No | 118879 | |
著者(漢字) | 片山,正士 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カタヤマ,マサオ | |
標題(和) | 走査トンネル顕微法によるアルカリハライドヘテロ構造の研究 | |
標題(洋) | Scanning Tunneling Microscopy and Spectroscopy of Alkali Halide Heterostructures | |
報告番号 | 118879 | |
報告番号 | 甲18879 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4532号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序 走査トンネル顕微鏡(STM)および走査トンネル分光(STS)は原子分解能での局所的な構造および電子状態の探求に有力な手法である.しかしトンネル電流を測定しているため,絶縁体に対してSTM/STSを用いることは不可能であった.一方,イオン結晶はその多くが絶縁体であるために,バンドギャップが比較的小さい物質を除いてはSTM/STSを用いた研究は行われてこなかった.しかし近年,絶縁体を金属や半導体といった導電性基板上に薄膜成長させることによって絶縁体のSTM/STSによる研究例が報告されるようになった.また絶縁体/金属・半導体ヘテロ構造はSTM/STSが可能となるだけではなく,界面固有の電子状態の発現等といった基礎物性的な観点およびゲート誘電膜としての応用面からも興味がもたれている. 代表的なイオン結合性絶縁体であるアルカリハライド(AH)では,NaCl/Al(111), NaCl/Cu(211), NaCl/Ge(001), KBr/InSb(001)において原子分解能でのSTM観察が最近報告されているが,STSを用いての電子状態の報告例はない.そこで本研究では,半導体(Si(001))および金属単結晶 (Cu(001), Ag(001))基板上のアルカリハライドエピタキシャル薄膜についてSTM/STSを用いての構造および電子状態の解明を目的として研究を行った 実験 STM/STSはOmicron製VT-STMおよびJEOL製JSPM-4500SAを用いて,超高真空下(UHV, 2x10-8Pa),室温で行った.基板清浄面にアルカリハライドをKnudsen-cellから成長させて試料作製を行った.試料の評価には反射高速電子線回折(RHEED),電子エネルギー損失分光(EELS),オージェ電子分光(AES),およびX線光電子分光(XPS)も併用した. LiBr/Si(001)のSTM/STS Si(001)2x1清浄面はボロンドープのSi(001)基板(0.1-10Ωcm)を通電加熱で1500Kまでフラッシュして作製した(図1). LiBr0.4原子層(ML)成長後では図2に示すように高さ0.2nmの島が観察された.このことからLiBrは第一層目はsingle layerで成長することがわかる.NaCl/Ge(001)では第一層目がdouble layerで成長することが既に報告されているが,同じAH/半導体の系において成長様式に差異が生じたのは,AH分子線の性質の差によって説明できる.NaCl分子線は大半がモノマーで構成されるのに対して,LiBr分子線では約50%がダイマーで構成される.研究室における先行研究からLiBr/Si(001)界面ではBr-Si結合が形成されることがわかっており,LiBrダイマーはSiとの結合を2箇所のBrで形成した方が安定と考えられる.その結果LiBrはsingle layerで成長するものと考えられる.(図2c). LiBr1.2ML成長後では図3に示すように高さ6nmの四角い島が観察された.この島は厚さ0.2nmの層が重なった構造をとっており,LiBrが第二層目以降もsingle layerで成長することがわかる. このLiBr島および島周辺部のトンネルスペクトルでは7eVのギャップが開いており,またこのギャップはLiBr膜厚の異なるp1〜p5の場所で同様に得られていることからLiBr膜厚には依存していないこともわかる.最もLiBr膜厚が薄いと考えられる場所(p5)の膜厚は,成長量から1MLと考えられ,1MLで既にバルクLiBr(Eg=7.6eV)同様の電子状態にあると考えられる.これは界面のBrは2個のSiのダングリングボンドと結合しているため,結果としてマーデルングエネルギーが変化していないためと考えられる. STSとの比較のために図4にLiBr/Si(001)のEELSを示す.最も表面敏感とされるEp=100eVを用いた.LiBr膜厚7.3MLではバルク同様のスペクトルが得られ,ギャップは明瞭であるのに対して,3.6MLではまだ基板からの信号が重なるためにギャップは不鮮明である.一方,今回のSTSでは1.2MLで既に明確なギャップが得られており,絶縁体試料の電子状態の探索にもSTSが有効な方法であることがわかる. LiCl/Cu(001)のSTM/STS LiCl/Cu(001)ではCu基板の[100]軸に対してLiClは[100]軸を45゜回転させた構造をとることがRHEEDから観測される.X線吸収端近傍微細構造(NEXAFS)および第一原理計算を用いた研究室での最近の研究から,界面Clに局在した金属誘起ギャップ状態(MIGS)の存在が示されている.このヘテロ界面に特有な電子状態の局所空間観察はきわめて興味深い.Cu(001)基板は機械研磨後,UHV下でAr+スパッタおよびアニールを繰り返して清浄化を行った. LiCl7ML成長後のSTM像を図5に示す.7ML成長後でもCu原子像に対応する像が得られる領域が存在する一方で,LiClの面心立方格子に対応する像が得られる領域も存在した.この像はLiもしくはClのどちらか一方のみが明るくみえていることに対応しており,結晶軸の方位関係はRHEEDの結果と一致した.またこのLiCl像はVs=+0.6Vでのみ強く観察された. LiCl像が得られた領域でのSTSではVs=+0.5Vに基板には存在しないピークが観測され(図 5c 矢印),界面状態であると考えられる.この界面状態とLiCl像が得られた試料バイアスが近いことから,この状態を経てトンネルする際にLiCl像が得られるものと考えられる.さらにLiもしくはClのみが明るくみえていることから,この界面状態はLiもしくはClに局在した状態であると考えられる.STSでLiClのギャップ(Eg=9.4eV)が観測できないため,この界面準位がギャップ内準位であると現時点において断定はできないが,MIGSである可能性が強く示唆される. 試料バイアスとトンネル過程および界面の結合 本研究においてLiBr/Si(001)では+2V<Vs<+4.3V, LiCl/Cu(001)では-2V<Vs<+2Vでのみ安定した像が得られた.LiBr/Si(001), LiCl/Cu(001)ともに高バイアスを印加すると,AHが基板から遊離するためにトンネル電流が不安定になるものと考えられる.基板がSiの場合の方が高バイアスまで安定であることは,AHとSiとの結合が共有結合的であるために,結合エネルギーが0.4eV程度と見積もられるCuとの場合よりも強いことを反映していると考えられる.STM像観察可能な電圧の範囲は界面の結合の強さの情報を与えている. LiBr/Si(001)ではVs>+2VでLiBrの伝導帯をトンネルできるようになるものと考えられる.バンドアラインメントを考慮するとLiBrの伝導帯の方が価電子帯よりもフェルミ準位から近いために,負バイアスに比べて小さい正バイアスを印加することでLiBrの軌道がトンネル過程に寄与できるものと考えられる.これは図3(c)のI-Vの非対称性とも一致する.一方LiCl/Cu(001)では高バイアスを印加することができないため,LiClの軌道は界面準位以外はトンネル過程に寄与しておらず,基板-tip間のトンネル現象であると考えられる.このため,LiClでギャップが観測できないものと考えられる. まとめ 導電性基板上にヘテロエピタキシャル成長させたアルカリハライドのSTM/STSを行い,STSによる電子状態探求がワイドギャップ絶縁体に対しても有効な方法であることを示した. Si(001)2x1清浄面のSTM像16x20nm2, Vs=-1.4V, It=0.1nA p>(a) LiBr 0.4ML成長後のSTM像,50x50nm2, Vs=+3.3V, It=0.2nA (b) (a)のラインプロファイル (c) LiBr/Si(001)の構造モデル (a) LiBr 1.2ML成長後のSTM像,150x150nm2, Vs=+4.2V, It=0.3nA (b) (a)のラインプロファイル (c) (a)のSTS LiBr/Si(001)のEELSのLiBr膜厚依存性 LiCl 7ML成長後のSTM/STS (a) Cu原子像の領域,3x3nm2, Vs=-0.2V, 1.1nA, (b) LiCl原子像の領域,3x3nm2, Vs=+0.6V, 0.1nA, (c) LiCl像の領域のSTS | |
審査要旨 | 本論文は4章からなり,第1章では本研究の背景について述べられている.走査トンネル顕微法はトンネル電流を測定しているため,その対象は導電性物質に限られてきた.近年,ワイドギャップ絶縁体を導電性基板上に薄膜化することによって走査トンネル顕微鏡(STM)および走査トンネル分光法(STS)が可能となることが報告されている.この絶縁体/導電性基板のヘテロ構造は,化学結合が異なる界面の原子構造や界面電子状態の発現といった基礎的な興味に加え,デバイスへの応用という観点からも注目を集めている.本研究では代表的なイオン結合性絶縁体であるアルカリハライドに着目して,半導体や金属基板上に制御されたヘテロ構造を作製し,その電子状態の探究を目的として研究を進めた. 第2章ではSTMおよびSTSを中心に本研究の実験手法について述べられている. 第3章では絶縁体/半導体の系として,基板上に成長させたLiBr薄膜のSTM/STS測定について述べられている.Si(001)上でエピタキシャル成長したLiBr薄膜のラインプロファイルから,LiBrは成長初期からsingle layerで成長することが明らかとなった.STSではLiBrは1層の膜厚でバルクと同程度のバンドギャップをもつことがわかった.これは従来の電子分光測定では基板の影響が排除できなかったが,今回局所プローブを用いることによって明らかになった点である.LiBr成長後に安定した像を得るためには比較的高い試料バイアス(Vs>+2V)が必要なことから,トンネル過程にはLiBrの伝導帯が寄与しているものと考えている. 第4章では金属基板上に成長させたアルカリハライド薄膜のSTM/STS測定について述べられている.絶縁体/金属の系としてLiCl/Cu(001)およびLiBr/Ag(001)のSTM/STSを行った.LiCl/Cu(001)では鮮明なLiCl原子像が試料バイアス+0.6Vでのみ得られ,またLi+もしくはCl-の一方のイオン種のみが明るく得られた.同時にSTSでは界面電子状態と考えられるピークが現れた.像のバイアス依存性と界面電子状態から,鮮明なLiCl像は界面電子状態を経由した共鳴トンネルによるものと考えられる.この系では金属誘起ギャップ状態(MIGS)という界面電子状態の存在が報告されており,STSによる界面電子状態と特徴に類似点があるため,鮮明なLiCl像がMIGSの実空間観察に相当する可能性が示唆される.一方,LiBr/Ag(001)では不鮮明なLiBr像しか得られていないが,STSでも顕著なピークは現れないため,LiCl/Cu(001)の共鳴トンネルを支持する結果である. 以上述べたように,本論文によってワイドギャップ絶縁体であるアルカリハライド薄膜に対してSTM観察による成長モードの解明,STSによる極薄膜領域の電子状態が明らかにされた.またアルカリハライド/金属界面の界面電子状態の実空間観察の可能性が示されたことは固体物理分野へのインパクトを与えるものでもある 本論文の第3章と第4章は斉木幸一朗氏,木口学氏,上野啓司氏,小間篤氏,井上宏昭氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実験及び解析を行ったもので,論文提出者の寄与が充分であると判断する.したがって,博士(理学)の学位を受けるのに,十分な資格を有すると認める. | |
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