学位論文要旨



No 118893
著者(漢字) 佐々木,信成
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,ノブナリ
標題(和) WASPファミリー蛋白質によるアクチン細胞骨格及び接着制御
標題(洋) Regulation of actin cytoskeleton and cell-matrix adhesion by WASP family proteins
報告番号 118893
報告番号 甲18893
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4546号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 助教授 渡邊,嘉典
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
内容要旨 要旨を表示する

アクチン細胞骨格は細胞内外の刺激に応答して再編成され、形態形成、細胞運動等において主要な役割を担っている。WASPファミリータンパク質は低分子量Gタンパク質のRhoファミリーの下流で働き、Arp2/3複合体の活性化を介して細胞膜周辺でのアクチン細胞骨格を制御し、糸状仮足や葉状仮足の形成に必須の分子である。本研究はこのWASP ファミリータンパク質におけるアクチン細胞骨格の制御機序を詳細に解析することを目的とし、以下の研究を行なった。

WAVE1によるArp2/3複合体を介さないアクチン重合

WASP ファミリー分子である WAVE1を細胞内に発現させるとアクチン繊維よりなるアクチン凝集を引き起こす。このアクチン凝集は、WAVE1がArp2/3複合体を一過的に活性化することによって引き起こされているものと考えられていた。そこでWAVE1によって引き起こされるアクチン凝集がArp2/3複合体に依存するのかを明らかにするために、WAVE1のArp2/3複合体結合領域であるA領域の15アミノ酸を欠損した変異体(ΔA)を作製し、解析を行なった。

まず、この変異体を用いて in vitro におけるアクチン重合活性の測定を行ったところ、野生型のWAVE1はArp2/3複合体を介した急速なアクチン重合活性を示したのに対し、ΔA変異体はArp2/3複合体を介したアクチン重合活性をまったく示さないことが明らかになった。次にこの変異体を NIH3T3 細胞内に一過的に発現させそのアクチン細胞骨格に与える影響を観察した。このΔA変異体はArp2/3複合体を介したアクチン重合活性を持たないことから、発現させてもアクチン凝集は形成されないことが予想されたが、野生型に比べ割合は少し下がるものの、同様のアクチン凝集が観察された。これらの結果はWAVE1がArp2/3複合体を介さずにアクチン凝集を引き起こしているということを示唆するものであった。そこで、この仮説を確かめるためにWASPファミリーのVCA領域の中でも、最もArp2/3複合体と強く結合することが明らかにされているN-WASP-VCAのCA領域をWASPファミリーが引き起こす、Arp2/3複合体の活性化に対する競合阻害分子として利用できるのではないかと考え、実験を行った。最初に、NIH3T3細胞抽出液にGST融合タンパク質として精製したN-WASP-CAを加え、pull down assay を行なった。この結果N-WASP-CAは細胞に内在的に存在するArp2/3複合体をほぼすべて取り除く事ができた。次に、このN-WASP-CAを活性型の Rac と共にNIH3T3細胞に共発現させその影響を観察した。活性型の Rac を単独でNIH3T3細胞に発現させると、細胞はWAVEを介して引き起こされると考えられている膜ラッフリングを形成する。しかしながら、N-WASP-CAと共に活性型の Rac を発現させると、この膜ラッフリングの形成が完全に抑制された。これら二つの実験から、このN-WASP-CAをWASPファミリーによる Arp2/3 複合体の活性化に対する競合阻害分子として用いることができると考え、WAVE1ΔAとの共発現を行った。WAVE1ΔAを単独でNIH3T3細胞に発現させると細胞内にアクチン繊維からなるアクチン凝集を引き起こすが、N-WASP-CAとこの WAVE1ΔAを共発現した場合においてもこのアクチン凝集の形成ははまったく影響を受けず、単独でWAVE1ΔAを発現した時と同様に観察された。以上の結果は、WAVE1ΔAはArp2/3複合体非依存的にアクチン重合を引き起こすことができるということを示しており、これはWAVEにはArp2/3複合体を介さない、未知のアクチン細胞骨格再編成機構が存在することを示唆するものである。

WASPファミリー結合タンパク質FBP17の機能解析

WASP ファミリー分子は他のシグナル分子が結合する非常に多くのドメインを有しているが、その中でも特に proline-rich 領域はIRSp53や、WISHなどのSH3ドメインを持ったタンパク質が結合し、WASP ファミリータンパク質の機能制御に非常に重要な役割を果たしている。そこで新たにこの領域に結合するタンパク質を酵母 two-hybrid 法により探索し、human Formin binding protein 17(FBP17)を同定した。FBP17はN末に微小管の結合ドメインであるFCHドメイン、そしてC末にはSH3ドメインを持ち、pull down assay ではこのSH3ドメインによって WASP ファミリータンパク質全てに結合した。より生理的な条件での結合を調べるために免疫沈降実験を行なった結果、WASPファミリーの中でもN-WASPとの結合が強いことが明らかになった。次にHeLa細胞内にFBP17の野生型、FCHドメイン、SH3ドメインを欠損した変異体 (ΔFCH、ΔSH3) を発現させ局在を観察したところ、FBP17は繊維状の局在を示し、微小管と部分的に共局在した。ΔSH3も同様の局在を示したが、ΔFCHにおいてはこのような局在は観察されず、細胞質全体に局在した。さらに、これらのタンパク質がN-WASPの局在に及ぼす影響を観察したところ、FBP17はFCHドメインと SH3 ドメインによりN-WASPと微小管を繋ぐ因子であることが示唆された。In vitro そして in vivo においてN-WASPとの結合が明らかになったことから、次にN-WASPのArp2/3複合体を介したアクチン重合活性にFBP17がどのような影響を与えるのか、精製タンパク質を用いた in vitro のアクチン重合再構成系を用いて解析した。N-WASP はその分子内結合による活性抑制を受けているため、単独ではあまり大きな活性を示さない。そこに Cdc42 や WISH といった活性化因子が加わるとN-WASPは活性化タイプに構造が変化しArp2/3複合体を介したアクチン重合能が上昇することが現在までに明らかにされている。この系において精製された FBP17 タンパク質をN-WASPに加えたところ、その濃度依存的にN-WASPのArp2/3複合体を介したアクチン重合活性は上昇し、最終的にはほぼ最大の活性を示すまでになった。

WASPファミリータンパク質は細胞膜の伸展においてArp2/3複合体と共に必須の因子であることが現在までに明らかになっている。FBP17は細胞内でN-WASPの局在を変化させまた in vitro の系においてN-WASPを活性化することから、細胞膜の伸展時にも何らかの機能を果たしていることが推測された。そこでFBP17の野生型、ΔSH3変異体をHeLa細胞内に発現させ cell spreading assay を行なってその影響を観察した。FBP17は通常細胞内で、上で述べたように繊維状の局在を示すが、spreading している細胞内では細胞の縁にアクチンと共に局在することが観察された。また、spreading をしている細胞を固定、観察し、細胞の面積を測定したところΔSH3変異体を発現している細胞は細胞の広がりが抑制されることが明らかになった。さらに詳細に spreading している細胞を観察したところ、FBP17はしばしば細胞の縁で dot 状の局在を示した。最近、WASP ファミリータンパク質と共にアクチン細胞骨格の再編成において重要な役割を果たしているArp2/3複合体が、葉状仮足形成時に細胞の縁に出来る focal complexes と呼ばれる接着構造に局在し、vinculin と結合することが明らかにされている。FBP17の局在はこの focal complexes の局在に似ていたことから、FBP17もまたN-WASPと共に focal complexes に局在しているのではないかと推測し、まず vinculin との結合を確認した。FBP17を発現させたHeLa細胞をまき直し、spreading している細胞を回収してその細胞抽出液を用いて免疫沈降実験を行なったところ、FBP17は spreading している細胞内で vinculin と transient に結合し、さらにそこにはN-WASPが含まれることも明らかになった。次に、より詳細にFBP17の局在を観察するために、HeLa細胞よりも発達した葉状仮足を形成し、focal complexes を観察しやすい mouse embryonic fibroblasts (MEFs)を用いてFBP17の局在を観察した。その結果、spreading しているMEFsにおいてFBP17は vinculin、Arp2/3複合体、そして N-WASP と共に葉状仮足に形成される focal complexes に共局在することが明らかになった(図1)。以上の結果より、FBP17は新たなWASPファミリー結合タンパク質であり、N-WASPのArp2/3複合体を介したアクチン重合活性を濃度依存的に活性化する因子であることが明らかになった。また、その活性は細胞の spreading、特に葉状仮足におけるfocal complexes の形成に必要であることが強く示唆された。

細胞運動時における葉状仮足及び focal complex 形成。細胞運動時には膜の伸展と細胞-基質問の接着 (focal complex) が時間的、空間的に高度に制御されている。左の図は極性を持って運動している細胞。進行方向側の前面にWASPファミリー蛋白質によるアクチン細胞骨格の再編成が活発に起きている葉状仮足 (leading edge) がありその直後に focal complexes が並んでいる。右は leading edge の拡大図。N-WASPは leading edge におけるアクチン細胞骨格の再編成のみではなくFBP17と共に接着構造においても機能している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は二章からなり、第一章はWAVEのArp2/3複合体を介さないアクチン凝集形成の解析、第二章は新規WASPファミリー結合タンパク質FBP17の同定と機能解析について述べられている。

第一章では、WASPファミリー分子であるWAVE1を細胞内に発現させると引き起こされる、アクチン繊維よりなるアクチン凝集の解析を行なっている。このアクチン凝集は、WAVE1がアクチン重合において重合核を形成できるArp2/3複合体を一過的に活性化することによって引き起こされているものと考えられていた。論文提出者はその仮説の真偽を実験的に明らかにするために、WAVE1のArp2/3複合体結合領域であるA領域の15アミノ酸を欠損した変異体(ΔA)を作製した。この変異体を用いて in vitro におけるアクチン重合活性の測定を行ったところ、野生型のWAVE1はArp2/3複合体を介した急速なアクチン重合活性を示したのに対し、ΔA変異体はArp2/3複合体を介したアクチン重合活性をまったく示さなかった。

この変異体を細胞内に発現させ、そのアクチン細胞骨格に与える影響を観察したところ、ΔA変異体は予想に反し野生型と同様のアクチン凝集を形成することが観察された。次に、N-WASP-VCAのCA領域がWASPファミリータンパク質の引き起こすArp2/3複合体の活性化に対する競合阻害分子となることを明らかにし、その N-WASP-CA とWAVE1ΔAの共発現実験を行なった。その結果、WAE1ΔAは、単独で発現させた時と同様にアクチン凝集を形成することが観察された。以上の結果は、WAVE1ΔAが引き起こすアクチン凝集はArp2/3複合体非依存的であるということを示しており、これによりWAVE1にはArp2/3複合体を介さない、未知のアクチン細胞骨格再編成機構が存在することが示唆された。

第二章では、酵母 two-hybrid 法を用いて新規WASPファミリー結合タンパク質、human Formin binding protein 17(FBP17)を同定し機能解析を行なっている。FBP17はN末に微小管の結合ドメインであるFCHドメイン、そしてC末にはSH3ドメインを持ち、免疫沈降実験を行なった結果より、WASPファミリーの中でもN-WASPとの結合が強いことが明らかにされた。細胞内にFBP17の野生型、FCHドメイン、SH3ドメインを欠損した変異体 (ΔFCH、ΔSH3) を発現させN-WASPの局在に与える影響を観察した結果、FBP17はFCHドメインとSH3ドメインによりN-WASPを微小管へと局在させる因子であることが示唆された。

次に精製タンパク質を用いた in vitro のアクチン重合再構成系を用いて、N-WASPのArp2/3複合体を介したアクチン重合活性にFBP17がどのような影響を与えるのか解析した。その結果、精製されたFBP17タンパク質は、その濃度依存的にN-WASPのArp2/3複合体を介したアクチン重合活性を上昇させることが明らかにされた。

WASPファミリータンパク質が、アクチン細胞骨格を制御することで必須の役割を担っている細胞膜の伸展において、FBP17がどの様な機能を果たしているのかを明らかにするために、FBP17の野生型、ΔSH3変異体を用いて cell spreading assay を行ない、その影響を観察した。その結果、ΔSH3変異体を発現している細胞は野生型を発現している細胞に比べ、細胞の広がりが抑制されることが明らかにされた。さらに spreading している細胞においてFBP17は vinculin、Arp2/3複合体、そしてN-WASPと共に葉状仮足に形成される focal complexes と呼ばれる接着構造に局在することが観察された。また免疫沈降実験により、FBP17は spreading 時に vinculin と transient に結合し、さらにそこにはN-WASPが含まれることも明らかにされた。以上の結果は、FBP17が新規WASPファミリー結合タンパク質であり、N-WASPのArp2/3複合体を介したアクチン重合活性を濃度依存的に活性化する因子であることを示すものである。また、その活性は細胞の spreading、特に葉状仮足における focal complexes の形成に必要であることが強く示唆された。

なお、本論文の第一章は、竹縄忠臣氏、三木裕明氏、第二章は竹縄忠臣氏、山崎大輔氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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