学位論文要旨



No 118880
著者(漢字) 草刈,俊明
著者(英字)
著者(カナ) クサカリ,トシアキ
標題(和) ゼオライト担持レニウム触媒を用いたフェノール直接合成に関する研究
標題(洋) Study on Direct Phenol Synthesis on Zeolite-Supported Rhenium Catalysts
報告番号 118880
報告番号 甲18880
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4533号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 助教授 尾中,篤
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

担持レニウム触媒はアルケンメタセシス、レニフォーミング等の工業プロセスで現在実用化されている。しかし、レニウム酸化物のひとつであるRe2O7が昇華性を有するため、レニウム触媒は還元的雰囲気下での使用に限定されている。これに対し本研究室では、レニウム触媒を酸化反応に適用する研究を行ってきた。これまでに、イソブタンの選択酸化/アンモ酸化、プロペンの選択的酸化/アンモ酸化、メタノール酸化によるメチラール(CH3OCH2OCH3)合成にレニウム触媒が活性を示すことを報告している。これらの反応は全て酸化剤として分子状酸素を用いており、触媒は酸化的雰囲気下に晒されているにもかかわらずレニウムは昇華せず、その触媒活性を発揮している。以上のような高温ならびに酸化雰囲気下でもレニウムを安定に保つことによるレニウムの選択酸化触媒としての可能性、更にレニウム独自の触媒作用機構の解明が本研究の目的である。

また、本研究での目的生成物であるフェノールは樹脂材料等に広く用いられる基礎化学品であり、現在、工業的にはクメンプロセスと呼ばれるベンゼン→クメン→クメンペルオキシド→フェノールという多段階プロセスによって生産されている。しかし、このクメンプロセスは他段階プロセスであるための低エネルギー収率、中間生成物が過酸化物であるがための低収率、また副生成物であるアセトンの処理等の問題を抱えており、フェノール直接合成法の開発が急務とされ多くのグループが研究を進めているが、ベンゼンからの直接フェノール合成反応は高難度酸化反応の代名詞ともいえるべきものであり、研究は難航しているといえよう。

前述したレニウム触媒の酸化反応への適用例として反応を探索したところ、ベンゼンと分子状酸素からの直接フェノール合成にゼオライト担持レニウム触媒が活性を示すことを見出した。本触媒の特徴は、アンモニア共存下時のみフェノール合成反応が進行することである。この反応式には直接あらわれないアンモニアの果たす役割は非常に興味深い。私は博士課程においてこの非常にユニークなレニウムの触媒機能に着目し、ゼオライト担持レニウム触媒を用いたフェノール直接合成について研究した。

【実験方法】

フェノール合成活性は固定床流通式反応装置を用いて評価した。触媒反応は473-673K、常圧にて行った。反応ガスは酸素、アンモニアであり、ヘリウムをキャリアとして用いた。ベンゼンは反応ガスを液体ベンゼンにバブリングさせることによって供給した。触媒は加圧成形の後355-710μmに整粒したものを0.50g用いた。触媒調製については後述する。分析は無機物用にTCD搭載ガスクロマトグラフ、有機物用にFID搭載ガスクロマトグラフを用いた。

【結果と考察】

触媒担体と触媒調製法の効果

表1にフェノール生成活性の触媒担体及び触媒調製法依存性を示す。先に担体について述べる。ゼオライトは全て東ソー(株)から提供を受けた。ゼオライト種によってフェノール生成活性は大きく変化した。フェノール収率から見ると、H-MordeniteとH-ZSM-5(SiO2/Al2O3=39.4)が最も高く、次いでH-ZSM-5(SiO2/Al2O3=193)、H-Betaの順となった。H-USYはほとんど活性を示さなかった。H-ゼオライトと同じ酸点をもつγ-Al2O3を用いた反応も行ったが、活性は見られなかったことから、ゼオライトの持つ細孔が活性レニウム種の形成に作用していることが示唆される。また、選択性の観点から見るとH-ZSM-5(SiO2/Al2O3=39.4)が約20%と最も高く、以下H-ZSM-5(SiO2/Al2O3=193)、H-Mordenite、H-Betaという順番になった。

続いて、調製法の依存性について考察する。ここで調製法について述べる。含浸法は過レニウム酸アンモニウムNH4ReO4を前駆体とし、担体に前駆体水溶液を含浸したあと、水を除去して調製した。一方、CVD法触媒は、昇華性を持つメチルトリオキソレニウムCH3ReO3を前駆体とし、CH3ReO3のCVD法によりレニウムをを担持した。CVD法触媒におけるレニウムの担持量は、CVD後の673K熱処理時に生ずるメタンの定量によって行った。これら調製法の違いによって活性は著しく変化した。全ての触媒においてCVD法触媒の活性は含浸法触媒のそれを大きく上回った。これはXRDやKEK PFにて測定したEXAFS、XANESの結果から、含浸法触媒は表面レニウム種がバルクとして凝集した形で存在しているのに対し、EXAFSからRe-Re結合が観測されなかったことと、XANESから+7価のレニウム種を示すプリエッジピークが明らかであることからCVD法触媒ではレニウム種が孤立[ReO4]して存在しているためであることがわかった(図1a,1b)。また、CVD法触媒の前処理として673K N2封入密封容器中で1h処理した場合に比べ、ヘリウム気流中で処理を行ったところ活性は更に上昇し、特にフェノール選択率が40%と格段に向上した。673K N2封入密封容器中で1h処理後の密封容器中の気体を分析したところ、CH3ReO3固定化時に生じるメタンの約20%ほどがCO2に転化していた。このことから、表面に孤立して存在していたレニウム種がメタンによって還元され、凝集してしまったために活性の劣化が引き起こされたと推測した。

アンモニア及び酸素の効果

図2にフェノール生成活性及び選択性のアンモニア分圧依存性を示す。PhOH収率はアンモニア分圧増加とともに増大し、アンモニア分圧0.052MPaで極大を示した(TOF=30.5×10-5 s-1)。また副生成物は全てCO2でCOは検出されなかった。アンモニア分圧0.073MPaでは収率は減少してしまった。詳細は検討中である。一方、選択率はアンモニア分圧0.031MPaで極大値45%を示した。加えて、フェノール生成活性及び選択性の酸素分圧依存性を調べた(Fig.3)。活性は酸素分圧0.01MPaまでは急激に増加したが、それ以上の酸素分圧領域では緩やかな増加に留まった。アンモニア分圧依存性の場合のような極大値は得られなかった。反対に選択性は酸素分圧の増加に伴い減少し、酸素分圧0.03MPaで極大をしめした(47%)。以上の、還元剤として反応に関与すると考えられるアンモニア分圧に対して活性は極大値を持つことから、触媒表面上のレニウム種の還元が進みすぎることによって触媒反応は阻害されることが示唆された。また、酸素に関しては極大値が存在しないことからも触媒は酸化雰囲気に対しある程度の耐性を持つことがわかった。還元雰囲気と酸化雰囲気のバランスを適度に調節してやることにより、さらなる高活性、高選択性がねらえるものと思われる。

アンモニア分圧による反応挙動の変化を表面レニウム種の変化から考察するために、アンモニア分圧0.052MPaでの反応後の触媒についてEXAFS、XANESを測定した(図4a,4b)。XANESに関してはほとんど変化がないように見られたが、EXAFSでのカーブフィッテイングの結果、Re=O二重結合の配位数が減少していた(2.71→2.20)ことから、アンモニア分圧増加によって表面レニウム種は還元されたことが推測できる。これはアンモニア分圧増加による効果として妥当なものである。この表面レニウム種の過還元によって構造が変化してしまったことによってフェノール合成活性及び選択率の減少が引き起こされたと考えられる。

以上、アンモニアの役割として表面レニウム種の還元による触媒活性点の形成に着目してきたが、他に考えられる役割として、アンモニアの持つ塩基性によるゼオライト酸点との相互作用がある。これを検証すべく、アンモニアの代わりにピリジンもしくはイソプロピルアミンといった塩基性を持つ他のアミンを反応系に導入する実験を行った。その結果、フェノールは全く生成しなかった。従って、アンモニアはゼオライト上の酸点の阻害ではなく、表面レニウム種を還元、活性化することによってフェノール合成活性を発現させていることが示唆される。また、イソプロピルアミンのアミノ基では表面レニウム種を活性化できない理由に関しては検討中である。また、これらアンモニア以外の別のアミンを用いた反応後、アンモニアを加えて通常の反応を行ったところ、freshな触媒とぼとんど変わらないフェノール生成活性を示したことから、アンモニアという還元剤がない場合でも、触媒表面のレニウム種は酸化によって昇華することなく安定に構造を保持していることがわかった。

【結論】

ゼオライト担持レニウム触媒が、アンモニア共存時のみにベンゼンと酸素からのフェノール直接合成に活性を持ち、最大選択性で45%にも達することを見出した。活性は触媒調製法に大きく依存し、触媒表面でのレニウム種の状態がその理由であることを明らかにした。また、共存アンモニアは選択酸化触媒反応条件下で表面レニウム種を還元することでフェノール生成活性を発現・維持させる役割を持つ反面、過度のアンモニアは表面レニウム種を還元しすぎてしまうことから構造を変化させ、活性及び選択性を減少させてしまうことがわかった。

フェノール生成活性の触媒担体及び触媒調製法依存性 1)前処理をヘリウム気流中で行ったもの

a CVD法Re/H-ZSM-5触媒反応後のRe LIII-edge EXAFSスペクトル b CVD法Re/H-ZSM-5触媒反応後のRe-LI-edge XANESスペクトル

CVD法Re/H-ZSM-5上のフェノール生成活性のアンモニア分圧依存性(O2 partial Pressure: 0.01MPa, He Balance)

CVD法Re/H-ZSM-5上のフェノール生成活性の酸素分圧依存性(NH3 partial Pressure: 0.03MPa, He Balance)

a CVD法Re/H-ZSM-5触媒反応後のRe LIII-edge EXAFSスペクトル(アンモニア分圧0.052MPa)b CVD法Re/H-ZSM-5触媒反応後のRe LI-edge XANESスペクトル(アンモニア分圧0.052MPa)

審査要旨 要旨を表示する

担持レニウム触媒は、レニフォーミング、アルケンメタセシスなどの還元雰囲気工業プロセスで実用化されているが、酸化雰囲気ではレニウムが容易に昇華性のRe2O7に変換されてしまうため、これまで還元雰囲気下での使用に限られていた。これに対し、本論文提出者はアンモニウムを共存させることで、酸素存在での酸化雰囲気反応条件下でも安定した選択酸化触媒活性を維持すること、および選択酸化触媒作用は反応式に表れないアンモニアの共存が必須であることを見出した。本論文の主題であるベンゼンと分子状酸素からの直接フェノール合成は極めて難度の高い触媒反応であり、現行のクメンプロセスがいくつかの問題を抱えていることもあり、これまで多くの研究がなされてきたが未だ優れた不均一系触媒が発見されていない。本論文は、直接フェノール合成に活性を示すゼオライト担持レニウム触媒の開発とその選択酸化触媒特性およびキャラクタリゼーションに関する研究をまとめたものである。本論文は4章からなる。

第1章では、本研究の目的と意義、フェノール合成の現状、およびレニウム触媒について述べている。

第2章では、触媒調製法、触媒反応操作、およびX線吸収微細構造 (XAFS) スペクトル測定について述べている。

第3章では、ゼオライトに担持したレニウムがベンゼンと分子状酸素からフェノールを直接合成する選択酸化触媒反応に活性を示すこと、およびその触媒作用の特徴、さらにはXAFS,TEM,XRF,およびXRDによる触媒のキャラクタリゼーションについて述べている。各種ゼオライトにレニウムを担持すると、ゼオライトのみでは触媒作用を示さないベンゼンの選択酸化が進行する。ゼオライトの中でHZSM-5が最も優れた担体である。HZSM-5の酸性の強さと細孔構造の両方が関係しているとしている。

従来の含浸法によって調製されたレニウム触媒は、活性、選択性とも低いが、化学的気相成長(CVD)法によって調製したレニウム触媒は、含浸触媒より約30倍も高いフェノール合成活性を有する。その理由として、XAFS解析から、CVD触媒ではレニウムが単核種[ReO4]として細孔内に存在しているのに対し、含浸レニウム触媒ではRe-Re結合が観察されクラスターとしてレニウムが会合して存在していると結論した。CVD触媒でも、HZSM-5以外の選択性の低い Mordenite ゼオライトなどを担体とした場合は、Re-Re結合を持つクラスターが形成されてしまう。

HZSM-5に担持したレニウム触媒の選択酸化触媒用は、気相にアンモニアが共存して初めて発現することを見出した。アンモニアが共存しないと全く触媒作用を示さない。ベンゼンと分子状酸素からのフェノール直接合成の反応式にはアンモニアは含まれないが、レニウムの選択酸化触媒作用を生み出すための必須成分である。類似の塩基性分子であるピリジン、イソプロピルアミンなどではこの種の促進効果が全く無いか、極めて低いので、単にゼオライトの酸性を修飾するだけでは無い。フェノール合成速度はアンモニア圧に依存し、アンモニア圧と共に増大し、最大値をとり、それ以上のアンモニア圧では反応速度は低下する。一方、酸素圧に対しても圧依存性が存在するが、ある酸素圧以上では飽和値に近づく。酸素圧の増大にもよらず選択性はそれほど低下せず、通常の触媒に見られる酸素圧と共にCO2への完全酸化が増えることは無く、完全酸化活性が抑制されている特長を持つ。

本申請者により見出されたHZSM-5担持レニウム触媒は、これまで報告されているどの触媒よりも高いフェノール合成選択性を示す。

第4章では、本研究で得られた結果を総括している。

以上、本論文で著者は、HZSM-5ゼオライト細孔内にCVD法により分散担持したレニウム単核種がベンゼンと分子状酸素からのフェノール直接合成に活性を示すことを見出し、アンモニアによる触媒作用の誘起現象を見出し、活性構造を提案した。これらの成果は物理化学、特に触媒化学に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え実験を行い解析したもので、本著者の寄与は極めて大きいと判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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