3)によってどの程度天然と実験の溶解速度に食い違いが生じるかを評価するには理想的な研究対象である.

以上をふまえ,まず溶岩の化学組成や岩石組織の経年変化を調べて,天然での溶解速度を算出した.次に,反応条件が制御された系での溶岩の溶解速度を実験により求めた.天然と実験の溶解速度を比較すると約2桁の食い違いがあった.これらの結果を有機的に結びつけるために,実験結果を基に理論計算を行って作成した岩石の溶解モデルと,天然の解析結果とを比較して,天然での岩石の溶解速度を支配する要因を調べた.

4つの流紋岩をXRF, XRD, EPMA, SEM, TEMなどで分析した.SiO2の含有量に着冒すると,52,000年間で約17%減少していた(図2).この減少量を反応時間と反応面積で割れば溶解速度(約6×10-19mol/cm2/sec)が得られる.また,風化に伴う溶岩の色の変化から,溶出した鉄は風化初期には水酸化鉄として沈殿し,それが徐々により安定な針鉄鉱へと変化することが分かった(図3).

天然との比較のために,1.1kaの溶岩を用いて溶解実験を行った.通常溶解実験では鉱物の粉末を試料として用いるが,本研究では,溶岩の粉末(粒径53〜106μm)の他に,より天然に近い状態を再現するために,溶岩のブロック(直径2.6cm, 高さ8cmの円柱)を用いた実験を行った.純水(pHは天然とほぼ同じ)を流通させた実験を行った結果,20℃では粉末で天然よりも80倍,ブロックで天然よりも8倍速い溶解速度が得られた(図4).溶液分析にはICP-MS/AESを用いた.

粉末とブロックの溶解速度の食い違いの原因を明らかにすれば,天然と実験の食い違いの原因に関する情報が得られるはずである.粉末とブロックの食い違いの原因としては,粉末では粉砕によって溶けやすい箇所(欠陥やエッジなど)が多く生成すること(上記(2)に相当),粉末とブロックで溶液組成が異なること(上記(3)に相当)の2つが考えられる.まず前者については,実験開始時には溶解速度は粉末・ブロックともに速く,徐々に減少する.この溶解速度の減少は表面状態の変化によるものと考えられ,粉末の方が溶解速度の減少量は大きい.しかし,実験後半では粉末・ブロックともに溶解速度はほぼ一定値に至っており,その値はブロックより1桁大きい.したがって,表面状態の違いが粉末>ブロック>天然の食い違いの主な原因である可能性は低い.次に後者については,粉末の場合,試料表面は全体が溶存元素濃度の低い流水と反応している.一方,ブロックの場合,試料内部での水の流れ(移流)はほとんど無く,溶出した元素は主に間隙水中を拡散によって移動し,外部に到達して流水で洗い流される.間隙水中の溶存元素の拡散速度を透過拡散実験(図5)にて測定した結果,得られた拡散係数は2.3×10-7cm2/secであった.この値と,粉末の溶解速度を基に,拡散-移流-反応方程式を用いて,ブロック内部のSi濃度および溶解速度の深さ方向での変化を計算した結果(岩石の溶解モデル)が図6である.図6から,拡散で洗い流されるのはブロックの側面から約4mmの深さまでで,全体の約70%は元素濃度が高い状態に保たれることが分かる.実際に,ブロック内部の溶液組成を調べるために,遠心分離により段階的に遠心力を上げながら間隙水を取り出して分析したところ,間隙水全体の元素濃度は外側の流水よりも10〜100倍高いことが分かり,さらに固体-水界面近傍の元素濃度の変化に関する情報も得られた.元素濃度の増加に伴うガラスの溶解速度の減少については,多くの報告がある.計算では溶解速度はSi濃度の増加に比例して減少すると仮定してある.図6において平均の溶解速度は5×10-18mol/cm2/secであり,ブロックの溶解実験結果(5×10-18mol/cm2/sec)と非常によく一致している.したがって,粉末よりブロックの溶解速度が遅いのは,ブロック内部で元素濃度の高い部分が多いことが主な原因である.同様の計算を天然に適用する場合,近似として,図7から天然の岩石の典型的な大きさを300mmと設定し,常時7.9mm/日の降水(神津島の年間降水量2871mmに相当)が岩石内部を一定速度で流れ,岩石と岩石の隙間は純水が流れると仮定すると,岩石内部の90%以上は元素濃度が高い状態になり平均溶解速度は7×10-19mol/cm2/secと計算される.この結果は実際の天然の溶解速度(6×10-19mol/cm2/sec)とよく一致し,かなりよく天然の現象を再現できていると言える.以上より,粉末>ブロック>天然の食い違いは,元素濃度が高い部分の割合が天然>ブロック>粉末であること(上記(3))として理解できる.

岩石の風化を定量的に扱うには,岩石中の元素の拡散速度の評価が不可欠だが,従来天然と実験の食い違いの原因を解明する目的で拡散速度を測定した例は無い.本研究では,天然・実験の両方で溶解速度を求め,拡散速度を測定した結果,天然・実験・理論が有機的に結びつき,天然と実験の関連性が鮮明になった.なお,従来他の地域で指摘された天然と実験の食い違いに関しては,天然での反応面積や反応時間を再度正確に測定して溶解速度を決定し,それを案験値と比較したとしても,溶液組成の影響で天然の方が実験よりも遅くなる.すなわち,本研究により,天然と実験の食い違いの本質的な原因は(3)であることが明確になった.

流紋岩のSEM写真

風化によるSiO2含有量の変化

風化による色の変化

溶解実験結果 (a)粉末試料 (b)溶解速度の温度依存性 (c)ブロック試料

透過拡散実験装置と実験結果

岩石内部のSi濃度と溶解速度(拡散-移流-反応方程式で計算)

阿波命溶岩 (52-ka) の露頭

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、伊豆神津島の流紋岩を研究対象として、その化学風化の機構や速度を解明することを目的として行った研究をまとめたものであり、全6章からなる。

第1章では,本研究を始めるに至った背景と目的,そして本学位論文の各章の概要が述べられている。第2章では、従来よく分かっていなかった神津島における火山活動史を、ESR法による16個の流紋岩の年代測定によって明らかにしている。第3章では、風化年数および風化程度が異なる4つの溶岩を選び、その化学組成の経年変化を調べることによって、流紋岩ガラスの天然での風化(溶解)速度とそれに伴う粘土鉱物の形成速度を算出している。河川や地下水などでの溶存元素の質量収支から溶解速度を見積もるという従来の研究手法では天然での反応面積や反応時間の見積もりが困難であったが、本研究では独自の手法でそれらを正確に評価しており、得られた溶解速度は地球化学的に貴重なデータとして非常に評価できる。また本章の内容は海外の一流誌にすでに掲載されており,高い評価を得ている。第4章では天然と実験の反応機構の違いを調べるために,岩石の粉末を用いた一般的な溶解実験の他に岩石のブロックを用いてより天然に近い状態を再現した溶解実験を行っている。得られた溶解速度は前章に於いて天然から算出されたものと,2種類の溶解実験から得られたものは大きな違い(粉末実験は天然の80倍、岩石ブロック実験は天然の8倍)を示した。この違いの原因について、特に溶液組成と反応表面状態の違いに注目して詳しく議論しており,レベルの高い研究成果となっている。第5章では、天然と実験の結果を統一的に理解するために、流紋岩の間隙水中における元素の拡散速度を測定し、実験結果を基に天然の現象をシミュレートするためのモデル計算を行っている。そして粉末実験・ブロック実験・天然の溶解速度の食い違いが、岩石内部の物質輸送速度を考慮することで定量的に説明できることを提案している。第6章では、風化によって溶岩から溶出した鉄が、風化初期には水酸化鉄として沈殿し、それが風化の進行に伴ってより安定な針鉄鉱へと変化する様子を、溶岩の色の経年変化の解析から明らかにしている。溶岩の風化によって生成した鉄鉱物の量が極めて少なく、一般的なX線回折や電子顕微鏡などの分析装置で鉄鉱物の情報を得るのは困難であるが、本研究では鉄鉱物の生成に敏感な溶岩の色の変化に着目して鉄鉱物の種類や量の変化を調べており、その手法は非常に独創的である。

なお、本論文第2章は、島田 愛子・梅村 孝志・豊田 新との共同研究、第3章および第4章の一部はJillian F. Banfieldとの共同研究、第5章の一部および第6章は中嶋 悟との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究の構想・データの収集・解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であることは確実である。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク