学位論文要旨



No 118883
著者(漢字) 鈴木,あかね
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,アカネ
標題(和) 時間分解エネルギー分散型XAFS法を用いた担持金属クラスター触媒の構造変換に関する研究
標題(洋) Structural Transformations of Supported Metal Cluster Catalysts by Means of Time-Resolved Energy-Dispersive X-ray Absorption Fine Structure
報告番号 118883
報告番号 甲18883
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4536号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 浜口,宏夫
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 助教授 尾中,篤
内容要旨 要旨を表示する

触媒は,触媒作用中,ダイナミックな構造変化を起こし,それが触媒特性を決めていることも多い.本研究の自的は,従来測定が困難であった秒以下で存在する活性中間体,及び構造変化を原子分子レベルで解明することにある.X線吸収端微細構造 (XAFS) 法は,吸収元素の周りの局所構造を調べる手法として,触媒の活性構造の研究に応用されてきた.吸着あるいは反応中の活性種自身の異なる種類の結合および切断の順序および変化の時間スケールを明らかにすることは,触媒作用の原理および活性発現の機構を明らかにする上で重要である.しかしこの手法は一つのスペクトルの測定に10数分かかるため,反応の前後の安定構造は測定できるが,反応中の動的な構造変化を追跡することは不毎能である.エネルギー分散型XAFS (DXAFS) は白色光を湾曲結晶に当てて試料に集光し,位置敏感検出器で一挙に測定する方法である.白色X線の湾曲結晶に当たる角度が位置により異なるので,位置敏感検出器のピクセル位置により,異なるエネルギーを持つX線の吸収が同時に測定できる.すなわち,XAFS領域すべてのスペクトルを一度に測定できるので,動的情報を in-situ かつ実時間で得ることが出来る強力な手法である.そこで私は,DXAFS法を用いて100ms〜1sで時間分解観察し,触媒の動的挙動について検討した.

DXAFS測定

1998年からKEK-PF BL-9Cで稼働しているDXAFS装置について下記の改良を行った.(1)焦点(試料位置)でのビーム径の縮小:エネルギー分散型XAFS法は,各エネルギー毎に試料の異なる部分を測定するため,ビーム径を絞る必要がある.そこで,円筒形湾曲分光用結晶を楕円形湾曲に変更し,収差を無くし,焦点径は例えばRh K-edge で0.9 mm→0.3 mmに縮小した.α:触媒セルの仕様変更 : In-situ DXAFSセルには,1):リレーコントローラー(DXAFS測定開始と同期)を用い,ガスの導入排気をハッチの外から操作可能,2):823Kまで昇温可能,3):試料の前後のスリット,に加え 4):回転中心に試料を配置(機械精度1/100)することで試料の焦点位置への設置精度を飛躍的に向上させた.これらにより最高水準の時間分解能100msと測定精度を達成することができるようになった[図1参照].

DXAFSスペクトルはRu K端を21.9-22.9 keV, Rh K端を23.0-24.2 keVの範囲で Bragg 型で測定した.分光結晶はSi(311) [200w×40h×1t]を使用した.検出器は,水平方向にエネルギー分散されているX線の強度を位置敏感測定する,S3904-FX素子 [25 μmw x 2.5 mmh, 1024ch, 浜松ホトニクス(株)社製]を使用した.入射X線はCsI(Tl)蛍光板で可視光に変換した後、Fiber Optic Plate [FOP, 3 mmt]へ入り,それを通過した光は石英窓[3 mmt]を経て,PDA[US-117C, データ記憶メモリ:256スペクトル分,最小スキャン時間:1.95 ms, 駆動園路動作周波数:525 kHz,(株)ユニソク社製]へ入りデータ記録する.

酸化物担持金属触媒についての動態分析

[Ru6C]/MgO触媒のダイナミック構造変化:

[Ru6C(CO)16(CH3)]-/MgOを熱処理して得られる[Ru6C]/MgO(1)はCO/H2からメタノール,ホルムアルデヒドなどの含酸素化合物が生成する優れた触媒特性を示す.この時,Ru-Ru結合長が伸び[Ru6C(CO)11]/MgO (4)となることを確認しているが,これらの動的挙動は不明であった.そこでDXAFS法を用いてMgOに固定化したRuクラスターのCO/H2反応初期過程および脱カルボニル過程を追跡した.

試料調製

Mg(OH)2(Soekawa, 99.99%) を真空下,773Kで熱処理して得たMgOをCH2Cl2中,N2雰囲気下,既報に従って合成した,[PhCH2N(CH3)3]+[Ru6C(CO)16(CH3)]-クラスターと1h反応させCH2Cl2を留去することによりRu担持量が4wt % の[Ru6C(CO)14]/MgOを得た.測定前に試料を4K min-4で623Kまで昇温し,さらに623Kにて1時間排気した.

結果と考察

カルボニル化過程をDXAFSで追跡し,カーブフィットにより,配位数および結合距離の時間変化を求めた.この結果を図2に示す.423Kでは,COが飽和吸着量の半分配位した後 (0-4.2s) にRu-Ru距離が0.265nmから0.269nmに伸び (10.5s),その後配位COの増加と共にRu-Ruがさらに0.269nmから0.271nmに伸びた (31.5s).最初の段階では骨格構造変化に遅れが観察された.一方,図3に示されるように,573Kにおける脱カルボニル化過程では,まず,COが半分脱離しながらRu-Ru距離が0.271nmから0.269nmに僅かに縮み(0-4min), その後,COが完全に脱離(11min)してからRu-Ru距離が0.269nmから0.265nmに減少する(15 min)ことが分かった.さらに,これらの構造変化を異なる温度で測定し,Ru-COの配位数及びRu-Ruの距離の変化より活性化エネルギーを求めることに成功した.結果を図4に示す.

Rh/Al2O3触媒のカルボニル化過程:

Al2O3表面に担持されたRhクラスターは,CO吸着によりRh-Rh結合が切れてRhモノマー種に転換される事が透過型XAFSにより報告されている.また,昇温によりCOが脱離してRhクラスターに戻ることも確認されている.しかし,RhクラスターがCO吸着に伴いどのような素過程を経てモノマーに変換されるか,その時間スケールやAl2O3表面の役割などについての詳細は明らかではない.そこで,Rh/Al2O3触媒におけるCOの吸着とRhの表面分散過程の関係を明らかにする為に,CO吸着過程をDXAFSを用いて100 msの時間分解能で追跡した.

試料調製

Rh/γ-Al2O3触媒はRhCl3・3H2Oの水溶液と773Kで前処理したγ-Al2O3を用い含侵法により調製した.その後,80mgの試料をディスク状(4mmφ)に成型し,in situ DXAFSセル中でH2流通下(120ml/min), 613Kまで昇温(4K/min)し,更に同温度で1.5hH2処理後,573Kで1h排気した.またClが存在しないことは,XRF,元素分析により確認した.

結果と考察

図5に,Rh/γ-Al2O3触媒のCO吸着過程におけるDXAFSスペクトルのフーリエ変換(FT(k3χ(k))を示す.Curve fit 結果よりCO導入前(t=0s)は,Rh-Rh (CN=5.0, R=0.265nm), Rh-O (CN=1.6, R=0.213nm)の存在が確認され,透過法の結果とほぼ一致した.これはAl2O3表面上に1層目Rh7原子,その上に2層目Rh3原子で構成されるRhクラスター(6)であることを示唆している.また,CO導入によるRhクラスター分解過程は3段階で進行することが分かった.図6にXANNESスペクトルを示す.23.234eV(Point 1, 0.8-3 s), 23.239eV(Point 2, 3-6 s)の2つの等吸収点の存在から,2つの中間種を経由することが示唆される.構造変化のスキームを図7に示す.まずRhクラスターにCOが部分的に配位し(7;[Rh10(CO)3], Rh-CO:CN=0.7)(600ms), 続いてCO/Rh=1までCOが吸着すると共に,Rh-Rh結合が切断された(8;[Rh-CO]10, Rh-Rh:CN=5.0→0, Rh-O:CN=1.6→25)(3000ms). その後COが飽和吸着し,RhはAl2O3表面の酸素原子ととより強く結合しながらモノマー種として分散されることが示唆された(9;[Rh(CO)2], Rh-CO:CN=1.2→1.9, Rh-O:CN=2.5→3.2)(6000ms).またこの3段階目においてのみ,温度依存性 (Ea=17kJ mol-1) があることが分かった.一方,CO導入後,473Kでの脱カルボニル化過程では,Rh-Rh生成と脱カルボニル化は同時に起ることが分かった.

また,COの吸着挙動はIR,吸着量測定より補完された.IR測定より,CO下では,Rh/Al2O3(6)から [Rh(CO)2](9)(υco: 2023, 2095 cm-1) になる前に,リニアCO (υco: 2060 cm-1)を経る(1500ms)ことが示唆された.また,圧力測定より,CO吸着量の挙動はDXAFS(Rh-CO)配位数と同様であり,DXAFS解析の高い精度が確かめられた.

以上に述べたように,酸化物表面に存在する触媒活性種の構造変化をDXAFS法を用いて追跡した.その結果,吸着(結合形成),脱離(結合切断)界面結合の形成,骨格構造の伸縮(結合距離の変化)など化学結合の挙動,順序,CO吸着誘起による表面分散過程など,クラスター骨格構造変化の詳細な過程が明らかになり,100ミリ秒オーダーの構造変化と中間体構造を捕らえることに初めて成功した.

Rh/Al2O3 (6) のRh K-edge EXAFS振動k3χ(k). DXAFS測定 (100 ms):(−);透過型XAFS測定 (15 min):(……).

CO/H2導入過程におけるRu-COの配位数(CN)(a), 及びRu-Ruの結CO/H2導入過程におけるRu-COの配位数(CN)(a), 及びRu-Ruの結合距離(R)(b)の時間変化. 423K : 1(▲);473K:2(□);523K:3(●). Pco=26.7kPa; PH2=26.7kPa; 触媒量:90mg.

脱カルボニル過程における573KでのRu-COの配位数(CN)(●), 及びRu-Ruの結合距離(R)(□)の時間変化. 423K:1(▲);473K:2(□);523K:3(●).Pco=26.7kPa; PH2=26.7kPa; 触媒量: 90mg.

DXAFS法により決定された (1)→(4). (4)→(1) の過程における構造変化のエネルギープロファイル.

Rh/Al2O3のCO導入過程のフーリエ変換スペクトル.時間分解能:100ms; 温度:298K; 触媒量: 80mg.

Rh/Al2O3のCO導入過程(26.7 kPa)におけるDXANESスペクトルの時間変化.時間分解能:100ms.

DXAFS法により得られたRhクラスターのCO導入過程における構造変化.

審査要旨 要旨を表示する

触媒表面に分布する活性構造は、ダイナミックに構造変化を起こしながら触媒反応を進めていることが多い。しかし、表面に分布する活性構造の変化をその場観察する手段は極めて少ない。X線吸収微細構造(XAFS)法は触媒の構造情報を与えることができる数少ない手法であり、それを用いてこれまで多くの研究例が報告されている。しかし、通常のXAFSは、担持金属触媒の一つのスペクトルを測定するのに数十分程度を要し、時々刻々変化する活性構造を追跡できるものではない。一方、エネルギー分散型XAFS(DXAFS)は、X線を単色化してエネルギーを掃引することなく白色X線を湾曲結晶に当て焦点を結ばせ、そこに試料を置き、位置敏感検出器を用いることでXAFSスペクトルを一挙に得るため、測定時間を1秒以下にすることが可能である。本論文は、DXAFSシステムを改良し、100ミリ秒から1秒の時間分解能を実現して、それを用いて酸化物担持金属クラスターの構造変化に関する研究をまとめたものである。本論文は7章からなる。

第1章では、本研究の目的と意義およびXAFS法について述べ、第2章では、作製したDXAFS測定装置について述べている。

第3章では、DXAFS法を用いて、MgO表面に担持した[Ru6C(CO)16Me]-クラスターの昇温過程の構造変化を検討している。その結果、400 K 以上でクラスター分解が始まり623 Kでは30分以内に脱カルボニル化が終了し[Ru6C]クラスターが界面酸素原子を介してMgO表面に固定化されることを明らかにした。

第4章では、CO水素化反応中の[Ru6C}/MgO触媒の構造変化を時間分解解析している。水素化反応条件下で、最初にCOが吸着し、少し遅れてクラスター骨格が膨潤し、さらにCOが吸着しながら骨格が膨らみ、[Ru6C(CO)11]が形成される。逆に、は気相にCOが存在しないと脱カルボニル化が起こり、まず約半分のCOが脱離しクラスター骨格も少し縮まる。次に残りのCOが完全に脱離し、少し遅れて骨格が収縮する。このように[Ru6C]と[Ru6C(CO)11]とは可逆的に変化し、それぞれの過程に2つの中間体構造が存在する。DXAFS法を用いて、表面の活性構造変化の時間スケールと各動的構造変化の活性化エネルギーを初めて求めることに成功している。

第5章では、Al2O3表面に担持したRhクラスターがCO吸着により構造変化と表面拡散する動的過程をDXAFSにより100ミリ秒の時間分解能で追跡している。DXANESスペクトルの解析から2つの中間体構造を経ることを明らかにした。さらにDEXAFSの解析から、RhクラスターにCOが吸着する0.8秒以内ではクラスター骨格は変化せず、その後さらにCOが吸着しRh-Rh結合が伸びて、2秒後からさらにCOが吸着することによりRh-Rh結合は完全に切断され、Al2O3表面の酸素原子の3中心位置にRh-O結合を形成してRhモノマーとして固定化される。最後の過程が17kJ mol-1の活性化エネルギーを要するのに対しその前の過程はほとんど自動的に進行する。初めて1秒の時間分解能を切る世界最高の時間分解能と解析精度により、酸化物表面の金属クラスターの動的過程の追跡

第6章では、本論文の研究をさらに発展するための方策と考えについて述べている。

第7章では、本研究で得られた結果を総括している。

以上、本論文では酸化物担体表面に分散担持した金属クラスターの吸着或いは脱離誘起構造変化を世界最高の時間分解能を持つDXAFSにより追跡し解析に成功した。これらの成果は物理化学、特に触媒科学に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え実験を行い解析したもので、本著者の寄与は極めて大きいと判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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