学位論文要旨



No 118875
著者(漢字) 金,誠培
著者(英字)
著者(カナ) キム,スンベ
標題(和) 性ホルモンリセプターのシグナル伝達を指標とした化学物質スクリーニング法の開発
標題(洋) In vivo and in vitro assay and screening of chemicals involved in cellular signaling through sex hormone receptors
報告番号 118875
報告番号 甲18875
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4528号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 浜口,宏夫
 東京大学 教授 長谷川,哲也
 東京大学 助教授 田中,健太郎
 東京大学 教授 長棟,輝行
内容要旨 要旨を表示する

生態系にはさまざまな内分泌撹乱物質 (endocrine disrupting chemicals; EDC) が存在しており,近年,野生動物の生殖異常や催奇形性などの一因であることが指摘されている.この原因はEDCによって細胞内シグナル伝達の恒常性が撹乱され,遺伝子発現の変動,蛋白質間相互作用あるいは蛋白質-DNA間相互作用の程度に変化が起きるためと推定される.EDC投与による情報伝達系の撹乱を体系的にかつ簡便にスクリーニングする方法の開発は,現在急務の課題である.私は博士課程において,1)生きたCOS-7細胞内でのandrogen receptor (AR)の核内移行を指標にしたEDC定量分析法の開発(細胞系)2)黄色蛍光蛋白質(YFP)融合 estrogen receptor (YFP-ER)とDNAとのホルモン依存的な結合を指標にしたEDC定量分析法の開発を行った(非細胞系).

ARの核内移行を指標にしたEDC定量分析法

原理:シーパンジー由来の Renilla luciferase C末側の230番から311番目のアミノ酸配列 (LucC) とシアノバクテリア由来のスプライシング蛋白質DnaEのC末側 (DnaEc) をARに結合してミドリザル由来COS-7細胞の細胞質に局在させる(図1 (1) ; dra).この細胞に Renilla luciferase の1番から229番目までのアミノ酸 (LuoN) とDnaEのN側 (DnaEn) との融合蛋白質にFlag抗原認識アミノ酸配列 (DYKDDDDK) と核内移行シグナル(NLS)になるアミノ酸配列(DPKKKRKV)を連結して発現させ,核内に局在化させる(flud).プロテインスプライシング反応の効率を上げるためにスプライシングjunctionにそれぞれ6アミノ酸配列 (KFAEYC) と5アミノ酸配列 (FNLSH) を導入した(図1 (1)).細胞に男性ホルモン (androgen) を添加すると,ARはandrogenに結合して核内に移行する.この時DnaEnとDnaEcが相互作用しスプライシング反応が起こり,Renilla luciferase の活性が回復する.この酵素活性を基質である coelenterazine を用いて発光強度により定量評価する(図1 (2)).

結果と考察:アンドロゲン添加による核内移行とそれに続くスプライシング反応を検証するために,抗AR認識抗体を用いて western blotting を行った(図2 (A)).レーン(1)はCOS-7細胞,レーン(2)は融合蛋白質のN側とC側を共発現したCOS-7細胞に5α-dihydrotestosterone (DHT)を添加しない場合,レーン(3)は融合蛋白質のN側とC側を共発現したCOS-7細胞にDHTを添加した場合の結果である.DHT添加した場合は,DHT添加しなかった場合に比べ特異的なバンドが161kDと135kDに観察された.この161kDのバンドはスプライシングの中間体(図1[A]),135kDのバンドはスプライシング産物(図1[B])の分子量に一致する.以上から細胞内でDHT添加によりスプライシング反応が起こっていることが分かった.次に immunocytochemisty を利用して細胞内で発現した融合蛋白質の局在をイメージングした(図2 (B)).図2(B)のAは蛍光イメージング結果,Bは透過光と蛍光イメージをマージしたものである.DHT添加前のAR融合蛋白質 (LucC-fused AR) の蛍光イメージは細胞質に局在していることが分かった.一方,DHT添加後,核内に局在することが分かった.従って,DHT刺激によって発現させたAR融合蛋白質が核内移行することが分かった.一方,Flag配列及びNLSのついているN末側融合蛋白質はDHT刺激有無に関係なく核内に留まっていることが分かった.以上の結果から,図1に示した検出原理が細胞内で起きていることが分かった.

次に細胞系実験でEDC濃度依存性を検証した.使用した男性ホルモン又は男性ホルモン様化学物質は次の13種類である.内分泌男性ホルモンとしてDHT, testosterone, 19-nortestosteroneを,女性ホルモンとしてE2, progesteroneを,前立腺癌治療薬としてCPA, flutamideを,農薬として vinclozolin, procymidone, o,p'-DDTを,プラスチック成分としてPCBを,リン酸化によるAR活性化試薬として,PMAとforskolinを分析に用いた.それぞれの化学構造式を図3に示した.結果を図4に示す.DHTを添加した場合,ホルモン濃度依存的に発光強度が1.0×10-9Mから上昇し,1.0×10-5Mでほぼ最高値に到達した.一方,procymidoneの場合は同様の濃度範囲で発光強度の上昇は観測されなかった.vinclozolinは1.0×10-7Mから有意な発光強度の差が観測された.各々のホルモン及び化学物質10-6M刺激による発光強度の相対的な強さは次の順番であった.発光強度の強さの順(10-6M point) : DHT(100%)>testosterone(72%)>19-nortestosterone(64%)>vinclozolin(39%)=E2(36%)>CPA(26%)=progesterone(22%)=o,p'-DDT(25%)>PMA(22%)>flutamide(16%)>forskolin(11%)=PCB(11%)>procymidone(0.7%)=Control(C末側融合蛋白質だけを発現させた細胞にDHT刺激を加えた場合)(0.4%).次にprocymidoneのantagonist効果を検証した(図4 (C)).DHT10-7M存在下,procymidoneの濃度を上げるにつれ,発光強度が徐々に下がった.DHT10-7Mとprocymidone10-4Mとのmixtureで刺激した場合,DHT10-7Mだけで刺激した場合に比べて,14%まで発光強度が減少した(図4 (C)).

以上の結果から,N-とC-末側融合蛋白質を共発現させたCOS-7細胞においてARの核内移行量を定量的に評価できることが分かった.

次に生きたマウス個体内のアンドロゲン検出法の開発を行った.図5は5週齢のマウスの四肢の四箇所に(1)COS-7細胞そのもの,(2)C側の融合蛋白質を発現させたCOS-7細胞,(3)N側の融合蛋白質を発現させたCOS-7細胞,(4)N, C側の融合蛋白質を共発現させたCOS-7細胞をそれぞれ移植した(図5(A)).移植して2時間後腹腔にDHT1.0×10-5Mを投入した.16時間後マウス体内でスプライシングにより形成した luciferase の生物発光をCCDカメラでイメージングした.その結果,複合蛋白質のN側とC側が共に発現した右下(4)の場合のみに強い発光強度が得られた.そのマウスの四肢4箇所の発光強度の経時変化を基質添加後35分間測定した(図5(B)).その結果,10分から15分頃に発光強度がpeakに達することが分かった.次に同様に細胞移植したマウスにおいてDHT刺激有無による発光強度を検証した(図5(C)).移植した部位からの発光強度を比較してみるとDHT刺激した場合,DHTを刺激しなかった場合より,平均3.5倍強い発光強度が得られた.この結果は生きた動物内で,DHT刺激によりARの核内移行に伴い形成されたrenilla luciferaseの酵素活性を,非侵襲的に検出出来ることを示している.

本実験結果から生きた動物の皮下に移植した細胞の発光強度を指標に,性ホルモンの検出が可能であることが示された.

次にAR antagonistのPCBとprocymidoneなどの化学物質の脳への影響を検証した.生きたマウスでの化学物質による発光強度の変化を検証してみた.DHT(10μg/kg body weight) とPCB又はprocymidone (10mg/kg body weight) mixture による刺激を加えたところ,DHT (10μg/kg body weight) のみに比べて,脳からの発光強度が抑えられることが分かった(図6(A)).その発光強度の平均値を図6(B)に示した.Control である1%DMSOで刺激した場合,又は,DHTとPCBやprocymidoneとの混合液で刺激した場合に比べて,DHTのみの刺激を施した場合に選択的に強い発光を示すことが観測された.以上の結果からPCBとprocymidoneはマウス体内での様々な障壁(排出,代謝など)及び脳のblood brain barrier (BBB)を通過して,脳室内に影響を与えることが分かった.

以上より二分した renilla luciferase のプロテインスプライシングによる再構成法を利用して,ARの核内移行を発光強度で定量分析する新たなEDCスクリーニング法を確立した.この方法の特徴は以下のことを含む.(i)AR 以外の核内移行蛋白質にも応用可能な一般方法である.核のみならず,細胞小器官に輸送される標的蛋白質の同定に応用できる一般性を持つ.(ii)この方法は臓器内又は皮膚など関心のある部位での標的シグナル伝達過程のイメージングが可能である.(iii)細胞内での分子の移動及びシグナル伝達をマウス個体レベルでほぼ同時に且つ非侵襲的に分析できる.(iv)従来の非特異的なイメージング法であるMRIやCT撮影法に比べて,この分子レベルの特異的な定量イメージングが可能である.(v)製薬又は環境ホルモン分析において,薬の副作用検証又は毒性検証に応用できる.(vi)gene therapy 又は新薬の効果を生きたマウス個体で経時的に評価できる.

性ホルモンリセプターとDNAとの結合を指標にしたEDC分析方法の開発

原理:小さなガラス基板上に,女性ホルモンリセプター (estrogen receptor; ER) が特異的に結合するDNA配列 (estrogen response element ;ERE) を固定化する(図5).大腸菌発現系を利用して合成したYFP融合ERを化学物質とインキュベーション後,そのガラス基板上に添加する.YFP-ERが女性ホルモン(E2)と結合すると、ER内構造変化が起こり,YFP-ERはEREと結合する(図5(B)).一方,エステロゲンが無い場合、ERはER内構造変化を起こさずEREには結合しない(図5(A)).このガラス基板上に結合したYFP-ERの量を蛍光強度(Exmax=488nm, Emmax=528nm)を指標に定量する.

実験:ガラス基板の上に約0.17mmのagaroseゲル層を作成し,その上にEREをavidin-biotin反応によって固定化した.次に大腸菌発現系により合成したYFP-ERを,化学物質と共に3時間(4℃)インキュベーションした.基板を洗浄した後,EREに結合したYFP-ERからの蛍光強度を蛍光プレート・リーダーで測定した.

結果:図6に化学物質濃度依存性を示す.女性ホルモンの17β-estradiol (E2) は1.0×10-13Mから蛍光強度の上昇が観られ1.0×10-11Mで最高値に到達した.合成女性ホルモンである ethynylestradiol (EE2) は17β-estradiolの濃度依存性曲線とほぼ一致した.最も結合力の強い合成女性ホルモンとして知られているDESを添加した場合,蛍光強度が0.33×10-13Mから上昇して1.00×10-11Mでほぼ最高値に到達した.一方,弱い合成女性ホルモンであるOHTは1.00×10-12Mから蛍光強度の上昇が観られ1.00×10-10Mで最高値に達した.合成女性ホルモンであるclomipheneの場合,1.00×10-11Mから蛍光強度の上昇が観測された.今実験で用いた女性ホルモンのホルモン活性の序列はDES>E2≒EE2>OHT>Cloであることが分かった.開発した方法は(i)短時間かつ高感度で,多数のエストロゲン様化学物質の分析が可能であること,(ii)ガラス基板の上での反応であるため,少量のサンプルで分析ができ,(iii)基板が小さいので持ち運びが容易であるため,汚染現場での分析が可能である特徴を有している.

まとめ

以上、本研究1は細胞系EDC分析法としてARのホルモン依存的な核内移行を指標にしたEDC定量分析法を開発した.この分析法はARの核内移行によりスプライシング反応が起こり,その産物であるrenilla luciferaseの活性が回復し,その酵素活性を発光強度により定量評価することを特徴とする.更に開発した細胞を生きたマウスの体内に移植することにより,マウス固体内でのアンドロゲンを非侵襲的に検出出来ることを示した.

本研究2の非細胞系として,ガラス基板上にERとDNAとの結合を指標にしたEDC分析法を開発した.この方法は,ガラス基板上でERとEREとの結合を誘導し,その結合したYFP-ERの量から蛍光強度を指標に定量することを特徴とする.開発した方法を利用して,知られている五つの女性ホルモン様化学物質のホルモン活性を分析した.

Split Luciferase システムの原理図.(1)NとC末側融農合蛋白質の発現のために作成したDNA construct を示した.Flagは抗原認識配列(8アミノ酸)で,NLSは核内局在信号配列(6アミノ酸)である.GC Linker は柔軟性アミノ酸配列(6アミノ酸)である.(2)細胞質に局在させたAR融合蛋白質がホルモン濃度依存的に核内移行する.核内でDnaEcとDnaEnとの相互作用によって,スプリットした renilla luciferase の活性が回復する.この活性を発光強度により定量評価する.

(A)Western blottin 結果.レーン(1): Cell crude, レーン(2): DHT非添加細胞(融合蛋白質のN側とC側を共発現),レーン(3): DHT添加細胞(融合蛋白質のN測とC側を共発現).バンド説明:スプライシング反応中間体(161kD), spliced protein band (135kD), LucC-fused AR(114kD), AR分解断片 (78kD).(B)Immunocytochemistry による蛋白質局在のイメージング結果.Aは蛍光イメージング図で,Bは透遣光と蛍光イメージをマージした結果である.蛍光イメージングのために一次抗体はAR又はFlag配列認識抗体を使い,2次抗体はCy-5修飾マウス2次抗体を使用した.

細胞実験で使用した男性ホルモン,男性ホルモン様化学物質,及び,ARリン酸化試薬の化学構造式.Abbreviations: DHT:5α-Dihydrotestosterone, E2: 17β-estradiol, CPA: cyproterone acetate o,p'-DDT: 1-(o-chlorophenyl)1-(p-chlorophenyl)2,2,2-trichloroethane, PMA: phorbol 12-myristate 13-acetate, PCB: polychlorinated biphenyls.

ホルモン濃度依存的な発光信号の変化グラフ.(A)ステロイドホルモンの刺激による発光強度の変化グラフ.(B)非ステロイド系化学物質の刺激による発光強度の変化グラフ.分析したホルモンは内分泌性男性ホルモン(DHT, testosterone. 19-nortestosterone), 女性ホルモン(E2, progesterone), 前立腺癌薬(CPA, flutamide), 農薬(vinclozoline, procymidone. o,p'-DDT), 工業化学物質(PCB)を含む.(C)細胞系におけるprocymidoneによる発光強度の抑制の程度の検証.DHT 10-17Mに異なる濃度の procymidone(10-6M(1:10), 10-5M(1:100), 10-4M(1:1000), 以上,mole ratio)を同時に刺激する.Vehicle としては0.1%DMSOを,DHT only としてはDHT 10-7Mだけを添加する.

生きたマウスの体内でのluciferase活性の回復による発光.(A)5週齢のマウスの四肢の四箇所に(1)COS-7細胞そのもの,(2)C末側の融合蛋白質,(3)N末側の融合蛋白質,(4)N, C末側の融合蛋白質を共発現させたCOS-7細胞をそれぞれマウスに移植した.DHT刺激をしてから2時間を経退する.後,基質の腹膜添加後,2分おきにCCDカメラで発光強度を測定した.(B)細胞を移植したマウスの四肢四箇所からの発光強度の経時変化.(C)DHT刺激有無による発光強度の差の測定.刺激したDHTの濃度:100μg/kg body weight. Unit of the (A) and (C) is photons/sec/cm2/sr.

生きたマウス脳内でのprocymidone及びPCBによる影響を検証する.5週齢マウスの脳に直径0.5mm程度の穴を掘り細胞を移植する.腹膜を経由してDHT (10μg/kg body weight)と procyidone (10mg/kg body weight) 又はPCB (10mg/kg body weight) を投与する.基質投与して発光強度をCCDカメラで測定する.(A)生きたマウスの脳内での発光イメージ.(1):1% DMSOで刺激した場合,(2):DHTのみ投与(3):DHT plus procymidone (1:1000)(4):DHT plus PCB (1:1000)(B)マウス頭部での発光強度の平均値の比較.

DNA Glass Slide (A)とその分析原理図(B), (C). Abbreviation : ER, estrogen receptor, E2, 17β-estradiol, YFP, Yellow fluorescence protein, ERE, estrogen responsive element

YFP融合蛋白質 (YFP-hERα) とエストロゲン応答因子 (ERE) との化学物質依存的な結合を指標にした、女性ホルモン様化学物質のホルモン活性測定.Abbreviation : DES, diethyl stilbestrol, E2, 17β-estradiol, EE2, ethynyl estradiol, OHT, 4-hydroxy-tamoxifen, Clo, clomiphene, ER, estrogen receptor, ERE, estrogen responsive element.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章より成る.第1章は序論であり,本研究の動機と目的が簡潔に述べられている.外因性の内分泌撹乱物質 (endocrine disrupting chemicals; EDCs) が存在しており,近年,野生動物の生殖異常や催奇形性などの一因であることが指摘されている.その原因は,EDCによって細胞内シグナル伝達の恒常性が撹乱され,遺伝子発現の程度などに変化が起きるためと推定されている.本研究は,EDC投与による情報伝達系の撹乱を,体系的に,かつ簡便にスクリーニングする方法の開発に関するものであること,具体的には,1)生きた細胞内でのアンドロジェンリセプター (AR) の核内移行を指標にしたEDCスクリーニング法の開発(細胞系),および2)黄色蛍光蛋白質 (YFP) 融合エストロジェンリセプター (YFP-ER) とDNAとのホルモン依存的結合を指標にしたEDC定量分析法の開発(非細胞系)を目的とすることが述べられている.

第2章は,ARの核内移行を指標としたEDCのスクリーニング法のための生細胞内生物発光可視化プローブの開発と利用について論じている.本プローブは,生細胞内蛋白質の核内移行を可視化する機能をもつ生物発光蛋白質センサーで,遺伝子工学的に作製している.

シーパンジー由来のレニラルシフェラーゼ(RLuc)を分割し,そのC末側(RLucC, 230-331アミノ酸配列)とシアノバクテリア由来のスプライシング蛋白質DnaEのC末側(DnaEc)をアンドロジェンリセプターARに結合して,ミドリザル由来COS-7細胞の細胞質に局在させる.この細胞にRLucのN末側(RlucN, 1-229アミノ酸配列)とDnaEのN側(DnaEn)との融合蛋白質にFlag抗原認識アミノ酸配列 (DYKDDDDK) と核内移行シグナル配列 (DPKKKRKV) を連結して発現させ,核内に局在化させる.プロテインスプライシング反応の効率を上げるためにスプライシングジャンクションにそれぞれ6アミノ酸配列 (KFAEYC) と5アミノ酸配列 (FNLSH) を導入した.細胞に男性ホルモンの一つ5α-ジヒドロテストステロン (DHT) を添加すると,ARはDHTに結合して核内に移行する.この時DnaEnとDnaEcが相互作用しスプライシング反応が起こり,RLucの活性が回復する.この酵素活性を細胞膜透過性基質であるセレンテラジンを用いて生物発光強度により定量評価している.

作成した細胞アッセイ系で13種類の内因性・外因性男性ホルモンのアゴニストおよびアンタゴニストについてARの核内移行量を生物発光強度から定量的に測定した.次に同様の方法をマウス個体内のアンドロジェン活性検出に応用している.すなわち,N, C末側融合蛋白質を共発現させたCOS-7細胞をマウスの局所(四肢,脳など)に移植し,生きた動物内でDHT刺激によりARの核内移行に伴い,形成されたRLucによる発光で,性ホルモン活性が非侵襲的に検出できることを示している.同時に,PCBやプロシミドンなどの化学物質が,血液脳関門を通過し脳室内に影響を与えることも明らかにしている.

従来,核内移行する蛋白質の可視化検出はGFPタッグ法で行われているが,本プローブはスプリットRLucのプロテインスプライシングによる再構成に基づく生物発光検出であり,蛍光のバックグラウンドがなく,確度,感度が高く,また近赤外領域にかかった発光検出であるため,生細胞だけでなく生物個体にも応用できる優れた方法であることを検証している.

第3章は,エストロジェンリセプター (ER) と DNA との結合を指標とした EDC スクリーニング法の開発について述べている.ER が特異的に結合する DNA 配列 (estrogen response element; ERE) を固体基板上に固定化し,外因性エストロジェンアゴニストの結合により誘起される黄色蛍光蛋白質 (YFP) 融合 ER の ERE との結合を,蛍光により検出する非細胞系 (in vitro) システムを開発している.17β-エストラジオールの1.O×10-13Mが検出下限であり,他に4種類の外因性アゴニストについて有効性を検証している.第4章は,総合的結論である.

以上のように,本研究は,分割したレニラルシフェラーゼのプロテインスプライシングによる再構成を利用して,生細胞,個体中のリガンド誘起による AR の核内移行を生物発光強度で検出する方法,および固体基板上に固定化した DNA 配列 (ERE) と ER とのリガンド誘起による結合の蛍光検出法から成る.これらは理学の発展に寄与する成果であり,博士(理学)取得を目的とする研究として十分であると審査員一同が認めた.なお,本論文は各章の研究が複数の研究者との共同研究であるが,論文提出者の寄与は十分であると判断する.

従って,博士(理学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク